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第9話 誤観測と、正論の刃

第9話 誤観測と、正論の刃


 前日の夕方。


 商館の前は、朝とは別の熱でざわついていた。

 仕事を終えた主人たちが、「黒い印」の噂を口々にしゃべりながら出入りしている。


 ――黒い印の奴隷が勝手に働く。

 ――命令いらずで動く。

 ――壊れにくい。

 ――便利だ。


 その「便利だ」が、どこか濁っている。

 羨望と不信と、言葉にならない恐怖が、喉の奥で混ざり合ったような響きだった。


 カウンターの机には、依頼書が山のように積み上がっていた。

 紙の重みで、古い木がきしむ。


 ロックは、その紙束を淡々と仕分けていく。

 必要なものと、そうでないもの。

 効率のいい案件と、命令の流路が歪みかけている案件。


 指先はよどみなく動き、その動き自体が、この国の奴隷構造の地図をなぞっているようだった。


(……集まってきたな。)


 黒い瞳に、一瞬だけ火が沈む。

 静かに、深く。悪辣な喜びを隠すように。


 少し離れたテーブルで、ルヴァートが帳簿をめくっていた。

 売上と支出、依頼件数、ロック印を刻んだ奴隷の数――数字が淡々と並んでいく。


 ハクタンは、その横でそっと覗き込んだ。

 一日の商いで動いた金額に、思わず息を呑む。


「……こんなに……?」


 自分の価値が、いつも“いくらで売られたか”だけで測られてきた身には、その桁が現実味を持たない。

 それでも、胸の奥がじわりと熱くなる。


 自分が立っている場所が、「売られる側」ではなく「売る側」の端っこに移りかけている――

 その事実が、恐ろしくて、少し誇らしい。


 ルヴァートは、一通り数字を追い終えると、帳簿をぱたんと閉じた。


「……今日一日で、この売り上げ。」


 灰銀の瞳が、ロックの方に向く。


「あんた、本気でこの国の奴隷構造そのものを“食おう”としてるわね。」


「半端に食ったら逆に危険だろ。」


 ロックは、軽く笑って返した。

 その笑いは、冗談めいているのに、どこにも逃げ道がない。


 帳簿の数字は、商館の下っ端なら卒倒しかねない額だった。

 ロック印の奴隷は確実に増え、

 主人たちは管理の一部を手放し始め、

 命令の流れが、ゆっくりとロック商会へと傾き始めている。


「……ロック、すごい……」


 ハクタンは、思わず口にしていた。

 嬉しいのか、怖いのか、自分でも判然としない。


「まだ足りねぇよ。」


 ロックの声は静かだった。

 その静けさが、逆に悪辣だった。


「命令を手放す“楽”を知った主人は、もう前には戻れねぇ。

 命令の外で動く“楽”を知った奴隷も、同じだ。

 両方こっちに流れりゃ――その先で何を燃やすかは、こっちが決められる。」


 ルヴァートは肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。


「もー、好きにしなさいよ。

 どうせ止めても無駄だし。」


 言葉とは裏腹に、その目はすでに「同じ船」に乗る覚悟をしている目だった。


 三人の声が重なった瞬間、空気がふっと軽くなる。


 ロックは、紙束の一番下に押し込まれていた一枚に指をかけた。

 封蝋のついた、質の違う紙。


 視線が、自然と上へ向く。

 命令の中枢――この国の奴隷構造の根っこ。


(……ここからが本番か。)


