9.顔役のラーム
こうして狩りの道具を置いた私はオーリ、シュバルツ、クララを連れて村へと向かった。
オーリはシュバルツの背中に乗っている。
「ぴい……っ」
どうやらその位置がかなり気に入ったようだった。
歩きながら、クララはシュバルツから貰った角をアレコレと回している。
「ふぅーむ……この角はヤギ類かな」
「ずいぶんと立派な角だよね」
宵闇の森で私はヤギを狩ったこともある。
ただ、普通のヤギはここまで鋭利な角を持っていない。
これで刺されたら死んじゃうと思う。
「山沿いのヤギは立派な角を持つんだって。それは人が飼うヤギとは違い、気性も荒くて身体もとても大きいらしいです」
白狼の村にはたまに牛やヤギといった家畜が連れてこられる。
けれども家畜は村では長く生きられない。
これらの家畜は村の祝日に合わせて買い付けられ、儀式に捧げられる用だ。
そういった家畜とこの角の持ち主は大きく違う、ということか。
「あ、回覧板の内容なんですけど……今カサンドラさんとランスターさんが来ているんです。ちょうどいいかもしれませんね」
「それは心強い……!」
カサンドラは村によく来てくれる商人だ。結構なキャラバンを率いて、定期的に村と交易して去っていく。その関係上、色々なことに精通している。
ランスターはその護衛の偉い騎士さん……この人も物知りだ。
彼女たちが来ているのはラッキーだった。
小川を渡り、乾燥した砂利道を行く。
髭を生やした村人が薪を割っていたのだが――。
「んおー? こりゃまた、大きな犬だなぁ!」
「え、ええ……森で出会ったので」
ドキドキしながらシュバルツを見せると、どんどん村の人が集まってきた。
珍しいものがあると集まるのが白狼の村なのだ。
「はぁー、すっごいふわふわ……」
「森の? どこら辺で会ったんだい?」
「うーむ……この村で五十年生きとるが、森の犬は初めて見た……」
次から次へとわーっと言われる。
嬉しいことに否定的な言葉や態度は全然なかった。
目を回しながら私とクララで村の人たちに対応する。
オーリは我関せず、ふにふにとシュバルツの毛並みを堪能していた。
(よ、よかった……! クララちゃんに相談しておいて!)
村のおばさんが洗濯物を抱えながら、私へと聞いてきてくれる。
「それで、この子はどうするつもりなんだい?」
「……村の許しが出て、この子が良ければ一緒に暮らそうかなと」
「そういう相談ならラームかねぇ」
「やっぱりそうなりますよね」
ラームは村一番のお年寄り兼顔役だ。
一日の三分の二を寝ているけれど、それ以外はとても元気である。
おばさんの夫が横から口を出す。
「俺はいいと思うぞ! この子は村にふさわしいじゃないか!」
「そうだ! 俺たちは賛成だぞ。食い扶持ならどうとでもなるし……」
村の皆が口々に言う中、おばさんが一喝する。
「黙りな! 村の新入りはラームに見せる。それが決まりだ! ここにいるあたしたち全員がそうだったろう!」
おばさんの言葉に皆が黙り込む。
私もオーリも村に来て、ラームに見てもらったのだ。
村人を最初に祝福するのが顔役であるラームの仕事だから。
「じゃあ、ラームさんに見せに行きます」
「ああ――でも安心しなよ。本当に森の子ならラームが拒むはずはないから」
人をかき分け、ラームの家に向かう。ラームの家は白狼の像の一番近くだ。
「……ぴぃ」
オーリが私たちの後ろを見る。村の人たちがぞろぞろと家の陰に隠れていた。
クララがふむふむと頷く。
「心配みたいですねぇ」
「そうだね、あの人たちは大丈夫だろうけれど」
ラームの家は特別、豪華とか大きいとかはない。
顔役でも平等――それがこの村だ。
息を整え、いざラームの家の扉をノックしようとして。
いきなりぱかっと扉が開いて、私はずっこけそうになる。
扉を開けたのはラームだった。背が曲がっているので、私よりも小柄だ。
でも目はらんらんと青色に輝き、眼光は鋭い。
髪も白髪だけれど、全身が生気にあふれている。
「来たかい、入りな」
「ラームさん……! ええと、その――」
「騒ぎは聞こえてたよ」
それだけ言うと、ラームは踵を返して家の奥へと歩き出した。
私とクララは顔を見合わせる。
「……私はカサンドラさんのところに行っています。角のこともありますし」
「そうだね、お願い」
クララと別れた私は角を持ち、シュバルツとオーリを連れてラームの後を追う。
途中、ラームの家族に挨拶して――辿り着いたのがこぢんまりとした礼拝所だった。
小さな祭壇には小さな白狼の像が祀られている。
ろうそくの火がぼうっと照らし、香炉からハーブの煙が漂う。
