023:第二王子の動向
ファレンジア王国の王都、その城にある一室。
第二王子、エヴァンス・ルークスト・ファレンジアは、部下からもたらされた情報に思わず顔を顰めていた。
彼は手にした書類を机の上に放り投げ、舌打ちと共に声を上げる。
「兄上め……こちらの動きを察していたか」
忌々しげに口にするのは、異母兄であり第一王子であるアルドルートのことであった。
召喚者たちを自陣営に取り込むための強硬策――それを逆手に取られた形となり、エヴァンスの陣営の騎士たちはほとんどが召喚者たちの周囲から排除されてしまった。
ただ、策が失敗した程度であれば、そこまでの状況にはならなかっただろう。
原因は、その動きをアルドルートが察知していたことだ。
「異世界人を国に関わらせる気はないと言っておきながら……」
「アルドルート殿下は、ロワン老を異世界人の教師役として送り込んだそうです」
「……あのご老体自体は父上の陣営だ。だが、兄上の要請で動いた、というのが拙いな」
宮廷魔法師ロワンによる研究会。
その目標が何であるかは、エヴァンスも既に把握していた。
多数の固有魔法という、あまりにも貴重なサンプル。
それらを用いて、固有魔法発現の仕組みに対しての検証を行うのだ。
「現実的には思えんが……もし、本当に成功したら拙いことになる」
「しかし、ロワン老はアルドルート殿下の部下というわけではありません、その実績の全てを独占することは――」
「馬鹿者が! 我々がその研究会に関与できない以上、その成果の活用でどれだけ後れを取ることになると思っている!」
エヴァンスが焦りを募らせているのは、何よりもその点だった。
アルドルートの行動を咎めることはできない。彼の行動は何処までも、ファレンジア王国の益となることを目指している。
故にこそ、他の陣営がその行動自体を邪魔することはできないのだ。
そして、時間が経てば経つほど、アルドルートの実績は積み重なることとなる。
それは即ち、エヴァンスの王座への道がますます遠ざかることを示していた。
(異世界人の教師を排除すれば、取り込み自体は可能だ――だが、その方策は既に警戒されている。兄上も、既に護衛を回しているだろう……迂闊に動けば、こちらが致命傷を負いかねん)
末端の騎士を切り捨てるだけで、陣営自体へのダメージは最小限に留めることができた。
しかしながら、異世界人に接触するための手段を大きく削がれてしまった点が、エヴァンスにとっては悩みの種であった。
この状況下では、研究会で何らかの発見があったとしても、その恩恵を受けるまでにタイムラグが生じてしまう。
その時間が、エヴァンスにとってはあまりにも致命的だった。
「チッ……致し方あるまい」
「何か、方策がございますか?」
「既に、異世界人全てを取り込むことは不可能な状況だ。ならば、戦闘訓練に積極的な一部のみを取り込むように動く」
エヴァンスは、教師――亘さえ排除すれば、不安定化した異世界人たちを誘導し、大半を自陣営に取り込むことが可能であったと考えていた。
どちらかと言えば、それらの不安定な異世界人たちの方が、操ることは容易いとも。
しかしながら、それは既に不可能な方策である。故にこそ、エヴァンスは次善の方向性へと転換したのだ。
即ち――異世界人の中でも、戦闘面で特に優秀な成績を収めている者たちのみを、自らの陣営に取り込むということだ。
「我が強いのが面倒ではあるが、戦闘への忌避感が無いのであれば扱いやすいとも言える」
「しかし、既に素直に従うような状況ではないかと」
「ふん、言われずともわかっている。たとえどんな状況であれ、従える方法などいくらでもあるというものだ」
この状況でもなお、エヴァンスは諦めることは無い。
兄アルドルートを出し抜くため、彼は慎重に、綿密に策を練っていったのだった。
* * * * *
「そう、貴方はそう考えるだろうね、エヴァンス王子」
白板に映し出された数々の情報、それらに目を通しながら小さく呟く。
相変わらずアイには負担をかけてしまっているけれども、これに関して手を抜くわけにはいかなかった。
彼はまた、こちらに対して仕掛けようとしてきている。
その手の全てを見透かさなければ、無駄な被害が出てしまうのだから。
「貴方は、アルドルート王子の言葉を真に受けてはいない。僕ら召喚者を取り込まないという言葉を、真に納得できていない」
アルドルート王子は、召喚者を自陣営に取り込もうとしてはいない。それは、紛れもない事実だった。
彼は、召喚者そのものを警戒している。過去の記録を漁れば、以前の召喚者がファレンジア王国に混乱をもたらした事実がいくつも発見できたからだ。
勿論、それ以上の恩恵をもたらしていることも事実であるため、排除路線に向かっていないことは幸いだったけれども――ともあれ、召喚者を国の中枢に関わらせないという彼の方針は納得できるものであった。
(けれど、エヴァンス王子はそれを理解していない。どこまで記録を見たのかは知らないけど――恩恵、いや召喚者の強さにしか意識が向いていない)
メリットに意識を割かれてしまっているから、デメリットに重きを置くアルドルート王子の言葉を真に受けることができない。
エヴァンス王子は何処までも、自分の価値観に縛られてしまっている。
まあ、僕らの立場で王の器がどうとかいうつもりはない。重要なのは、彼の思考パターンの考察だ。
「強さ……強さか」
戦闘能力を標榜する理由。果たして、エヴァンス王子は何を見てそれを重視し始めたのか。
それに関しても知りたいところではあるが、生憎とこれに関する情報を漁ることは難しいだろう。
ともあれ、彼が戦闘能力に重きを置いていることに間違いはない。
(――晃司のことを狙ってくる)
――故に、確信をもってそう判断する。
これ以上、先生を狙うことは難しい。それはつまり、クラスメート全員を確保することが困難だということだ。
だからこそ、彼らは戦闘能力に優れたメンバーだけを確保する方針に転換した。
その筆頭と呼べる存在は、間違いなく晃司だろう。
(現状の能力、示している才覚、どれを取ってもエヴァンス王子が欲する人材だ。狙われない理由が存在しない)
更に言うなら、晃司はクラスメートたちからも一目置かれる存在だ。
先導する能力があるが故に、晃司さえ抑えられれば他のメンバーも付いてくる可能性は非常に高くなる。
エヴァンス王子にとっては、あまりにも都合のいい人材だろう。
「――上等だ」
呟いて、僕は笑う。それはつまり、僕に対する挑戦だ。
エヴァンス王子は知りもしないだろう。晃司の後ろに誰がいるのかなど。
ならばそのまま、何も気づけない内に全てを丸裸にしてやるまでだ。
「アイ、資材を用意して。リストはこれだ」
『承知いたしました。何を作成するのですか?』
「先生に倣って、文明の利器を使わせて貰うつもりさ」
小さく笑い、アイがゴーレムを操作して持ち込んできてくれた資材を確認する。
ミッションは単純だ。目標は二つ――召喚者の保護と、第二王子派の排除。これまでと変わることは無い。
けれど、後者の目標を完全に達成するためには、色々と仕込みが必要だ。
その上で、僕の存在を露見させることなく全てを終わらせる。
さあ――
「躍らせてあげるよ、エヴァンス王子――貴方が、糸の先を見ることは無い」




