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呪われたモフモフと追放聖女のもぐもぐ辺境暮らし  作者: りょうと かえ
追放された聖女は森暮らしを始める

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5.追跡

 朝、狩人は好きな時間に起きていい。

 なぜなら昨日、頑張ったからだ。


 というわけで太陽がたっぷり昇ってから起き上がる。

 起きたのはてっぺんより少し手前に太陽がある時間だ。


「十時か、十一時かな……」


 ヘクタール王国には時計があちこちにあったが、この村にはほとんどない。

 とはいえ森での生活が長くなると、大体わかるものだ。


「ぴーい……」


 ちなみにオーリも大概、寝るのが好きだ。

 オーリを抱え、私は家を出る。


「朝だよー……」


 家の近くに流れる小川は二の腕程度の深さしかなく、いつも透明だ。

 なので、ここで顔を洗ったりする。


 もちろんオーリも洗う。真夏の川は生暖かい。

 オーリを抱えて、ゆっくりと小川へと降ろしていく……。


「ぴぃー……ぴっ」


 頭の下くらいまで浸かったオーリが目を開く。

 オーリは綺麗好きなので、この水浴びを絶対に嫌がらない。


 これがほぼ毎日のルーティンだ。


「おはよ、オーリ」


「ぴぃ」


 オーリがもぞもぞとして、小川で身体を洗う。

 先に顔を洗った私はオーリをもみもみ……羽の付け根などを綺麗にする。


 朝食には昨日もらったお土産、それに干し肉を炙って食べる。


 パンはちょっと温めればいいので楽だ。

 食事が終わり、狩りの支度をしたら森へ出かける。


「行こう、オーリ」


「ぴーい!」


 宵闇の森での狩りはまず獲物を探すところから。

 魔力の気配、糞や足跡、住処……そういった痕跡を見つけなければいけない。


 で、ある程度獲物を絞り込めたらクララと組む。

 クララも痕跡を読み取るのが上手い……昨日のアカシカも、役に立たないとクララは落ち込んでいたけれど、きっちり獲物の位置を教えてくれている。


 これが私の狩りのやり方だ。

 なので、まずは獲物を探そう――。


 宵闇の森の入り口は常緑樹が生い茂り、いつも光を遮る。


 オーリを肩に乗せ、さっさと進んでいく。

 さすがに入り口には獲物はいないからね。


 茂みの少ないところから森の奥へ。段々と緑が濃くなってゆく。


「ふぅ……」


 とりあえずは当てもなく、北へ。二時間ほど歩いただろうか。

 突然、オーリが首を巡らせる。


「ぴぃ」


「何か見つけた?」


 昨日、クララの言った渓谷はこの近辺だ。

 でも獣の気配はない――主はこちら、村の近くには来ていないと思う。


 オーリが羽で指したのは、大樹の幹であった。


 その幹には、私の頭の高さくらいに黒い染みがついている。

 顔を寄せると、わずかに魔力を感じる。


 でもこれだけじゃ染みの正体はわからない。

 私はすっと指先で染みに触れてみる。


 触れた部分の染みがぽろりと乾いて落ち、錆めいた匂いが鼻をつく。


「……血?」


 オーリが頷く。

 なるほど、どうやら近くで獣が怪我をしたようだ。


 私の頭の高さに染みがあるということは、かなりの大物である。


 最低でも昨日のアカシカくらいはありそうだ。

 ただ、血は渇いているので傷を負った獣は近くにはいないだろう。


「でもなんとか辿れるかな」


 オーリが見つけてくれた血の跡から魔力を探る。

 宵闇の森自体にも魔力があるので、それに惑わされないよう……私は目を閉じて集中する。


 オーリが私の肩を離れ、空に舞い上がる。


「……ふぅ」


 連なる木の葉がかすかな風に揺れる。

 昆虫がかさかさと葉の上を這い、遠くで蛙が小さく鳴く。


 オーリは純白の灯りだ。

 顎を上げると、灯台のようにオーリの魂が森を照らしているのがわかる。


