030:エルネンシア近郊
あれから数日程馬車に揺られ、僕たちはエルネンシアに到着した。
エリちゃんもしばらくはキャンプ気分を味わっていたものの、風呂に入れない日が数日続いたのは堪えたのか、すっかり飽きてしまった様子だ。
まあ、清潔を保つための魔道具は作成してきたので汚れているわけではないのだが、やっぱり気分的な問題はあるだろう。
ともあれ、ようやく到着した僕たちは、ゆっくり休みたいという願望からもさっさとラボの解放を目指すこととなった。
ラボ間には転送術式が用意されているため、起動さえすればいつでもファレンジアの工房に戻ることができる。
そうすれば、いつでも自室で休めるようになるというわけだ。
「それにしても……ホント、迷路みたいな街だったね?」
「そうだね。規模は大きいんだけど……あれは、下手に入ったら迷いそうだ」
エルネンシアの街は、かなり入り組んでごちゃついた印象を受けた。
エステラ個人の邸宅を中心として、増改築が繰り返されてきたからだろう。
生活のための都市計画などは皆無で、ただ歪に膨れ上がり続けた結果のように思える。
注意していなければ、すぐに現在位置を見失ってしまうことだろう。
まあ、エリちゃんの影に収納してきたゴーレムたちを放っておいたし、困ったときはアイに連絡すれば何とかなるだろうけど。
「あの街の中にラボがあった方が楽だった?」
「いや、それだと気づかれないように入るのが難しかっただろうからね。こっちの方が都合はいいさ」
目的であるラボのある場所は、エルネンシアの近郊にある遺跡の内部だ。
クライヴのラボは機甲術によって封印され、他の人間は入り込めないようになっている。
ただ、その扉に到達するまでのエリアについては、遺跡として今でも残っているらしい。
まあ、千年も昔であるため、今はもう地中に埋まってしまっているようだけれども。
(強引に破壊されたりしなかったのは幸いだったけど)
まあ、ラボについてはクライヴが保有する技術を結集して作り上げられた産物だ。
その性能は、ただの固有魔法使いに破壊できるような代物ではない。
彼はそこそこ性格が悪かったし、学院の人間が手出しできないのを見て嘲笑っていた可能性もあるけれども。
何はともあれ――クライヴのラボは、今も確実に形を残している筈だ。
「さて……アイ、方向はこっちで合ってるよね?」
『肯定します。そのまま直進すれば、遺跡の入り口が見えてくるはずです』
ゴーレム越しに場所を確認しつつ、先へと進む。
ラボの位置は、エルネンシアからそう遠くはない。
程なくして、目的地には到着することだろう。
気にする必要があるのは、中に入るのを他の人間に見られないかどうかだ。
痕跡を偽装することはいくらでもできるけど、入る瞬間を見られてしまうのだけは困る。
誰か人がいたら、何とか誤魔化す必要があるだろう。
『――見えてきました、あちらです』
と――人がいた場合の対策をあれこれ考えていたその時、アイがそう声を上げた。
見えてきたのは、山肌に開いている洞窟と、その傍に建てられた掘立小屋だ。
どうやら、あの小屋については遺跡を調査する際の拠点として用いられるもののようである。
「んー……クライヴって、もしかして洞窟の中に秘密基地を作るのが好きな人?」
『否定します。元々は、山肌を削って作った拠点でしたが、土砂崩れで埋まったようです』
「まあ、千年もすればそういうこともあるだろうね」
エリちゃんのコメントに、思わず苦笑を零しつつそう返す。
実際、ファレンジアのラボもここのラボも洞窟の奥にあるため、その指摘をされるのも致し方のない話ではあるのだけど。
ともあれ、目的地はあの洞窟の中だ。さっさと、このラボを解放してしまうとしよう。
「あそこ、入っても大丈夫なのかな?」
「見張りが立っているわけでもないし、封鎖されているわけでもない。調査可能な範囲は、もう調査が終わってるんだと思うよ」
実際、ラボの外側には特に大したものがあったわけではない筈だ。
のちの魔法使いたちが調査できたのは、精々ラボの中に入るための扉ぐらいなものだろう。
それも、機甲術で組まれた複雑な術式を解析することは不可能だっただろうし。
とにかく、入るのに問題が無いのであれば都合はいい。さっさと扉まで到達して、ラボを解放するとしよう。
そう考えながら洞窟内へと足を踏み入れたところで、何かに反応したエリちゃんが視線を上げた。
「……あ、人がいる」
「マジか……エリちゃん、何人?」
「えっと、二人だね。でも、結構奥の方だよ」
「やっぱり、扉の辺りかな。調査してるのかどうか……」
面倒なことに、ちょうど人が入っているタイミングだったらしい。
しかも扉の辺りにいるとなると、目を盗んで入ることも難しいだろう。
