008:最後の試練
『――最後に残された課題は、危険なものとなります』
休憩を終え、その先に待っていた扉の前までやって来た時、施設の声は僕たちにそう告げてきた。
その言葉に、僕らは思わず顔を見合わせる。
まさか、今になってそのような話を聞くとは思わなかったのだ。
「危険というのは、いったいどの程度?」
『場合によっては、命に危険が及ぶ場合があるでしょう。可能な限り配慮はしますが、全ての危険を排除することはできません』
その言葉には、顔を顰めざるを得ない。
クライヴ・ハルツマンの後継者が貴重であることは間違いないだろう。
そんな僕を損なうような真似をすれば、またどれだけの時間待つことになるのか、この声の主にとっても不明なはずだ。
だからこそ、できる限り絶命するような危険は排除するとは思われるが――それでも、事故はあり得るということだろう。
「どうする、武村さん。ここで待つ? あくまでも僕に課せられた課題だ、君まで危険に踏み込む必要は――」
「ううん、私も一緒に行きます。都築君だけ危険に晒して、私だけ安全な場所から見てるなんて、私は嫌です」
「……けど、この施設は僕を護る理由はあっても、君を護る理由はない。危険が及んだ時、この施設は間違いなく僕を優先するだろう。僕より君の方が危険なんだ」
僕を助けることはあり得ても、武村さんを助ける可能性は低い。
彼女にとって、一緒に試練を受けることはリスクでしかない筈なのだ。
けれど、それでも武村さんは頑なに首を横に振った。
「いいんです。だって、その方が『楽』ですから」
「え?」
「都築君、言いましたよね? 『楽な方でいればいいんだ』って」
確かに、それは先ほど僕が告げた言葉だ。
正直、問題の棚上げでしなかった言葉をそのように使われてしまうと痛い。
武村さんにとっては、待っているよりも一緒に挑んだ方が楽なのだと――そちらを選びたいのだと、そう言っているのだから。
なおも反論しようとするけれど、僕は結局口を噤むこととなった。
クラスで見ていた、引っ込み思案で大人しい印象の彼女は何処にもいない。これが、本来の武村エリということか。
「……わかった。だけど、危険だと思ったらすぐに退避して」
「それは、都築君もですよ?」
「うん、勿論わかってるよ」
いざとなったら庇ってでも助けようと覚悟を決めつつ、改めて扉の方へと向き直る。
例の宝石は付いていないが、〈解析〉を使って見てみればその開け方は一目瞭然だった。
まあ、どうやら先ほどの扉よりは複雑な回路になっているみたいだけど、きちんと確認すればそう難しいものでもない。
入力点に魔力を流し込みながら回路をなぞり、僕はその扉を起動した。
瞬間、これまでと同じように、巨大な扉は音を立てながら上へとせり上がっていく。
それと共に僕らの目の前に現れたのは、ドーム状の広い空間だった。
「都築君、あれは……」
「うん、あれが恐らく、試練なんだろうね」
足を踏み入れると共に、照明に照らされたドーム内。
その中央には、一体の甲冑が剣を両手に掲げて立ち尽くしていた。
魔法の発動を維持している今だからこそ理解できる。
あれもまた、機甲術によって作り上げられた機械人形であると。
高さは二メートル半ほど。見上げる大きさの甲冑は、やがてゆっくりとその動きを始動させた。
「どうするんですか?」
「流石に、近づくのは危険だ。距離を保ちながら考えよう」
幸い、あのゴーレムの足はそれほど速くない。
小走りで遠ざかれば距離を保つことは可能そうだった。
円形のドームだからこそ、逃げ場に困ることもない――僕らの体力が続く限り、という条件を除けばだけど。
(出口はあるけど、あのゴーレムがいる限りのんびりと解錠している余裕はない。まずは、あのゴーレムを何とか停止させないと)
僕は〈解析〉の魔法を維持したまま、ゴーレムの姿を観察する。
しかし、その構造は流石に、ここまでに操作してきた扉とは段違いの複雑さだった。
単独で稼働して向かってきているのだから、当然と言えば当然ではあるのだけれども。
しかも――
「っ……後継者向けの課題ってことか、意地が悪い!」
ただ複雑というだけじゃない。いくつものトラップが仕掛けられている。
最初はただ動力系を断てばよいかと思ったが、それを狙えば暴走を開始するようになっていたのだ。
何とか暴走を回避しつつ、制御系に停止命令を送るしかない。
けれど、そのような繊細な操作を行うには、あの鎧に直接触れながらでなければ難しいだろう。
(遠隔で魔法を使えるようになれってことか!)
