004:古の工房
扉が開いた先は、建物の中と思われる廊下が続いていた。
相変わらず薄暗く、先を見通すことは難しいけれど、先程までとは違い松明ではなく照明によって先が照らされつつある。
恐らく、先へと進めば明かりは灯っていくのだろう。
警戒心は残しつつも、僕らはその廊下へと足を踏み入れ――それと共に、背後の扉は再び音を立てながら閉じてしまった。
「……後戻りはできないか」
結局、この扉は仕掛けによって自動的に開いたに過ぎず、僕らの手で意識的に操作できたわけではない。
もう一度この扉を開くことは難しいだろう。尤も、戻ったところで何かがあるわけでもないのだが。
いざという時の退避経路が無いのは不安が残るけれど、今は先に進むしか道は無さそうだ。
と――
『お待ちしておりました、資格を持つお方。そのまま、先へとお進みください』
先ほど、扉に触れた時と同じ女性の声が、薄暗い廊下の中に反響する。
その声の発信源を探してみてもそれらしいものは見つからなかったが、どうやらただの自動音声というわけではなさそうだ。
「……こちらの声が聞こえているのか?」
『はい、質問がございますでしょうか?』
思ったよりも素直な反応に、思わず眼を瞬かせる。
けれど、今この状況においては、重要な情報源だ。
こちらの質問に答えてくれるというのなら、遠慮なく問うこととしよう。
「ここは何処だ?」
『古き時代の機甲術師、クライヴ・ハルツマンの工房となります』
端的な質問に対して知らない単語が二つも現れてしまい、思わず頭を抱える。
この聞き方をしたのでは、答えを得ることは難しい。いい加減、核心的な問いは避けては通れない頃合いだろう。
これまで、幾度となく直面してきた奇妙な現象。その答えを、まずは問わなければならない。
「……質問を変えよう。ここは、僕たちが住んでいた場所とは異なる世界か?」
「都築君、それは……!」
『――肯定します。貴方がたは、【境界の賢者】が遺した術式により、この世界に呼び出されました』
大きく、息を吐き出す。
それが、これまでの疑念の答えだった。
何度も直面したありえない事象――何のことは無い、それは僕らの世界ではありえないことであっても、この世界にとっては不思議ではないことだったのだ。
「異世界……まさか、本当にそんなことがあり得るなんてね」
「あ、あの! 他のクラスメートの皆は、ここにはいないのですか?」
『貴方がたと同時に召喚された者たちについては、この場には存在しません。この場には、資格を持つ者を呼び込むよう、細工が施されておりました。他の者たちは、術式が刻まれたその場に呼び出されているはずです』
その言葉に、弾かれたように顔を上げる。
この場において、資格を持つ者とは僕のことだろう。
つまり、僕だけがここに来るはずで、武村さんはイレギュラーだったということになる。
その原因は――
「……ゴメン、武村さん。これは僕のせいかもしれない。あの時、君の腕を掴んだから」
「それは……でも、私も掴み返していましたから。それは、仕方ないと思います」
あの時彼女の腕を掴んだのは、本当に反射的な行動だった。
決して、道連れにしようとかそんなことを考えていたわけではない。
けれど、彼女をこの場に連れ込んでしまったのは、間違いなく僕なのだろう。
その責任は、僕が負わなければなるまい。
大きく息を吐き出し、僕は再び声へと向けて質問を投げかける。
「どうして、資格を持つ者をここに呼び出そうとしたんだ?」
『この工房の後継者――即ち、クライヴ・ハルツマンの後継者となっていただくためです。その資格を持つ者が呼び出される日を、これまで待ち続けておりました』
「……その資格とは一体何だ?」
『クライヴ・ハルツマンと同じ固有魔法――即ち、機甲術を持つことです』
「えっ!? 魔法が使えるの!?」
唐突に、素っ頓狂な声が上がる。
驚いてそちらを見れば、武村さんが口元に手を当てながら顔を逸らしていた。
今の声は間違いなく彼女だったのだが――いや、今はいい。聞き間違えということにしておこう。
「ええと、僕がその機甲術とやらを使えるということか? 魔法なんて使ったことが無いんだけど」
