031:第二のラボ
リリエーラさんが十分に離れたことをエリちゃんの魔法で確認してから、僕は扉へと向けて右手をかざした。
この右手に埋め込まれたマスターキーは、クライヴのラボを操作する絶対的な権限を有している。
詳しく調べる必要もなく、僕はこの扉を開くことができるのだ。
マスターキーが光を放つと共に、砂埃を上げながらゆっくりと扉が上へとせり上がってゆく。
それと共に、僕たちの前へと姿を現したのは――ファレンジアの工房と変わりのない、人工的な質感の空間だった。
「問題なさそうだね。入ろうか」
「おっけー。見た目は同じ感じだね?」
「クライヴはその辺、あんまり凝るタイプじゃなさそうだからね」
僕たちが内部に足を踏み入れると共に、扉は再び封印される。
今後はこの扉を使うことはそうそう無いだろうし、封印については気にする必要は無いだろうけど。
そして、扉が閉まると共に、内部の照明が一斉に点灯した。
まず目に入ったのは、中央にオブジェの置かれた広いエントランス。
その構造は、ファレンジアの工房と何ら変わるものではなかった。
ちなみに、中央にあるのはこの周囲の地図模型である。きちんと今の地形に合わせているため、これも魔道具なのだ。
「さてと……アイ、機能は問題ない?」
『肯定します。全機能、問題なく稼働しているようです』
「何よりだね。それじゃあ、案内をお願い」
『承知いたしました。右手側の部屋へ――こちらは居住スペースですので、省略いたしますか?』
「……そうだね。そっちは後で、僕たちで見ておくよ」
居住スペースについては、ファレンジアの工房とそれほど変わり映えはしないだろう。
どうせ、クライヴがここでの研究に熱中している間に生活していたスペースがあるだけだ。
ラボ間の転送機能はあるため、寝泊まりするときは生活用品の揃ったファレンジアのラボに戻った方が楽だし、こちらはあまり使われることは無いだろう。
『では、正面の扉へ。こちらは、人工精霊を用いた魔道具開発の工房になります』
「へぇ~……何か、機材がちょっと向こうの工房と違う感じだね?」
『肯定します。こちらは、主に人工精霊の封入器の加工と術式刻印に特化している形となります』
エリちゃんの率直な疑問に、アイもまた端的に回答する。
人工精霊を運用するためにはそれを入れるための封入器が必要だ。
ここでは、それを使いたい魔道具に合わせた形に加工するための道具が取り揃えられているのだろう。
とりあえず、その扱い方については、後で確認する必要がある筈だ。
「成程……封入器の形状自体は、人工精霊を入れるのにあまり意味は無いのか」
『肯定します。物理的な大きさ、形状などはあまり意味はありません。ただ、小さければそれだけ刻印できる術式は少なくなります』
「まあ、それはそうだろうね。何事も、扱い方次第か」
大型のカッターのような機材や、グラインダーのような機材。
こんな町工場のような道具まで取り揃えているとは思わなかった。
そんな中で、ふと目に入ったのは書類の入った棚。
見れば、クライヴの書いた手記がその中に収められていた。
(……これがあれば、何かヒントがあるか)
クライヴの手記については後で目を通しておくこととして――そろそろ、次の部屋を確認するとしよう。
そここそが、このラボを解放した真なる目的なのだから。
「アイ、次の部屋を頼むよ」
『承知いたしました。人工精霊生成室をご覧ください』
アイに促されるままに、最後の扉へと足を進める。
扉を開き、まず目に入ったのは、直線に続く長い廊下だった。
その両脇には扉が並んでおり、ファレンジアの工房にある倉庫に似た造りとなっている。
けれど、そこに置かれているのは材料や資材などではなく――
「わ! ユウ君、これSFとかで見たことあるかも!」
「確かに……まさにそんな見た目だね」
廊下から部屋の内部を覗けるガラス窓。
そこから確認できた部屋の内部には、巨大なシリンダーが中央に鎮座していた。
これがSF映画やゲームであるなら、あのシリンダーの中は液体で満たされ、中に化け物が浮かんでいたことだろう。