「とりあえず、様子を確認できる辺りまでは近づいてみようか」
「にひ、りょーかい。二人のことは監視しとくね」
エリちゃんの闇影術は、こういった場所では無類の強さを発揮する。
この状況であれば、いつでもその二人のことを制圧することが可能だろう。
尤も、無駄に目立ちたくはない状況だし、それは最終手段なのだけど。
そうこう考えながら奥へと進んでいくうちに、僕たちの耳に二人分の声が反響しながら届いて来た。
どうやら、男女の二人組であるようだ。
「――いい加減、無駄だということが分からないのか、君は!」
「無駄かどうかはあたしが決めること、アンタに言われる筋合いはないわ!」
この二人は仲間というわけではなく、むしろ険悪な関係性であるらしい。
女性の方が何かしらの調査をしに来ていて、男性の方はそれを止めているという状況だろうか。
喧嘩ならばこんな場所でして欲しくはないのだが――さて、どうしたものか。
「言っているだろう、クライヴ・ハルツマンの技術は異端だ。そんなものを用いたところで、エステラ様に認められるとでも!?」
「知らないわよ。そんなのはエステラ様が決めることでしょう! それに、あたしは学院に認められたくてやってるんじゃないわ!」
二人の言葉に、エリちゃんがちらりとこちらに目配せしてくる。
クライヴが学院を嫌っていた理由の一端がこれだ。
彼らは、クライヴの技術を異端として排斥した。手記の印象からは、エステラは別に気にしていなかった様子だけど――まあ、こういった考えが主流だったのだろう。
一方で、女性の方はクライヴの技術に興味があるのか。
果たして、どんな理由でその調査を行っていたのか。それは聞いてみないことにはわからないけど、まずこんな場所で喧嘩をするのは止めて貰うとしよう。
そう決めつつ、僕らはあえて足音を立てながら彼らの方へと向けて接近した。
「っ、誰だ!」
「通りすがりの観光客兼研究者です。通ってもいいですか?」
目に入った二人――どちらも学院の印が入ったローブを纏う、魔法使いだった。
神経質そうなメガネの男性と、金髪で長髪のエルフの女性。
実物のエルフを見たのはこれが初めてで、僕は思わず目を見開いていた。
そんな僕たちに対し、決まりが悪そうな様子でエルフが声をかけてくる。
「ここへの立ち入りは禁止されてはいないけど、調べられるようなものは何もないわよ?」
「僕は魔道具師なので、クライヴ・ハルツマンの遺跡を見て見たいんですよ」
「チッ、実利主義の錬金術師が……リリエーラ、私は警告したからな!」
初対面だというのにいきなり罵倒してくれたメガネの男は、そのまま僕らを押しのけるように去っていった。
エリちゃんが苛立った様子で目を細めていたけれど――まあ、足を引っ掛けて転ばせる程度で勘弁してあげて欲しい。
そんな彼を見送って、エルフの女性は申し訳なさそうに眉根を寄せながら声を上げた。
「ごめんなさいね、こんなところで言い争いなんかして」
「いえ、大丈夫です。お姉さんは、ここで調査を?」
「そんなところ。あたしは精霊を研究していてね、ここではクライヴ・ハルツマンが人工精霊を研究していたって聞いてるの」
その言葉に、思わず驚愕に息を飲んだ。
学院にはそんな記録など残されていないと思っていたのだが、そんな文献を調べ上げたというのか。
自力で発見したのなら、大した調査力である。
「っと、失礼。あたしはリーエイン一族のリオネラの子、リリエーラ。リリエーラ・リオネラ・リーエインよ」
「僕はユウと言います。こっちが――」
「私は、エリーディアです。よろしくお願いします、リリエーラさん」
これは、エルフ特有の名乗りだったか。この種族は、自らの一族を誇りにしているため、由来まで含めて名乗るのだとか。
異文化に触れ、ちょっと得した気分だ。さっきの件ももう気にならなくなってきた程である。
「よろしくね、二人とも。で、お節介だとは思うけど……今から調査を始めても、日が落ちるまであまり時間は無いわ。熱中するのは止めておきなさい」
「ああ……そうですね、ありがとうございます。程々にしておきます」
「それがいいわ。あたしも、そろそろ切り上げるから――それじゃあ、良い学びを」
ひらひらと手を振って、彼女――リリエーラは去ってゆく。
その背中を見送ってから、僕とエリちゃんは思わず顔を見合わせた。
「本物のエルフ、見ちゃったね」
「ああ、ちょっと得した気分だ。こうやって直接話してみるのも楽しいね」
あの様子では、またここに調査しに来ることもあるだろう。
もしかしたら、再び接触する機会もあるかもしれない。
少し楽しみにしながらも、僕は改めてラボの扉へと向き直ったのだった。




