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第20話 玉座の前、楽を喰らう王へ

第20話 玉座の前、楽を喰らう王へ


 裏門の戦闘を抜けた先は、城の“内臓”みたいな場所だった。


 廊下、と呼ぶには無理がある。

 本来の壁はどこかで崩れ、石の上から肉のような魔導管が這い、天井からは鎖と、正体の知れない液体がしたたり落ちている。


 そこに――押し込められていた。


「……多すぎでしょ。」


 ルヴァートが思わず眉をひそめる。


 視界の奥まで、戦闘奴隷がびっしりと詰まっていた。


 人型のまま、目だけ死んだ兵。

 四肢を怪物に縫い付けられた獣。

 呪符だらけの身体に、人の形をかろうじて残している戦士。

 身体の半分以上を魔導管と金属で埋められた生体兵器。


 王が暇つぶしのために集め、壊し、積み上げた“娯楽用の戦力”だ。


(色が……)


 ハクタンは息を呑む。

 視界いっぱいに広がる、濁った灰と黒。


(全部……“自分で選んでない”色……)


 息苦しさで喉がきしむ。


 その横で、ロックは短く吐き捨てた。


「……盛ったな、クソ王。」


 敵の数。

 形。

 濁った空気。


 そのすべてが、「ここで諦めろ」と言っている。


 ジュラルが一歩前に出る。

「……前に押し込められている数、百を下りません。奥にもまだいます。」


「全部相手にしてたら日が暮れるわね。」

 ルヴァートが剣に触れる。


 ロックは一瞬だけ目を閉じ、すぐに決めた。


「戦うな。抜けるぞ。」


 三人の視線が一斉に向く。


「ここで“勝つ”必要はねぇ。王を焼けば終わりだ。」

 ロックは淡々と続けた。

「道を作る。邪魔なやつだけ、燃やす。あとは全部置いていく。」


「了解。」

「分かりました。」

「……うん。」


 返事は早かった。


 次の瞬間には、ロックは走り出していた。



 先頭はジュラルだった。


 盾を構え、真正面から突っ込む。

 重装の奴隷が槍を振り下ろし、モンスターが唸り声を上げて飛びかかる。


「左から来ます。」

 ジュラルが短く告げる。


「任せて。」

 ルヴァートがかすかに笑い、右にずれた。


 槍が落ちる寸前、ジュラルの盾が角度を変えて弾き、槍の軌道がずれる。

 そこへ、ルヴァートの剣が滑り込み、関節だけを正確に断った。


 悲鳴と共に膝を崩した奴隷は、そのまま壁代わりに倒れ込む。


 背中から、ハクタンの障壁がふっと広がった。

 飛んできた石片や刃片が光の膜に弾かれて散る。


 ロックはその陰で、一瞬だけ相手を見る。


 目。

 胸。

 色。


(“怖いけど、止まれない”……)


「燃えろ。」


 誠実の火が走った。

 命令に縋らせるために作られた刻印の構造――「自分で選ぶことを禁じる在り方」だけが、胸の奥から焼き切れる。


 奴隷の身体が弛緩した。


「起きたなら働け。」

 ロックがその肩を軽く蹴る。

「また奴隷に戻りたくないならな。」


 男は瞬きを繰り返し、ゆっくりと頷いた。


 その間にも、前線は動き続けている。


 モンスター奴隷が、四本の腕で壁ごと叩き潰そうと迫る。

 ジュラルがその一撃を盾で逸らし、ルヴァートが足を刈る。


「ハクタン。」

「……うん!」


 色視が、一瞬だけ鋭くなる。

 どこが“本心じゃない動き”で、

 どこが“生きようとする反射”か。


「そこ……今は、止まりたいって色……!」


「助かる。」


 ロックの火が、その一点に突き刺さる。

 生きたまま苦痛を与え続けるためだけに組まれた構造が燃え落ち、獣の目から涙が零れた。


「立てるなら、ついて来い。立てねぇなら、もう誰の命令も聞くな。」


 ロックの言葉に、獣はかすかにうなずき、壁にもたれかかる。



 それからも、通路は地獄だった。


 呪符だらけの戦士が霧を撒き、視界と感覚を奪おうとする。

 ジュラルが短い言葉で霧の“構造”を読み解き、盾で斬り裂く。

 ルヴァートが、敵の手首だけを切って武器を落とさせる。

 倒れた奴隷の上を踏み台にして、さらに前へ進む。


 ハクタンの障壁は何度も軋み、そのたびに彼女の胸の奥で赤い火が小さく揺れた。


(これ以上……誰も……壊れないで……)


