029:学術都市へ
学術都市エルネンシア。それは、クライヴが生きていた千年前から存在する、魔法の研究機関だ。
ハイエルフの大賢者、エステラを中心とした学院であり、そこには多数の魔法使いたちが所属している。
尤も、エステラ本人は政治にはまるで興味が無く、ただ魔法の研究を行っていただけであり、そこに人々が集まってできたのがエルネンシアらしい。
つまり、エステラに師事したい者や世話役が集まってできた、都市と呼ぶのも微妙な代物なのだ。
尤も、それが千年も続いているのなら立派な都市と言えるだろう。
(クライヴは学院のことは嫌ってたけど、エステラについては尊敬してたみたいなんだよなぁ)
果たして、大賢者エステラとはどういった人物なのか。
ハイエルフには寿命が存在しないため、エステラは今でも健在だ。
変わらず周囲を気にしないまま魔法の研究を続けているのだろう。
とにかく、学術都市はそんな特殊な成り立ちをしているため、どこかの国に所属しているわけではない。
領地的にはファレンジア王国内ではあるのだが、その管理については精霊教会が行うことになっているようだ。
エステラが政治にまるで興味がないことが原因だろうが――ファレンジア王国が召喚陣と学術都市、その二つを抱えることは許されなかったようだ。
「ユウ君、あの馬車に乗るんだよね?」
「そうだね。僕らだけで移動でも良かったけど……急ぐ旅ってわけでもないし、あまり派手な魔道具は使いたくなかったし」
作ろうと思えば、それこそバイクのような物も作れただろう。
ただ、目撃者を避けながら移動するとなると中々面倒臭い。
今回は特に急ぎの要件というわけでもないし、乗合馬車でのんびりと向かうこととしよう。
いくつか一般的な魔道具を作って換金したため、資金については問題ない。
それなりに高い高速馬車を使って、エルネンシアへと向かうこととする。
「はい、エリちゃん」
「あ、昨日作ってたやつ。ありがとう、ユウ君」
料金を払って馬車に乗り込んだ僕は、荷物の中から折りたたんだシート状の物体を取り出す。
パイナップルの切り身のような形だが、これは昨日のうちに作っておいたクッションだ。
魔力を通すことで、一時間は膨らんだうえで衝撃吸収の術式を作動してくれる。
性能は大したものではないけれど、機甲術なしでも作成できるレベルであるため、他人に見られても問題ないのがいいところだ。
僕らは広げたクッションを膨らませ、お尻の下に敷いて出発を待つ――そして程なくして、馬車はエルネンシアへと向けて出発した。
(……やっぱり、結構振動するもんだね)
良い馬車を選んだとはいえ、それでも結構な振動が発生する。
だけど、クッションを敷いた僕らの尻には、その衝撃はほとんど伝わってきていなかった。
ただ膨らませるだけじゃなく、きちんと衝撃吸収も付与していたのが功を奏したのだろう。
これなら、多少は快適な旅になりそうだ。
と――僕らの前に座りこちらを見ていた同乗者が、おずおずと声をかけてきた。
「……なあ、そこの二人。悪いんだけど、そのクッションってまだ余ってないか?」
「ええと、これが欲しいんですか?」
「ああ、結構いい馬車ではあるんだけど、速いぶん振動もあるからな」
羨ましそうにこちらを見ている二人の様子に、内心満足して笑みを浮かべる。
まあ、この展開を想像していたからこそ、見られても問題ない構成で作成しておいたのだ。
多少はサービスしても問題はない。
「大丈夫ですよ。2つで500カロンでどうですか?」
「え、そんな安くていいのか?」
「ええ、試しに作ったものなんで」
「ユウ君は、優秀な魔道具師なんですよ」
久しぶりの猫被りモードなエリちゃんが、清楚な笑みを浮かべながら合いの手を入れてくれる。
そんな僕らの営業トークを受け、対面の二人組は特に迷うことなくお金を払ってくれた。
このクッションは折り畳みができるため、スペースを取らないのが良いところだ。
二人に渡して説明すれば、彼らは迷うことなくそれを起動し、尻の下に敷いて驚きの表情を浮かべた。
