6.光を
この子を助けて、それでどうすると言うのだろう。
今までも無数の獣を狩ってきた。
「……私は」
口から自然に言葉が出る。
「私は狼の子だ」
そう言った途端、すとんと胸の奥が落ち着いた。
私は今、目の前で死にゆく狼を助けたいと感じている。
「……でも」
あの日、ヘクタール王国から追放されてから私は治癒の力を使っていない。
この村でも私にそんな力があると知るのは、オーリだけ。
「ぴぃ!」
オーリが翼をはためかせる。
黒狼の息は浅く、血が地面に吸い込まれていた。
迷っている暇はない。助けたいなら、すぐやるしかない。
私は弓を背に担ぎ、ゆっくり黒狼に近寄る。
黒狼が私を視界に捉えるが、すぐに目を閉じた。
私は黒狼のすぐそばに立つ。
漆黒の毛は柔らかそうだが、首元から血がにじむ。
黒狼に触れても、反応はない。
温かくて柔らかな毛。浅い呼吸と一緒に身体がわずかに上下している。
「ごくっ……」
治癒の力を使わなかったのには、もうひとつ理由がある。
怖いのだ。誰かを治せないことが。
あの日、私は失敗してしまった。
カーテンの向こうにいた人はどうなったのか。
私はもうそれを知ることができない。
助かったのか、どうなのか――。
「ぴー……」
オーリがふむふむと頷く。
彼女は私のことを全部、知っている。
迷いも苦しみも、わかったうえで……。
この私についてきてくれた。
「怖がっちゃ、ダメだよね」
心臓が早鐘を打つ。私と同じように。
この黒狼にも運命があるのだろう。
「ふぅー……」
目を閉じて私は集中する。
あの日、八年前と同じ感覚を思い出さなくては。
「――癒しを」
心を落ち着かせ、自分の中に潜む光を探り出す。
温かくて、あの日から変わらない。
私は懐かしく思う。自分の中の光を。
それはおかえり、と言ってくれているようで。
私は心の中でその光を大切に包み、押し出す。
徐々に指先から白い光の粒があふれてくる。
白い光が触れると、黒狼が私を見つめてきた。
「もう、大丈夫だよ」
「……グル」
黒狼が頷き返したように見えた。
やっぱり、私の言葉がわかるのだろうか?
「ぴっ! ぴっ!」
もっふもふとオーリが上下にリズムを取る。
私を励ましてくれているようだ。
……上下に揺れるたび、お腹がたぷんとなるのは気のせい。
癒しの力が私の手から黒狼の身体へと浸透していく。
首元の血がすぐに止まり、地面の血だまりも浄化される。
血の匂いと魔力。
どちらも白い光に吞まれ、光の塵になる。
黒狼の毛並みが逆立ち、目にも生気が戻ってきた。
うまくいっている――きっと。
「犬とか狼とか治したことがないんだけど……これで大丈夫だと思う?」
「ぴーぴっ!」
オーリが羽をぴっと掲げる。
『大丈夫に決まってるよう!』と言っている。多分、きっと。
癒しの力が黒狼の全身を包み込む。
首元の毛に指先をくぐらせると、もう血は付着しない。
流血は止まったと判断してよさそうだ。
「元気になった?」
「フゥ――」
私が耳の間、黒狼の頭頂部を撫でると黒狼の豊かな毛並みの尾がぶんぶんと揺れる。
良かった、窮地は脱したみたいだ。
ほっと一息つくと同時に、私はこの黒狼が本当に賢いと感じている。
「ぴぃっー!」
オーリがぴょんと黒狼の背中から飛びはね、黒狼の揺れる尻尾にダイブする。
もっふもふ。全く躊躇なく、オーリは黒狼の尾に身体を横たえ、感触を満喫し出した……!
大胆というか、まぁ……オーリはベッドや私の髪にも身体を擦りつけるし。
好きなのだろう、こういうのが。私ももちろん好きだけど。
「わふ……」
黒狼は全く嫌がる素振りを見せず、穏やかに鳴く。
狼の子として、私も役割を果たせただろうか。
ふっと見ると、太陽はもう森の陰に消えていた。
空はだいぶ暗く、木々の間には闇が広がる。
「今日はここで野宿しよっか」
「ぴぃー!」
黒狼の尾を愛でるオーリが『さんせいー!』と声を上げる。
対して、黒狼は私の背にちらちらと視線を送ってきていた。
「……わう」
そう、私はもうひとつ気が付いていた。
元気になった黒狼が、私の携帯食料入りバッグに興味津々だということを……!
これにて第1章終了です!
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