021:ひとまずの勝利
森の入り口の方へと去ってゆく晃司たちを見送って、僕はとりあえず安堵の吐息を零した。
監視している周囲の情報からも、特にこれ以上の危険は見受けられない。
今回の襲撃については、何とか乗り切ったと言っていいだろう。
「何とかなったね……ありがとう、エリちゃん」
「どういたしまして! でも、顔を合わせなくて良かったの? あのメンバーなら別に良かったんじゃない?」
先生と晃司、そして仲のいい鏡花ちゃんと剛志。
確かに、このメンバーならば顔を合わせるリスクも低い方だと言えるだろう。
けれど、僕はそれをよしとはしなかった。
「僕たちの存在は、可能な限り隠しておきたい。たとえ、鏡花ちゃんが相手であったとしてもね」
「にひひ、徹底してるねぇ」
僕の回答に対し、エリちゃんはにやりと笑みを浮かべて頷く。
先生たちと話したかったのかと思ったが、別段そういうわけではないらしい。
まあ、性格を隠していた都合上、あまり仲のいい相手がいたわけでもなかったようだし、あまり気にしていないのかもしれない。
しかし、まるで様子が変わっていないのも奇妙な話であった。何故なら――
「それより、ごめんねエリちゃん」
「……? 何のこと?」
「魔物との戦い、結局君に助けて貰うことになってしまった」
先ほどの魔物の群れとの戦いだが、実際のところはもっと大量の魔物が集まってきていた。
晃司たちだけで対処できる量になっていたのは、偏にエリちゃんが森の中で片付けてくれていたからだ。
影の多い森の中は、エリちゃんにとっては一方的に有利なフィールドである。
影を操り、刃を形成して斬り裂いて、魔物の群れを間引いていたのである。
そんな大量の魔物を誘引するような道具を使ったあの騎士たちを呆れるべきか――まあともあれ、今回はエリちゃんに頑張って貰うことになってしまったわけだ。
「魔法を使ったとはいえ、生き物を殺したんだ。好ましいことじゃないだろう?」
「ああ、そのこと?」
しかし、エリちゃんはあっけらかんとした表情である。
まるで気にした様子のない彼女の表情に、僕は思わず首を傾げることになった。
エリちゃんのメンタル面についてはある程度理解してきたつもりだったが、全く衝撃を受けていなさそうな点は流石に予想外だったのだ。
そんな僕の疑問に、エリちゃんはいつも通りに笑いながら告げる。
「『私』にとってはさ、生き死にって結構身近なものだったから。生きてるんだから、そりゃそのうち死ぬでしょ、って感じかな?」
「……成程?」
どうやら、エリちゃん特有の死生観による影響であったらしい。
難病を患っていた彼女にとって、死とは非常に身近な存在だったのだろう。
軽々しく命を扱うことこそないだろうが、自分自身のためであればそこに躊躇いは存在しない――といったところか。
まあ、エリちゃんが精神的なダメージを負っていないことは良かった。
――僕もまあ、人のことは言えないだろうけれども。小さく苦笑して、僕は近くのゴーレムへと声をかけた。
「アイ、僕らと戦闘用のゴーレムたちは帰還させて」
『かしこまりました』
ラボに準備されている転移魔法陣を用い、僕らもまたラボへと帰還する。
この場における対処については、晃司と先生に任せることとしよう。
* * * * *
この演習に来た際、最初に足を踏み入れた林の入り口。
そこへと戻ってきた俺たちの耳に届いたのは、聞き覚えのある怒鳴り声だった。
「先生が亡くなったですって!? ふざけないで!」
「先生の護衛が貴方たちの仕事だろう、何をしていたんだッ!」
委員長と斎藤、二人が騎士へと向けて詰め寄っている。
あいつらは第二王子派、即ち先生をあの森の方へと連れて行った連中だろう。
ちらりと視線を向ければ、先生も険しい表情で彼らのことを見つめている。
