地味なハゲ親父サラリーマンが実は
権藤 大作の朝は五時に起きる。
最近はお腹周りを気にして散歩をする様にしている。ジョギング等は関節痛や骨折が気になって走る勇気がない。故に負担が少ない散歩を選んだ。散歩と言っても少し早歩きの様な競歩モドキだ。効果は今の所目に見えないが千里の道も一歩からと言う諺がある様に焦らないで少しずつ積み重ねるのみ。最初の頃はきつ過ぎて余裕がなかったが、最近では季節の移り変わりを楽しむ様になった。
一時間しっかりと歩いた大作は自宅に帰るとまずはシャワーを浴びて汗を流す。加齢臭が気になる年齢なのでしっかりと専用のシャンプー・トリートメントとボディソープで洗う。汗だくとなったトレーニングウェアは必ず洗って干すまでが彼の仕事だ。一度洗濯機に回さずにそのままにした所妻だけではなく娘にこっ酷く叱られた為以降は忘れずに洗濯している。
「あらおはよう。もう帰ってたの」
「おはよう」
妻も今起きた様でパジャマ姿で朝御飯を作っている最中だ。大作はトレーニングウェアとタオルを干している間に身支度を整える。最近寂しくなった頭髪がもう一度生える事を願って育毛剤を塗る。せめてバーコードの様に薄くなった部分だけでも復活してくれるだけでも良いのだが……
リビングに戻ると息子と娘達も朝起きて朝御飯を食べていた。思春期なのか大作があいさつしてもあまり返してくれなくて寂しい日々が続く。しかし夜遊びとか暴力沙汰を起こさないから、まぁまだマシな家庭なんだろう。朝はトーストに最近妻が買った自動調理ポットのスープとインスタントコーヒーと牛乳。この自動調理ポットのスープお陰で野菜のポタージュを呑める様になって嬉しい。妻が飽きたら大作が代わりに作るつもりだ。
「今日は会議があるから夕飯はいらん」
「あらそう。楽で良いわ」
「栄輔理佐最近どうだ? 学校とか悩みないのか?」
「うるせー」
「父さん息臭いから黙って」
「そこまで言わなくても良いじゃないか……」
朝の会話は穏やかに(途中で泣かされながらも)流れ、親子三人で出勤登校。息子達はバス通学なので途中で別れ、大作は満員電車で押し潰されながら会社へと向かった。
「課長おはようございます」
「おはよう」
大作が勤めるのはそこそこの大きさの会社の総務部。部下達に朝の挨拶、欠勤がいないかを確認した後朝のミーティングを開始。
「今日の午後はそれぞれの部署の部長・課長クラスの会議がありますので、定時になっても私達が戻らない場合は自分の仕事が終わり次第退勤して下さい。来週と再来週は棚卸しと月末がありますので今週は残業しない様にしましょう」
「「はい」」
「それでは今日のミーティングは終わり。皆さん今日も頑張りましょう」
大作は課長としての仕事をする。途中で部下に指示しながらも午前は問題なく仕事が終了した。
昼休みは社食で昼を取りゆったりとテレビを見て笑い、さぁ昼の仕事も頑張ろうと奮起した時だった。
「権藤君ちょっと」
営業部の部長が総務部に顔を出した。その顔は焦りを隠した硬い顔だった。
「営業部長どうしたんですか?」
「霧谷さんとこの機材がトラブルが起きて誰も手が出せない。権藤君、以前の部署で霧谷さんの機材を直した事があるだろう? 頼むから見てくれないか?」
「はぁ……あそこの機材は特殊ですから普通の人なら難しいですからねぇ……部長申し訳ありません。もしかしたら午後の会議は欠席かもしれません」
「いーよいーよ。会議は僕だけでも大丈夫だから権藤さんは霧谷さんの方に集中してね」
「失礼します」
大作は総務部長に一例すると営業部長と共に『霧谷』と言う人物の元へ向かう。その姿を権藤の部下が横目で見ながら小声で先輩と話し始める。
『課長で製造から総務に移動したんですか?』
『ああ。詳しくは知らないけどパソコン操作が得意だったから当時人員不足だった総務部へ移動したんだとよ。たまーにあんな風に呼ばれるわ』
『色々動き易い様に課長止まりって奴っすか? それにしても『霧谷』様って初めて聞く顧客ですね。地方の顧客かな?』
「はい、そこ口じゃなくて手を動かす事に集中して〜残業されても後々困るのは自分達だからね〜」