 さらに集中しなくちゃ。

 やがて樹木の血が目を閉じていてもぼんやりとした灯火のように感じられてきた。


 黒ずんだ血が暗闇の中で紫に燃えている。


「…………」


 ゆっくりと首を周囲に巡らすと、ほんのわずかに――遠く、二百歩先に紫の血が燃えているのを見つける。


 同じ獣の血痕だ。

 目を開けて手を振り、オーリを呼び戻す。


 血痕があったのは北西方向だ。そこに向けて、私は歩を進める。

 そうして血の跡を辿ると、段々と血痕の間隔が短くなっていくのがわかった。


 二百歩先が百五十歩、百五十歩が百二十歩……。


 倒木の縁、小さな水たまり、苔むした岩肌と血痕が続く。

 慎重に歩きながらなので、歩みは遅い。もう夕方近くになってきた。


 家で眠りたいなら、この辺で引き上げないといけない。


(まぁ、今日は野宿でもいいか)


 狩人生活を続ける中で、私は森での寝泊まりにも慣れている。

 宵闇の森には獣がとても少ない。


 他の森だと熊や狼や蛇がいるのだけれど、この森ではその辺りの心配はしなくてもいい。


「近いかもね」 


 斜めに傾いて根が露出した木、その飛び出した根に血痕がついている。

 血がついているのは私の胸の高さで、まだ固まりきっていない。


 血が含む魔力も濃くなっている。


「ぴぃ?」


「ううん、このまま進むよ」


 狩りには罠猟というのもあるけれど、宵闇の森で使われるのは稀だ。

 なぜなら、傷を負って時間がかかって死んだ獣の魔石は小さくなっている。


 最大の価値を得るためには、なるべく即死させるのが望ましい。

 なので昔ながらの弓矢で仕留めるのが一番よい。


(この血痕の主の傷の程度はわからないけど……きっと距離はもう近いはず。出くわしたらすぐに仕留めたい)


 ということで血の追跡を再開する。

 太陽はすでに傾き、夕焼けが空を紅く照らしていた。


 地面にぽつぽつとした血と魔力を感じる。


 ――近い。


 私は背負っていた弓に手を伸ばし、構える。

 矢もいつでも取り出せるように……臨戦態勢だ。


 そっと、そっと血に沿って歩く。

 心なしか茂みと樹木が減っているような。


 そのまま前進すると、私たちは小さな泉のほとりに足を踏み入れることになった。 


「グルル――」


 泉のふちに漆黒の狼が座していた。


「……狼?」


 背は私よりもずっと大きい……こんな狼は他にはいない。


 魔力の影響を強く受けている。


 よく見ると黒狼の首元から血がしたたっていた。

 黒くて魔力の質も似ている。血痕の主はこの狼だ。


 黒狼が私を見つめる。その瞳にははっきりとした知性、そして諦めが浮かんでいた。


(抵抗するつもりはないみたい……)


 にしても、森で狼なんて初めて見た。 


 宵闇の森で肉食動物を見る機会はない。

 獲物となる草食動物自体が少ないからだ。


 多分、他の村人も狼を狩ったことはないと思う。


「ぴぃ……」


 私の肩でオーリが鳴いて、どことなく止めてるように聞こえた。


「狩らないほうがいいと思う……?」


「……ぴー!」


 オーリが私の肩から飛び立つと、黒狼へと向かう。


「あっ! 待って――」


 オーリを止めようと手を伸ばすが、もちろん間に合わない。

 羽ばたいたオーリが黒狼の腰辺りに着地する。


「……グル」


 宵闇の森にいる普通の獣は、オーリを嫌う。

 アカシカでさえオーリが近くにいるのを嫌がり、誘導されてしまうくらいだ。


 だけど、この黒狼は非常に冷静だった。

 オーリが腰に停まっても追い払ったりしない……。


「あなたは――何か、違うの?」


 黒狼がわずかに頷いたように思えた。


 この黒狼の命は燃え尽きようとしている。

 射撃態勢を解き、黒狼をじっと見た。


 この黒狼を生かすも殺すも私次第だった。

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