はじまりとおわり
初めましての方は初めまして、前作を読んでくださった方ありがとうございます。
戦争ものを書いてみたくなったので作った作品です、設定と文章の添削にAIを使用しております。よければたのしんでいってください
その日、東暁皇国の誇る軍港・宇品は、狂熱とも言える祝祭の海に包まれていた。
初夏の抜けるような青空の下、総白木造りの壮麗な岸壁を埋め尽くした数万の群衆が、ちぎれんばかりに日の丸の小旗を振っている。国防婦人会の白い割烹着、学生たちの黒い詰襟、地元の小学生たちが掲げる「祝・聖戦完遂」の横断幕。ブラスバンドが奏でる「軍艦行進曲」の勇壮な旋律が、塩風に乗って街の隅々にまで響き渡り、人々の地鳴りのような「万歳」の声が、天を衝くようにこだましていた。
「見ろよ、高坂。まるで国中の人間が俺たちを送り出しに集まったみたいだな」
第一機動艦隊の旗艦、飛空母艦「黎明」の広大な飛行甲板。その端に立ち、まぶしそうに目を細めていた長谷川一等飛行兵曹が、白い歯を見せて笑った。彼の胸元には、半年前の南方作戦で挙げたる戦功を示す、真新しい勲章が誇らしげに輝いている。
高坂一等飛行兵曹は、革製の飛行帽を小脇に抱えたまま、静かに頷いた。
「ああ。だが、国民がここまで熱狂するのも無理はないさ。これまでの戦いは、すべて俺たちの完勝だからな」
その言葉に、不遜な驕りはなかった。それは、純然たる事実に基づいた、揺るぎのない確信だった。
半年前、連邦の絶対聖域と謳われたハルバー軍港への奇襲を皮切りに、東暁皇国海軍は、敵たるレーヴェリア連邦の艦隊を文字通り蹂躙してきた。
もともと皇国の軍隊は、周囲を海に囲まれた島国の宿命として、海を往く水上艦の運用に長けていた。しかし数十年前、重力を遮断する希少鉱物「飛空石」が発見されたことで、戦場は一気に蒼穹へと移行した。皇国はいち早くその技術を取り入れ、数万トンの巨大な戦艦や空母の竜骨に飛空石を敷き詰め、大気の中に浮かび上がらせることに成功したのだ。
組織の名称や「面舵」「取り舵」「甲板」「艦長」といった船乗りの伝統をそのまま引き継いだ「空を征く海軍」は、圧倒的な練度を誇る航空戦力を主軸に据え、世界の海と空の覇権を握りつつあった。
高坂自身の愛機である「黎式魔導戦闘機」もまた、その不敗を支える最高傑作だった。
流線型の美しい機体は、職人たちがミリ単位の狂いもなく叩き出したアルミ合金の逸品である。機首に巨大なプロペラを備えた、いわゆる古典的なレシプロ機の外見をしていた。しかし、その内部構造は皇国の魔導技術の結晶だった。
心臓部には、ガソリンではなく、高純度の「魔晶油」を爆発的な推進力に変える「彗星二一型」魔導発動機が据えられ、主翼には二十ミリの機関砲が二門、不気味な黒い銃口を覗かせている。コックピットの計器盤には、魔力の残量や機体の傾きを示す針が、青白く美しく発光していた。
これまで高坂はこの機体を駆り、ドミニスタ沖、そしてシンド洋の空で、一機の損耗もなく敵機を撃墜し続けてきた。彼自身、まだ十九歳という若さでありながら、数々の修羅場をくぐり抜けて生き残ってきた、自他ともに認める精鋭中の精鋭だった。皇国の優れた工業力と、命を惜しまない熟練の搭乗員たち。これらが揃っている以上、負ける理由など、世界のどこを探しても見つからなかった。
「今回の『みち島』の作戦が成功すれば、いよいよこの戦争も終わりだ」
長谷川は甲板の固い鉄を踏みしめ、はるか水平線の先を見つめた。
事の発端は、数週間前、連邦の長距離爆撃機によって皇国本土の数都市が初めて空襲されたことだった。被害自体は軽微だったものの、「聖なる本土を冒涜された」という事実は大本営に深刻なパニックをもたらした。
