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【書籍化・コミカライズ】呪われたモフモフと追放聖女のもぐもぐ辺境暮らし  作者: りょうと かえ
森の聖女

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33.黒髪の剣

 塔の広間では戦いが続いていた。


 ランスターの剣が唸り、ヌラウを狙う。

 剣は怪物の足の脛を切り裂いて――しかし代わりにヌラウは右腕の一撃をランスターに撃ち込んだ。ランスターが私のすぐ横に吹き飛ばされる。


「がはっ!」


 ヌラウの脛からは血の代わりに黒煙が噴き出て――傷がすぐに塞がる。


 もしヌラウが不死身でさえなければ、とうにランスターの勝利だ。

 ヌラウの顔がこちらに向く。


「……っ!」


 もう何分も戦いながら、私はヌラウへと矢を撃ち込んでいた。


 今も引き絞った弦から手を離し、必殺の矢が放たれる。

 ヌラウの首元に深々と矢が刺さるが、それだけだった。


「無駄だ」


(当たりはするのに……っ!)


 吹き飛ばされたランスターが立ち上がる。


 まだ致命傷ではないが、もう彼にも疲労の色が濃い。

 剣の放つ光も弱まってきている。彼がそっと呟いた。


「……逃げてください」 


「私だけ逃げられません!」


「殿下にはあなたが必要です」


 それは確信を込めた言葉だった。


「まだ少しなら粘れます。さぁっ!」


 ランスターの握る剣に光が増す。

 蛍が最後に強く輝くにも似た光だった。


「……逃がすと思うか?」


 駆け出すランスターをヌラウが睨んだ。

 輝く剣は黒煙を寄せ付けず、一気に双角の化け物へと突き出される。


 鋭い突きにヌラウが身を翻し、回避する。

 そこからランスターは息もつかせぬ連続攻撃を放つ――が、ヌラウは余裕を見せながら防御と回避に専念する。


 剣は何度もヌラウの腕、脚を削ぐ。

 だが胴に、命に届かない。


「くっ……!」


 私はランスターに反してまだ広間にいた。

 彼を置いて逃げるなんてしたくない。


 考えろ。


 本当にどんな傷も致命傷にならないなら、なぜランスターの攻撃から身を守るのか。

 あの光か、剣撃か。


 どちらかはやはり、食らいたくないのだ。


「はぁっ!」


 ランスターが剣を大上段に構えながら、飛ぶ。


 それは私の見た中で、もっとも勢いのある攻撃だった。

 ヌラウの回避方向にぴったりと合わさった一撃は、確実に怪物の頭部を捉えている。


 伸び切ったランスターの身体から剣が振り下ろされそうとした瞬間、ヌラウの角が揺らめいた。同時に、ランスターの動きが空中で止まってしまう。


「そんな……っ!」


 思わず私は声を出してしまっていた。

 黒煙がランスターの右足首に絡みついている。


 剣を上段に構えたせいで、ランスターの足元を照らす光が弱まっていたのだ。


「この姿になって、芸当が減ると思ったか? それは凡人の発想だ」


 ヌラウが勝利を確信して笑う。


 でもその時、私に直感が走った。

 角が光って煙が動いたのだ。


 まばたきの間に私の腕が動く。

 ほんの少し弓を上へ。ヌラウの頭部に狙いを修正する。


 そのまま音もなく、私は渾身の力を込めて矢を放った。


 ばぅっ……淀んだ空気を裂いて、矢が進む。


 それはこの場にいる全員にとって、完全に不意の行動だった。

 ランスターは自分の足首を掴む煙に意識を取られ、ヌラウはランスターを嘲笑っていた。


 私はただ――狩人の本能のままに矢を放っただけ。

 撃った後に撃ったと気付いたほどに、意識しなかった。


 私の矢は骨を砕くかのような音をさせ、ヌラウの左角を貫いた。


「がぁあぁあっ!? 貴様っ!」


 途端にヌラウが絶叫し、憎悪をみなぎらせて私を見た。


 だけど、はっきりわかった。

 広間に充満する魔力自体が大きく震えたのだ。


 その隙を逃すランスターではない。

 足元の邪魔な煙が弱まった刹那、彼が全力を込めた一撃を振り下ろす。


「凡人どもが……! 諦めろ!」


「騎士に諦めるという言葉は、ない!」


 前に差し出されたヌラウの右腕をランスターの剣が斬り落とす。


 さらに剣の勢いはそのまま、ヌラウの右角を――私の撃った角とは逆の角をランスターは半ばから叩き斬った。


「ぬぁあっ!? おのれぇぇっ!」


 初めてヌラウが顔を覆い、苦痛の表情を見せた。


 叩き斬った角から猛烈な魔力が広がり、一気に広間中に炸裂する。

 視界が黒煙に覆われ、穢れた魔力の嵐が吹き荒れた。


 鈍器で殴られたような衝撃が全身を襲う。

 たまらず私たちは吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


「ぐぅっっ!」


 激しい痛みに顔をしかめ、ヌラウの状態を確認する。

 黒煙は徐々に収束し、ヌラウへと吸収されていった。


 右の角は戻っていないが、ランスターが斬った左腕は回復している……。