先生と頷き合い、俺たちはそのまま彼らの方へと向かって歩を進める。
「突如として大量の魔物が襲ってきたのだ。防衛はしていたが、数に押され――」
「それは奇妙な話だ。その大量の魔物とやらは、貴方の使った撒き餌によるものだった筈ですがね」
堂々と、その場の全員に聞こえるように、先生はそう告げる。
その声に、騎士たちは驚愕の視線をこちらへと向けてきた。
視線を走らせ、表情を変えた騎士たちの姿を捉える。今回の件に絡んでいるのは、今反応を見せた連中だろう。
「先生、無事だったんですか! 良かった……!」
「天堂君たちが助けてくれてね。この通り、五体満足で無事だよ」
駆け寄ってきた委員長に笑顔でそう答えた先生だが、再び顔を上げた時には厳しい表情が浮かべられていた。
その視線に、騎士たちは身を固くする。どうして先生が生きているのか、理解ができないのだろう。
あいつらは、先生を手にかけようとした連中だ。最悪、ここでまた凶行に及ぶ可能性も否定できない。
他に騎士がいるとはいえ、先生を守るためには剣を振るう覚悟を決める。
「……安心しました、ご無事でしたか」
「ええ、この通り。貴方がたに殺されかけましたが、何とか無事ですよ」
「ほう。それは、どういった意味ですかな?」
先生の告げた言葉に、騎士隊長が低い声でそう問いかける。
だが、それに対して先生が声を上げるよりも早く、第二王子派の騎士たちが大きく声を上げた。
「魔物の群れに襲われたことで錯乱されているようだ。救出できなかったことは大変申し訳なく思うが――」
『君も固有魔法を持つ者だ、それを失うことは惜しいが――君が消えれば、子供たちを制御する者はいなくなる』
だが、彼らの声を遮ったのは、先生の手にあるスマートフォンから発せられた音声だった。
それは間違いなく、目の前にいるあの騎士たちの声。
先生は、あいつらの声を録音していた――それを理解したクラスメート一同は、一斉に鋭い視線を騎士たちへと向ける。
『君の処理は、この森の魔物たちに任せるとしよう。さらばだ』
「……この通り、貴方がたの発言は録音させて貰いました。貴方がたが殺意をもって私のことを排除しようとし、そして生徒たちを利用しようとしていたことは明白だ」
「何だ、それは……ッ!」
「前に異世界人が転移してきたのは、百年近く前でしたか。それでは、このような技術があることは知らなかったでしょうね」
どうやって今まで充電を保っていたのかは知らないが、どうやら映像まで記録しているらしい。
これは動かぬ証拠だ。騎士たちも、言い逃れなどできる筈もない。
何より――この場にいるクラスメート全員が、こいつらのことを敵として認識した。
少しでも刺激すれば、アイツらに向かって襲い掛かるメンバーが出るほどに、全員が怒りを滾らせているのだ。
「隊長殿。このような状況ですが――いかがするおつもりですか」
「無論――そやつらを拘束せよ! 異世界からの客人を害するなど、言語道断だ!」
隊長の号令と共に、周囲の騎士たちが動き出す。
彼らは、躊躇うことなく第二王子派の騎士たちを拘束していった。
驚いたのは、実行犯だけでなくそれ以外の騎士たち――先ほど表情を変えていた連中も拘束していったことだ。
(……この状況を利用されたのか)
この状況を利用して、第一王子派の騎士たちが、より多くの第二王子派の騎士たちを排除しようとしているのかもしれない。
第二王子派にダメージを与える――裕也が狙っていたのは、この状況なのだろうか。
先生に危険が及んだこの状況も第一王子派に利用されていたのであれば、少し納得しがたいことではある。
けれど、彼らが排除されるのであれば、俺たち全員の安全確保に繋がるだろう。
次々に拘束されていく騎士たちを見つめながら、俺は溜息と共に剣を収めたのだった。




