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【書籍化・コミカライズ】呪われたモフモフと追放聖女のもぐもぐ辺境暮らし  作者: りょうと かえ
森の主

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16.岩の村のベッセル

 それからニか月、ランスターから断続的に連絡が来て計画が練られていく。

 季節は夏から秋へ移り変わっていた。


「でも、森はあんまり変わらないのよね」


 私は自宅でシュバルツの毛並みをブラシしていた。

 カサンドラのキャラバンで購入した、ビッグでグッドなブラシである。


 かなりのお値段がしたが、これならシュバルツの毛並みを効率よく整えられる。


「わふわふ……」


 シュバルツは床に寝転がりながら、気持ち良さそうにしていた。


 宵闇の森は一年を通じて気候の変化が少ない。大雨や台風、雪なんかはほとんどなかった。

 これは強すぎる森の魔力のせいだと言われている。


「この生活環境で雪まで降ったら、厳しすぎるもんね~」


「ぴー」


 オーリはシュバルツの腕を枕に寝転んでいる。

 なので秋になっても樹木が色付き、採集できる植物が変わるぐらいだ。


 シュバルツはあれからニ回、人の姿になった。

 そのどれもが満月の時だけだ。それ以外の時間、彼は人ではいられない。


「……そろそろ決戦だね」


 ランスターは西の村と連絡を終えて、もう少しで戻ってくる。

 やはり村の西方では獲物が減って大変らしい。


 彼から最後の連絡が来たら、森の主の討伐作戦が始まる予定だ。

 作戦は簡単。主の位置を絞り込み、腕利きで討伐する。


 ――きっと大丈夫だ。


 さらに一週間後、葉の色が紅くなり始めた頃にランスターから連絡が来た。

 私とオーリ、シュバルツ、クララで西へ向かう。


「無茶だけはするんじゃないよ」


 ラームと村人に見送られ、私たちは村を出発した。

 目指すは西の岩山。そこまで本来なら私やクララが急いでも数日かかるけれど……。


「シュバルツ、よろしくね」


「わふっ!」


 私とクララはシュバルツの背に乗っていた。

 今ではもうかなりの慣れっこである。


「はぁー、はぁー……ふー……!」


 後ろから私に抱きついているクララは息を荒くして、目を見開いていた。


「……クララちゃん、もうそろそろ慣れない?」


 このニか月近くの間、クララもシュバルツの背に十回以上乗っていた。

 それでも彼女は慣れないらしく、乗る時はいつもこんな感じだ。


「だめです。カタツムリの私には速すぎますっ!」


「だったらせめて、目を閉じていたほうが……」


「それも怖いです!」


「……ぴぃ」


 好きにやらせれば、とシュバルツの頭の上のオーリが鳴く。

 仕方ない。こんなでもクララは落ちたりしないし……。


 シュバルツの首元に触れ、走るように促す。


「わふーっ!」


「あわわわっー! んぎゃーー!!」


 大して揺れていないと思いながら、クララは叫び出す。

 シュバルツも気にせず、最高速で疾走する。


 その日は野営をして、次の日の午前には西にある村――正式名称、岩の村との境界線に到達した。


 見上げるほどに巨大な塔が白狼の村と岩の村の境目になる。

 塔は無人の廃墟だ。遥か昔、今は滅びた文明の遺した建造物だと私は聞いていた。


 その塔は聖女時代に見たどんな塔よりも威圧感がある。

 塔が建ってから千年を超えているはずなのに、外観には目立った損傷がない。


「……ごくり」


 森に住む狩人はこのような建造物を恐れ、立ち入らないように決めている。

 つるりとした塔の外壁は人肌の色をして、今も息づくように魔力を放っていた。


「相変わらず凄い塔だね」


「うん……この塔を作った人たちは森を支配しようとして、森から罰を受けたって話だよ」


 私にしがみつきながら、クララが解説してくれる。


「ずっとずーっと昔、大陸が偉大なひとつの国だった頃……その偉大な国は森の力を奪い取ろうとして森の各地に塔や砦を建てたんだって」


 実際、その伝説は真実なのだろう。


