11.帝国騎士ランスター
「いいのですか?」
「ええ――雨が降ってキャラバンは休業でしょうからね」
外からの人は森を恐れる。雨も然りで、絶対に雨粒には当たらないようにする。
例外はランスターのような本物の魔力持ちだけだ。
彼は生まれ持った魔力とその制御術で森からの影響を避けることができる。
「行きましょうか。雨が強くなる前に」
「はい! ありがとうございますっ……!」
「もし良ければその荷物も持ちましょうか?」
ランスターが気前良く言ってくれるが、そこまで世話になるのは気が引ける。
「いえ、全然軽いので。お気になさらず」
「ふむ……その細身のどこにそんなパワーがあるのやら」
どきりとするが、ランスターはそれ以上何も深掘りはしてこない。
ありがたいと思いつつ、彼の傘に入って帰路を歩く。
「大丈夫……?」
「わふっ!」
シュバルツは身体が大きいので、下半身が傘に入っていない。
オーリは目を閉じてシュバルツの頭の上にいるので無事だけれど。
ランスターがじっとシュバルツに視線を送る。
「……その子が噂の狼ですね」
「はい、森で出会って……」
「黒い巨狼、聞くところによると目撃談が増えているようです」
「本当ですか!?」
「ええ、各地の森や山に潜んでいるのだとか……場所は離れているので、同じ個体というわけではないでしょう」
ランスターの口調は柔らかいが、どことなく不穏な雰囲気を感じる。
「……良くない話ですか?」
「まぁ、狼は気性が荒いものですからね」
ランスターがこほんと咳払いする。害獣は駆除される――とでも言いたげだった。
「この子はとても穏やかですよ」
「そのようですね。ただ、私は一般論を申し上げたまで。含むところは特にありませんよ」
「…………」
ランスターの胸にある、数々の勲章に目が行く。
それは彼が打ち立てた武功の証、そしてゴルドワナ帝国の権威の現れだった。
ランスターは世界有数の大国、ゴルドワナ帝国の騎士である。
言わばエリート中のエリート。それがなぜ、こんな辺境の村に来ているのか。
『要は監視役さ』
ラームに昔、言われたことを思い出す。
『森の周囲には限られた、森に認められた人しか住めない。それだけなら別にどの国も特段の興味はないんだろうけど……。そうはいかない』
『魔石ですよね?』
『そうさ、魔石は魔術的な精製に欠かせない。ミスリルの鉱石がいくらあっても、魔石なしに加工はできないんだ。それに森が広がりすぎるのも良くない』
それは狩人の存在価値そのものについてだった。
『わかるだろう? 森の獣を狩る人間、間引く人間が絶対に必要なのさ』
だからゴルドワナ帝国はキャラバンの護衛、ということでランスターを派遣している。
無論、彼はとても良い人だ。
二年前に着任してから控えめで村の人を見下したりとかもない。
むしろ豊富な外の知識で村を助けてくれている。ただ、森の人ではない。
つらつらと考えているとランスターが優しく声をかけてくれる。
「警戒させてしまいましたかね」
「えっと、それは……」
「……ぴぃっ」
オーリが目を閉じたまま、ぼふっと身体を揺らして抗議する。
オーリはランスターの見解に異論があるようだった。
意表を突かれたランスターが目を丸くし、ふっと笑う。
「あはは、怒られてしまいましたか」
「すみません、オーリはこの子をとても気に入っているみたいで」
「いいじゃないですか。身を超えた友愛というのは美しいものです」
ランスターが朗らかに笑う。その様子に私もほっとした。
村を過ぎて、自宅が見えてくる。
「エリーザさんは普通ではないので、心配はないでしょうが。一応、黒狼について私の知っていることは伝えておかないといけませんからね」
自宅の前に到着し、ランスターが立ち止まる。
「ああ、それと――その黒狼ですが、首に怪我をしたんでしょうか?」
「えっ……!? ああ、そうかも……」
突然言われ、動揺が声に出てしまう。
「歩く時に重心がちょっと妙ですので。庇うような動きをしています」
「そこまでわかるのですか……」