離れた位置にいるあのゴーレムに、直接制御を仕掛ける――それが、この課題なのだろう。
問題は、今の僕はまだ、離れた位置に魔法を発動させることが難しい点だ。
魔力の制御が未熟であるため、まだごく近い位置でしか発動できないのである。
一時的に動きを止める程度であれば、術式の構築には目途が立っているけれど、それを攻撃範囲外から使うことは現状困難だった。
「そういう課題だってことなら先に言っておけ……!」
難しい――けれど、やるしかない。
そうしなければ、安全な場所に到達することができないのだから。
覚悟を決め、僕は〈解析〉を使ってゴーレムの制御を頭に叩き込んだ。
離れた位置の操作をしながら、〈解析〉を維持し続けることは今の僕には無理だ。
その上で、相手の攻撃が届かないギリギリの距離から操作を行わなくては。
「武村さん、離れてて。あれを、何とか停止させる!」
「……難しいんですね?」
「そうだね、その通りだ。でも、あれは機甲術じゃないと停止させられない」
協力できる点があるなら武村さんにも手伝って貰いたかったが、生憎とゴーレムの停止は機甲術でしか行えない。
これは、あくまでも僕向けの課題なのだから。
しかし、武村さんはそれでも、後方に下がろうとはしなかった。
「っ、武村さん!?」
「アイツの動きが、止まっていればいいんだよね?」
感じたのは、強い違和感。
武村さんの口調が、表情が、これまでとは異なるような。
思わずまじまじと見つめてしまった彼女の顔には――八重歯を見せながら笑う、力強い表情があった。
「――だったら、エリが止めてあげるから!」
とぷん、と。音を立てて、武村さんの体が沈む。
目を見開いてその動きを視線で追えば、彼女の体は足元にある影の中へと沈んでいくところだった。
闇の魔法――いつの間に、そんな術式を構築したのか。
そんな疑問を口に出すよりも早く、ゴーレムの足元にある影が蠢き、そこから伸びた黒い帯がゴーレムの腕と剣を拘束して見せた。
「あ、ゴメン! 完全に拘束するのは無理かも! 剣だけでも止めとくから頑張って!」
「い、いや、十分すぎる! ありがとう!」
ゴーレムの影から顔だけ出していた武村さんは、普段とはまるで異なる口調でそう声を上げる。
二重人格なのかと疑いたくなるような変化だが、今はそれを気にしている場合じゃない。
あいつが移動できず、しかも拳でしか攻撃できなくなっているならば、今の僕でも遠隔操作が可能なはずだ。
そして、操作できる距離であるならば――
「――性格が悪いね、クライヴ・ハルツマン。だけど、その引っ掛けには乗らないよ」
どれほど複雑な制御であっても、見えている限り失敗することはあり得ない。
操作基板から制御系へ、その本体へと向けて停止命令を送信する。
その瞬間、影の拘束を抜け出そうとしていたゴーレムは、電池が切れたようにその動きを停止したのだった。
「やった、凄いよ! ナイスだね!」
「あ、ありがとう……その、武村さん?」
「にひひ、驚かせちゃったね」
影から飛び出るように戻ってきた武村さんは、少し誤魔化すように笑いながら頬を掻く。
声も、姿も、普段の彼女と何ら変わることは無い。
だが、受ける印象は真反対だ。何というか、ギャルっぽかった。
しかしこの変化は、最早猫を被っていたとか性格を隠していたとか、そんなレベルではない。
まさか、本当に二重人格なのでは――そんな疑念を抱いたちょうどその時、周囲に声が響き渡った。
『課題の達成を確認いたしました。中央をご覧ください』
その声と共に、ドーム中央の床が開き、中から台座のような物がせり上がってくる。
その上に置かれていたのは、ピンポン玉サイズの、紫色の宝玉であった。
『そちらが、当施設のマスターキーとなります。手にお取りください』
「……これで、全部達成ってことか」
あれこれと疑問はありつつも、言われた通りに紫の宝玉を手に取る。
というか、この玉がどうしたらマスターキーになるというのか。
やはり〈解析〉が必要なのだろうかと、目を向けて――
「が――――ッ!?」
瞬間、腕を伝って迸った凄まじい衝撃と痛みに、耐えられる筈もなく僕の意識は暗転したのだった。




