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第12話 火の揺らぎと、四人で歩く道

第12話 火の揺らぎと、四人で歩く道


 刻印焼きが一段落したころ、

 広間の空気は、わずかに沈静していた。


 人の出入りは絶えない。

 けれど、もう騒ぎではない。


 誰もが作業を止めるほどではなく、

 ただ、耳だけがこちらを向いている。


 ロックは壁際で水を飲んでいた。

 休憩というより、

 ぽっかりと生まれた空白に立っているような位置だった。


「……ねえ」


 最初に声を出したのは、ルヴァートだった。


「今さらかもしれないけどさ。

 あんたの火。

 あれ、結局なんなの?」


 一瞬、広間の音が落ちる。


 驚きはない。

 ただ、誰も先に口にしなかっただけだ。


 ロックはすぐに答えなかった。

 水を飲みきり、容器を置く。


「どこまで知りたい」


「全部は無理でしょ」


 ルヴァートは肩をすくめる。


「どういう基準で出てるのか。

 それだけでいい」


 ロックは、少しだけ間を置いた。

 言葉を探すというより、

 選ぶための沈黙だった。


「不誠実だと感じた相手には出た。

 出なかった相手もいる。

 理由は…… 分からねぇ」


 説明としては、足りない。

 けれど、逃げてもいない。


 ハクタンが、小さく首を傾げる。


「……でも……

 それって……

 ロックが決めてる、ってこと……?」


「ああ」


 即答だった。


 ジュラルが一歩、前に出る。


「確認させてください。

 火が勝手に判断しているのではなく、

 あなた自身が、燃やすかどうかを選んでいる、

 という理解で?」


「そうだ。

 ただ、なんで燃えるのかは分かってねぇ。

 その場で、燃やすかどうかを選んでるだけだ」


 ルヴァートの眉が、わずかに寄る。


「……基準がないってことでしょ。

 それ、かなり危ないわよ」


「ある。俺の中にはな。

 ただ、言葉にできるほど整理できてねぇ」


 言い切らない。

 だが、引きもしない。


 ジュラルは一度、言葉を止めた。


 理屈なら、いくらでも積める。

 だが、ロックは最初から

 そこに立っていない。


 ハクタンが、声を落として尋ねる。


「……じゃあ……

 ロックの火って……

 正しい人を守る火、とか……

 そういうのじゃない……?」


「違う。

 正しさは見てねぇ。

 逃げてるか、他人に投げてるか……

 俺が見てるのは、それだけだ」


 ルヴァートが、静かに息を吐く。


「正義の味方じゃない、ってわけね」


「最初から言ってるだろ。悪だって」


 場が、ほんの一瞬、止まる。


 ハクタンが、困ったように続けた。


「……でも……それ……

 誰にも説明できないよ……?」


「ああ。

 だから、分かる範囲のことしか言えねぇ」


「……じゃあ……

 ロックが……

 間違ってたら……?」


 問いは、柔らかい。

 けれど、逃げ場のない角度だった。


 ロックは一拍だけ、間を置く。


「そのときは、

 俺が間違ったってだけだ。

 火のせいにはしねぇ」


 正しさに預けない。

 力に押し付けない。


 ジュラルが、深く息を吸う。


「……理解しました。

 納得は、まだですが」


「それでいい。

 納得させられるほど、俺自身が分かってないからな」


 ルヴァートの口元が、わずかに緩む。


「厄介な話ね。

 ま、正直ではあるわ」


 ハクタンは、ロックの顔をじっと見ていた。


 怖い。

 けれど、嘘ではない。


「……ロック……

 その火……

 消えたり……しない……?」


「さぁな。

 俺が選ばなくなったら、出ねぇだろ」


 それ以上、誰も聞かなかった。


 この男は、

 火を理解しているわけじゃない。


 分からないまま、

 選び続けているだけだ。


 その事実だけが、

 広間に残った。


  *


 誠実の火の話が終わっても、

 空気はすぐには戻らなかった。


