26.急報
翌日、私の頭はすっきりとしていた。
シュバルツの記憶を取り戻す。その後のことは考えないようにしよう。
ランスターの示した手掛かりを無駄にはできない。
「わふ……」
今日のシュバルツは私のそばにずっといてくれる。
そのたびに心が揺れ、愛おしさが募った。
「行こう、ランスターさんのところに」
「……わう」
この姿の時のシュバルツは心がわかりやすい。
シュバルツとオーリを連れて村に行く。すると村にはなんだか人だかりができていた。
なんだろう。まさかランスターがシュバルツのことを公にしたとか……?
「おおっ! エリーザちゃん! 待っていた!」
「さぁ、こっちへ!」
村の人たちに急かされ、人だかりの中央に通される。
シュバルツには誰も注目していない。彼のことが話題ではなかったらしい。
「よう、久し振りだな!」
「あれ!? ベッセルさん! どうしてここに……?」
村人に囲まれていたのはベッセルだった。
ベッセルがふーっとパイプを吹かす。様になっているなぁ。
「ちょっと色々と厄介なことがあってな、その相談で来たんだ」
「ぴぃ……?」
シュバルツの頭の上にいるオーリが小首を傾げる。
「何があったんですか?」
「主を狩りに行く時、村の近くによく分からん連中がいるって話をしたんだが――覚えているかい?」
どきっ。つい昨夜、その話をランスターとしたばかりだ。
この場にランスターはいない。とりあえず当たり障りのない答えをしておこう。
「ええ、十年前くらいからですよね?」
「そうだ、全然音沙汰がなかったんだが……つい先日、奴らの使いが俺たちの村に来たんだ」
ベッセルが語るには、やはり森には狩人とは別の人が住み着いていたのだとか。
そして使いは貴族のような服を着て、痩せ細った男……岩の村で彼の顔を知っている者は誰もいなかった。
「偉そうな奴でよ、挨拶もそこそこにとんでもないことを言い出したんだ」
全員がベッセルの話を真剣に聞いている。
「どんなことでしょうか……?」
「あの、マーコールの魔石を寄こせってさ」
その言葉に村人が一斉に抗議の声を上げる。
「なんだって!? あれはエリーザちゃんとクララちゃんの分け前だぞ!」
「勝手に森に住み着いた奴らが何様のつもりだ!」
「お、落ち着いてください! 岩の村の皆さんはそれでどのように回答したんでしょうか」
「どこに魔石があるのかってことも伏せて、早々にお帰り願ったよ。でもなんとしても魔石を手に入れたいようで、しつこかったな」
村人ががやがやと議論する。
一体そいつらは何者なのか、何が目的なのか。
私にもわからない……ランスターはこの事態の手掛かりを知っているのだろうか。
「静まりな!」
全員がびくっとして声のほうに振り向く。
そこには背を曲げて杖をついたラーム、ランスター、申し訳なさそうなクララがいた。
狩人のひとりが驚いてラームをじっくり見つめる。
「ラ、ラーム……! あんた、体調は?」
「ふん、寝ているわけにもいかないだろうさ」
ベッセルが膝をついて、ラームに敬意を表する。
「岩の村のベッセルです。顔役のラームさんにお目にかかれて光栄でございます」
「……その帽子とパイプ、リンゼの孫かい?」
「はい、今は俺がこのふたつを継いでいます」
「相変わらずキザな一家だ。来な、早急に結論を出さなきゃね」
ということで、私たちは白狼の像が座す村の大広場に向かう。
広場にはもう他の村人も集まっていた。
(ここで話すということは……)
村の存亡に関わる事態だとラームは認識しているということだ。
先に中央で待っていたのは、カサンドラと五人の年寄衆。
私とベッセル、ランスターが年寄衆のそばに座る。
クララや他の村人は広場の周囲だ。顔触れを見ると、全ての村人が集まっていた。
全員を確認してからラームが静かに宣言する。
「さて、話はおおよそ聞かせてもらったが……もう一度、話してもらえるかい?」
ベッセルが頷き、さきほどの話を再び全員にした。
全体が集まっている会合だ。騒ぎ出すことはないが、ざわめきはする。
ある者は明確に怒り、ある者は首を振った
狩人以外の定住者がいると知って、不安げな顔をする人もいる。
「――というわけだ。残念だが、お世辞にも友好的な態度とは言えないな」
忌々しげに断言したベッセルがそう締めくくる。
確かに彼の話を聞く限りでは、友好関係は結べそうにもない。
ラームが頷き、ベッセルを座らせた。
「結構。この件については村外の意見も重要だ。ちょうどここにいるカサンドラとランスターの意見も聞こうじゃないか」
広場を囲む村人が拳を振り上げる。
これが承認の合図だった。それを確かめ、ラームがカサンドラに向き直る。