 封蝋の感触を指先で確かめながら、ロックは紙を折りたたみ、懐にしまった。


「……元手を増やす。

 働ける奴隷を、十人。

 それぐらいは、最低限だな。」


 そう言った声には、珍しくわずかな高揚が混じっていた。


 ハクタンは、その音を聞き分ける。

 ロックが“嬉しそう”にしている――それだけで、胸の火が少し明るくなった。


 ルヴァートは、呆れたように笑う。


「はいはい、悪徳商人様。

 じゃあ明日も、朝から仕入れね。」


 そうして、その日は終わった。


 ***


 朝の風は、よく乾いていた。

 冷たいわけではない。ただ、街全体を薄く上書きするような、軽さだけが残っている。


 石畳を踏む音が、一定のリズムで続く。

 その先頭で、黒いコートの男が歩く。


 ロックの歩幅が、昨日より、ほんの半歩だけ広い。


 肩の力が抜けている。

 背中にまとわりついていた“重さ”が、少しだけ薄くなっていた。


 ハクタンは、一歩後ろからその背中を見る。

 胸の奥で、いつもの火が揺れる。


 ――赤。


 いつもと同じ色。

 けれど、その赤が、どこか浅い。


 底に沈んでいるはずの熱が、薄い膜一枚、隠されているような感覚。


(……ロック……

 なんか……軽い……)


 喉の奥に引っかかった感想が、そのまま熱になって胸に残る。


 言葉にした瞬間、壊れてしまいそうな違和感だった。


「ロック……今日……」


 呼びかけながら、自分でも何を言いたいのか分からなくなる。

 足が半歩だけ遅れた。


「ん?」


 ロックが、自然な動きで振り向く。

 黒い瞳は、いつもどおり静かだ。


 だからこそ、「変だ」とは言えなかった。


「……なんでもない……」


 自分の声が、わずかに震えているのに気づいたのは、言い終えたあとだった。


 横を歩いていたルヴァートが、ちらりとハクタンとロックを見比べる。

 灰銀の目が、短く観測を済ませたように細くなる。


「あんた、ちょっと……テンション上がりすぎよ。」


「え?」


「大儲けして、気が大きくなって、空気が弛緩してるってことよ。」


 ルヴァートの声は乾いていた。

 冗談にしては温度が低すぎる。


 ロックは、特に弁解もせず、視線を前に戻す。


「……そうかもな。」


 短くそれだけ言うと、そのまま歩き出した。


 ***


 商館の扉が開くと、別の温度が落ちてきた。


 値踏みの視線が擦れる音。

 命令の残り香が、床の低いところでよどんでいる。

 長く続いたため息の湿り気が、壁に薄く貼りついている。


 この国の「仕事」が、全部ここに集められているような空気だった。


 ハクタンは無意識に、スカートの裾を指先できゅっとつまむ。

 胸の中の火が、さっきより少し小さくなった気がした。


 その一方で――つけられたロック印は、胸元で冷たく光っている。

 その印が、「ここに立っているのは自分の選択だ」と、静かに主張してくる。


(……やだ……

 こわい……

 でも……ここにいるって、決めたのは……)


 視線を落としかけて、ハクタンはわざと上を向いた。

 逃げたくなるのは当たり前だ。

 それでも、目だけはそらさないと決めた。


 ロックは、いつもなら最初にこの空気をゆっくり眺める。

 奴隷の息づかい。

 主人の歩き方。

 値付けする手の迷い。

 それを全部、観測してから口を開く。


 だが今日は――視線が一度、通路をなぞっただけで、すぐにカウンターへ向かった。


(……やっぱり……浅い……)


