001:天堂晃司という少年
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昼間であっても薄暗い、細い路地裏の道。
光は直接差し込まないその場所に、幾人分もの足音が響いていた。
その先頭を走っているのは二人の人影。学生服を身に纏った、少年少女の姿だった。
そして、そんな二人の後ろを、ガラの悪い青年たちが追いかけている。
少年だけであればまだしも、少女を引き連れたまま彼らを引き離すのは困難であり、追いつかれてしまうのも時間の問題だろう。
――それでも、彼には少女を見捨てるという選択肢はなかった。
「大丈夫? まだ走れる?」
「は、はい……っ!」
何のことはない。少年はただ、質の悪いナンパに遭っていた見ず知らずの彼女を助け、一緒に逃げているだけだ。
普通に暮らしている分には、そうそう遭遇することもないような光景。
見かけたとしても、見て見ぬふりをするのが当たり前の、関わり合いになりたくないような出来事だ。
けれど彼は――天堂晃司という少年は、それを見捨てることなどできなかった。
『――正面突き当りを右へ』
本来であれば、彼女を助けることは難しかっただろう。
晃司一人だけで、年上の青年数人を同時に相手にすることは――不可能ではないとはいえ困難だ。
だが、彼にはその困難を覆すに足る援護が存在していた。
『次は二つ目の角を左、そして突き当りをまた右だ』
「……ありがとう」
晃司の耳に装着されている、小型のインカム。
そこから響く音声が、彼に進むべき道を示していたのだ。
一瞬の迷いもなくその声の指示に従った晃司は、言葉通りに狭い道を曲がり、更に雑然としたエリアへと足を踏み入れていく。
普通であれば、こんな場所に入り込めばむしろ追いかけてくる彼らには有利に働いてしまうだろう。
けれど――
『突き当りを曲がった先、ポリバケツの上。後ろに向けて派手にぶちまけてやるといい』
「了解!」
「……?」
少女にはその声は聞こえていないのに、律義に礼を返しながら、晃司は指示の通りに角を曲がり――その先にあった、青いポリバケツを確認した。
その上に乗せられていたのは、雑に蓋の閉まったダンボール箱。
晃司はそれを、一瞬の躊躇いもなく後方へと向けて叩き落した。
瞬間、箱が潰れると共に、その中からは無数の硬質な音が流れ出る。
「び、ビー玉っ!?」
それは少女の言う通り、100円ショップで売っているような、安物のビー玉であった。
箱いっぱいに入っていたビー玉は、細い道に満遍なくぶち撒けられ、なおも広がっていく。
そして――
「おわぁッ!?」
「なっ!? テメェ、ふざけんなッ!?」
二人を追いかけて角を曲がってきた青年たちは、急に足元に広がったビー玉を避けられる筈もなく、踏みつけて盛大に転倒する羽目となった。
先頭を走る者が倒れれば、当然ながら後続も足踏みをせざるを得ない。
強引に飛び越えようとすれば、そちらもまたビー玉の餌食となることだろう。
狭い路地の中では、横に逸れて追いかけることなど不可能なのだから。
――そうして、晃司は無事に彼女を連れて、危険な路地裏を脱出することに成功したのだった。
* * * * *
義侠心に溢れるお人よし、容姿端麗で文武両道――絵に描いたような『主人公』。
僕の知る、天堂晃司はそんな人間だった。
幼い頃から、そして今も、彼の性格は何一つ変わっていない。困った人を見捨てられない、そんな人物なのだ。
校門の前、二人の少年少女――晃司と、彼が先ほど助けた女の子の姿を見て、僕は手に持ったタブレットの画面を消す。
困っている相手であれば、誰彼構わず助けてしまう。そんな彼は、どうやらまた女の子の心を奪ってしまったらしい。
とにかく感謝と共に連絡先を聞こうとしているらしい彼女の追及を躱しながら、晃司は遅刻寸前の教室へと向けてダッシュで向かっていったようだ。
そんな様子を人気のない特別教室付近の廊下から眺めつつ、僕もまた教室へと向けて移動する。
(女の子にモテる、というのは演出上悪くないんだけど……当人がアレだからねぇ)