総務部長に注意されて慌てて二人は会話を中断して自分のパソコンに集中し始める。ニコニコとその様子を見ていた総務部長は心の中で顔を顰めていた。
ーーーー霞ヶ関からの依頼とはかなりの事件が起きているな。
しかしそれでも彼は動揺しなかった。何故なら権藤大作が動けばトラブルは全て解決するからだ。
外の景色が見えない車に乗せられ、外の建物が見えない様に建物に入るまで目隠しをされていた大作は眼鏡ととある仕事専用のパソコンを小脇に抱えて早足で向かう。朝の散歩のお陰か目的地に直ぐに辿り着いた。
「ダイさんアンタ、足早くないか?」
「最近健康とダイエットの為に早歩きの散歩をする様にしているからね。ヤマさんも朝早く起きて運動するのはどうだい?」
「営業とかで忙しいんだよ……ついた」
少し息切れしている営業部長と余裕な表情の大作はIDカードの他に指紋認証と顔認証と言う厳重に閉じられていた扉を開かれた。
そこには無数のパソコンと大型の画モニターが中央に設置されており、ここで働いている職員と思わしき人物達は右往左往に動き回っている。全てとある事態を収集する為に動いているのだ。
「さっき車内で話した通りに政府のサーバーがハッキングを受けた。ハッカーの正体は不明、政府の重要データがゴッソリ盗まれた。中には外交に関する重要データもやられた」
「セキュリティはどうしたんだセキュリティは」
「そう怒るな。セキュリティが厳しく守っていたがハッカーの方が上だったんだ。唯一の救いは内部の犯行ではない事だ。…………ダイさんには盗まれたデータの奪還とハッカーの特定を頼む」
「言われなくても」
営業部長と会話をしながらも淡々とパソコンを操作し、最後は黙ってパソコンに集中する。操作しているパソコンには無数のソースコードが忙しなく次々と打ち込まれている。
「本当にあのバーコード頭のオッサンが伝説のハッカー何ですか?」
事態収拾に動いている若い職員が隣にいた上司に話し掛けている。
「馬鹿にするなよ。あの人は若い頃に数々の大事件に解決に導いた伝説のチームの一人だ。あの人はどんな強力な犯罪組織のセキュリティを突破し、データを盗んだり情報を書き加えて混乱させたり逆に此方のデータを守ったりした人だ。あの人がいなかったら世界大戦が何度起きた事が」
「だけど偶々見たメンバーと比べるとあんな地味な何処にでもいるオッサンが?」
「馬鹿野郎」
今でも懐疑心を抱いている若い部下に歴戦の上司は嗜めた。
「どんな仕事でも縁の下の力持ちがいなくなったら潰れるもんだよ。派手な仕事よりも地味な仕事の方がどこの組織でも重要なもんなんだよ」
その後周りの職員達は固唾を飲んで大作の動きを見守っていた。
時間として十分にも満たなかった。
「特定出来た」
平然と静かに呟く大作の言葉に周りはどよめく。
「本当か⁉︎ 政府所属のセキュリティエンジニアやホワイトハッカーでも辿り着けなかったのに⁉︎」
「普通のセキュリティエンジニアやホワイトハッカーなら無理だろうな。複数の海外・国産のサーバーを経由して錯綜させていたんだから。だけど私ならこの程度の事問題ない。相手の癖など丸分かりだ。…………この癖から見て組織的犯行じゃなくて個人の犯行……メールやSNS覗いても怪しいやり取りが無いから依頼されてからの犯行じゃなくて、腕試しの感覚の犯行と言った所か。若さ故の過ちって怖いねぇ……」
大作はしみじみと自分の若い頃を思い出しながらも手は止めない。大作は特定したハッカーに逆にハッキング仕掛けているのだ。そしてそれはものの数分で完了する。相手のハッカーのパソコンは大作の意のままだ。
相手のパソコンはカメラ付きの様で早速大作はカメラを起動させ、中央に設置されていたモニターに相手の顔が映る。
ハッカーは十代前半のまだ若い少年だった。髪は派手に染め服装もパンク系と言う如何にもな感じの少年だった。少年は政府のサーバーに侵入成功出来た記念の祝杯を挙げているのか、ジャンクフードを嬉しそうに食べていた。
チラリと大作は隣に立っている営業部長に視線を向ける。営業部長は視線の意図に気づいて小さく頷くと親指と小指でOKサインを作った。大作は咳払いを一つすると乗っ取ったパソコンの音声機能を動かした。
