028:研究会の様子『和久井正義』
「教えてください、ロワン先生……!」
皆からは固有魔法研究会と呼ばれ始めた、その教室。
今日の議題として挙がったのは、今発言しているクラスメート、和久井正義の固有魔法に関する話だった。
聞き心地の良いソプラノの声、しかしそれを精一杯低くしたようなその声音に、ロワン老は柔和な表情ながら、困ったように眉根を寄せていた。
「どうしてボクは、この姿にしか変身できないんですか……!」
和久井正義、有する固有魔法は変身術。
解析によって導き出されたその固有魔法は過去にも例があり、術者を自由に変身させる能力を持つとされていた。
けれど、和久井は何故か、たった一つの姿にしか変身することができなかったのだ。
しかも――
「何で、こんな美少女の姿にしか!」
「自分で言うんだ、それ」
隣で鏡花ちゃんが半眼でツッコミを入れているが、それはともかく。
今の和久井の姿は、金髪のロングヘアとアメジストのような紫の瞳という、元の姿からは完全にかけ離れた見た目となっている。
ちなみに、言うまでもないのだが、彼は元々は男だ。
まあ、変身する前から細身で小柄な、中性的な容姿をしていたのだけど――それはともかく。
「確かに、奇妙な事象ですな……記録によれば、変身術の使い手はそれこそ人間以外にすら変身することも可能であった筈ですが」
ロワン老は、様々な固有魔法に詳しく、過去の記録もかなり色々なデータで保管していた。
だからこそ、彼の話しているデータはかなり信ぴょう性の高いものだと考えられる。
その上で、和久井の固有魔法は全くの謎であった。
「しかも、魔法の発動時にやたらと光っていましたが……あれはそういう風に術式を構築したのですか?」
「いや、全く。というか、全然この姿に変身しようとしてないのにああなったんですけど」
「めっちゃ変身バンクだったよね」
「うるせー! 誰がニチアサの女児アニメだ!」
西村さんの茶々入れに、和久井は憤慨した様子でそう口にする。
だが生憎と、この場にいる全員が同じ感想を持ち合わせていた。
あれはどう見ても、日曜日の朝にやっている女児向けアニメの変身シーンだった、と。
しかし、それもおかしな話だ。何しろ、術式で構築していない効果が勝手に発動しているのだから。
「ロワン先生、ボクの固有魔法は本当に変身術なんですよね?」
「ええ、それは間違いないでしょう。これで確認しておりますからな」
言いつつ、ロワン老が持ち上げたのは、透明な水晶板だった。
あれはこの国が保有している魔道具の一つで、固有魔法の解析術という術式を再現した古の魔道具であるという。
その能力は、水晶板に透かして見た相手の固有魔法とマナ適性を調べるというもの。
非常に単純な効果なのだが、ロワン老曰く、固有魔法の術式を魔道具に落とし込むことは非常に困難で、それだけでも貴重な品なのだとか。
「それに……エザキ君、君が見ても同じなのだね?」
「は、はい……こっちで確認しても、同じ結果です」
そして何より――その水晶板の固有魔法と同じ解析術の持ち主が、このクラスには存在する。
江崎智文が持っている解析術で和久井を見ても、その結果は同じなのだ。
水晶板よりも遥かに深く、正確に解析できる江崎の術式でもその結果なのだから、和久井の持つ固有魔法が変身術なのは間違いないだろう。
「私としては、その腕輪も気になっておるのですがな……それは、君の持ち物ではないのだろう?」
「はい、変身したら突然出てきました」
ロワン先生がそう指摘するのは、和久井の右腕に嵌っている腕輪だ。
少々大きめで、精緻な装飾の施された銀の腕輪。
変身時に服装までは変化させなかったにもかかわらず、何故かその腕輪だけが出現したのだ。
しかも、驚くべきことに――
「魔力を通すと剣が出現する腕輪、とは……変身術で生成されたものとは考えづらいですな」
「どう考えても、変身とは関係ないですよね」
「え? 変身にアイテムって必要だよね?」
「だからニチアサじゃねーよ!」
西村さんの一言は天然のボケなのだろうか。
