022:研究会の始まり
「……ふーむ。ま、茶番だね」
「そうなの?」
ここ数日の、第一王子派と第二王子派の動きを観察して出した結論に、エリちゃんがきょとんとした表情でそう問いかけてくる。
あれだけ派手な動きがあったのだから、もっと大きな影響があるのでは、と考えていたのだろう。
だが、残念ながら今回の件だけでは影響規模もたかが知れているものだった。
「残念だけど、今回の件はあくまでも末端の騎士の暴走として片付けられる程度の話だったから。どんなに上手く詰めても、指示を出した貴族を捕まえる程度が関の山だね」
「それって結構凄いことなんじゃないの?」
「まあ、凄いは凄いんだけど、そこまでするほどの労力を第一王子派がかけるかというと……そうでもないからね」
第一王子派は、元々勢力としては勝っているのだ。
だからこそ、リスクを冒してまで第二王子派を追い詰めるほどの熱意があるかというと、それは否となってしまう。
残念ながら、今回は末端の騎士の尻尾切りで終わってしまうことだろう。
「精々、皆の周りから第二王子派の騎士が排除される程度さ。まあ、それでも十分な成果ではあるんだろうけど――」
「にひひ! ユウ君は、それじゃ満足しないんでしょ?」
「勿論、その通りさ」
八重歯を見せながら笑うエリちゃんの言葉に、僕もまた笑みと共に頷く。
確かに、皆の周囲からは一旦危険を排除することができただろう。
だが、それはあくまでも一時的な話というだけに過ぎない。
第二王子派に致命的なダメージを与えるには至らず、根本的な解決には至っていないのだ。
ならば、どうするべきか――
「最終的な目的は、第二王子派の排除。そのためには、彼らにもっと大きく動いて貰う必要がある」
「うーん……でも、それってどうするの?」
「すぐには無理だね。まずは、彼らをもっと焦らせる必要がある」
今回の件で、第二王子派は召喚者たちに接触する機会を大きく減じている状態だ。
この状況が続けば、第二王子派は徐々に追い詰められていくことになる。
彼らは必ずや動いて来るだろうが――その時に、余裕がある状況で動かれてしまうのは困る。
彼らを焦らせ、もっと大きい範囲で動いて貰わなければ。
「それはそれで、危ないんじゃないの?」
「危険はあるだろうね。でも、この先で第二王子派からの干渉を永続的に防ぐためには、それがベストだ」
今回の件も、大きな危険があったことは否定できない。
保険を掛けていたとはいえ、先生に危険が及んだことは事実なのだから。
だが、今の状況を放置していれば、今後も似たような事件は続くことになるだろう。
それを防ぐためにも、第二王子派にはここで退場して貰わなければならない。
(晃司が今後動いていくためにも、足元を揺らされるのは困る。確実に、その力を削ぎ落とさなくては)
幸い、今回の件で第一王子派と接触した際、情報収集の手は彼らを伝ってファレンジア王国の王都まで伸びている。
第一王子派だけではなく、第二王子派の情報も少しずつ集まってきているところだ。
何が彼らにとって致命的であるのか、それを見極めなくてはならない。
「アイ、情報の取りまとめを頼むよ」
『承知しました。ただ、懸念が一つあります』
「懸念? 放置する方が困る、言ってくれるかい」
作戦を更に洗練させようという段階での言葉に、僕はアイに問い返した。
アイのような存在が感じている懸念は、決して無視することはできない。
放置して大きな問題になってしまう方が困るだろう。
その問いに対し、アイはいつも通りの淡々とした調子で回答した。
『収集している情報の処理に、私のリソースが大きく取られています。現状はまだ問題ありませんが、新たなラボを解放した際にはリソース不足が発生することになるでしょう』
「あれま、アイちゃんにちょっと無理させすぎちゃってる?」
「そうか……悪いね、アイ。君はこの施設を管理するためにいるのに、それ以外の仕事をさせてしまって」
『否定します。私の仕事はマスターの補佐ですので、情報収集も仕事の内となります』
相変わらず実直なアイではあるが、リソース不足に陥りかけていることも事実だ。
このままいくと、アイの能力でも追いつかなくなってしまうことだろう。