『魔法に関する説明は、長くかかると想定されます。移動しながらの説明をご提案します』
「……わかった、先に進むから、説明してくれ」
奥に進むことへの抵抗はあったけど、この場に残っていても後ろに戻れるわけではない。
この示す通り、先に進みながら話を聞くこととしよう。
『魔法についてですが、これは原則として二種に分類されます。即ち、汎魔法と固有魔法です』
「具体的に、その二種はどう違う?」
『通常、汎魔法は誰にでも同じ効果で扱うことができる魔法です。逆に固有魔法は、個々人によってその効果が異なります。一つの時代に、同じ固有魔法を扱える人間は存在しないと考えられています』
話から推察するイメージだけでは、僕らの考える魔法のイメージに当たるものが汎魔法だろうか。
誰にでも扱えるという但し書きが付いているなら、汎魔法はこの世界において一般的な技術なのだろう。
「それで、僕の固有魔法とやらが、この施設を造ったクライヴという人物と同じものだと?」
『肯定します。先ほどの検査にて、確認させていただきました』
「……正直、実感なんて何もないんだけど」
『固有魔法は本来、汎魔法を高度に習熟した者にのみ発現します。しかし、貴方がたは例外です。【境界の賢者】が遺した召喚魔法により呼び出された者たちは、全てが固有魔法を発現させます』
「それじゃ、エリもそれが使えるんだ!?」
……流石に聞き間違えなんてことがある筈もないと、再び武村さんの方に視線を向ける。
しかし、彼女は先ほどと同じように、再び口を押さえながら視線を向こう側へと逸らしていた。
頑なに目を合わせようとしない辺り、どうやら本当に追及されたくはないようで――まあ、ここに連れ込んでしまった負い目もあるし、追及するつもりはないのだけれど。
『肯定します。貴方にも、固有魔法は発現している筈です』
「ああ、うん。君は空気を読まないだろうね……」
一方で、響く声の方はまるで武村さんに配慮する様子は無かった。
というか、そういった情緒を察するだけの思考が無いのか。どうにも、機械的な印象は拭えなかった。
ぷるぷると震えている武村さんは気の毒ではあるが、とりあえず彼女の疑問についても明らかになったわけだ。
僕も、彼女も、魔法は使えるようになっている筈。この声の主は、確信をもってそう告げていた。
「まとめると……君は、この施設の後継者、即ち機甲術の使い手を求めていた。その手段として、確定で固有魔法を発現させる召喚者に狙いを定めていた。そして結果として、僕をここに呼び寄せた」
『はい、その経緯に相違ありません』
「なら、その後は何だ。僕にこの施設を継承させて、何をさせようとしている?」
『それに関しては、それ以上の要求は存在いたしません。後継者を探すこと――それが、クライヴ・ハルツマンより入力された命令です』
思わず、眉根を寄せる。果たして、その言葉はすべて真実なのかどうか。
生憎と、この機械的な人物の声から、その真意を探ることはできなかったが。
というか、そもそも人間ではないのだろう。クライヴがいた時代を古き時代などと言っていたくせに、クライヴと面識があるような話し方をしているのだから。
ここは異世界、何があったって不思議じゃない。あらゆる可能性を考えておくべきだ。
「それなら、僕がどうしようと僕の自由だと言うのか?」
『肯定します。この施設をどのように使おうと、それは後継者たる貴方の自由です』
扱いに困るとはこのことか。
けれど、異世界という場に放り出された今の状況において、使えるものは何でも使えるようにしておくべきだ。
疑問は拭いきれないけれど、今はこの声の提案に従っておくべきだろう。
「……わかった、君の指示に従おう。継承とやらには、どうすればいい?」
『それでは、魔法の習熟を開始いたしましょう。そのための課題を、ご用意しております』
その言葉と、ほぼ同時――照明に照らされた廊下の先に、先程と同じような扉が現れる。
どうやら、何から何まで向こうの想定通りであるらしい。
その状況に、思わず深々と溜息を零していた。