まあ、何はともあれ――和久井の固有魔法は、俺たちの中でも特に異質な存在なのだった。
「でもさーティアちゃん、その姿めっちゃ動けるよね? 普通に身体能力も強化もされてる感じじゃない?」
「まあ、それはそうなんだけど……いやちょっと待って、ティアちゃんって何?」
「え、その姿の名前だけど。美少女なのに正義ってちょっと変じゃない?」
「やめろ西村ァ! 定着するから! そういうの!」
和久井がこの姿を披露することになったのは先日だけど、まあこの姿を正義と呼ぶのにちょっと抵抗があるのは事実だ。
しかし――ふと気になって、俺は西村さんへと問いかけた。
「西村さん、そのティアちゃんってどこから出てきたんだい?」
「え? いずみんがそんな感じの名前つけてたから……ユー、何とかティアみたいな」
「ひえっ……えっと、その……ユースティティア、です。正義の女神の名前、なので……あの、別に呼び名として考えたわけじゃなくて、ですね……」
西村さんの発言で注目集めてしまった加藤泉さんは、引き攣った表情ながらもそう返答する。
和久井の名前が正義だから、正義の女神でユースティティアか。
そう言われると、確かにぴったりな名前にも思える。
ただ――
「成程……魔法少女ユースティティアか」
「割とタイトルとしてありじゃね?」
「おいそこォ! 誰が魔法少女だ!?」
男子生徒の間で広まり始めてしまった呼び名に、和久井は悲鳴じみた叫びを上げる。
生憎と、変身中の彼のあだ名は決定してしまったも同然だろう。
その原因の一端になってしまったことは、後で謝っておくとしよう。
それにしても――
(和久井の固有魔法のこと、あとで裕也に聞いてみようかな?)
その情報を彼に伝えることはできないだろうけど、どうしても気になってしまう。
部屋に戻った時に、ちょっと裕也に連絡してみることにしよう。
* * * * *
「和久井君の固有魔法について、ねぇ」
『ああ、何かわからないか?』
研究会での出来事について届いた連絡に、僕は口元に手を当てて思考を巡らせる。
状況については僕たちも確認していた。エリちゃんなんかは、美少女化した和久井君の姿に大喜びしていた程だ。
ともあれ、確かに彼の状況については不思議なものだった。
ロワン老の言う通り、変身術はもっと多様な姿に変身することが可能な魔法なのだから。
「流石に、過去の変身術に関する記録は無いけど、あれが奇妙な事象であることは間違いないだろうね。ただ僕としては、あの腕輪の方が気になる」
『変身した時に和久井が付けてる、あの腕輪か』
「そう。きちんと見ることができたわけじゃないけど、あれはどうもクライヴの癖が見て取れた……アレを作ったのは恐らく、クライヴ・ハルツマンだと思うよ」
まあ、僕が直接目にして〈解析〉をしなければ断定はできないけれど――いくつも彼の作品を見てきた身からすると、そう間違ってはいないと思う。
問題は――
『どうして変身した和久井が、クライヴの作品を身に着けているのか、か』
「そうだね、それは謎だ。アイ、記録は残ってない?」
『否定します。あの装備に関する記録は、私の記憶には残されていません』
「……となると、この工房で造られた作品ではなさそうだね」
アイが記憶しているのは、この工房内の記録だけだ。
他の工房で造られた作品だと、記録が残されていないのは仕方のない話である。
つまり、現状では何もわからないということだ。
「とりあえず、他の工房に行ったときに記録が残ってたら調べてみるよ。変身術の要因も掴めるかもしれないし」
『悪いが、頼むよ。和久井もちょっと困ってるだろうから』
「あれはあれで、結構楽しんでると思うけどね」
何しろ和久井君、中性的な見た目を活かして男女どちらとも取れる服装をして、人をからかうのを趣味にしていた。
あの格好も、意外と楽しんでいるのではないだろうか。
まあ、どちらにしても調べることには変わらないのだけど。
「とりあえず、次のラボでちょっと調べてみようかな……」
エルネンシアへの出発はあと少し。
そこに何か情報が残っていることを、期待しておくこととしよう。




