第20話 玉座の前、楽を喰らう王へ
第20話 玉座の前、楽を喰らう王へ
裏門の戦闘を抜けた先は、城の“内臓”みたいな場所だった。
廊下、と呼ぶには無理がある。
本来の壁はどこかで崩れ、石の上から肉のような魔導管が這い、天井からは鎖と、正体の知れない液体がしたたり落ちている。
そこに――押し込められていた。
「……多すぎでしょ。」
ルヴァートが思わず眉をひそめる。
視界の奥まで、戦闘奴隷がびっしりと詰まっていた。
人型のまま、目だけ死んだ兵。
四肢を怪物に縫い付けられた獣。
呪符だらけの身体に、人の形をかろうじて残している戦士。
身体の半分以上を魔導管と金属で埋められた生体兵器。
王が暇つぶしのために集め、壊し、積み上げた“娯楽用の戦力”だ。
(色が……)
ハクタンは息を呑む。
視界いっぱいに広がる、濁った灰と黒。
(全部……“自分で選んでない”色……)
息苦しさで喉がきしむ。
その横で、ロックは短く吐き捨てた。
「……盛ったな、クソ王。」
敵の数。
形。
濁った空気。
そのすべてが、「ここで諦めろ」と言っている。
ジュラルが一歩前に出る。
「……前に押し込められている数、百を下りません。奥にもまだいます。」
「全部相手にしてたら日が暮れるわね。」
ルヴァートが剣に触れる。
ロックは一瞬だけ目を閉じ、すぐに決めた。
「戦うな。抜けるぞ。」
三人の視線が一斉に向く。
「ここで“勝つ”必要はねぇ。王を焼けば終わりだ。」
ロックは淡々と続けた。
「道を作る。邪魔なやつだけ、燃やす。あとは全部置いていく。」
「了解。」
「分かりました。」
「……うん。」
返事は早かった。
次の瞬間には、ロックは走り出していた。
◇
先頭はジュラルだった。
盾を構え、真正面から突っ込む。
重装の奴隷が槍を振り下ろし、モンスターが唸り声を上げて飛びかかる。
「左から来ます。」
ジュラルが短く告げる。
「任せて。」
ルヴァートがかすかに笑い、右にずれた。
槍が落ちる寸前、ジュラルの盾が角度を変えて弾き、槍の軌道がずれる。
そこへ、ルヴァートの剣が滑り込み、関節だけを正確に断った。
悲鳴と共に膝を崩した奴隷は、そのまま壁代わりに倒れ込む。
背中から、ハクタンの障壁がふっと広がった。
飛んできた石片や刃片が光の膜に弾かれて散る。
ロックはその陰で、一瞬だけ相手を見る。
目。
胸。
色。
(“怖いけど、止まれない”……)
「燃えろ。」
誠実の火が走った。
命令に縋らせるために作られた刻印の構造――「自分で選ぶことを禁じる在り方」だけが、胸の奥から焼き切れる。
奴隷の身体が弛緩した。
「起きたなら働け。」
ロックがその肩を軽く蹴る。
「また奴隷に戻りたくないならな。」
男は瞬きを繰り返し、ゆっくりと頷いた。
その間にも、前線は動き続けている。
モンスター奴隷が、四本の腕で壁ごと叩き潰そうと迫る。
ジュラルがその一撃を盾で逸らし、ルヴァートが足を刈る。
「ハクタン。」
「……うん!」
色視が、一瞬だけ鋭くなる。
どこが“本心じゃない動き”で、
どこが“生きようとする反射”か。
「そこ……今は、止まりたいって色……!」
「助かる。」
ロックの火が、その一点に突き刺さる。
生きたまま苦痛を与え続けるためだけに組まれた構造が燃え落ち、獣の目から涙が零れた。
「立てるなら、ついて来い。立てねぇなら、もう誰の命令も聞くな。」
ロックの言葉に、獣はかすかにうなずき、壁にもたれかかる。
◇
それからも、通路は地獄だった。
呪符だらけの戦士が霧を撒き、視界と感覚を奪おうとする。
ジュラルが短い言葉で霧の“構造”を読み解き、盾で斬り裂く。
ルヴァートが、敵の手首だけを切って武器を落とさせる。
倒れた奴隷の上を踏み台にして、さらに前へ進む。
ハクタンの障壁は何度も軋み、そのたびに彼女の胸の奥で赤い火が小さく揺れた。