 ランスターは壁際に倒れ、ぴくりとも動かない。

 光を失った剣が虚しく床に突き立っていた。


 なんとか力を振り絞り、床に手をつきながら半身を起こす。

 ヌラウがゆっくりとこちらに近付いてくる。


「終わりだな。羽虫が手間取らせおって……いや、貴様の顔。どこで見た覚えが……」


 歩みを止めないまま、ヌラウが私に近寄る。

 記憶の奥底から私のことを思い出しているようだった。


「そうか! もしかして、貴様……八年前の!ヘクタールの聖女か!」 


 そこでヌラウが笑い出した。


「奇跡の残骸! 不可解なる超越者! 神の涙の最後の一滴! なるほど、クハハハッ!」


「……何がおかしいの?」


「ふん、この偉大なる姿は元々、聖女を殺すためのものだからな」


「えっ……?」


「無論、貴様のことではない。遥かなる過去、神に挑んだ先駆者の目的がソレだった……というだけのことだ」


 ヌラウが私のすぐそばに立つ。


「図らずも俺は先駆者の目的を達成するわけだ。聖女の存在は興味深いが、今は――」


 ヌラウが両の拳を合わせて振り上げる。

 私の全身を一撃でぐしゃぐしゃにするために。


「不確定要素を抹消する!」


 私は目をそらさなかった。

 あの日、ヘクタールを追い出されてこの森に着いてから。


 私は前を向くと決めていたから。


「――彼女に触るな」


 幅広の剣が私の視界を遮る。続いて、金属音が唸った。

 ランスターの剣を握ったシュバルツがヌラウの攻撃を止めていた。


 目を吊り上げて、人の姿をしたシュバルツが。

 剣を振るっている。


「……! 貴様は、まさか!?」


 ヌラウが下がりながら蹴りを繰り出す。

 シュバルツも私のそばに下がりながら、蹴りを打ち払った。


「ギルベルト――殿下!! なんと、あなたが!」


「……怪我はない?」


 ヌラウを無視してシュバルツが私を気遣う。


「ぴいっ!」


 シュバルツの後ろからオーリも顔を見せてくれていた。

 私はなんとか頷き、うつ伏せに倒れたランスターを見やった。


「私は大丈夫……。でも、ランスターさんが」


「彼はまだ生きてるよ」


 シュバルツは冷静で落ち着いていた。

 それが私をほっとさせてくれる。


「もうすぐ外から救援が来る。あいつは――俺がなんとかする」


 大丈夫なの、と私は聞けなかった。


 シュバルツは剣を信じられないほど力強く操っているように見えたから。

 中段に剣を構えたシュバルツが、ヌラウを見据える。


「ごめんね。あなたのことは何も覚えていない」


 それだけ言うと、シュバルツは駆け出した。

 剣はランスターが握った時のように光ってはいない。


 だが、速い。圧倒的に速い。

 黒髪をたなびかせたシュバルツは恐るべき速度でヌラウに迫った。


「ぐっ、うぅっ!!」


 ヌラウが左腕を差し出すが、シュバルツは意に介しない。

 一気にヌラウの腕を切断してさらに剣を振るう。


 たまらずヌラウがさらに下がり、それをシュバルツが追う――正直、速すぎて何がどうなっているのか目で追うのもやっとだった。


 その隙に私は目立たないように這いながらランスターの元に向かう。


「うっ……」


 ランスターのうめき声を聞いて、少しだけ安心した。

 まだ生きているなら私の癒しで治すことができる。


 目に見える傷があるかどうか確認するために、私はランスターの身体をひっくり返した。

 鎧は傷ついているが……外傷はない。


「……殿下が戦っているのですか」


「ぴー……」


 ランスターがオーリに微笑み、荒く息を続ける。


「はい……」


 苦しそうなランスターに頷く。


 広間ではシュバルツとヌラウの激闘が続いていた。

 終始、剣を振るって追うのはシュバルツだ。


 ヌラウは身体を回復させながら防戦一方になっている。


「まさか、彼がこんなに強いなんて……っ」


「何もおかしくはありません。殿下は王国一の剣士でしたから」


 ランスターが誇らしげにふたりの戦いを見つめる。

 その瞳にはシュバルツへの憧憬がありありと浮かんでいた。


「私の……剣も、元々は殿下から授けられた剣。殿下が扱えない道理がありません……。しかし、なぜ……?」


 ランスターの言葉はそこで途切れたが、何が言いたいかは伝わってきた。


「今、ここに満月はないのに――」


 嫌な予感が背筋を這い上がる。


 確かにシュバルツは強い。あのヌラウと互角以上に戦っている。

 常に余裕ぶっていたヌラウから笑みは消え、必死に抗っている有様だ。


 嵐のごとき剣風がヌラウに降り注ぎ、その合間にようやく野蛮なかぎ爪を繰り出せる……。


 与えている傷はシュバルツが上回っているはず。

 が、そこで私は見てしまった。


 ヌラウの爪がシュバルツの脇腹をかすめ、血が舞うのを。

 そこでシュバルツは息を吸った。


 黒の煙をシュバルツが吸い込むと、傷がすぐに塞がったように見えた。


「駄目……!!」

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