 ハクタンの胸が、ちくりと痛む。


 カウンターの向こうで、店主が顔を上げた。

 ロック印のことを覚えている目だ。


「おう、来たか。昨日の連中、評判は悪くねぇよ。」


 近くの帳場では、別の主人が書類をめくりながらぼやいている。


「……勝手に掃除しやがる。楽は楽だが、他の奴らまで余計なことを考えだした。」


「うちなんか逆だよ。あの印の連中が居ると、普通の奴隷がサボって見える。

 “なんであいつらだけ動いてんだ”って、変な顔するんだ。」


「命令しねぇで済むってのは、良いことじゃねぇのか?」


「……さぁな。どっちが楽か、まだ分からん。」


 ロックの商会が投げ込んだ“楽”が、奴隷と主人のあいだで別の軋みを生んでいる。

 命令されることに慣れた手が、命令なしで動き出したとき――そこにいる全員の「当たり前」が、少しずつズレ始める。


 ハクタンは耳を伏せかけて、ぐっとこらえた。

 自分たちが売っているものの重さが、言葉ではなく空気で伝わってくる。


 ロックは、その会話に一言も口を挟まない。

 ただ、聞いていないような顔で、必要な言葉だけを置く。


「昨日の分で、だいたい傾向は掴んだ。

 今日は、十人。働けりゃ十分だ。」


 数字を告げる声が、昨日より速い。

 選ぶ前の“溜め”が、ほとんどない。


 店主が眉を寄せた。


「十人か……ちょうどいい数だがな。

 ただ――扱いに困ってるのが一人いる。」


「困ってる?」


「隔離してる。

 命令に従わんわけじゃねぇが、目つきが悪い。

 他の奴らが怖がる。

 正直、早めに処分したい。」


 “処分”という言葉が、さらりと出てくる。

 紙束をめくる音と同じくらい、軽い響きで。


「安いか?」


 ロックの問いもまた、同じくらい軽かった。


「……安くするさ。そのかわり、問題が起きても責任は取らんぞ。」


「責任なら、最初からこっちのだ。」


 淡々と返す声。

 そのやり取りを聞きながら、ルヴァートが横目でロックを見る。


「十人に、“問題児”一人。

 ずいぶん欲張るわね、悪徳商人。」


「商売は薄利多売が基本だろ。」


「あんたのそれ、多売の方向、間違ってない?」


 毒のような一言。

 けれど、その毒の奥には、別の色が混じっていた。


(……こいつ、本気でこの国の構造ごと動かすつもりなんだな……)


 そんな観測をした人間の目。

 不信と同じくらい、戦力としての“使い道”を測る視線。


 ハクタンは、自分もその“十人”側に立っていることを、改めて意識する。

 自分の胸にも、同じ印がある。


(私も……この仕事を、してる……)


 嫌悪。

 恐怖。

 それでも、ロックの「悪いこと」の真ん中に立っている自分への、小さな誇り。


 全部が混ざり合って、言葉にならない。


「案内しろ。」


 ロックの声で、空気が切り替わる。

 店主が鍵束を手に取り、裏手への扉を押し開いた。


 ***


 廊下は静かで、暗かった。


 さっきまでの喧騒が嘘のように遠い。

 冷えた空気が、一本の線になって、足元から這い上がってくる。


 壁に沿って並ぶ鉄扉。

 どれも小さな覗き窓がついているが、今は閉じられていた。


 ハクタンは、足の裏に自分の体重を確かめるように、一歩ずつ進む。

 喉が乾く。

 でも、立ち止まりたくはなかった。


(ロックが選んだ“悪いこと”の先に、

 どんな人がいるのか――ちゃんと見なきゃ……)


 視線を落とせば楽だ。

 耳を塞げば、もっと楽だ。


 けれどそれをしてしまったら、自分はここで「命令から目をそらしている主人」と、何が違うのか分からなくなる。


 ルヴァートは、前を歩く店主の足運びを観察していた。

 靴音のリズム。

 肩の揺れ方。

 “危険に慣れた人間”のそれではない。


(本当に“扱いづらい”だけなのか。

 それとも、自分たちが壊したい“正義”側の人間か――)


 そんな冷静な計算が、灰銀の目の奥で淡々と進んでいる。


 やがて、店主が一枚の鉄扉の前で立ち止まった。

 鍵が差し込まれ、金属の摩擦音が廊下に響く。

 細い刃物で耳の奥をなぞられたような音だった。


「ここだ。」


 錠が外れ、扉がきしむ。

 薄い光が、部屋の中から漏れてくる。


 その中央に、ひとりの男が座っていた。


 姿勢は、わずかも崩れていない。

 緑の髪が影のように額に落ち、その隙間から覗く瞳は、驚くほど静かだった。


 死んでいない。

 諦めてもいない。


 ただ――静かに、固く、何かを拒絶している目。


(……この人……)