「獣医の勉強もしているのでね。診てみましょうか?」
「お願いしてもいいですか!?」
ランスターがちょっと屈み、シュバルツの首元を探る。
シュバルツは見えやすいように首を傾げた――嫌がる風はない。
「……ごく最近できた傷のようですね」
ごくりと喉を鳴らす。聖女の力で治癒できているはずだが不安はある。
ランスターがゆっくりと腕から白の魔力を巡らしていた。
これが本物の魔術だ。
私には魔力が発せられている、ということくらいしかわからないけど。
私の視線に気が付いたランスターが捕捉する。
「ご安心を。これは治癒の魔術のひとつでしてね。生体の傷を診る魔術です。ふむふむ、傷はすっかり塞がっているようですね」
「ほっ……」
何ともなさそうで私は胸を撫で下ろす。
「しかしちょっと妙ですね。自然治癒にしては組織の付着がない。怪我をしたのは確実ですが、これは……」
ぎくぎくっ。そんなことまで魔術でわかってしまうのか。
聖女の力の痕跡がどうだなんて、これまで人から気にされたことはなかった。
ヘクタール王国では治ればそれでよし! だったのに……。
「……わふぅ」
シュバルツが露骨に不安そうに鳴く。
いやいや、そこで反応したら不審がられるよっ。
ランスターがシュバルツの様子を見逃すはずもなく、首を撫でながら尋ねる。
「君、何かあったのかい?」
「わぅぅ……」
シュバルツがちらちらと私を見る。ドキドキしながらその視線を無視する私。
「ぴぃ……!」
そこで助け舟を出してくれたのはオーリだった。
翼を広げ、その後にシュバルツの頭をぽむぽむと撫でる。
それだけで私にはなんとなく意味が伝わってきた。
オーリの言葉を自分が考えたかのように言ってみる。
「えーと、森の獣だから治癒力が高いのでは?」
「ほう、言われてみれば。他の生き物と違う治り方をする可能性はありそうですね」
その説明で良かったようで、ランスターはシュバルツの首元からすっと離れた。
同時に彼の魔力も霧散する。
「では心配はないと思います」
「ありがとうございます、そう言ってもらえれば安心です」
最後に、とランスターが前置きする。
「ここに来るまで東回りに村々へ寄ってきたのですが、角の持ち主に繋がるような話はなかったですね。もし主なら、どこかで痕跡が噂になるのではと思います」
ランスターの所属するゴルドワナ帝国はここより森を挟んでずーっと北にある。
その関係上、ランスターが来る際は西か東回りかだ。
「ということは、あの角の持ち主は西からでしょうか?」
「その可能性のほうが高いと思います」
ありがたい情報だった。こういう情報は外からでないと手に入らない。
「わかりました。肝に銘じます」
「村へは私から共有しておきます。では、私はこれで」
ランスターが傘を差して村へと戻っていく。
雨は小降りになっている……どうやら通り雨だったようだ。
彼の後ろ姿を見送り、私たちは家へと入ろうとして。
「おっと、まずは雨を拭かないとね……!」
「わうう?」
ちょっと待っててと私はシュバルツに伝え、焦げ茶色のタオルを持ってくる。
下半身はかなり濡れてしまっているなぁ……。
ふわふわなタオルでゆっくりシュバルツを拭いていく。
「どう? 大丈夫?」
「わーふっ!」
シュバルツは実におとなしく拭かれてくれていた。
ふきふきふき、と……。とりあえずこれでよし。
すぐには食べない食料は床下の貯蔵庫に運んておく。
代わりに今日食べるものを上に運んで……。
戻ってきてみると、オーリがふよふよ空を飛びながら家の中を案内していた。
「ぴっぴい」
「わっふわふ」
シュバルツはオーリの鳴き声に合わせてふむふむと頷いている。
やはりふたりには強い繋がりがあるらしい……。
いや、オーリもものすごく賢いのだけれど。
オーリが色々としてくれている間に、私は夕食の準備を始める。
もう外が暗くなり始める時刻だ。今日の夕食は豪華にしよう、と心に決める。
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