軍部が立案した報復、そして防衛のための絶対的戦略――それが、皇国本土と連邦の中間に位置する孤島「みち島」の攻略作戦だった。この島を奪って東方の絶対防衛線とし、同時に、島を救援しにノコノコと出てくるであろう連邦海軍の残存空母を、完全に炙り出して一網打尽にする。
「奴らの空母さえ仕留めれば、連邦は二度と立ち上がれない。俺たちは、生きて故郷の土を踏めるんだ」
長谷川の言葉に、高坂もまた、穏やかな未来を思い描いていた。
「黎明」の巨大な魔導汽笛が、ブォォォンと腹の底に響く重低音を響かせて港内に鳴り渡った。
ゆっくりと岸壁を離れていく、全長二百メートルを超える巨躯。飛空石の推進システムが静かに唸りを上げ、数万トンの鉄の城が、ゆっくりと大気へと浮かび上がっていく。港を埋める万歳の声が一際大きくなり、五色の紙吹雪が風に舞った。
艦隊は、夕日を浴びながら外洋の、そして上空の進路へと向けられた。
主力を形成する四隻の大型飛空母艦――「黎明」「飛天」「蒼海」「加護」。それらを取り囲むように、飛空巡洋艦や駆逐艦が美しい輪形陣を組み、雲海を掻き分けて進む。その威容は、まさに一国が誇る武力の結晶であり、神々しいまでの輝きに満ちていた。
この時、艦隊の誰一人として、自分たちが向かう先が、引き返せない破滅の崖っぷちであるとは夢にも思っていなかった。皇国はあまりにも勝ち続け、勝利という名の麻薬に、深く侵されすぎていた。
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出港から数日後。第一機動艦隊は、目的地である「みち島」の中央海域へと到達していた。
六月四日、午前四時三十分。
まだ夜明け前の藍色の闇が残る中、「黎明」の飛行甲板は、カクテル電灯の白い光に照らされ、不気味なほどの活気に満ちていた。
みち島の敵航空基地を叩き、防御陣地を無力化するための「第一次攻撃隊」の発艦準備が進んでいたのだ。
「発動機、始動!」
整備長の鋭い怒号とともに、数十機の黎式戦闘機、そして九九式艦上爆撃機が一斉に咆哮を上げた。シリンダー内で魔晶油が激しく燃える、独特の甘く鋭い臭気が、湿った海風に混じる。プロペラが猛烈な速度で回転を始め、その風圧が甲板に立つ兵士たちの衣服を激しく揺らした。
高坂は、この第一次攻撃隊には加わっていなかった。彼の任務は、敵の反撃に備えて母艦の上空を守る
上空警護、つまり艦隊の盾としての防空任務だった。
操縦席に収まった高坂は、計器盤の針を一つずつ視線で確認していく。魔晶油はタンクにたっぷりと満たされ、魔晶石の出力も極めて安定している。
ガラスの向こうでは、誘導員の緑色のライトが大きく振られ、次々と爆撃機が長い滑走を始めていた。巨体を震わせ、島を目指して夜明けの雲海へと吸い込まれていく機影。それを見送る整備兵たちは、誰もが明るい、楽観的な表情をしていた。
「まあ、今回もいつも通りの散歩みたいなもんだろ」
無線の向こうで、同じ直掩隊の同僚が軽口を叩くのが聞こえた。
「連邦のパイロットどもは、俺たちの黎式の姿を見ただけで逃げ出すからな」
事実、数時間後に届いた第一次攻撃隊からの電信は、戦果を確信させるものだった。
コウゲキセイコウ タダイナルソンガイアタエタリ。
艦隊司令部の入る「黎明」の羅針盤室や艦橋では、参謀たちが満足げに頷き合っていた。やはり連邦など恐るるに足らず。歴史はいつも通り、皇国の勝利を書き換えるだけだ、と。
しかし、その直後、現地の上空にいる攻撃隊の隊長から、予期せぬ一文が付け加えられた。
ヒコウジョウケンザイ ヨビセンリョクニテオウエンモトム。
