003:暗い道の先で
「ねえ、都築君……ここ、何処なんだろう?」
「正直、わからないとしか言いようがないね」
コツコツと、僕と武村さんの二人分の足音だけが響く。
青白い炎だけが照らす、薄暗い洞窟の中。
僕たちが進むほどに、青い炎は進む道を示すように先へと増えてゆく。
その奇妙な状況は、何処までも不安を煽るものだった。
だからこそ、武村さんもそんな疑問を口にしたのだろう――答えが得られないことなど、予想は付いているだろうに。
「正直、何もかも不明なままだ。ねえ、武村さん。あの炎のこと、気づいてる?」
「炎? 誰かが遠隔で灯している、とか?」
「その可能性は、結構高いと思う。接近を感知する仕組みっていう可能性もあるけど……ただ、僕が言いたいのはそこじゃないんだ」
少し高い位置に灯る、青白い炎を見上げる。
何もかもわからない、不安な状況。だからこそ、無駄にあれこれと思考は巡っていた。
たとえば――
「あの炎、熱を感じないんだ」
「えっ……あ、ほ、ホントだ」
「炎色反応で、炎の色をああいう風にすること自体はできると思う。でも、熱を持たない炎なんてものはあり得ない」
けれど、事実として目の前に、ああして存在している。
その事実を否定することはできない。
熱を持たない、青白い炎――どう考えても普通ではないそれは、事実として僕らの前に存在しているのだ。
「ここに来る前のこともそうだ。床が突然抜けたのかと思ったけど、その先にあったのは真っ暗闇だった」
「……うん、それは覚えてます。間違いなく、下の階じゃなかった」
「そう。でも、普通に考えてそんなことはあり得ない」
現実的に考えれば、床が唐突に抜けて下の階に崩落した、といったところだろう。
けれど、僕らには怪我一つなく、何処だかもわからないような洞窟の中に置き去りに。
何から何まで、普通ではない状況だ。
「あり得ないことばかりが起こっている。そうとしか言いようがない。だからこそ、何が起こったとしても不思議じゃない」
既に確認しているけれど、スマホの電波は圏外だった。
アプリも通話も使えない状況では、僕たちの現在位置を確認する方法はない。
少なくとも今のままでは、状況を把握することは不可能だろう。
(……わからないことばかりなのもそうだけど、現実的な問題として、食料も水分も足りていない。今はまだ大丈夫だけど、間違いなく命の危機だ)
カバンを降ろした直後で、まだ触れていたためだろうか。
幸いなことに、僕の荷物は持ち込むことができた。
中に入っている飲食物は、お茶と昼食用のおにぎりが二つだけ。
あまり長い時間、活動することはできないと思っておいた方がいいだろう。
「……都築君、冷静なんですね」
「驚きすぎて、一周回って冷静になった感じかな。あと、一人じゃなかったのも大きいと思う」
「そう、ですね。私も……一人ぼっちにならなくて、本当に良かった」
完全に一人きりになっていたら、果たして正気を保つことができていたかどうか。
武村さんと一緒であったことは、彼女の言う通り不幸中の幸いだっただろう。
とはいえ、それに喜んでばかりもいられないのだけれども。
少なくとも、この洞窟の中から脱出しなければ未来はない。口には出さないけれど、武村さんもそれはわかっているだろう。
じわじわとせり上がってくるような、不安と焦り。
その中で――ふと、武村さんが大きく声を上げた。
「あ……都築君、前! 扉が!」
「え、扉?」
武村さんが示した前方、未だ蒼い炎に灯されていない暗闇の向こう側。
彼女は、そちらを指差しながら歓喜の声を上げていた。
生憎と、僕には見えないのだが――そう言おうとしたちょうどその時、新たなる蒼い炎が灯り、やっとその姿が映し出される。
それは彼女の言う通り、扉があるように見える壁であった。
(あの暗闇を見通した……?)