 誰かが作業に戻り、

 誰かが立ったまま考え込み、

 誰かが

 何をすればいいのか分からずに

 突っ立っている。


 ロックは、その様子を一通り眺めてから、

 机の引き出しを開けた。


 中から、小さな袋を取り出す。

 金属の音。


「集まってくれ」


 大きな声ではない。

 だが、よく通る。


 命令ではなく、

 呼びかけだった。


 近くにいた者から、

 自然と寄ってくる。


 ロックは袋を机の上に置き、

 中身を分け始めた。


「働いた分の給金を出す」


 元奴隷たちは、戸惑った。


「……もらって、いいんですか……?」


「ああ」


「……何に使えば……?」


「好きにしろ」


 金を受け取っても、

 すぐにしまう者が多い。


 握ったまま、

 手を離せない者もいる。


 落としたら怒られるんじゃないか。

 勝手に使ったら

 罰があるんじゃないか。


 そんな顔だ。


 ルヴァートが、少しだけ前に出た。


「聞いてると思うけど、

 取り上げたりしないわよ。

 使い道を報告する義務もない」


 それだけ言って、引く。


 説明しすぎない。

 決めるのは、本人だ。


 ハクタンは、

 自分の手の中の金を見つめていた。


「……これ……。

 どうすれば……?」


「どうしたい」


 ロックが聞き返す。


 ハクタンは、言葉に詰まる。

 欲しいものを

 考えたことがない。


「……分からない……」


「じゃあ、考えろ」


 ルヴァートは、

 何も言わずに金を受け取った。


 表情も、変えない。


 ジュラルは、

 金を差し出したまま、首を振る。


「……俺は、

 受け取れません」


 理由は言わない。

 言わなくても、分かる顔だ。


 ロックは一瞬、ジュラルを見る。

 それから、金を押し返した。


「装備を整えてこい」


 説得もしない。

 否定もしない。


 役割だけを、渡す。


 ジュラルは、

 少しだけ目を伏せてから、金を受け取った。


「……了解しました」


 それだけ言って、踵を返す。


     ◇


 時間が、少し流れる。


 全員が戻ってきたわけじゃない。

 それでいい。


 夕方。

 ロックの前に、三人が並んだ。


「いや、なんでわざわざ

 見せに来るんだよ……」


 最初に目に入ったのは、ルヴァートだった。


 赤いドレス。

 布も仕立ても、明らかに上等だ。


「普段着じゃないのかよ。

 ずいぶん高いの買ってきたな」


「何よ。似合ってない?」


「見違えるくらいには似合ってるよ」


 ルヴァートは、鼻で笑う。


「仕事用よ。次は上位層を回るから」


 ハクタンは、

 柔らかい色の普段着だった。


 少し大きめで、動きやすそうだ。


「……これ……。

 店の人に……

 いっぱい聞いた……」


 ロックは、一度だけ頷く。


「そうか。悪くねぇよ」


 ジュラルは、装備一式だった。

 見た目は、ほとんど変わらない。


「まあ、だろうな」


 ジュラルは苦笑する。


「必要なものだけ、揃えました」


 商館の奥では、

 元奴隷たちが集まっていた。


「これ、食べ物に使っていいのかな」


「壊れた靴、直せるかも」


「一回で全部使うの、怖くない?」


 誰かが答え、

 誰かが首を振り、

 誰かが黙り込む。


 仕事のやり方を教え合う声と、

 金の使い道を相談する声が、

 同じ場所にある。


 ロックは、

 それを見ているだけだった。


 指示しない。

 評価しない。


 止める理由も、

 急かす理由もない。


 世界は、

 静かに動き始めている。


 それを押すのも、

 引き戻すのも、

 ロックの役目じゃない。


 ただ、今日――

 火と金が、

 通り過ぎただけだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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