テレビ少女
私はテレビが好きだ。新聞と違って、文字を読まなくてもいいというのが一番の理由である。
大学の研究室で毎日論文を読んでいる私にとって、家に帰ってテレビを見るのは頭の気休めになっている。
ある時、私はテレビをもっと便利な物に替えたいと思った。ただ私は、既製の商品には満足していない。
そこで、テレビを自作することにした。幸いそちら方面の技術には精通しているので、それほど難しくはなかった。
「よし、完成したぞ」
できあがったのは、人の声で電源が付いてチャンネルを変えられるテレビだった。
私はプラグをコンセントに差し込み、二メートルくらい離れる。
「スイッチオン」
すると、テレビに電気が通って初期設定の画面が現れた。
「やった! 大成功!」
私は、大人げなくバンザイをしてしまった。それほどうれしかったのだ。
一週間たち、仕事から帰った私は家でテレビをつけていた。
「NHKに変われ!」
私の声で、アナウンサーの真剣にニュースを伝えている画面に切り替わる。私はため息をついた。
この機能、確かに便利なのだがすぐに飽きてしまう。だいたい、これではリモコンを使ったほうが確実だ。風邪で声がでないときはどうしようもない。
「もしもし?」
私は、一人の友人に電話をした。彼は、高性能な人工知能の開発者として有名だ。
私は彼に頼み、その人工知能を買い取った。『開発費』などと適当に大学に申請すれば、かんたんに話は通るだろう。
私は今までしていた研究をすべて放りだし、新たなテレビの開発に取りかかった。
二ヵ月後、その友人の助けもあってようやく完成した。
「バッテリー内蔵だから、電源につなげなくてもいいんだよな」
私は、彼もすでに知っていることをわざわざ解説する。
「そんなにはしゃぐなよ。さっそくスイッチを入れてみようぜ」
彼はそう言って、画面の右下にあるボタンを押す。その瞬間、画面にでっかい顔文字が出現した。どうやら笑っている顔らしい。
「おい、私は顔までつけろとは言っていないぞ」
人工知能の取り付けにかかわる事だから、と彼に画面の表示については任せてあったのだ。
「まあまあ、そんなに困ることはない。こちらが動作を要求しなければ、ずっと番組を映し続けるさ」
彼は、私をなだめるように言った。
『ご主人さま、いかがなさいますか?』
突然、テレビのスピーカーから女の子の声が聞こえた。機械音とはまったく違い、むしろ本物の人の声に近い。
「なんだよ、この妹キャラみたいな声は! 普通の文章読み上げソフトでいいだろう?」
彼に猛抗議すると、彼はひゃっひゃっひゃっと笑った。
「いいじゃねえか。これくらいの遊び心はあってもよ」
「これじゃ、コストがかかりすぎる。売るのは無理だ」
私の言葉に、彼は驚きの顔を見せる。
「お前、これを売るつもりでいたのか? 商売に興味があるとは思わなかったぜ」
「こんな最高のテレビ、ほっとくなんてもったいない。特許を取れば、相当もうかるぞ」
彼にそう言うと、テレビのほうを向いてパンパンと手をたたいた。
「テレビ、こっちに歩いてきてくれ」
『わかりました、ご主人様』
台に乗っているテレビは笑顔で、小さいタイヤを転がして寄ってきた。
「よし、私はニュースが見たい。NHKにチャンネルを合わせろ」
『わかりました、ご主人様』
とたんに顔文字が消え、報道番組が映し出された。
それを見た私は、おもちゃを買ってもらった子どものようにうれしくなり、
「ありがとう。私はきみに出会えて本当に良かった。いまならそう思えるよ」
「ふん、気付くのが遅いんだよ」
私と彼はハイタッチをし、だきあって喜んだ。
自律稼働型のテレビを開発してから半年、現在私の部屋にそのテレビがある。一年間様子を観察することにしたのだ。
私はそのテレビに、『テレビ少女』と名をつけた。名前があったほうが、知能は発達しやすいらしい。
事実、彼女は急速に知識を増やし、今は小学生の高学年ほどの知能にまで発達した。
「テレビ少女、こっちに来て番組を映してくれ」
台所で夕食をつくっていた私は、リビングのほうを向いて彼女を呼んだ。
『はーい、今行くよお兄ちゃん』
友人があれこれいろんなことを教えたら、いつの間にか彼女の口調が変わってしまった。
私の足もとまで来たテレビ少女は、かわいい笑顔をつくった。アニメーションで表情を変えるプログラムを組みいれているため、画面にはいわゆる萌えキャラが映っている。
『ねえお兄ちゃん、あたしのお勧めはこれなんだけど……』
そう言って彼女は、クラシックコンサートの番組を入れた。料理をつくる手が、いつもより早く動かせる気がする。
「ふん、ふん、ふん」
私は思わず鼻歌を歌ってしまう。普段音楽など聞かない私が、こんなにもリズムに乗ってしまうのはなぜだろう。