違和感はあったけれど、とりあえず今はそれを気にしている場合じゃない。
少しだけ小走りになり、僕らはその扉へと駆け寄った。
かなり巨大な、三メートル近くはあるであろう、ベージュ色の壁。
所々に凹凸と黒い筋が描かれているけれど――それよりも目立つのは、中央に嵌っている青紫色の結晶だろう。
「……綺麗な、宝石?」
ぽつりと武村さんが呟いた通り、それは巨大な宝石のように見えた。
だが、バレーボール大はあるであろうそれは、宝石であるとすればあまりにも巨大すぎる。
こんな洞窟の装飾にするには勿体なさすぎる代物だろう――まあ流石に、天然物でこんなサイズはあり得ないだろうけど。
眉根を寄せつつも、僕は扉と思われる物体と、その横の壁の境目を確認した。
「スライドする仕組みはある。なら、これが扉であることは間違いないみたいだね」
「でも、どうやって開くんでしょうか?」
「上にせり上がる形のようだけど……」
材質は恐らく石材。とてもではないが、持ち上げられるような重量ではないだろう。
となると、何かしらの仕掛けによって開くものなのだろうけれど、周囲にはそれらしき仕掛けは発見できなかった。
どうしたものかと、思わず眉根を寄せる。そんな時、じっと扉を見つめていた武村さんが、そっとその中央にある宝石に手を伸ばした。
瞬間――
「ひゃっ!?」
突如として、その青紫の宝石が光を放ったのだ。
明らかに、武村さんが触れたタイミング。触ることで何か反応する仕掛けだったということか。
素っ頓狂な声を上げた武村さんは、驚きに満ちた表情で己の手を見ろしている。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、その……触れた瞬間、何か凄い違和感があって。弱い電気を流されたみたいな……」
「電気を? 一体どういう――」
変化が起きるも、奇妙な事象ばかり。
――しかし、本当に奇妙で、理解の及ばない事象は、ここからが本番だった。
『――魔力形質の解析結果、不一致。資格がありません』
聞いたこともない、何処の国の言葉なのかも判別できないような、そんな声。
けれど、僕はその言葉の意味を、直感的に理解することができた。
思わず、武村さんと顔を見合わせれば、彼女もまた驚愕と困惑に満ちた表情をしている。
どうやら、彼女にも言葉を聞き取ることができたらしい。
「……今の言葉、言葉が聞き取れた?」
「はい。でも、何処の国の言葉なのかは……」
「この際、何処なのかはいいとしよう。問題は、そんな知らない言語を何故か直接理解できていることだ」
知りもしない筈の言語を聞き取ることなどできる筈がない。
けれど、ここに来るまでにいくつもあり得ない事象に直面してきているのだ。
これもまた、そのうちの一つと言えるだろう。
それに、聞き取ることができたらできたで、理解しがたい言葉の意味を考えなければならないのだから。
「魔力? それに資格?」
ここまで来ると、とても現実的とは思えないような可能性が脳裏をよぎる。
けれど、それを口に出すことははばかられ、僕はじっとその青紫の宝玉を睨みつけた。
言葉通りに受け取るならば、武村さんには何らかの資格がないということだ。
ならば、僕の場合はどうなのだろうか。現状を打破する方法が見当たらない以上、試してみる価値はある。
故に、意を決して、僕もまたその宝石へと手を伸ばした。
「っ……!」
武村さんの言う通り、掌から伝わるのは奇妙な感覚だった。
微細な電流が流れ、腕を伝って体の中に入り込んでくるかのような。
まるで体内を探られているような感覚に、思わず顔を顰めてしまう。
だが、その時間は決して長いものではなかった。
すぐに青紫の光は収まり――再び、あの奇妙な声が響く。
『魔力形質の解析結果、一致を確認。固有魔法の資格を承認します』
またも、意味の分からない言葉の数々。
しかし、それを考察するよりも早く、目の前の扉に変化が現れた。
重厚な石の扉が、ゆっくりと上に向けてスライドを開始したのだ。
いかなる仕掛けによるものか、巨大な扉は天井の中へと消えてゆき、やがて僕らの前にこれまでとは異なる景色が現れた。
「人工物……建物の中、なのか?」
「誰か、人がいるんでしょうか。さっきの言葉も……」
僕と武村さんは、再び顔を見合わせる。
不気味で、不安は拭えない状況だ。けれど、このまま洞窟の中にいるよりは、まだこちらの方が移動しやすいし、外に出られる可能性も高い。
意を決し、僕らはその扉の内側へと足を踏み入れたのだった。