助けられた彼女からすれば納得できないであろう言葉を胸中で零しながら、耳に付けていたインカムをポケットに仕舞って教室へと急ぐ。
そう、他でもない――晃司に対して逃走の指示を送っていたのは、この僕だ。
彼の幼馴染であり、互いに認める親友、都築裕也によるものだった。
「悪くない活躍だったけど……流石に、少しマンネリかもしれないね」
小さく独り言を呟いて、苦笑する。
天堂晃司は天才だ。そして、こんな人間が現実に存在するのかと驚いてしまう程、完璧な人格者だ。
僕は、そんな彼に惚れ込んだ。彼こそがヒーローになるべきだと、人々の上に立つべきだと、そう確信した。
だからこそ、僕は彼の活躍を演出しているのだ。GPSによる位置情報の把握、監視カメラのハッキング映像、インカムによる通信、あのビー玉の罠も。
まあ、流石にそのための被害者を用意するような真似はしていないけれども――主人公体質な晃司は、そんなことはせずともトラブルに遭遇することは多い。
おかげで、彼の活躍を演出する機会には事欠かなかった。
(とはいえ、流石にそうそう劇的なイベントに遭遇できるわけでもないし……何かの行事の時にでも、準備をしておいてみようかな)
ホームルームの開始まで、それほど時間はない。
教室に戻れば、そこには既にほとんどのクラスメートが揃っている状態だった。
僕もまた、自分の席へと向かい――必然と、前の席に座る人物が目に入る。
銀髪の髪、大きく青い瞳。非常に目立つその容姿は、彼女が純粋な日本人ではないことを示していた。
彼女の名前は武村エリ。確か、ドイツからの帰国子女で、幼い頃に帰化しているのだったか。
「……おはようございます、都築君」
「っ、おはよう、武村さん」
目が合い、社交辞令的な挨拶を交わす。
武村さんは物静かで大人しい人物だ。席が近いとはいえ、あまり積極的に話したことはない。
だから、彼女の方から話しかけられたことには少々面食らってしまった。
まあ、このクラスになってから多少は時間も経ったし、彼女ももう少しクラスメートと交流する気になったのかもしれない。
今後は多少会話をするべきだろうか――そんなことを悩みながら席に着くのとほぼ同時、慌てた様子の晃司が教室の中に駆け込んできた。
「ふぅ、間に合った!」
「ギリギリだよ、晃司君!」
「ゴメン! 人助けだったんだ、勘弁してほしい!」
そんな晃司に声をかけたのは、同じく幼馴染である聖鏡花だった。
柔らかい髪質のセミロングを揺らし、憤慨した様子で晃司へと注意している。
早生まれである彼女は、幼い頃から僕らの姉のように振る舞っていた。
どうにもその頃の癖が抜けないのか、口煩くなってしまうところが玉に瑕だ。
もう少し素直になればいいのに――そう思いつつ、説教を喰らっている晃司へひらひらと手を振っておく。
それに気づいた晃司はサムズアップで返し、鏡花ちゃんに気付かれて更なる説教を喰らっていた。
少しだけ刺激的で、けれど笑顔の絶えない――これが、僕たちの日常だ。
「もう、晃司君! 聞いてる!?」
「聞いてる、聞いてるよ! ゴメンってば!」
義侠心に溢れるお人よし、容姿端麗で文武両道。絵に描いたような『主人公』。
天堂晃司はそんな人間で――僕、都築裕也は、そんな彼の劇的な活躍を心待ちにしていた。
――だからこそ、なのだろうか。
「今日はみんな揃ってるな? 席に着いて、ホームルームを始める――」
担任の先生と、教育実習の先生。
二人が入ってきたその瞬間、僕らの足元、クラス全体に金色の光が広がったのは。
「え――」
その光の線が何なのか、確認する暇はなかった。
突如として襲い掛かる、内臓がひっくり返るような浮遊感。
床を擦り抜け、その場にいた人たちは全員、下へと向けて落下していたのだ。
だが、その先にあるのは下の階の床ではない。何もない、ただ暗い空間が――
「ッ――!」
「つ、づき、君――!?」
反射的に伸ばした手が何かに触れ、それを掴み取る。
目を向ければ、それは隣で落下していた武村さんの腕であった。
それで落下を免れられる筈もない、ただ一緒に落ちるだけ。
それでも、握りしめた手を放すことも出来ないまま――気泡のような物が視界をよぎると共に、僕らの意識は暗転したのだった。