『喜んでいる所に水を差させてもらうよ』
突然知らない男の声に少年は飛び上がって驚き、左右に顔を動かして声の主を探す。
『君凄いねぇ。政府のセキュリティを突破しただけじゃなくて海外・国産のサーバーを経由して身元を分からなくしたその腕前。普通の人間だったらまず無理だ。…………遠藤 涼太君』
「誰だよ! 何で俺の名前まで……⁉︎」
少年、遠藤涼太少年はやっと自分のパソコンが発生源だと気付き転げる様にパソコンへと駆け寄った。
『政府のサーバーからデータを盗むのはちょっとやり過ぎたね。申し訳ないが君のパソコンをハッキングさせて君の個人情報は全て入手させて貰った。君のSNSの鍵垢から家族の些細な連絡全て入手させて貰ったよ』
「おいオッサン! アンタ誰だよ⁉︎ 俺のパソコンは簡単に乗っ取られない様にガッチガチにセキュリティをかけていたのに何で突破してるんだ‼︎」
『アレぐらいは私にとっては欠伸が出る位簡単なんだよ。むしろ特定するまでが大変だった。…………最後に忠告はしておくよ』
『そんな若い内に髪を染めていたらおじさんみたいに禿げるぞ』
その言葉と同時に何人もの屈強な男達が遠藤涼太少年の部屋に突入したのであった。
事件が解決し帰社しようとしたが総務部長の計らいで直帰。古い友人の営業部長と居酒屋でささやかな祝杯を挙げたのであった。昼に迎えに来てくれた車とは別の車で帰宅途中、大作はふと思い出す。
「あの少年はどうなる?」
「まぁ犯罪組織に情報を売る目的ではなかったし、若い頃のお前程ではないが実力は確かだし保護観察処分をへてウチにに所属させる」
「それが良いだろうねぇ。礼儀作法に厳しい『委員長』がいるし育て方次第では俺を超えるかもなぁ」
しみじみと言う大作に営業部長は困った様に笑う。
「お前さんみたいなのが何人もいたら上司の胃が幾つストレスで壊れる事か」
「止めてくれよ若い頃の黒歴史なんだから。……あっ此処で止めて下さい」
「何だ? 家までまだ遠いぞ?」
「近くにテレビで話題となったケーキ屋があるんだ。お土産に買っておこうかと思ってな」
「家族にお土産……本当に若い頃から変わったなぁ。あの時のお前は他人にお土産を買うなんて発想はなかったのに」
「だから止めてくれよ。若い頃の話ばかりするのはオッサンの悪い癖だぞ。……じゃあまた会社でな」
「おう」
大作は手にお土産のケーキを持ちながら夜風にあたりながら徒歩で帰っている。
明日は総務部長にお礼を言って残した仕事を片付けて……と明日の仕事の流れを計画を立てた。それから自分が裏で所属する事に新人への指導。
帰宅したら妻や子供達にお土産を渡して……喜んでくれたら嬉しいが長女はダイエットとか言って拒否るかもしれない。でも絶対に翌日には食べてまた怒られて……長男の方はあまり親と話す事がなくて困っている。子供達のSNSは知っているが、親が覗き見るのは駄目だろうと鉄の意志で見るのを止めている。……ただまぁ同じ趣味を持つ若い部下にお願いしてフォロワーになって貰っているが。何か良くない事が起きた時のみ知らせて貰う様にしている。
風呂を済ませたら妻とのたわいのない会話。会話と言ってもほぼ妻のその日にあった事の独演会なのだが、妻のは気分が悪くない事を言わないから良い。一通り話し終えたら妻は先に寝室に入って寝る。そして大作は明日の仕事と朝散歩の用意をして、裏の所属先の仕事が来ていないか確認、は今日の事があったからその報告だけで良いだろう。今日は見たいテレビが無いからそのまま寝室で寝る。
大作はそこからふっと笑ってしまった。
ーーー若い頃と思い浮かべていた日々とは違っているなぁ。
それでもこの『普通』の日々が大事に思う日が来る事もそう思える家族が出来る事も若い頃の自分は知らない。
「ただいま」
「「「おかえり〜」」」
そして今日も大作の一日が終わる。
少年漫画とかでハッカー少年が中年のサラリーマンになったイメージで。地味な中年サラリーマンが実は凄腕ハッカーだったみたいなギャップが好きです