島の連邦航空基地は、一度の爆撃では沈黙していなかったのだ。放置すれば、滑走路から敵の爆撃機が飛び立ち、我が第一機動艦隊を急襲してくる危険がある。
南雲司令長官をはじめとする海軍首脳部は、即座に決断を迫られた。
現在、「黎明」の薄暗い格納庫内で待機している機体には、もし敵の「空母」が出現した時に備えて、船の吃水線を一撃で破壊するための「魔導魚雷」が装着されている。これは水中、あるいは空中を魔力の推進力で自走し、敵艦を海の底へと沈めるための、対艦専用の精密ミサイルだ。
これを、陸上の飛行場を粉砕するための「陸用爆弾(自由落下式の炸裂弾)」に付け替えるべきか。それとも、まだ見ぬ敵空母への警戒を維持して、魚雷のまま待機させるべきか。
「索敵機からの報告では、この海域に敵空母の兆候は一切なし、とのことです」
「ならば、みち島の敵基地を完全に叩くのが先決だ。爆弾への換装を急げ」
午前七時十五分。格納庫へと、運命の「兵装換装」の命令が下った。
これが、すべての歯車が狂い始める引き金だった。
「黎明」の、鉄の隔壁に囲まれた格納庫内は、一転して戦場のような大混乱に陥った。
「魚雷を外せ! 急げ! 陸用爆弾を持ってこい! 時間がないぞ!」
整備長の怒号が、金属質の空間に響き渡る。
数百キロもある重量物の魔導魚雷を機体の腹から取り外し、代わりに別の爆弾を装着する作業。通常であれば細心の注意を払い、数時間はかけるべき緻密な重労働を、彼らは一分一秒を争う時間的猶予のない中で強いられた。
本来であれば、取り外した魚雷は爆発の危険を防ぐため、安全な最下層の武器庫へと台車で運んで格納しなければならない。しかし、あまりの時間のなさに、焦り狂った整備兵たちは、外した魚雷を格納庫の床や通路の脇に「そのまま」転がし、積み上げていった。
「おい、そこに置いたら危ねえぞ!」
「構うな! 長官からの命令だ、一刻を争うんだよ!」
格納庫の鉄の床は、文字通り、剥き出しの火薬と魚雷、そして乱雑に置かれた爆弾、作業中に漏れ出た魔晶油が混ざり合う、巨大な「爆弾溜まり」へと変貌していった。
それでも、艦内の空気を支配していたのは、作業の焦りであって「恐怖」ではなかった。誰もが、自分たちが先手を打って勝つことを疑っていなかった。ただの、少し慌ただしい作業の一コマ。その楽観という名の檻が、静かに彼らの退路を断ちつつあることに、誰も気づいていなかった。
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午前八時。高坂たち直掩隊に、ついに発艦命令が下った。
「警護隊、全機発艦! 敵の魔導雷撃機隊、接近中!」
高坂は操縦桿を押し込み、黎明の飛行甲板を蹴り立てた。高度を上げながら雲海を抜けた瞬間、彼は水平線の向こうから迫る敵影を捉えた。
それは、連邦海軍が放った「魔導雷撃機」の編隊だった。それらは戦闘機ではなく、重い魚雷を抱えて敵艦を沈めるのに特化した、大型の攻撃用飛行機だった。超低空、海面すれすれの高度を、まるで海を這うようにして、我が艦隊の母艦を目指して接近してくる。
「高坂、行くぞ! 皇国の空の恐ろしさを教えてやれ!」
分隊長の黎式戦闘機が鋭く反転し、敵の群れへと突っ込んでいく。高坂もまた、スロットルを開放してそれに続いた。
ここからの戦闘は、まさに皇国の精鋭搭乗員たちによる「独壇場」だった。
連邦の魔導雷撃機は、重い魚雷を抱えているために動きが鈍重で、しかも護衛の戦闘機を伴っていなかった。高坂は背後から一気に速度の差を利用して接近し、魔導照準器の中心に敵機の巨大な機体を捉えた。
ズ、ズ、ズ、ズン!