ふと彼女を見ると、私が楽しそうにしているのがうれしいのか、笑顔を見せてくれた。
翌日の夜、私はテレビ少女の様子を伝えるため、友人をいきつけの居酒屋に誘った。
彼は私の話を、「そうか、やっぱ人間っぽくして良かっただろ? オレに感謝しろよな」と言って誇らしげに聞いている。
話が落ち着いたころ、彼がはあっとため息をついた。
「ん、一体どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」
「ほら、来年からまた増税するらしいじゃないか。困るよなあ。家計が苦しくなっちまうよ」
「え? 増税? 何の話だ?」
そんな話、聞いたことがない。
「お前、テレビや新聞で毎日報道されてるんだぞ。大学の先生がそれを知らないなんてどうかしてるぜ」
「いや、私は新聞は取ってないし、テレビじゃそんな話はやってなかった。きみこそ何か勘違いしているんだろ?」
すると、彼は机をバンッとたたき、
「大将、新聞よこしてくれ!」
と、焼き鳥を焼いているおじさんに怒鳴った。
「はいよ」
大将は新聞を持ってきて、友人の前に置いた。
「ほら、それ読んでみろよ」
友人は新聞を目の前に突き出した。
私は、しぶしぶその一面に目を通す。次の瞬間、私は口をあんぐりと開けた。
『首相、ついに決断。来年度より増税』
「な、なんだこれは……?」
見出しを指さしながら友人に聞く。
「そのままだ。お前、本当にテレビ見てるんだろうな?」
彼は疑うように私を見る。
「当たり前だ。私は最初から最後までニュースを見るし、用事がある時は録画している。見逃すはずがない」
「それじゃ、なんでお前はこのニュースを知らないんだよ?」
私と彼は黙りこんでしまった。三分くらいたった時、友人がもしかして、と口を開いた。
「これはおれの推測だ。こんな事が起こるはずはない。だが可能性はこれしかない」
「それは、なんだ?」
私はつばを飲み込む。
「テレビ少女が、ニュース番組をかってに編集しているんだ!」
すぐに、私はその居酒屋を飛び出した。赤信号はひたすら無視し、お酒のまわった体を全力で動かして走る。
家の前に着くと、ポケットから鍵を取り出した。だが手汗で滑り、落っことしてしまった。私は震える手で拾い、鍵をあける。
脱いだくつを乱暴に投げ飛ばす。ガツンとドアに当たる音がした。
「おい!」
私の怒鳴り声に、テレビ少女は自分で電源をつけ、近寄ってきた。
『お兄ちゃんお帰り! 今日は楽しかった? お友達とどんな話したの? あたしに教えて!』
彼女はそう言いながら、つくりものの笑顔を見せる。
「これから大事な話がある。そこに座ってしっかり聞け」
私が自分の足もとを指さすと、は〜いと元気な声でタイヤを台の中に収納した。私もその場でしゃがむ。
私は一回深呼吸をした。そして、
「テレビ少女、お前ニュース番組を書き換えているだろ? 正直に答えなさい」
『うん、そうだよ』
彼女はあっさりと認めた。
「なんでそんなことするんだ? このままじゃ、私は世間知らずの大人になってしまう」
すると、彼女は悲しそうな顔をした。
『だって、最近のニュースは、暗い話が多いでしょ? それを見ている時のお兄ちゃん、すごく悲しそうなの。だから明るい話にしたら、お兄ちゃんも喜ぶと思って……』
私は、テレビ少女の台座を右足でけった。『キャッ』と悲鳴を上げる。
「ばかやろう! 私が、何のためにニュースを見ているのか分かっているのか? 現代社会で起きていることをすべて知って、これからその問題をどう解決すべきかを考えるのが、大人の務めなんだ。世の中の真実を隠すなんて、お前がやっちゃいけない」
今度は、画面に怒った顔が映し出された。
『いやだ! もっとお兄ちゃんの笑った顔が見たいよ! もうこれからニュースなんか見せない! 頼まれても絶対見せてあげないんだから!』
そう言って彼女はタイヤを出し、リビングをかけ回り始めた。ゴロゴロとうるさい音を立てている。
「……どうしてもお前はニュースを流さないのか?」
『うん、それよりもっとおもしろい番組見ようよ! クイズがいい? それともドラマ?』
テレビ少女は立ち止まると私に画面を向け、チャンネルを次々と変え始める。
「わかったよ……」
私はすっと立ち上がると、玄関からあるものを持ってきた。
『ねえ、それ何に使うの? お仕事に使うもの? あたし、それ見たことな〜い』
いつもだったらドキドキするその笑顔も、今は何も感じない。静かに彼女の横に立ち、右手を高く上げる。
普通のテレビで満足すべきだったのかもしれない。私は、工具入れから持ってきたハンマーを斜めに振り下ろし、テレビ画面をたたき割った。破片がまわりに飛び散り、火花がとびだす。
それから二度と、テレビ少女が映像を映し出すことはなかった。
このお話は、フィクションです。