「じゃあ、先にカサンドラから」
「はいよ――。とはいえ、あたしは魔石を扱う商人の立場からしか言えない。魔石ってのは途方もない価値があるものだ。特に、あの主から出た魔石ってのはね。この森の外じゃあ、魔石を巡って戦争まで起きてる始末さ」
村人がざわめく。普段扱っている魔石にどういう価値があるのか、正直なところ私たちはわかってない。
「魔石は武器になる。加工して、しかるべき仕組みがあれば。城を突き崩すような矢を撃ち出したり、大軍を押し流す濁流を生んだりね」
「じゃあ、そいつらに魔石を渡したら……!」
立ち上がった村人の問いかけにカサンドラが頷く。
「魔石の使い方に心得がある連中に渡したら、どうなるか? 渡すのもひとつの選択だとは思うけれど、その帰結まで深く考えるべきだね」
カサンドラはそこまで言って、座った。
魔石を渡した後、どうなるのか? 私たちには想像が難しい……。
私たちは狩人であって、街に住む人間ではないからだ。
ラームが杖を撫で、ランスターに向く。
「ランスター、帝国騎士の意見を聞かせてくれるかい?」
「承知いたしました」
彼は何を語るつもりだろうか。
……ランスターが私とシュバルツに軽く頷いたように見えた。
『今、必要な事以外は言いません』
どうやらそんなつもりのようだ……。
「ゴルドワナ帝国、聖森騎士のランスターです。帝国を代表して意見を申し上げます」
澄んだ水のように、彼の言葉が広場に行き渡る。
「我々は宵闇の森とそこに長年住まう狩人らに対し、大いなる敬意を胸に抱いてきました。森の外の者は森に深く立ち入るべからず、という原則の元に」
シュバルツも耳を立て、ランスターの話に聞き入っている。
「森に新たな者が住まうというなら、干渉はしないつもりです。しかし、それは今ある狩人らの方々への敬意があってこそ」
そうだそうだ、と村人が頷く。
「我々は森と狩人のあり様を変えたいとは思いません――森で生きてきた、あなた方こそが代理人であるはず。そのあなた方が、新しい者を受け入れないと決めたのなら、我々はそれを尊重して、あなた方の側に立ちましょう。私からは以上です」
ランスターははっきりと村の意見に従うと言明した。
これで様々な選択肢が可能になったわけだ。
だけどこの会合は村人による多数決。ランスターには何も決定権はない。
「最後にひとり、聞いておこうかね。エリーザ、あんたの意見は?」
「……わ、私ですか?」
「あの魔石はあんたが村に預けてくれたものだが、元はあんたの正当な取り分だ。この村一番の狩人でもあるあんたの意見は当然、重視されるべきだろうさ」
ラームに急かされ、私は立ち上がる。
追放され、この村に辿り着いた者として。白狼の子として。
「……皆には色々な意見があると思います。私もそうです。魔石を渡してしまえば、穏便に済むのだろうかとか……追い出しまえばいいやとか。考えがまとまりません……」
私は思ったことを率直に語った。
隣ではシュバルツがきちんと座り、オーリさえも背筋を伸ばしている。
「ただ、私は岩の村を――同胞たちが困るのを見過ごしたくありません。岩の村は魔石がどこにあるか、秘密にしてくれました。それゆえに岩の村が矢面に立ってしまっています」
私は座って神妙に話を聞くベッセルを見た。
「要求ははっきりと拒絶します。狩人たちの村が集まり、総意でもって。その上で、森に住みたいというのならそれはそれとして考える。というのは、どうでしょうか?」
「一致団結して要求を突っぱねる。あとは向こうの出方次第ってことかい」
「甘いでしょうか?」
私の問いにラームは答えなかった。
ただ、ふんと唇を曲げただけだ。
「年寄衆から意見はあるかい?」
「ワシはエリーザちゃんの意見に賛同する!」
年寄衆のひとりがよっこらせと立ち、拳を振り上げる。
「岩の村は何百年も前からの同胞じゃ! ワシらは岩の村とともにある!」
「そうだ! 森は分かち合う! 奪い取るのは許されん!」
年寄衆が立ち上がり、広場に呼びかける。
次々に村人が立ち上がり、拳を振り上げた。その中にはクララもいた。
「わ、私も! 岩の村との連帯を選びます……!!」
カサンドラもランスターも立ち上がり、ベッセルが噛みしめるように言う。
「……ありがたいねぇ」
全員が立ち上がり、結論が出た。
ラームが杖を持ち上げ、かつんと鳴らす。
「決は出た。村々を集めて要求を拒絶するよう申し入れる。森の恵みを横から奪うことは、誰にも許されない!」
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