 ハクタンは息を呑んだ。

 恐怖ではなく、別のなにかで喉が締め付けられる。


 ロックは、部屋の敷居を一歩またぎ、男を見下ろす。

 観測は、短かった。


 本来なら、奴隷の過去と、ここに至るまでの軌跡を、空気の重みから推測する。

 刻印の焼け跡。

 筋肉の付き方。

 目の泳ぎ方。

 ほんの数秒の間に、いくつもの情報を重ねる。


 だが今のロックは、そのいくつかを切り捨てていた。

 この国全体の奴隷制の構造を観測することに、意識の大半を割いているがゆえの「省略」。


(……芯はある。

 折れてねぇ。

 だが、燃える側じゃない。

 危険性も――薄いな。)


 ロックの中で、そういうラベルが貼られる。

 判断の速度が、いつもより半歩だけ速かった。


 ハクタンは、その“早さ”そのものに違和感を覚える。


(ロック、いつもなら……もっと、見るのに……)


 胸の火が、浅く揺れた。

 ロックの火も、一瞬だけ――同じように揺れた気がした。


 言葉にするには、あまりに細い揺れ。

 けれど、ハクタンの指先は、その瞬間にぴくりと震える。


 ロックが、ゆっくりと膝を折った。

 男と同じ高さまで視線を落とし、その首元へ手を伸ばす。


「動くな。すぐ終わる。」


 落ち着いた声。

 命令でも、なだめでもない。

 ただの事実の提示。


 掌に、淡い橙の火が灯る。

 誠実の火。


 静かで、深く沈むはずの赤。


 その火が、奴隷刻印に触れた瞬間――

 ハクタンは、目を見開いた。


 男の胸の奥。それまで硬く閉じていた何かが、ほんのわずかに揺れた気がしたのだ。


(……今……

 揺れた……?)


 色を見るつもりはなかった。

 でも、視界の端に、かすかな変化がにじむ。


 “これは間違っている”と叫びたいほどの濁りではない。

 むしろ逆だ。

 黒い決意の中に、薄い迷いが線のように走ったような――そんな揺れだった。


「ロック……!」


 呼び止めようとして、声が喉の奥でつかえる。

 何をどう止めるべきか、自分でも分からないまま、時間だけが一瞬伸びる。


 その一瞬が、足りなかった。


 刻印が、焼けた。


 火は静かに走り、鎖の模様をなぞる。

 皮膚の上に刻まれていた“命令の印”が、音もなく灰に変わる。


 灰が、ぱらぱらと床に落ちた。

 驚くほど滑らかに。

 何かを断ち切った感触すら残さないほど、きれいに。


「……問題なし。」


 ロックの声は静かだった。

 安堵も、迷いも混ざっていない。


 そこにあったのは、ただの“確認”だけ――

 そう聞こえた瞬間だった。


 空気が、切れた。


 本当に、裂けたように。


 男の体が弾かれた、と思った瞬間には――

 ジュラルの姿は、もうロックの目の前にあった。


 細剣が、喉元に突きつけられている。

 触れた部分から、薄い赤がにじんだ。


「……っ!」


 ルヴァートの口から、短い息が漏れる。

 ハクタンの視界には、黒い線のような“断絶”が走った。

 剣が動いた軌跡が、世界から一瞬切り離されたみたいに見える。


(速い……!)


