17.主のいる場所へ
翌日、朝早くから私たちは森に分け入る。
昨日よりもさらに岩肌が増え、樹木の間隔さえもまばらになっていく。
西の山に入り始めたのだ。心なしか、私たちの進む速度も遅くなる。
「濃密な魔力はないですね、不快な風は吹いていますが」
「ああ、どうやら北の村のほうに獲物は寄っているのか……」
昼まで山を進んでも何もなし。緊張感だけが身体を通り抜ける。
昼食、保存食の乾燥したパンとハムを食べているとクララが口を開いた。
「主どころか鳥の虫もいませんね」
そこで私ははっとした。森の中ならいつも聞こえるはずの鳥や虫の音が今は聞こえない。
ベッセルが目を細める。
「ウチのジイさんに聞いたら、主が出たのは六十年振りだとか……その時もこんな雰囲気だったのかもな。そん時は、あんたらの村のラームさんに大層世話になったとよ」
「すっごい昔の話ですね……」
私の感想にクララも頷く。
「その頃はラームさんも現役だったんだね」
「ラームさんはまだ元気かい?」
「はい、ぴんぴんしてます」
「そりゃ結構な話だ。でもジイさんの話だと、その頃にはラームさんはもう白髪交じりだったって話だけどな……?」
「ラームさんは森に愛されているんですよ」
「違いねぇな。長生きは森に認められた証しだ」
森の狩人は例外なく年長者を敬う。
それは森に愛されているからこそ、長生きできると考えているからだ。
「……にしても、静かすぎるのは気味が悪いぜ」
普段の森には音が満ちている。それが消えるとこんなにも変わるのか。
私たち自身の息づかいと足音で不安になってしまいそうなくらいだ。
それを察したのか、ベッセルが話題を変える。
「なぁ、ところで最近なんだけどさ」
「……はい」
「あんたらの村から見て、西に変な人を見かけないか?」
「えっ……いいえ。どういうことでしょう?」
「いやな、十年くらい前からちらほら、そんな話があるんだよ。森に住んでいるようだ」
そんな話は聞いたことがない。クララも身を乗り出す。
「うちらみたいな狩人とか行商人さんではなく? そ、そんな命知らずな人が……」
私たちの常識では、森は魔力のせいで通過さえも危険がある。
カサンドラのような商人はいくつもの防護策を施して来ているのだが、それでも森の近辺の水や食べ物には手を付けない。
「じゃあ白狼の村じゃなくて、こっち側だけか――」
ベッセルが唸る。
「何か実害があるのですか?」
「いいや、特にな……何にも干渉してこない。だから何で森の中にいるのかもわからん。獲物も減っていないから、森の外から定期的に色々と運ばせているんだろうが……」
「だとしたら、かなり大掛かりですね」
「ああ、だから調べるのもな。下手につついて揉め事にしたくない」
森に住むからには目的があるのだろう。
にしてもよく分からない人たちだ。
「す、住んでいるのはどの辺りですか?」
「……ここからそんなに遠くない。主の影響も受けいてるはずなんだがな」
狩人以外で住んでいる人がいるなんて。じんわりと嫌な予感がする。
森に住み着いた謎の人たち……覚えておこう。
「あっ! 狼煙です!」
クララが空を指差す。北からオレンジ色の狼煙が上がっていた。
「『主の姿はなし』の狼煙か……」
とりあえず北の包囲網に主は引っ掛かっていない。
ということは、こちら側にいる可能性が高くなってきた。
昼が終わり、また行軍を始める。白狼の村からこんなに離れたのは初めてだ。
山はごくなだらかなので、周囲を見通すという訳にはいかない。
ただ、それでも空気は明確に変わっている。
ベッセルはもうクロスボウを組み立てて持ち歩いていた。
「……濃いな」
その日も主とは出会わなかったが――魔力の濃いエリアをどう歩いても避けられなくなっていた。はっきりと主に近付いている。
いや、それだけじゃない。べったりと粘りのある気配を感じる。
その日の野営は、すぐにでも主と出会うのではないかという緊迫感に満ちていた。
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