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第18話 裏門の火、四人の刃

第18話 裏門の火、四人の刃


 スラムを抜けた瞬間、空気が変わった。


 夜の静けさとは違う。

 城に近づくほど、空気そのものが重く、湿り気を帯び、どこか鉄の匂いが混ざってくる。


 石畳がかすかに震えていた。

 遠く、城の奥で鉄棒が地面を叩く鈍い音が響いている。


「……嫌な気配ね。」

 ルヴァートが小声で言う。


「ここから先は王命隊の動脈です。」

 ジュラルはほとんど息を乱さず、冷静に周囲を見渡した。


 ロックは何も言わなかった。

 ただ、歩く速度を少しだけ速める。

 その胸の火は赤いまま——だが、その奥で沈む影が、ハクタンには見えていた。


(……ロック……影が……濃くなってる……)

 彼女はそれを言葉にできなかった。


 やがて、裏門が見えてきた。


 門の前に、影が何体も立っている。


 均等な間隔でならぶ五人の男が、片手に笛、片手に鉄棒。

 その奥には、同じ姿勢、同じ角度で鉄棒を構えた七体の奴隷──いや、“兵器”のような者たちが並んでいた。


 監視奴隷。

 その背後に、戦士奴隷。


 “兵士”と呼べる自由意志の存在など、この国にはいない。


 ロックは彼らを見て、低くつぶやいた。


「……数が多いな。」


「五……いや、奥に七。」

 ジュラルが瞬時に数と位置を確認する。


「裏門なのに、ずいぶんと物々しいわね。」

 ルヴァートが剣に触れた。


 その時、監視奴隷の目がこちらを捉えた。

 ドロリとした生気の薄い眼球。

 次の瞬間。


「王命隊ノ命ニ従イ——

 ロック商会ヲ排除スル……!」


 笛が鳴った。


 甲高い音が夜気を裂くと同時に、戦士奴隷たちの足が一斉に動いた。

 鉄棒が振り上げられ、石畳に叩きつけられるたびに、火花が空気を裂いた。


「……来るぞ!」

 ロックが叫ぶより先に、ジュラルが前に出ていた。


 鉄棒三本が同時に振り下ろされる。

 ジュラルは迷わず盾を前に構え、真正面から受け止めた。


 金属と金属がぶつかる轟音が響き、

 衝撃で石畳が深く割れた。


 武骨な鉄棒がしなるほどの重量。

 だがジュラルは足を一歩も引かない。


「……重いが、止まる。」

 ジュラルは静かに言う。

 だがその顔に恐怖はなかった。

 正論国で鍛えられた鍛錬が、力の流れを見抜き、それを受け流す準備をしていた。


 反動で戦士奴隷の体勢が僅かに崩れた瞬間。


「はいはい、刻印、出しといたわよっと——!」


 ルヴァートがすでに監視奴隷の前を通り抜けていた。

 監視奴隷が笛を吹こうと口を開くより先に、その腕が斬られ、笛が血ごと落ちる。


 血の匂いすら薄い。

 彼らには“痛み”という感情がほとんどないから。


 ルヴァートはそのまま戦士奴隷の腕に斬撃を入れ、胸元の服を裂き、刻印が見えるようにずらす。


「ロック! 刻印、ここよ!」

「助かる。」


 ロックの火が、赤黒く揺れた。


 だが彼が前に出る前に、戦士奴隷の鉄棒が飛んできた。


「ロック!!」


 ハクタンが叫び、障壁を展開した。

 透明な膜のような壁に鉄棒が当たり、激しい火花が散る。


 衝撃でハクタンの足が石畳にめり込む。

 しかし、崩れない。


「大丈夫か!」

「……平気……!」


 ロックはハクタンの肩越しに、露出された刻印へ手を伸ばした。


「操られてるやつ……この二人……!」

「わかった。」


 刻印が露出した瞬間、

 ロックの視線がそこへ吸い寄せられた。


 赤黒い火が、空気を切り裂くように走る。

 狙うのは皮膚でも肉でもなく——“命令の色”だけ。


 刻印が赤く浮き、泡のように弾けて消えた。

 戦士奴隷の体がびくりと震え、膝から崩れる。


「……命令……が……聞こえ……ない……

 なぜ……?」


「お前はもう、道具じゃねぇ。」

 ロックは一言だけ残し、次の刻印に向かう。


 監視奴隷の一人が鉄棒を振り上げ、ロックの背後へ回り込もうとした。


 だが。


「ロックの背中に触るなっての。」

 ルヴァートがその腕を斬り飛ばした。


 ジュラルは前で衝撃の大半を捌き、

 ルヴァートが刻印を露出させ、

 ハクタンが操作か自律かを色で見抜き、

 ロックが“命令だけ”を燃やす。


 四人の連携は噛み合っていくどころか、流れるようだった。


「……押せる!」

「当たり前だ。行け!!」


 刻印を焼かれた戦士奴隷が次々と膝をつき、

 監視奴隷たちは命令の伝達を断たれ混乱する。


 最後の一体が鉄棒を落とした時、

 裏門の前には静寂だけが残った。


 生臭い血の匂いと、焼けた命令の焦げた匂いが混ざり合う。


 ロックは静かに息を吐いた。


「……まずは入り口に入れたな。」



 門の内側へ足を踏み入れた瞬間、その空気が変わった。


 異様な静けさ。

 不自然なほどの無音。

 なのに、確かに“何かがいる”。


 壁の影が、かすかに脈動した気がした。

 風が通るはずのない廊下で、湿った呼吸のような音が遠く聞こえた。


「……静かすぎます。」

 ジュラルが低声で言う。


「違うわ。」

 ルヴァートは目を細める。

「“誰かがいる”のに、物音一つしない……。そんな空気よ。」


 ハクタンはロックを見た。


 胸の赤はいつも通り燃えている。

 けれど、その奥の影が、また少しだけ濃くなっていた。


(ロック……どうして……)


 問いかけたいのに問いかけられない。

 彼の邪魔をしたくなかった。


 ロックは、暗い廊下の奥を見据えたまま言った。


「……行くぞ。

 ここから先は、“人間”だけが相手じゃねぇ。」


 四人の影が、静まり返った城の中へ伸びていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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