主翼に搭載された二十ミリ機関砲が火を噴く。青白い光条が空間を裂き、連邦の雷撃機は一瞬で主翼の付け根を引き裂かれ、激しい火花を散らしながら海面へと激突した。大きな水柱が上がり、白い水煙が空に広がる。
「一機撃墜!」
高坂は、体中の血が沸き立つような激しい興奮のなかで、機体を鋭く反転させた。
連邦の飛行士たちも必死だった。機尾の銃座から機銃手が必死に弾丸をばら撒くが、黎式戦闘機の圧倒的な旋回性能と機動力の前には、かすりもしない。高坂と仲間たちは、まるで獲物を狩る鷹のように、低空の敵雷撃機を次々と血祭りにあげていった。
「おいおい、本当に話にならないな! 簡単に落ちるぞ!」
無線から、若い搭乗員たちの勝ち誇った声が響く。
敵の放った魚雷は一本も我が艦隊の船体に届かず、連邦の雷撃隊は文字通り「全滅」の損害を受けて散っていった。海面には、あちこちに敵機の残骸が浮き、黒い油が広がっている。
高坂は心の中で、確信していた。
(やはり、連邦など我が皇国の敵ではない。この戦いも俺たちの勝ちだ)
だが、この圧倒的な勝利こそが、連邦の仕掛けた冷徹な「罠」の完成を意味していた。
低空を這うようにして次々と襲いかかってくる雷撃機に対処するため、高坂たち皇国の警護隊は、夢中になって獲物を追いかけるうちに、すべての機体が海面近くの極めて低い高度まで引きずり降ろされていたのだ。
そして、激しい空中戦の最中、黎式戦闘機のパイロットたちは、自らの機関砲の轟音と勝利の興奮にかき消され、はるか上空への警戒を完全に怠っていた。
さらに悪いことに、艦隊の上空を広く覆う、いくつかの白い雲の層が、彼らの目を完全に遮る盾となっていた。
警護機がすべて低空に集まり、上空が「がら空き」になったその瞬間。
そして、母艦「黎明」の格納庫で、司令部の錯乱による最悪の再換装作業が終わり、甲板にようやく攻撃隊の発艦準備が整った、まさにその瞬間。
「やっぱり敵空母がいた! 爆弾からもう一度魚雷に戻せ!」
運命の時計の針が、午前十時二十二分を指した。
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暗転は、神の気まぐれのように、あまりにも唐突に、そして完璧に訪れた。
「――上空! 雲の間! 敵急降下爆撃機、多数! 急降下してくるッ!」
艦隊の最上部にある見張り台から、見張員が喉を引き裂かんばかりの絶叫を無線に叩きつけた。その声は、これまでの勝利の余韻を、一瞬にして凍りつかせるほどの圧倒的な恐怖に満ちていた。
高坂は、ハッと索敵用の魔導盤と上空を見上げた。
雲の裂け目。太陽の強烈な逆光を背負い、まるできらめく星の群れのように、無数の黒い点が垂直に近い角度で滑り落ちてくるのが見えた。
連邦海軍の「急降下爆撃機」の編隊。
彼らは、高坂たちが低空で雷撃機と戯れている間に、誰にも気づかれることなく高高度を迂回し、第一機動艦隊の真上へと回り込んでいたのだ。
「間に合わん! 撃て! 対空砲、何でもいいから撃てぇ!」
「黎明」の艦橋から悲鳴のような命令が飛ぶ。艦隊のあらゆる巡洋艦、駆逐艦の対空魔導砲が狂ったように火を噴き始め、空に無数の黒い炸裂煙の壁を作り出した。
しかし、すべてが遅すぎた。
連邦の爆撃機は、冷徹な鉄の意志を持って、その弾幕の中を一直線に突き進んでくる。風を切るギィィィィンという、死神の羽のような不気味な風切り音が、高度数千メートルの高坂の耳にまで届くかのようだった。
「黎明」の真上。先頭の敵機から、黒い巨大な塊が切り離された。
五百キロ陸上爆弾。それは、重力に従って、吸い込まれるように「黎明」の飛行甲板へと落ちていく。
高坂の視界が、不自然なほどの純白の閃光に染まった。
ドンッ――!
