14.三人での狩り
翌日、黒狼になったシュバルツに色々と聞いてみる。
「昨日のことは覚えてる……?」
「わう?」
可愛らしく首を傾げるシュバルツ。
地面に文字を書いてみたりしたが、シュバルツは戸惑うばかり。
喋れはしなくても、字を書くとかは狼の時でもできそうなのに。
うーん、これは……。
「もしかして人の姿の思考力とかはない感じかな……」
私がぽつりと呟くと、オーリがぼふっとシュバルツの頭の上に着地する。
「ぴっぴい」
当然でしょう、狼だもの。オーリの達観した声が聞こえてくる。
「そういうものかなぁ……?」
腕組みして考えるが、答えは出てこない。
そもそも人間が狼になるという話自体、私は初めて知ったのだ。
「わぅ……」
シュバルツが不安にならないで、と鳴いている。彼は変わらず健気だった。
「あなたは焦らないで、と言ったけど……私はあなたを治してあげたいの」
言葉にしてみて、すっきりする。そうだ、彼の真の姿が人であるならば。
当面の目標が決まった。シュバルツを人の姿に戻そう。
……どうやるかはまだわからないけれど。
その日、私は狩りの道具を持って森に出かける。
シュバルツとオーリを伴って。
昨日の日中よりも雲が濃く、曇り空だ。
また雨が降ってくるかもしれないが、とはいえ多少天気が悪いくらいで狩りをしない――という選択はない。狩人はいつも狩人だ。
雨具を持って、私たちは森に出かける。昨日の話では西側が要注意のはず。
「東側を行ってみようか」
「わふー!」
「ぴっ!」
で、森の入り口に差し掛かるとシュバルツがぺたりと腰を下ろした。
「うん? どうしたの?」
「わう、わうっ!」
シュバルツが後ろを向いて、自身の黒毛に覆われた腰を顎で示している。
これはまさか……乗れってことだろうか。
サイズ的には全然可能だ。私は小柄で、シュバルツはとてもがっしりとしている。
「……ぴっ」
シュバルツの頭の上のオーリがさっさと乗れと促してくる。
私はシュバルツの背におずおずとまたがり――うん、乗り心地は悪くない。
「とりあえず、これでいいのかな……?」
疑問形で乗ったことを伝えると、シュバルツがわふっと唸った。
彼の筋肉が凝縮し、ぎゅっとなってから爆発する。
「あわわわーっ!!」
気が付くとシュバルツは猛スピードで森へと駆け出していた。
獣道を踏み鳴らし、茂みをかき分ける。
私が全速力で走るのとは比べ物にならない。
「はやっ! はやーー!!」
私はシュバルツの背にしがみつくが、思ったほどは揺れておらず、落ちる気配もない。
乗っている私をシュバルツが御しているのだ。
(優れた馬は乗り手を選ばないらしいけれど……こういうこと!?)
聖女時代、何回かパレードで馬に乗ったことはある。
その時はかなりの不安定さで必死に落ちないようしがみついていたけれど……。
「わふ、わふーっ!!」
走れるのが嬉しいのか、シュバルツは森を進み続ける。
オーリは器用にシュバルツの頭の上で鎮座したままだった。
(……どうやって?)
「ぴぃ」
心を穏やかに、揺れる黒毛に身を委ねよ。
オーリの羽は風を受けても、体幹は揺れていない。
しばらくシュバルツの背に乗って余裕が出ると、かなり遠くまで来たのがわかる。
やっぱり私が道なき道を進むよりずっと効率的だ。
「わうっ!?」
シュバルツが首を西に向け、速度をなだらかに落とした。
何かに反応したみたいだ。
ここは村から北東に進んだところ――あの角の主ではないと思う。
「別の獲物……?」
「……わう」
シュバルツが声を潜め、茂みを揺らさないようにしている。
オーリがばさっと翼を広げ、シュバルツの頭上から空へと舞った。
白の翼が樹木の隙間から見えなくなった頃、オーリの鳴き声が東から響いてきた。
「ぴーっ!」
「あっちだ……」
私はごくりと息を呑む。
クララはいないけれど、シュバルツと私なら獲物を持って帰ることは可能だろう。
シュバルツがしきりに顔を動かして、茂みを探っていた。
獲物の痕跡を見つけ出そうとしているのだ。
私は背から弓を取り出し、矢の収める位置を確認する。
「……いけるよ」
「わう……!」
空からはオーリの鳴き声が断続的に響く。
シュバルツは身体をくねらせ、前に進む。
私もシュバルツの見ている方向に意識を研ぎ澄ませていく――。
かすかに前方から葉の揺れる音が聞こえる。
私たちが出している音じゃない。別の生き物が出している音だ。
(それほど大きくはない……かな?)