 ロックは、すべてを見てはいなかった。

 必要なものだけ見ていた。


 止まりたいのに止まれない色。

 怖がっているのに突っ込んでくる足。

 自分じゃない声で叫んでいる口。


 不誠実の条件が揃っている場所にだけ、火は素直に付いた。


 燃えた刻印の構造が崩れた奴隷たちは、すぐには立ち上がれない。

 それでも、何人かは、ふらふらと立ち上がり、拾った武器を握った。


「……俺は……」


「好きにしろ。」

 ロックは振り返らない。

「命令じゃねぇ。お前の判断だ。」


 それで十分だった。


 あとに続く足音が、少しずつ増えていく。



 やがて――


 重たい空気の先に、巨大な扉が見えた。


 装飾は豪奢だが、ところどころがひび割れ、金属の飾りは血と煤で汚れている。

 扉の両脇には、最後の砦と言わんばかりに、さらに多くの戦闘奴隷がひしめいていた。


 息が白くなるわけでもないのに、空気が冷えて感じる。


「……ここが、王の間か。」

 ルヴァートが小さく呟く。


 背後を振り返れば、通路には倒れた者、座り込んだ者、立ったまま武器を構える者――ロックの火で刻印を焼かれた奴隷たちが、ぎっしりと埋め尽くしている。


 さっきまで敵だった者たちが、今は同じ方向を見ていた。


「ロックさん。」

 ジュラルが前を向いたまま、静かに言う。

「ここから先は、私たちが戦線を維持します。」


「後ろは任せなさい。」

 ルヴァートが片目をつぶる。

「王のところに行くのは、あんた一人でいい。」


ロックは小さく首を振った。


「……いや。ひとりじゃねぇ。」


三人が一瞬だけ動きを止める。


ロックは隣のハクタンを顎で示した。


「ハクタン。お前は来い。」


「……えっ。」


「色が見えるのはお前だけだ。

 王の“揺れ”も、俺の“ぶれ”も……

 そしてこの国の行く末を……

 お前が見てろ。」


 言葉は淡々としているのに、

 その奥の赤は確かに、仲間への信頼を帯びていた。


 ハクタンは胸の色を見る。

 赤――覚悟の色。

 黒は、もうほとんど見えない。


(……一緒に……行く……)


「……うん。」


ロックは三人と、背後の元奴隷たちを一瞥する。


「悪いな。……任す。」


そう言って扉の前へ進む。

ハクタンが、その半歩後ろに寄り添う。


 分厚い木と金属で作られた扉の向こうから、かすかに声が漏れている。


「……ふぁ……退屈だ……」


 眠たげな、だるい声。

 世界の頂点にいるはずの男が、全てを与えられた子供みたいな調子でこぼしている。


「どうせなら――もっと楽しませてくれる奴が来ればいいものを……」


 ロックは鼻で笑った。


「楽しむ努力も知らねぇくせに、楽しませてもらえると思ってんのかよ。」


 手を扉にかける。


 背後で、ジュラルが盾を構え直す音がした。

 ルヴァートが剣を振って血と埃を払う音。


 そして――解放された奴隷たちの足音が、一斉に少しずつ前に出る。


「お前ら。」

 ロックは振り返らずに言った。

「王が死ぬまで、ここ守れ。……選びてぇなら、選べ。立ちたいなら、立て。」


 しばしの沈黙のあと、通路のあちこちから小さく「おう」「ああ」と声が返ってきた。


 ロックの胸で、火が静かに燃え上がる。


(不誠実は、全部積み上がってる。

 あとは――燃やすだけだ。)


 扉が、きしんだ。


 ゆっくりと開いていく向こう側に、

 享楽王ヴェルラウトの玉座が見え始める。


 奴隷たちに支えられ、動くことすら放棄した王。

 与えられる快楽しか知らず、楽しむ努力という概念すら持たない、“楽に飼われた王様”。


 ロックは一歩、王の前へ踏み込んだ。


「――よう。楽ばっか喰って太った王様。」


 言葉と共に、玉座の間の空気が揺れた。


 思想戦の幕が、静かに上がった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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