005:固有魔法とは
『この扉は、機甲術でのみ開くことが可能です。ここで、機甲術の扱い方の基本を学んでいただきます』
「至れり尽くせりだね」
『恐縮です』
皮肉で言ったのだが、どうやら声の主には通じていないようだ。
とはいえ、状況を打破するためには固有魔法の習得は必要不可欠だろうし、今後のためにも必要な授業だろう。
それに――ちらりと横目で見た武村さんは、キラキラとした瞳で扉のことを見つめていた。
どうやら、魔法の授業がとにかく気になっているらしい。
(これが彼女の素なのか? 猫を被っていた……それにしても変化が大きすぎるけど)
尤も、学校で本来の性格を隠していたとしても、それは彼女の自由だ。
特に口出しするようなことでもないし、今は追及する必要も無いだろう。
尤も――今後の状況次第では、もっと腹を割って話した方がいいのかもしれないが。
「はぁ……それで、まずはどうすればいい?」
『魔法を発動するためには、まず魔力が必要です。即ち、魔力の操作を習得する必要があります』
「具体的には? 僕らは魔力なんてものの感覚はわからない。今まで一度も使ったことが無いんだ」
『まず、先程魔力形質の解析を行った際の感覚を思い出してください』
その言葉に、思わず首を傾げる。
魔力形質の解析とは、この通路に入ってくる前の、扉に付いた宝石に触れた時のことだろう。
弱めの電気が流れたような、奇妙な感覚。初めて味わう感触であったため、それは鮮明に覚えていた。
『あれは、こちらから魔力を流すことで貴方がたの魔力に干渉していました。即ち、あれこそが魔力の感覚となります』
「……成程。それじゃあ、自分の中にもアレがあると」
『肯定します。魔力は呼吸により生み出されますので、大きく呼吸をしながら、肺の下辺りに意識を集中してください』
胡乱な話ではあるが、素直に従って大きく深呼吸をする。
あの時に感じた、弱い電気のような感覚。それを探るように、己の内側へと意識を集中させていく。
大きく息を吸い、吐き出して――吐き出すのと同じタイミングで、胃の辺りに僅かな違和感を覚えた。
(これか……?)
呼吸を繰り返し、その感触を確かめていく。
僅かずつ、だが明らかに、これまで生きてきた中で触れたことのない感触が蓄積しているのを感じた。
そして、奇妙な感覚ではあるが、その感触はある程度自分の意思に従って動かすことができるようなのだ。
自分の体内にあるものを意識的に動かす、というのは中々奇妙な感覚だった。
『感覚を掴めましたら、まずは魔力を体内で動かしてみてください。まずはそこからです』
指示に従い、胃の辺りに蓄積してきていた魔力とやらを、体の中で動かしてみる。
感覚的にはタイムラグがあるというか、妙に鈍い動きだ。
けれど、これは慣れの問題であるようにも感じた。習熟を続けていれば、いずれはスムーズに動かせるようになるだろう。
「武村さん、そっちは大丈夫?」
「うん! じゃなくて、はい。う、動かすことはできるみたいです」
何というか、一度綻んでしまったせいなのか、武村さんの清楚キャラはだいぶ剥がれかけになっていた。
いい加減そろそろツッコミを入れるべきなのかどうか。
そんな思いを抱いて、微妙な表情をしていたからだろうか。
どこか申し訳なさそうな様子で、武村さんはおずおずと声を上げた。
「あの……ごめんなさい、変ですよね」
「咄嗟に出た口調が、ってこと?」
「口調というか……まあ、その、はい」
彼女の様子に、僅かに違和感を覚える。
ただキャラを作っていたという程度の話であれば、ここまで深刻そうな表情をするものだろうか。
もうちょっと何かしらの事情があるのかもしれないが――それについて長話をしている余裕があるわけじゃないことも事実だ。
「事情があるみたいだし、話したくないなら追及はしないよ」
「……いいんですか?」
「こんな状況なんだ。悩み事を増やしても余計に困るだけさ。武村さんが楽な方でいればいいんだよ」
今が緊急時であることに変わりはないのだ。
状況を改善するために必要ではない悩み事なら、後回しにすることだって何も悪くはないのだから。
武村さんは僕の言葉を聞き、反芻して――薄っすらとではあるが、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう、都築君」
