36.宴と夜の終わり
その夜、私たちは砦の前で宴を開いた。
狩人で大きな怪我をした人は誰もいない。勝利の宴……というよりは別れの宴だった。
この宴が終わり、明日になったらそれぞれの村に帰るのだ。
肩を組んだ狩人が合唱する。
「あー、あー……獣を追って、肉を食べよう。我らは森の子。いつでも弓を手にしてる。緑を追って、木の実を拾おう。我らは森の子。いつでも刃を手にしてる――」
正直、お酒が入っているので歌の音程はかなりひどい。
でも皆、踊ったりして楽しんでいた。
ランスターはバイオリンを鳴らしている。意外な趣味だけど……カサンドラに持ってきてもらったのだろうか?
私はシュバルツ、クララと一緒に隅っこのほうで晩餐を楽しんでいた。
今日のメインデッシュは脂がたっぷり乗ったサーモンの焼き魚だ。
そこにペーストしたジャガイモとチーズが合わさり、こってりと濃厚に仕上げていた。
ソースは酸味あるヨーグルトソースだ。
白狼の村では珍しい魚料理にシュバルツが目を丸くする。
「今日は魚なんだね」
「うん、新年が近付くとね。珍しいから食べるんだ」
今日の晩餐もカサンドラの提供だ。
食糧として持ってきたが村までは持ち帰れないしで、今夜食べてしまう。
ナイフとフォークを持ったクララが緊張している。
「こんないいサーモンはご馳走ですからね。でも魚は……小骨に気を付けないと!」
クララはなぜか小骨に苦しむ率が高い。運がないのか、魚に嫌われているのか。
そんなクララにシュバルツが手を貸した。
クララの手を取って、ナイフのレクチャーをする。
「ここからここは小骨が多いよ。で、こっちはぱくって食べられるかな」
「はえぇ……」
正直、狩人は食べるのが上手いとは言えない。
肉の筋も魚の小骨も噛み砕いて飲み込むのが流儀である。
その中にあって、やはりシュバルツのナイフ使いは一線を画していた。
ジャガイモやチーズの下に隠れた骨を丁寧にシュバルツは取り除いていく。
「い、いいんですか……? エリーザちゃんより先にやってもらって。怒られません?」
「……怒らないよ!」
これは本音だ。シュバルツは誰にでも優しいし、愛されてる。
そこは彼の長所であって、妬いたりするなんて変な話だ。
「というか、何で私が怒るの……?」
「えー……?」
クララのサーモン皿から骨が分離される。
続いてシュバルツは私のサーモン皿から骨を取り除き始めた。
「あはは、エリーザにもいつもこうしているからね。当たり前の光景だし、怒ったりしないよ。ね、そうでしょ?」
「そうよ。誤解しないで」
オーリはるんるん気分で左右に揺れていた。
目の前のサーモンから骨が取り除かれるのを心待ちにしている。
「いつも……? 当たり前……?」
クララがなんだかジト目で私を見ていた。
そこで私ははっとする。これでは私が彼に甘えているみたいではないか。
いや、実際に甘えていないわけではないのだけれど、彼にやってもらうと貴重な魚を骨なしで美味しく食べられるし……!
シュバルツは微笑んだままだ。
すぐに私のサーモン皿からも骨が綺麗に分けられる。
「ほら、できたよ。食べよう」
そこで私は気が付いてしまった。
(まさか……! クララに見せつけるために!?)
人の姿の時のシュバルツの考えはよくわからない。
思考の深さが自分たちとは段違いなのだ。
でも多分合っている……気がする。
クララがにまにまとしてフォークを持っていた。
「……まぁ、良しとしましょう。エリーザちゃんは甘やかされる資格がありますからね」
「そうそう、早く食べないと」
「うぅー……!」
今は分が悪い。シュバルツの手を借りてしまった。
やむなく私はサーモンを食べ始める。
じゅわっとした焼けた脂に絡むチーズ、噛むほどに魚と肉の旨味があふれだす。
そこに柔らかなジャガイモの食感……。
寒くなり始めた十二月にぴったりの熱で、体温がぐっと上がる。
サーモンの脂の少ない部分はヨーグルトソースをまぶしながら口に含む。
そうすると酸味が加わり、ぐっと奥行きが感じられる。
他の付け合わせはザワークラフトと黒パンだ。
あとは……北の村から提供されたウォッカという強いお酒だ。
がつんと来るアルコール度数だけど、透明感があって飲めてしまう。
恥ずかしさから、ついごくごくとたっぷり……。
「ふぅ……」
心地良い酒精を感じながら、私は楽しく食事をすることができた。
「いいお酒だね」
シュバルツの指がクララの見ていないところで、私の指に絡む。
もうこんなので反応してやるもんか、と思いながら――私は時折、シュバルツの手を握ってあげた。
◆
宴が終わり、夜が終わる。
朝焼けにシュバルツは黒狼の姿に戻っていた。
「わふ……!」
残念だけれど、呪いは完全には解けていない。
この時のシュバルツはいつも通りの黒狼のようだった。
可愛くて、もふもふな私の王子様だ。
他の村の皆とはここでお別れになる。でも寂しさは全然ない。
ベッセルが二日酔いにうなされていた。
「もう、飲み過ぎですよ」
「ははっ……強い酒でな、つい飲んじまった。にしても、あんたも飲める口なんだな!」
私は聖女の力のおかげでアルコールにも強い。
見かけによらずイケるんですと胸を張る。
「今度は岩の村に来てくれよ、エリーザちゃんも酔えるくらい振る舞うから!」
「ありがとうございます、いずれ絶対……!」
北の村の狩人ともここでお別れだ。
「北にも美味しいものはたくさんあるでな。来てくれよ、たんまりご馳走するよ!」
温かい言葉をかけられ、それぞれの村へと帰っていく。
白狼の子は東へと。森の様相はすっかり変わり、穏やかな風が心地良い。
冬だけど重苦しい雰囲気は一掃されていた。
「ぴぃ……」
オーリはシュバルツの頭の上に掴まって、ゆったりと寝転んでいる。
ふかふかのオーリを撫でながら、私はシュバルツの隣を歩く。
「戻ろう、私たちの村へ」
「わぅ……」
シュバルツの顔が私の手をかすめる。
ヌラウの角を背にくくり付けていて……まだシュバルツの呪いは解けない。
でも、焦りはしない。彼は私の隣にいてくれる。
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