これは、必ず対処しなければならないタスクだ。
「つまり、アイのような存在を増やす必要があるわけか……情報の処理だけなら、顕霊化していない人工精霊でも足りるのかい?」
『肯定します。情報の処理、整理のみであれば可能でしょう』
「となると……やはり、次は人工精霊のラボを解放する必要があるわけだね」
クライヴのラボはいくつか存在している。
その中でも、人工精霊のラボ解放は急務となってしまったわけだ。
とはいえ――ラボの解放には直接現地に赴く必要がある。
今の状況では、この場を空けるわけにもいかないのだ。今しばらくは、現状を維持する必要があるだろう。
「対処する必要はあるけど、すぐには無理だ。この件が終わるまでは、申し訳ないけど我慢してくれ」
『承知いたしました。現状は、今のリソースて対応いたします』
さて、ますます今の問題をさっさと解決させる必要性が出てきてしまった。
こうなったら、第二王子派にはさっさと退場して貰わなくてはならない。
そのためには――
「……それじゃあ、また先生に動いて貰うこととしようか」
「今度はどうするの?」
「学生の本分ってやつさ――皆で、勉強だよ」
* * * * *
「では、研究会を始めると致しましょう」
郊外演習の事件から数日。周囲の状況は少し落ち着いて来ていたが、どうやらその間にも裕也や先生は動いていたらしい。
俺たちの前にいるのは、何やら精緻な造形の杖を手にした一人の老人。
宮廷魔法師のロワンと名乗ったその爺様は、この国でも有数の魔法の使い手であり、そして固有魔法の保有者であるという。
つまり、本来それぐらい熟練の魔法使いでなければ、固有魔法は得られないということだろう。
「この会は、固有魔法の能力に関する研究、および発展を目指すものです。各々の固有魔法に対する理解を深め、より高い練度で扱えるようになることを目的としております。お若い皆さんからも、柔軟なご意見を頂けること、期待しておりますぞ」
この研究会はロワン老の言う通り、固有魔法のより高度な習熟を目標としている。
だが、その真の目的はそこではない。この会は、先生が第一王子派に接触することで開催されたものなのだ。
何でも、第一王子は召喚者たちに政治や軍事に関わって欲しくないだけで、その能力自体は有効活用したいと考えているらしい。
その活用方法こそが、固有魔法の研究なのだろう。
「ご存じの通り、固有魔法は汎魔法を高度に習熟した者のみが習得できる高度な魔法。しかしながら、皆さんは全員がこれを習得しております」
この研究会の中に、第二王子派は関わることができない。
つまり、俺たち召喚者は、この会が続く限りずっと第一王子派との接触が続くことになる。
それは、第二王子派にとって決して望ましくはない展開だろう。
この会が続く限り、彼らは焦りを募らせることになる筈だ。
「ただし……興味深いことなのですがな。皆さんを召喚したあの魔法陣。あれには、固有魔法の発現を促すような効果は無いのですよ」
「えっ?」
「召喚陣のおかげじゃなかったんだ……」
――そんな、裏側の事情を考えていたところに放り込まれた新情報に、俺は一気に現実へと引き戻された。
俺自身、あの魔法陣によって固有魔法を習得したものだとばかり思っていたのだが。
「あれの詳細については未だに謎が多いですが、転移対象の魔力や魂に対しての干渉術式は一切見受けられませんでした。あれはあくまでも、召喚することのみを目的としておるのです」
「じゃあ……一体、どうして?」
「そう、『どうして?』――その疑問こそ、我々が解き明かしたい謎であり、この研究会の目的でもあるのですよ」
確かに、固有魔法を自由に発現させるような方法があるのなら、この世界の人々がとっくに使っていたことだろう。
それは大きな謎であり、同時に彼らにとっても多大なメリットのある研究だった。
ロワン老は、俺たち全員をぐるりと見渡しながら、まとめるように声を上げる。
「それでは、第一回の研究会を始めると致しましょう……皆さんのご意見、期待しておりますよ」
その、引き込むような喋り口調に――俺も思わず、前のめりになって頷いてしまっていた。