「マジか、めっちゃいいなコレ」
「振動が全然来なくなったわ、凄いわね」
僕らと同じような、男女の二人組。
旅慣れた様子であり、それなりに武装もしている。
この二人は、恐らく――
「お二人は、探索者のパーティですか?」
「ええ、そうよ。ちょっとした依頼でね。貴方たちは……魔道具師なら、学院に入りに行くのかしら?」
「入りはしませんが、勉強に。あそこは魔法の本場ですから」
「そうよね。魔道具作りにもヒントになるものが多いと思うわ」
女性の探索者は魔法使いのようで、学院にもそれなりに詳しいようだ。
高速馬車を使える程なので、それなりに腕の立つ探索者なのだろう。
普通なら、もっと安い馬車を使っているだろうから。
と――そんなことを考えていた時、隣のエリちゃんが興味深そうに
「あの、私はエリーディア、彼はユウと言います。お二人は?」
「ああ、俺はルイード、こっちの口煩そうなのはメリダっていうんだ。よろし――いててっ!?」
「誰が口煩いって?」
余計な一言を発したルイードさんの耳を、メリダさんが引っ張っている。
そんな様子に思わず苦笑しつつ、エリちゃんのスムーズな名乗りには思わず内心で舌を巻いた。
エリーディアというのは、彼女が日本に帰化する前の本名だったと聞いている。
ある意味、嘘ではない名乗りであるため、無理も生じないだろう。
「あの、私たち、あんまり探索者について詳しくないんですが、教えて頂いても良いですか?」
「探索者について? 別にそんな説明することがあるってわけじゃないと思うけどな……報酬を貰って仕事をこなす、何でも屋さ」
「魔物の討伐や護衛、特定物品の収集や採取――なんてのは、よくある仕事よね。まあ、探索者の本分と言えば未踏破領域の探索だけど……」
「ありゃ花形の仕事だけど、黄金以上の役割だよ。青銀の俺たちにゃまだまだ早い」
僕たちのサブカル知識で言うところの、冒険者に類するような存在。
依頼に応じて様々な仕事をこなす何でも屋だが、基本的には荒事が多い印象だ。
ランク制度があるのもイメージ通りだけど――
「青銀や黄金は、ランクでしたっけ?」
「そうそう、黒鉄、赤銅、青銀、黄金、白金ってね。青銀ともなりゃ、十分にベテランさ」
「……まあ、白金以上もあるにはあるんだけど」
「おいおい、ありゃ例外中の例外だろ」
「それは聞いたことが無かったです。そうなんでしたっけ?」
これに関しては僕もエリちゃんも初耳で、きょとんと眼を見開いて問いかける。
そんな僕たちの質問に、二人はどこか苦笑のような笑みを浮かべながら返答した。
「ああ、五色って呼ばれる連中がいてな。俺たち探索者の頂点に君臨する五人だよ」
「赤、青、緑、白、黒……たった五人だけ認定される最上級の探索者ね。ただ、ほとんどが僻地にいるから全然一般的じゃないんだけど」
「へぇ……そんな人たちがいるんですね」
感心した様子で、エリちゃんが頷く。
そんな番外位みたいな存在がいることは僕も知らなかった。
ギルドの情報を集めてきているとはいえ、僻地にいる五色についてはほぼ話題に上がっていなかったのだろう。
頂点の五人、となると流石に興味を惹かれてしまう。
「まあ、一人は住んでる場所がはっきりしてるんだけどな」
「【白光】のラヴィニアね。彼女は、この隣の国の王都に住んでるわ」
「あ、別に何か役割があって僻地にいるわけじゃないんですか?」
「いや、五色は皆役割を負っているって聞いたぜ。詳細は知らないけど、【白光】についてははっきりしてるな」
最上級というだけあって、何かしら専用の仕事はあるらしい。
隣国ならば接触することも不可能じゃないだろうけど、果たしてその【白光】とやらはどんな仕事をしているのか。
そんな疑問に、ルイードさんはどこか羨望を込めた表情で告げたのだった。
「神の腕を持つと称される、天才鍛冶師。【白光】のラヴィニアは、その護衛であり妻である、って話だよ」
――脳裏をよぎるのは、晃司が手にした白い剣。
もしかしたら、関わることがあるかもしれない相手だ。
その存在のことは、心に留めておくとしよう。