鼓膜を容赦なく破壊するような、鈍く、重い衝撃波が空気を伝って高坂の機体を激しく揺らした。
爆弾は、「黎明」の中央エレベーター付近の飛行甲板を容易く突き破り、その直下の格納庫へと突き抜けた。
そこは、先ほどまで整備兵たちが血眼になって作業をしていた場所だった。
床に乱雑に転がされたままの魔導魚雷。積み上げられた陸上爆弾。そして、給油ホースから漏れ出し、床一面に広がっていた高揮発性の魔晶油。
爆弾の炸裂は、それらすべての「信管」に火をつけた。
次の瞬間、高坂は、自分の目が信じられない光景を目撃した。
「黎明」の格納庫全体が、一瞬にして巨大な太陽のごとき大爆発を起こしたのだ。飛行甲板が内側からの凄まじい爆圧で歪んで跳ね上がり、格納庫の側壁が木端微塵に吹き飛んで、烈烈たる炎の舌が天に向かって突き出た。
爆風によって、甲板に整列していたばかりの攻撃機や、発艦を待っていた兵士たちが、まるで木枯らしに舞う落ち葉のように、一瞬で空中へと吹き飛ばされ、火達磨になって海へと落ちていく。
「黎明だけじゃない……蒼海も、飛天も!」
無線の向こうで、誰かが子供のように泣き叫んでいた。
高坂が視線を転じると、右側を航行していた姉妹艦「蒼海」からも、そして「飛天」からも、ほぼ同時に巨大な黒煙と火柱が噴き上がっていた。
わずか五分間の間に、東暁皇国海軍が誇り、世界の頂点に立つと信じていた主力空母の三隻が、同時に致命傷を負い、巨大な鉄の火葬場へと変わり果ててしまったのだ。
「嘘だ……こんなことが、あってたまるか……!」
高坂は、全身の毛穴から冷や汗が噴き出すのを感じていた。
操縦桿を握る手は、自分のものとは思えないほど激しく震えている。
さっきまで、自分たちは勝っていたはずだ。敵を圧倒し、無敵の栄光の中にいたはずだ。それが、たった五分間の出来事で、すべてがひっくり返った。帰るべき甲板は燃え盛り、地獄の業火がかつての仲間たちを焼き尽くしている。
脳が現実を拒絶している。
だが、眼下の海で、真っ二つに折れ曲がりながら沈みゆく「蒼海」の姿は、これが冷酷無比な「現実」であることを、突きつけていた。
常勝の夢が、あまりにも無残に瓦解していく。
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「全機、突撃! 敵の空母を、刺し違えてでも叩くんだ!」
無線から聞こえた分隊長の声は、すでに理性を失い、狂気と怨嗟に満ちていた。
母艦を失った警護隊の黎式戦闘機たちは、もはや帰るべき場所を持たない、大空の迷い鳥だった。残された道は、このまま燃料が尽きて海に墜ちるか、敵の喉元に食らいついて死ぬか、その二つしかなかった。
「おおおおおッ!」
高坂は咆哮した。恐怖を、絶望を、すべて激しい怒りへと強引に変換し、スロットルレバーを限界を超えて押し込んだ。発動機が過回転の悲鳴を上げ、黎式戦闘機は一本の矢となって、雲の上へと逃げようとする敵の爆撃機隊の背後へと襲いかかった。
せめて、一機でも多く。この手で、地獄へ道連れにしてやる。
高坂は逃げ惑う敵の爆撃機に肉薄し、狂ったように二十ミリ機関砲を連射した。青白い火線を浴びた敵機が空中分解し、炎を上げて墜ちていく。しかし、そんな個人的な復讐劇も、戦場全体の巨大な敗色の流れを変えるには、あまりにも微力で、虚しい足掻きに過ぎなかった。
背後から、不吉な金属音が迫る。
連邦の護衛戦闘機隊が、獲物を見つけた狼のように、高坂の機体を包囲しつつあった。
彼らの戦い方は、皇国の搭乗員のような「個人の華麗な技量」に頼るものではなかった。二機、四機が完璧な連携を組み、互いの死角を補い合いながら、圧倒的な火力で網を狭めてくる、組織的で冷徹な戦術だった。数の暴力と、合理性の前に、皇国の精鋭たちの技量は、次々とすり潰されていく。
ガガガガガガガッ!