礼拝所といっても、これはラームの個人的なものだ。十人も入ったら、いっぱいになるほどの広さしかない。
「ちゅー」
ラームの飼っている白ネズミだ。白狼の像の後ろから出てきて、引っ込む。
「さて、話はおおかた聞こえてけど……改めて話してくれるかい?」
どかっと祭壇の前に座ったラーム。
その前に正座した私は、クララに語ったのと同じように昨日の出来事を話した。
要は聖女の部分を省いてだ。
「……なるほどね」
「村に迷惑はかけません。シュバルツのことについて、ラームさんのお許しを頂ければと」
「ふうむ……」
ラームがじっとシュバルツを見つめる。
シュバルツはぺたりと座って彼女の視線を受け止めていた。
「あたしはね、そもそも村に住みたいっていう人を拒んだことはないんだよ」
「……え?」
「森が選ぶんだ。あたしが選んでどうする?」
そう言って、ラームがお茶をすする。
「あたしがしているのは、森に選ばれなかった人に森から離れるよう伝えることさね。それ以上でも以下でもない」
「…………」
その言葉を聞いて、ほっとするほど私も子どもではなかった。
「その子みたいなのを見たのは初めてではあるがね……。場所によって、黒犬は凶兆だとか悪魔の使いだとか言われる。でも、そんなのは迷信だ。それに最近、森の近くに黒狼が住み着いてるってことも聞きはする」
「わう?」
ラームがごくごくとお茶を飲み干す。この子の家族だろうか。あるいは同種なだけ……?
狼がどれほどいるのか、私には判断できない。
「あたしが言うべきことはない。心配ならカサンドラに聞くんだね」
「……はい、わかりました」
「もし村の中で反対意見があるなら、方法はある。わかってるだろう?」
私が答えないでいると、ラームがにかっと白い歯を見せる。
「あんたがあたしの後を継いで、顔役になればいい」
「そのお話は、前にもお断りいたしました」
ラームはなぜか、私を次の顔役にしようとする。
さすがに他の人がいるところでは言ってきていないものの……。
「私はこの村の生まれでもありません」
「でも、一番の腕利きだ。誰よりも獲物を獲ってこれる。あんたは普通じゃない。森に認められている」
それは私に聖女の力があるからだ、とは口に出せなかった。
私も言えるほど聖女の力を理解していない。偉い学者先生の話を覚えているだけだ。
「顔役に必要なのは、いざって時に村の為に働ける能力があるかどうかだ。ここ数十年は安定しているが、ずっとそうだって保証はない」
「……でも私には」
私は何もない子どもだった。親を知らず、聖女として崇められて、捨てられて。
今はとても幸せだけれど、心のどこかに不安がある。
「まぁ……すぐにとは言わないさ。あたしもまだ身体が動くんでね」
ラームがお茶を飲み干し、立ち上がる。
そのまま彼女が背を曲げながら近付いて、シュバルツの戦利品の角に触れた。
「それと気になるのは、その角の持ち主さね」
「ええ――このシュバルツが戦って、奪い取ったようで」
シュバルツがわうっと頷く。
「その角には森の淀み、荒々しい気配を感じるね」
「じゃあ――やっぱり主が?」
「多分ね。だけど、普通じゃない……」
ラームは私へと角を返してきた。
「主ってのは、途方もなく長い年月を経た獣だ。あたしもこれまでに二回しか知らない」
「十年くらい前に主を討伐したんじゃ……?」
ラームが両手の指を折りながら数える。
「その前に主が出たのが六十年前だよ。百年に二回とか、そんな頻度のはずだ」
「……じゃあ、主じゃないかも?」
「あんたはこの角の持ち主を見ていないんだろう?」
「ええ、この角だけです」
「本当に主なら大変なことだ。森がうねり、怒っているのかもしれない。良からぬ兆しだ」
ラームが首を振る。彼女の言葉に私は気を引き締めた。
「主は縄張り意識の塊だ。いずれ村の近くにも来るやも……。あんたも気を付けるんだよ」
「はい……!」
「その子については、好きにしな。他の人が賛成するなら構わないよ」
こうしてラームとの話し合いを終え、私は彼女の家を出た。
とりあえず反対はされず――ということでほっとする。
私の後ろでこそこそ気を揉んでいる村人に、ぐっと親指でサインを返しておく。
……村の人たちも明らかにほっとしているようだった。
で、私はそのまま白狼の像の東にある第二広場に向かう。
行商人は村に来ると、第二広場で営業する決まりだからだ。
きっとカサンドラもそこにいるだろう。
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