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第19話 壊れた英雄と縫われた獣、火が抜ける瞬間

第19話 壊れた英雄と縫われた獣、火が抜ける瞬間


 裏門を抜けた途端、空気の色が変わった。


 風の音が途切れ、靴音が吸い込まれる。

 石畳は深く割れ、壁には拳や爪で抉られた痕跡が、獣の咆哮のように刻まれている。

 そこにいたはずの兵士たちの姿は見えない。

 生き物の気配すら感じられない。


 ただ――壊れた何かが放置されている匂いだけが、重く漂っていた。


 ルヴァートが剣の柄に指を添えたまま、肩をすくめる。

「……ここ、ほんとに“王の城”?」


「死んでます。空気が。」

 ジュラルが静かに言う。


 ロックは前を見たまま、かすかに鼻で笑った。

「命令が通んなくなったら、こんなもんだ。」


 その声の奥に、燃える赤と沈む黒がわずかに揺れる。

 ハクタンだけが、それを正確に見てしまった。


(ロック……また影が濃く……)


 問いかけたいのに言えない。

 ただ、手が胸の前でぎゅっと握られる。


 その瞬間だった。


 廊下の奥から、ひとつの影がゆっくり現れた。


 光の反射で輪郭が浮かぶ。

 鎧を纏った男。しかし顔は青白く、腕の関節が微妙に逆の方向に折れ、

 歩みは整っているのに、肉体だけが違和感を発している。


 だが、その足捌きだけは美しい。

 騎士が剣を振るう時の理想の踏み込み。

 動きの“型”だけが、かつての栄光を思わせる。


 ジュラルが一歩前に出る。

「……やはり。騎士団の型です。しかし――心が死んでいる。」


 剣が閃いた。


 唸りを上げた一撃は、正確さだけなら三人分の剣士を同時に相手取るほどの鋭さ。

 ジュラルは盾を構え、正面で受ける。

 衝撃で足元の石が割れた。


 生きている者の気配ではないのに、剣技だけが“生き残っている”ような狂気。


 そのとき、右の暗がりで何かが蠢いた。


 低い呻き。

 続けて、身体の内部で肉が擦れ合う湿った音。


 縫い合わせられた獣が、這い出してきた。

 人間の顔が曇ったガラスみたいに濁り、

 四肢だけ獣の筋肉で動いている。

 皮膚の継ぎ目が脈打つたびに、苦痛とも怒りともつかぬ声が漏れる。


「……ひどい……こんなの……」

 ハクタンが震える。


「獣の動きだね……いや、獣より不規則か。」

 ルヴァートが小さく息を吐き、前に出た。

「こっちは私がやる。」


 獣のような速度。

 床を蹴った途端、異形は三方向へ同時に跳んだように消え、

 次の瞬間、横から鋭い爪が飛ぶ。


 ルヴァートは身体を沈めて避ける。

 磨かれた剣を軽く構えながら、獣の肩と腰の“溜め”を読む。


 剣を振るう前に、獣の筋肉が僅かに収縮した。


(右前。重心が――)


 ルヴァートは音より速く横にずれ、

 獣の一撃を空振りさせ、すれ違いざまに腱だけを正確に断つ。


 悲鳴をあげた異形の軌道を、

 ジュラルの盾が弾く英雄の剣と重なるように滑り込む。


 ふたりの動きが自然と噛み合い、

 背中と背中が触れ合わない距離でぴたりと寄り添った。


「後ろ任せたわよ。」

「前は、お任せします。」


 互いを振り返ることなく、

 呼吸と敵の動きだけで連携が成立している。


 英雄の剣が狂った速度で振るわれ、

 モンスター奴隷は床を砕いて跳ね回る。

 その二つの凶器に挟まれながらも、

 二人の動きには一切の淀みがなかった。


 ジュラルの盾が剣の軌道を“否定”するように角度をずらし、

 ルヴァートは耳で空気の割れる音を聞き分け、獣の次の跳躍を見切る。


 そして――

 二人が同時に“とどめ”の構えを取った瞬間。


 奥の扉が、押し出されるように開いた。


 冷たい空気が溢れ、存在そのものが歪んだような足音が近づく。


 暗闇の中から、赤い法衣を纏った男が現れた。

 片目だけ異様に膨れ、正論国の紋章を歪めた腕輪が光る。


 口が裂けるほど歪んだ笑み。


「アヒ……アヒヒヒヒ……!

 “正しくない動き”は禁止ですぅう……!!」


 その言葉と同時に、空気が硬直した。


 ジュラルの身体が止まる。

 ルヴァートの腕の動きが途絶える。

 呼吸が、思考が、“正しい位置”に強制されていく。


「くっ……身体が……!」

「……正論魔法……の、暴走形……!」


 英雄の剣が止まった二人へ振り下ろされる。

 獣が口を大きく裂き、噛みつこうと飛び上がる。


「ロック!!」


 ハクタンの叫びが響く。


 だがロックは――もう動いていた。


 特権魔法が発動した瞬間、

 “何がどこで強制されているのか”をすでに観測し終えていた。


「てめぇ……命令だけで動く、不誠実の塊だ。」


 ロックの胸で赤い火が跳ねた。


「燃えろ。」


 火が走る。

 直線。

 迷いのない色。


 特権魔法使いは悲鳴に似た声をあげ、咄嗟に魔法を展開する。


「《魔盾シールド》ッ!!」


 光の盾が形成され、ロックの火の前に広がった。


 だが――炎は揺れすらしなかった。


 光の膜を、

そこに何もないかのようにすり抜けた。


「は……? なんで……!?

 なんで通っ――」


 言葉が消えた。

 火は男の胸へ吸い込まれるように突き刺さり、

 “心”が燃える。


 皮膚も肉も焼けないのに、

 男は焼かれる痛みによく似た悲鳴をあげ、崩れた。


 拘束が解ける。


 ジュラルが一歩踏み込み、英雄の剣の軸を盾で叩き折る。

 残った動きを《論鎖》で封じ、正面から突き飛ばした。


 ルヴァートは獣の最後の跳躍を見切り、

 身体が宙に浮いた瞬間に、喉元の一点だけを斬る。


 ふたりの敵は――同時に崩れ落ちた。


 ロックはその光景を眺めながら、肩を竦めるように言う。


「……あんなん倒すとかよ。

 お前ら、完全にバケモンじゃねぇか。」


「いや あんたが言うな!!」

 ルヴァートが叫んだ。

「何よ今の!? 魔法盾すり抜けたじゃない!!」


「通常魔法を無効化するのは……反則では?」

 ジュラルも目を細める。


「知らねぇよ。向こうが勝手に燃えただけだ。」

「それが怖いのよ!! あんたの火が!!」


 わずかに笑いが混じる空気。

 戦場の中で一瞬だけ緩んだ空気だった。


 ハクタンはそんな三人を見て、胸の奥の影が少しだけ薄くなるのを感じた。

 けれどその次の瞬間、

 ロックの胸の黒が、ふっとまた濃く沈んだ。


(ロック……)


 奥の闇が“呼吸”するように揺れた。

 その奥には、もっと異常な何かが待っている。


 ロックは前へ歩く。


「……無駄口叩いてないで集中しろ。

 本番は、ここからだぞ。」


 四人の影が、王の城の深奥へと伸びていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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