この前獲ったアカシカほどのサイズなら、もっと激しい音が鳴るような。
「くぅん」
シュバルツが首を下げ、地面に鼻を近付かせた。
そこには雑草を踏んだ跡がしっかり残っている。
縦に並んだ二つの足跡、そのすぐ下に横に並んだ二つの大きな足跡。
これはウサギの特徴的な足跡だ。
ウサギは前脚をちょこちょこ縦に動かし、前脚より大きな後ろ脚で跳ねるように進む。
ただ、足跡のサイズは充分大きい。人間の子どもと同じくらいの背丈ではないだろうか。
そのまま弓を持ったままシュバルツに運ばれる。
……ジリジリとした瞬間だ。
オーリの鳴き声が途切れる。獲物が近いか、地形的な問題がありそうだ。
あまりにも樹木が密集していると、獲物を狙うのは難しくなる。
というのも、森の獣は一射で獲れないからだ。どうしても追撃が必要になる。
そこで樹木を盾にされると逃げられてしまう。あとは谷や沼、川などもよくない。
空気の湿りが増している……それに水の流れる音。空からオーリが叫ぶ。
「……ぴーっ!」
「走って!」
私の呼びかけでシュバルツは一目散に全力疾走を始める。
茂みを抜けると、そこには川が広がっていた。
かなり大きい川だ。深くはなさそうだれど……。
オーリは川の上空を旋回している。その真下に大きな茶色の塊が泳いでいた。
「いた……っ!」
茶色の巨大ウサギだ。
ヘクタールで見かけた、ミニチュアホースに近しい肩幅。
ウサギは泳ぐこともできる。このまま対岸まで逃げるつもりだ。
「……!」
シュバルツが川岸で静止した。ここから狙え、と言っている。
正直、自信はない。でも対岸に渡られる前に当てることができれば――。
ウサギは頭部から腰までをわずかに露出させて泳いでいる。
綺麗に当てれば致命傷なのは間違いない。
息を整えて矢をつがえる。
(高さがあるから、これなら――)
シュバルツの背に乗っている分、高さが稼げている。
ひとりで立って狙うよりも当てやすい。私は弓を引き、狙いを定めた。
浮いて沈んでを繰り返すウサギの身体の動きに集中する。
(……規則的な泳ぎだ。焦るな)
自分に言い聞かせ、ウサギの動きに注視する。
ウサギは浮かんで沈んで前に進む。
川の中頃を過ぎたあたりで、私はきゅっと引き絞った矢を放った。
甲高く空気が鳴り、矢が飛び去る。
「キャウ……!」
私の放った矢はウサギの首元に突き刺さった。
悲鳴をこぼしたウサギは即座に脱力し、川に浮かぶ。
一撃で仕留められたようだ。
「ごめんね」
私は弓を収め、手を合わせた。
ウサギから流れ出る血が川を濁らせる。
「わう、わふ」
シュバルツが首と腰を振って、私に合図を出してきた。
降りてくれと言われた気がして、私は素直に彼から降りる。
「わうっ!」
……これで合っていたらしい。
頷いたシュバルツがそのまま、ざぶざぶと川に入っていく。
「あっ、獲りにいってくれるんだ」
意外と素早い泳ぎでウサギのところまで泳いでいく。
私も泳げるようになったのは聖女になってからだ。
聖女パワーで無理やり筋肉を動員して泳ぐので、獲物を担いでの泳ぎは時間がかかる。
「わっぷ、わふ」
ウサギの身体を噛んで、シュバルツがこちら側に戻ってくる。
ただ、水の抵抗がかなり強そうだ。
「ぴっ!」
オーリが飛来して、ウサギを上手く爪で掴む。
オーリ単独の力では無理だろうが、引っ張ってアシストする作戦だ。
「ぴっぴっぴっぴっ!!」
「頑張って……!」
かなり器用なやり方でシュバルツとオーリが進む。
さっきよりもスムーズだ。オーリがちゃんと助けになっている。
やがてシュバルツがウサギをくわえたまま、岸辺に上がった。
「……わふうっ!」
くわえてきたウサギを地面に降ろす。
仕留めたのは本当に大きなウサギだった――全長は百二十センチくらいかな。
アカシカに比べれば小さいが、今日の成果としては充分すぎる。
「ぴっー!」
オーリもふーふー息をしながら、草むらにぼふっと休む。
「ありがとうね、ふたりとも」
私は屈んでオーリの身体とシュバルツの頭を撫でた。
シュバルツが本当に嬉しそうに尻尾を振る。
「ぴー……」
オーリが自分のことはいいから、さっさと血抜きをしろと羽で差す。
私はナイフを使い、ウサギの首元から血を抜いていく。
川の近くなので、洗うのもスムーズだ。
シュバルツは……ぶるぶると身体を震わせて水を振り払い、休んでいた。
血抜きは小一時間ほどで終わり、綺麗になったウサギが残る。
「これなら布に入るかな……?」
雨避け用の布を広げると、ウサギは入ってくれた。
いや、大きな耳と後ろ脚はびろーんとはみ出ているけれど……。
「……ぴぃ」
入ってないじゃん、と言いたげなオーリ。
「だ、大丈夫だよ。バランス的に胴体が包まっていれば」
「わっふ!」
シュバルツの首元にウサギを包んだ布をくくり付ける。
これで口元を邪魔しないで……大丈夫なはず!
帰りもシュバルツに乗って村へと戻る。
かなりの速度で往復したように思う。
村に到着したのはまだお昼をちょっと過ぎた頃だった。
「ふーっ、ありがとう! すっごくスムーズだったよ!」
「わふわふっ!」
荷物を家に置いて、獲物のウサギを抱えながら広場に向かう。
日中、当然ながら村の人たちは私たちを見つけて騒ぎになった。
「おーい! またエリーザちゃんが獲物を持って帰ってきてるぞー!」
「すげぇ! 茶色くて……こりゃあ、デカいウサギだ!」
「解体できるやつ! すぐ解体できるやつを呼んでこーい!」
わいわいと村人が集まってくる中で私は得意げにシュバルツを見やる。
昨日とは違って、今はもう不安はない。
「えへへ、この子がこのウサギを見つけて追ってくれたんです!」
私は自信たっぷりにシュバルツのことを褒めるのだった。
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