激しい金属音が、黎式戦闘機の薄い機体を切り裂いた。
風防硝子が粉々に砕け散り、時速数百キロの猛烈な風が、容赦なく高坂の顔を打ち据える。ガラスの破片が頬を切り裂き、鮮血が飛び散った。
それと同時に、右主翼の魔晶油タンクが直撃を受け、激しい爆炎が上がった。機体が猛烈に左へと傾ぎ、操縦桿がまるで岩のように重くなる。
「くそっ、動け! 動いてくれ!」
高坂は必死に両手で操縦桿を引き戻そうとした。しかし次の瞬間、彼の胸元を、言葉にできないほどの強烈な衝撃が貫いた。
「が、はっ……」
喉の奥から、熱い鉄の味がする血が溢れ出た。
見下ろすと、飛行服の胸元が、自らの血でどす黒く染まっている。敵の機銃弾が、彼の身体を正確に撃ち抜いていた。
急速に、全身の体温が奪われていくのが分かった。指先から感覚が消え、視界の端が、じわじわと黒い霧に覆われていく。
発動機が断続的な爆音を立てた後、ついに完全に沈黙した。
プロペラが回転を止め、ごうごうという風の音だけが、静かに操縦室を満たしていく。
「かあさん……」
薄れゆく意識の向こうで、高坂は遠い故郷の、静かな初夏の情景を思い出していた。
皇国本土の、山あいに広がる小さな村。坂道に咲くみかんの白い花。その爽やかな香りと、縁側で自分の無事を祈っているであろう、老いた母の小さくなった背中。
(俺たちは……間違っていたのか……)
自分たちは、国を護るために、正義を信じて戦ってきた。誰よりも過酷な訓練に耐え、命を捧げる覚悟でこの海へやってきた。それなのに、なぜ、これほどまでに無残に、誰にも看取られることなく、ゴミのように捨てられていくのか。
自分たちが築いてきた「無敵」の栄光とは、一体何だったのか。
誰も、答えてはくれない。
ただ、冷たい風が、彼の涙を乾かしていくだけだった。
黎式戦闘機の機首が、重力に引かれてゆっくりと下を向いた。
高坂の視界は次第に光を失い、どこまでも深い、吸い込まれそうな海の青色へと染まっていく。
最期に彼の目に映ったのは、煙を吐きながら完全に傾斜し、数千の兵士たちの絶叫を乗せたまま、静かに、しかし抗いようもなく水底へと引きずり込まれていく、我が母艦「黎明」の、あまりにも痛々しく、惨めな最期の姿だった。
――東暁皇国海軍、第一機動艦隊、壊滅。
この一戦によって、皇国は開戦以来の主力空母四隻すべてと、数千の熟練搭乗員、そして国家の全精力を注ぎ込んだ武力の根幹を、文字通り一瞬にして喪失した。
それは、皇国の歴史において、絶対にあり得ないと信じられていた「初めての敗北」であり、決定的な破滅へのカウントダウンの始まりだった。
しかし、この冷酷な真実が、大本営の「みち島周辺において我が軍、敵空母群を撃滅し、大勝利を収めたり」という、あまりにも壮大で、あまりにも虚しい「嘘の盾」によって覆い隠され、国民から、そして歴史から闇に葬られるのは、これから数時間後のことである。
常勝という名の、決して覚めない毒の夢。
その夢に狂った国家は、この海に流された数万の若者たちの血を無視したまま、さらなる地獄へと、引き返せない破滅の坂道を転がり落ちていくことになる。
原案:はる
設定の一部監修:chatGPT
文章添削:Gemini
最終編集:はる
歴史監修:chatGPT+Gemini