「棚上げしただけなんだ、礼を言われるようなことじゃないよ」
気恥ずかしくて、思わず目を背けてしまう。
大人しいからあまり前に出されることこそなかったけど、この容姿だ。
ちょっと気後れしてしまうレベルの美少女であることは間違いないのである。
問題の先送りをしたのに感謝されてしまっては、こちらも座りが悪いというものだ。
「とにかく……ある程度魔力を動かせるようにはなってきたけど、ここから何を目指せばいいんだ?」
『体外への放出をできるようにすることです。掌からの放出などはイメージがしやすいかと』
僕らのやり取りなどまるで気にした様子のない声は、すぐに次なる課題を出してくる。
変にからかわれても腹が立つだけだし、そこは気にせずにその課題へと取り組むとしよう。
とはいえ、それほど難しい話じゃない。未だ動きは鈍いとはいえ、魔力を動かすことはできているのだ。
それに、先程の解析で、魔力が中に入り込んでくる感覚は覚えている。
つまり、魔力が通り抜ける感覚というものは、僕らは既に体験しているのだ。
(それを見越した上での造りであるなら、クライヴって人は何処まで読んでいたのやら)
空恐ろしい気分を味わいながらも、あの時の感覚を再現してみる。
結果、魔力はあっさりと僕の掌を通り抜け、外に放出されて霧散することとなった。
「……出すことはできたけど、これでいいのか?」
『放出後の制御は課題ですが、ひとまずは問題ありません』
やはり、本来はそのまま留めて使うものであるらしい。
微妙な気分を味わいながらも、僕は確かな高揚を覚えていた。
今までの人生で経験のない体験だ。緊急事態であるとしても、その高揚を否定することはできなかった。
『非常に大枠的な説明ではありますが、魔法とは頭で思い描き、魔力で実現するというプロセスを取ります。求める効果を思い描くことによって術式が投影され、そこに魔力を通すことで現象が発生します』
「……その説明だと、どんなことでもできるように思えるけど?」
『無論、魔力の量による制限と、適正による制限はあります。不可能な事象であれば、術式を描くことはできたとしても、現象として発現させることはできません』
つまり、妄想は自由だけど、実現できるかどうかは当人の能力次第ということか。
まあ、この説明だと元の世界のことのようで微妙な気分になってしまうけれども。
『それでは、この扉の術式を〈解析〉してみてください。それによって、扉の開き方が分かる筈です』
「〈解析〉? 魔法を使って、ってこと?」
『この扉に刻まれているのは、機甲術によって構築された術式です。故に、機甲術ならば解き明かすことができます』
その〈解析〉とやらが、僕が最初に覚えるべき魔法ということか。
まあ、いきなり火を出したりするよりは安全かもしれないが、何とも地味な魔法である。
とはいえ、いきなり機甲術と言われても何をすれば良いかわからないし、それぐらいの方がちょうどいいのかもしれない。
「あ、あの! エ、私の固有魔法って何だかわかりますか!?」
『魔力形質を調べただけですので、機甲術以外は判別できません。ですが、貴方のマナが闇の属性に偏っていることは確認できていますので、闇の属性に関連する魔法であると考えられます』
武村さんは武村さんで魔法の練習をしたいようだが、彼女の固有魔法まではわからないようだ。
しかし、彼女が闇の属性というのは似合うのかどうなのか。まあ、属性の何たるかなんてイメージでしかないのだが。
というか、マナって何だ――という疑問は飲み込みつつ、僕はちょっと残念そうな表情の武村さんへと声をかけた。
「そういえば、さっき洞窟の中で、暗闇の先が見えていたよね?」
「え? それは……都築君は見えていなかったんですか?」
「うん、僕にはね。ただ夜目が利くのかと思ったけど、もしかしたらそれも魔法だったんじゃないかな。〈暗視〉とか」
「もしかしたら、それならもう使えるかもしれないってことですね……アドバイス、ありがとうございます」
にっこりと笑う武村さんに、こちらも首肯を返す。
まあ、魔力の扱いも覚えていないタイミングでそれを使えていたのであれば、いったい何者なのかという疑問は残るけれど――とにかく、まずは僕自身のタスクに集中することとしよう。