 剣を構える姿勢は、無駄がない。

 肩も、肘も、指先も、すべてが既に“斬れる位置”にある。


 ジュラルの声は、凍っていた。


「……答えろ。

 お前は、誰だ。」


 喉元に冷たい刃を当てられながらも、ロックの呼吸は乱れない。

 胸の上下が、ほんの少しも変わらない。


 その静けさは、むしろ異常だった。


「ただの悪党だよ。」


 短く、淡々と告げる。

 自分を飾る言葉は、一つもない。


 ジュラルの目が、わずかに細くなった。


「では答えろ。

 その悪党が、なぜ拘束を解いた。」


 ロックは、視線を動かさない。

 ジュラルの瞳を、真正面から見据えたまま。


「大した理由なんざねぇよ。」


「ふざけるな。」


 剣先が、喉をもう一つ浅く裂く。

 赤い線が増える。


 それでもロックの声には、苦痛も恐怖も乗らなかった。


「善意でやったわけじゃねぇ。

 燃えるもんがついてたから、燃やしただけだ。」


「……燃える?」


「刻印だ。

 あれは“不誠実”の塊だ。

 だから燃やした。」


 ジュラルの眉が、わずかに寄る。

 理解ではない。

 警戒が、かすかに形を変えただけ。


「奴隷刻印を“不誠実”と呼ぶのか。」


 ルヴァートは、その問いに込められた硬さに気づく。

 それは、この国の正義そのものを背負う人間の声だ。


 ロックは一拍置いてから、逆に問い返した。


「お前は、どう見える。」


 ジュラルは、即答できなかった。

 ほんの短い沈黙が、剣よりも鋭く場を締め付ける。


 その沈黙を、ロックは逃さない。

 静かに、深く、ひそやかに言葉を滑り込ませる。


「あの鎖が“正しい”って、

 本当に――本当に、感じたのか。」


 ジュラルの目が、かすかに揺れた。


 その揺れに気づいたのは、ハクタンだけだった。


(……揺れた……

 一瞬だけ……ほんとに……)


 胸の奥が、熱くなる。

 さっきまで浅く感じていたロックの火が、ようやく深く沈んで見えたからだ。


 ロック自身も、それを分かっているように見えた。

 ハクタンの方を振り向きはしない。

 けれど、彼女の気づきごと、場を観測している顔。


(……なるほど。

 “ここ”からだな。)


 そんな独白が、黒い瞳の奥でひっそりと灯る。


「私は……正しい側に立ってきた。」


 ジュラルが、低く言った。

 剣先は、まだロックの喉元から離れない。


「この国では刻印は正義だ。

 奴隷制は秩序だ。

 だから――それで十分だ。」


「十分なら、揺れねぇよ。」


「黙れ。」


 剣が押し込まれる。

 ロックの肌に、さらに浅い傷が増える。


 それでも彼は、眉一つ動かさない。


「黙らせたいなら斬れよ。

 お前の剣は、もう俺の喉まで届いてる。」


 ルヴァートの喉が、ごくりと鳴った。

 ハクタンは、思わず一歩前に出かけて、足を止める。


(ロック……やだ……

 でも……ここで私が泣きそうな顔しても……何も、変わらない……)


 怖い。

 今すぐロックの服の裾を掴んで、剣から引き剥がしたい。


 けれど、それは彼が選んだ場所を、勝手に変えることになる。


 ハクタンは、唇を噛んで立ち尽くした。

 自分が“何もしない”ことを、自分の選択として抱え込みながら。


 ジュラルの呼吸が、わずかに乱れる。

 その乱れが、火のような緊張を部屋中に広げていく。


「……問う。」


 ジュラルが、改めてロックを見下ろした。

 瞳に宿るのは、正しさを守ろうとする者の硬さ。


「お前は――この国の敵か。」


 その問いに、ハクタンの心臓が大きく跳ねる。

 ルヴァートは目を細めた。

 ここでの答え次第で、自分たち三人の立ち位置が決定的になると知っている目だ。


 ロックは、ほんの少しだけ目を細めた。

 喉の傷から、赤い雫が一つ落ちる。


「敵かどうかを決めるのは……」


 言葉が、ゆっくりと落ちていく。

 薄い空気の膜を、ひとつずつ破りながら。


「お前自身だ。」


 沈黙が落ちた。


 深く、重く、底の見えない沈黙。

 その中心で、誤った観測と、揺れ始めた正論が、刃先の上で向かい合っていた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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