けれど、生憎とここはファンタジーの世界だ。
あのシリンダーこそ、人工精霊を生成するための機材なのである。
『部屋は、属性ごとに区切られております。六種の属性ごとに一部屋、計六部屋の生成室が準備されております』
「結構な規模だね……それだけ、良く使われてたってことか」
試しに、一番近場にあった火属性の生成室へと足を踏み入れる。
機材は起動していないため、精霊たちは存在しない。
ただ、巨大なシリンダーが沈黙を保ち続けているだけだ。
「これを使うと精霊を生み出せるんだね。ユウ君、使い方わかる?」
「操作自体は結構単純だと思うよ。ほとんどが自動だ……どちらかというと、封入器の加工の方が難しいだろうね」
ざっと〈解析〉を行った結果、この機材は本当に、人工精霊を生み出してそれを封入器に入れることだけを行えることがわかった。
勿論、これが無ければ人工精霊は生み出せないのだけれども、僕としては封入器の加工の方が興味はある。
あちらの形状、そして刻み込む術式によって、人工精霊は千差万別の変化を見せることだろう。
生成器の操作盤近くにあるケースの蓋を開きつつ、僕はエリちゃんへと簡単に説明する。
「ここに封入器を入れて、それからこの機材を起動する。やることはただそれだけだ」
「えっ、そんな簡単なの!?」
「この生成器を作ろうと思ったら、それこそかなりの労力を必要としただろうね。設計図を見ながらでも、作り上げるのには数ヶ月……下手をすれば年単位が必要だ。でも、使うだけならば誰でもできる――クライヴらしい機械だよ」
誰にでも扱える魔道具を――それがクライヴの理念だ。
この機械は、まさにそれを体現したようなものだと言えるだろう。
尤も、この機械を機甲術の使い手以外が使うことなど、まず無かっただろうけれども。
「とりあえず、これがあればアイちゃんの負担を減らせるんだよね?」
「そうだね。ただ、封入器にどんな術式を刻印する必要があるのかは確認しないとだけど……アイ、そこは後で説明をお願いするよ」
『承知いたしました。後程、作業の際にご説明いたします』
ただ人工精霊を作って終わり、というわけではない。
必要な術式を刻まなければ、人工精霊たちは望んだ通りの出力をしてはくれないのだ。
やはり、ここもしばらくは勉強が必要だろう。
精霊という存在そのものについても、調べる必要がある筈だ。
と――機材を眺めながらそんなことを考えていた僕を他所に、部屋のあちこちを観察していたエリちゃんが、ふと顔を上げてこちらへと声をかけてきた。
「ねえねえ、ユウ君、アイちゃん、これ何?」
「ん? 何かあった?」
エリちゃんが示したのは、部屋の隅にあった棚の中。
そこに置かれていた、大きな日本酒の瓶ぐらいはあるフラスコのような物だった。
ただ、そのフラスコの周囲を囲うように魔道具が付けられている。その構造は、ここにある生成器と似通っているように思えた。
『そちらは、人工精霊生成器のプロトタイプです。それを発展させたものが、中央の生成器となります』
「へぇ、これがあんなに大きくなったんだ!」
元が抱えられるようなサイズであった、というのは中々に驚きだ。
エリちゃんから受け取って確認してみれば、どうやらこれも動かすことはできるらしい。
ただ、やはり中央の生成器と比較すると、どうにも安定性に欠けているように見える。
それに、生成と封入を一元管理できていない。生成が終わった後に、封入の操作をしなければならないだろう。
「でも、こういう発展の具合が見られると勉強になるね……よし。アイ、他に何か説明することは?」
『特にはございません。本施設の大まかな説明は以上です』
「了解、細かい説明は使う時でいいよ。まずは工房に戻って休んでから、必要なタスクをこなすとしようか」
「そうだね。長旅でちょっと疲れちゃったよ」
お風呂に入りたがっていたエリちゃんは、その提案に対して即座に賛成する。
これからまた忙しくなることだし、今日は英気を養うこととしよう。