(これ以上……誰も……壊れないで……)
ロックは、すべてを見てはいなかった。
必要なものだけ見ていた。
止まりたいのに止まれない色。
怖がっているのに突っ込んでくる足。
自分じゃない声で叫んでいる口。
不誠実の条件が揃っている場所にだけ、火は素直に付いた。
燃えた刻印の構造が崩れた奴隷たちは、すぐには立ち上がれない。
それでも、何人かは、ふらふらと立ち上がり、拾った武器を握った。
「……俺は……」
「好きにしろ。」
ロックは振り返らない。
「命令じゃねぇ。お前の判断だ。」
それで十分だった。
あとに続く足音が、少しずつ増えていく。
◇
やがて――
重たい空気の先に、巨大な扉が見えた。
装飾は豪奢だが、ところどころがひび割れ、金属の飾りは血と煤で汚れている。
扉の両脇には、最後の砦と言わんばかりに、さらに多くの戦闘奴隷がひしめいていた。
息が白くなるわけでもないのに、空気が冷えて感じる。
「……ここが、王の間か。」
ルヴァートが小さく呟く。
背後を振り返れば、通路には倒れた者、座り込んだ者、立ったまま武器を構える者――ロックの火で刻印を焼かれた奴隷たちが、ぎっしりと埋め尽くしている。
さっきまで敵だった者たちが、今は同じ方向を見ていた。
「ロックさん。」
ジュラルが前を向いたまま、静かに言う。
「ここから先は、私たちが戦線を維持します。」
「後ろは任せなさい。」
ルヴァートが片目をつぶる。
「王のところに行くのは、あんた一人でいい。」
ロックは小さく首を振った。
「……いや。ひとりじゃねぇ。」
三人が一瞬だけ動きを止める。
ロックは隣のハクタンを顎で示した。
「ハクタン。お前は来い。」
「……えっ。」
「色が見えるのはお前だけだ。
王の“揺れ”も、俺の“ぶれ”も……
そしてこの国の行く末を……
お前が見てろ。」
言葉は淡々としているのに、
その奥の赤は確かに、仲間への信頼を帯びていた。
ハクタンは胸の色を見る。
赤――覚悟の色。
黒は、もうほとんど見えない。
(……一緒に……行く……)
「……うん。」
ロックは三人と、背後の元奴隷たちを一瞥する。
「悪いな。……任す。」
そう言って扉の前へ進む。
ハクタンが、その半歩後ろに寄り添う。
分厚い木と金属で作られた扉の向こうから、かすかに声が漏れている。
「……ふぁ……退屈だ……」
眠たげな、だるい声。
世界の頂点にいるはずの男が、全てを与えられた子供みたいな調子でこぼしている。
「どうせなら――もっと楽しませてくれる奴が来ればいいものを……」
ロックは鼻で笑った。
「楽しむ努力も知らねぇくせに、楽しませてもらえると思ってんのかよ。」
手を扉にかける。
背後で、ジュラルが盾を構え直す音がした。
ルヴァートが剣を振って血と埃を払う音。
そして――解放された奴隷たちの足音が、一斉に少しずつ前に出る。
「お前ら。」
ロックは振り返らずに言った。
「王が死ぬまで、ここ守れ。……選びてぇなら、選べ。立ちたいなら、立て。」
しばしの沈黙のあと、通路のあちこちから小さく「おう」「ああ」と声が返ってきた。
ロックの胸で、火が静かに燃え上がる。
(不誠実は、全部積み上がってる。
あとは――燃やすだけだ。)
扉が、きしんだ。
ゆっくりと開いていく向こう側に、
享楽王ヴェルラウトの玉座が見え始める。
奴隷たちに支えられ、動くことすら放棄した王。
与えられる快楽しか知らず、楽しむ努力という概念すら持たない、“楽に飼われた王様”。
ロックは一歩、王の前へ踏み込んだ。
「――よう。楽ばっか喰って太った王様。」
言葉と共に、玉座の間の空気が揺れた。
思想戦の幕が、静かに上がった。
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