 聖女時代、ヘクタールでも似たような話を聞いた。

 でもその試みは失敗に終わったはず。


 結局、森の魔力をコントロールするなんて不可能だったのだ。

 そして森に住む住人は、この教訓から建造物に触れることさえない。


 今では単なる目安として塔は残っている。この塔から西が岩の村、東が白狼の村だ。

 シュバルツも塔から不気味な何かを感じているのか、緊張して少し歯を見せている。


「……行くよ」


「う、うん! どうぞ……!!」


 クララからきつく抱きしめられ、私たちは木を越えて森を進む。

 ほどなく、森の様相が徐々に変わってきた。


 地面から茂みが減り、砂利が多くなる。大気にも細かな砂が混じっていた。

 砂利道を進むと森の切れ目から青色の狼煙が見える。合流の合図だ。


「あっちだ。もう少し、お願いね」


 シュバルツがまだまだ元気と頷き返し、歩みを進める。

 やがて岩がごろごろと点在する野原に出くわした。


 野原にはひとり、緑のベレー帽を被り、パイプをくわえた青年が青色の煙を見守っている。


「よぉ、時間より早いな」


 のっそりと手を挙げたこの人が、合流予定だった岩の村の狩人だ。

 とりあえず会えたことにほっとして、私とクララはシュバルツから降りる。


「白狼の村のエリーザです。今回はよろしくお願いします」


「ク、クララです……! よろしくお願いします!」


「先に挨拶をさせちまったな。岩の村のベッセルだ。こちらこそよろしくな!」


 朗らかに挨拶してくれたベッセルがにかっと歯を見せる。

 年齢は私たちよりやや上、二十代半ばだろうか。薄い金髪にぱきっとした緑の瞳。やや日焼けした顔には自信があふれ、こちらも安心する。


 彼の手足も細長く、しなやかに動きそうだ。

 身長も高い――人の姿の時のシュバルツよりやや低いくらいだろうか。


 さらにベッセルからは結構な魔力を感じ取れた。クララと同じくらいはある。

 ベッセルがオーリとシュバルツを見やった。


「で、喋れないあんたらがオーリとシュバルツか! あんたらも立派な森の仲間だ、よろしくな! がはは!!」


 大笑いしたベッセルが野原に置いてある荷物を手に取った。

 岩の村の代表なだけあって、度量がある。ベッセルは狼煙の火を消して森の奥を顎差した。


「よし、じゃあ早速だけど誘い込みの地点に行こうか」


「はい……!」


 ベッセルに伴われ、野原から北に進む。この辺りでは露出した地面も砂も多い。

 また、風も渇いている。普段歩いている地面と風の違いに慣れておかないと。


 ベッセルが遠い空を見つめる。


「ランスターから色々と聞いてるよ。一番初めに主の存在に気が付いたのは、エリーザちゃんなんだって?」


「私が、というか……このシュバルツですね」


 私たちと一緒に歩くシュバルツの頭を撫でる。


「おかげで大分助かったぜ。知らせがなければ、ウチだけで主とかち合ってたかもだからな」


「……やっぱり、かなりヤバそうな獣なんでしょうか?」


 クララが不安そうに聞いて、ベッセルが神妙な顔つきになった。


「ウチの村じゃ実害は出なかったが、もっと北の村では結構な被害が出ちまったらしい……」


 そこでシュバルツがふんふんと鼻を利かせる。


 何に反応したかと思った瞬間――濃密な魔力がぐっと肺に忍び込んできた。

 例えるなら幾日も溜めた水の、不快さ。耐えられないほどじゃないけれど……。


「これが奴の仕業だ。数日前、ここにいたようだな」


「それだけでこんなになるんですか?」


「ああ、それが主だとさ。狩人でも肺をやられちまう。北の村じゃあ、森を焼いたそうだ」


「そんな……! 森に火をつけたんですか!?」


 声を上げたクララとともに私も驚愕する。


 森を焼くと魔力の秘められた木が燃えて、灰になる。

 濃厚な魔力を持った灰は身体に悪影響だ。


 しかもその灰のせいで、森を焼いても農作物は育たないという。

 つまり森を焼いても何にもならず、狩人にとってはマイナスしかない。


「仕方ねぇさ。主は植物を餌にしてる。森を焼けばとりあえずは追い払える。北の村にはウチらみたいな森の加護のある狩人もいなかった」


「苦渋の決断ですね」


「ああ――だが、これで奴の行動範囲が絞られたそうだ。この機会は無駄にできねぇぜ」


 クララが喉を鳴らす。北の村を率いるのはランスター、私たちは西から北上して主を追い込むのだ。

 ベッセルを先頭に私たちは目標地点へ進む。


「この不快な空気を避けながら進むぜ」


 もちろん私たちもそのほうがいい。

 主の影響を避けながら数時間進んでいくと、森の様相がまた変わってきた。


 細身の樹木が多くなり、葉も小さくなる。その代わり、枝が多い。

 地面はさらに渇き、小さな草がまばらに生える程度になった。


 そしてほんのわずかであるが、上り坂になっている。


「戦いは多分、明日以降だ。あんまり気負うなよ」


「はい、ありがとうございます」


 そうは言っても緊張はする。もしかすると、ばったり鉢合わせの可能性もあるからだ。


「ぴぃー……」


 オーリが歩く私の肩に飛び乗ってきた。


「ぴっ!」


 もにっと羽で頬を撫でられる。温かくて、安心するオーリの匂いだ。


「励ましてくれているの?」


 ふよんとオーリが身体を上下させる。シュバルツも真剣な表情で私に頷いた。


 痕跡は見逃さない――とでも言うように。

 クララが水筒を開けて水を飲む。


「ふぅ……確かに今から神経を使っていたら、持ちませんよね。れ、れれ冷静にならないと」


「……クララちゃん、全然冷静そうじゃないけど」


 クララの水筒を持つ手ががくがくと震えている。水はこぼしていないけれど。


「ははっ、前に進めるだけ大したもんだぜ。ウチの連中は、もうビビりにビビっちまってな。それに比べればふたりはしっかりしてる」


 ベッセルに肩をぽんと叩かれ、クララが息を整える。


 彼はある程度リラックスしているようだ。さすがは年長者。

 経験の差というのは大きい。特に、獲物がまだ見えない時は。


 森を進み、周囲がオレンジ色の夕焼けに染まる。

 地面が露出しているせいだからか、白狼の村よりも色鮮やかに感じた。


 その日は開けた泉のそばで野宿だ。


「ふんふんっと」


 ベッセルが手慣れた様子で焚火を起こした。

 私たちは布をひいたり、少ない草木を集めたりする。


「そういえば、ベッセルさんの得意武器は何なのでしょう?」


 落ち着きを取り戻したクララが彼に問う。

 ベッセルの腰には大きなナイフが何本もあるが、それだけだ。


「俺の相棒はこれさ」


 ベッセルが微笑みながら待ってましたと言わんばかりにバッグから色々な部品を取り出す。


 細長い土台の木、鉄製の弓、弦、肩当て……。

 聖女時代に見ていたので、私にはピンと来た。


「クロスボウですね?」


「おう、よくわかったな。ウチの村ではこれが標準装備よ。岩の村の鉄を使った弓、それに――見てくれよ、特製の矢だ」


 ベッセルが荷物の中から太く短い、クロスボウの矢を取り出す。


 私たちの長弓用の細長い弓とはかなり違った。

 ベッセルの矢じりは大きく、明らかに重い。


 弓の利点には曲射もある。矢が放物線を描き、障害物を飛び越えて狙えるのだ。

 私も逃げたり隠れたりする獲物を曲射で仕留めたことが何度もある。


 対してこのボウでは曲射はできない。その代わり、破壊力は抜群だ。


「この矢には高い貫通力があるんだ。これで大型の獲物も一発さ」


「おおっー……!」


 クララが手を合わせてベッセルを仰ぎ見る。でも私はクロスボウの弱点も知っていた。


「……もしも外したら?」


「そりゃあ――クロスボウの連射速度は弓の数分の一だ! そのまま逃げられるか、獲物が向かってきたらナイフの出番だな!」


 がくっとクララが崩れ落ちる。だよね、と私は思った。


「そ、そんなぁ!」


「クララちゃん、でもそれはひとりの時だから。今回は三人で仕留めればいいんだよ」


「そういうことだ。わかってるじゃねぇか!」


「はぁぁー……まぁ、そうですけれど!」


 ということで夕食を食べて交代で見張りを立て、一夜を過ごす。

 パチパチと焚き火の爆ぜる音を聞きながら、決戦の日に思いを馳せるのだった。

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