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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異常者

作者: 夜の雲

※本作は、精神的な苦痛や死への願望など、センシティブな内容を含んでいます。気分が悪くなった場合は、無理をせず読書を中断してください。



人は誰しも死にたいと思うことがあるだろう。


どんなにお金があるあの人でも

どれだけ慕われているあの人でも。


または、借金まみれで闇金に追われてるあの人も

虐待を受け、悲しいことに心身共に磨り減った子供でも。



もちろんあなたも例外ではない



言葉には言霊というのが秘められていて、それは言動が現実になるということ。


では何故、私は死ねないんだろうか?


神様に毎日願っている。


あぁ、神よ。

私をサクッと痛みも感じないほど早く殺してください。

私は、私自身の魂が死ぬことを心の奥底では怖がっているんです。

でも死ねばこの感情も、地位も、名誉も、全てが無に変える。

恐れることはないのに。

私は、自分で自分の首にロープをかけられない。

ましてや、腹を裂くこともできない。

怖いから…

どうか助けてください。


毎晩同じようなことを祈っている。

祈りが終わると毎回のように、聞こえる気がする。


お前には無理だ


無能には何もできない


何が無理何だと毎回思う。

そしてこの意味のない否定に毎回のように心が少しずつ蝕まれていく。

言霊と言う言葉に信憑性は全くない。

けど。

それでも信じないと私はどうにかなってしまいそうだ。


明日になれば全てが無になっていないだろうか。

人類というものだけ、この宇宙から無くならないだろうか。

いや、そもそも私だけを私だけが無になってて欲しい。

そんな期待を込めて目を閉じる。



ふと閉じた瞼の裏に差す光に目を覚ます。


なんと驚いたことだろう。


私が日々妄想していた通りの素晴らしい平原がそこにはあった。


平原の先の山はアルプス山脈を彷彿する素晴らしく立派な山で、その谷間から川のせせらぐ音が聞こえる。

川の進行方向には広大な海が広がる。

海からは潮風が吹き、地面に生えた植物が風の通り道を示している。

辺り一面には人工物らしきものは何一つなく、それだけで、私は心が落ち着いた。


あぁ。

心地よい。

何て素晴らしいんだろう。

私はその平原に寝転び、目を閉じ、全身に意識を研ぎ澄ます。

植物のカサカサとまるで喋っているような気さえしてくる。

吹く風は肌を優しく包み込み、日々の苦しみから解放してくれる。

今、この瞬間だけは、神にも誰にも邪魔されたくない。

この心地よさは私だけが知っていたい。



……


……違和感。


自然の音が徐々に変わり始めるのが、何やら機械のような音へと変貌している気がする。


焦って辺りを見回すと私の足元に生えた植物に違和感を覚える。


じっと見ているとだんだんと植物に顔が浮かび上がってきていた。


恐ろしく不吉なほどにニヤニヤとし私だけを見ている。


お前はもう、終わりなんだよ


無能にできることは何もないんだよ


さっさと死んじまえよ


ギョッとするのも束の間。

その恐ろしい見た目と、その言動に深くショックを受けたことを感じる。

やめてくれ。

この弱い俺を虐めないでくれ。


お前には何も無い


そうだろ?


今にも発狂しそうな口に手を当て、何とか抑える。

苦しい。

本当に嫌だ。

この現実が悪い夢であって欲しい。


苦しい


辛い




深く閉ざした目を開けるとそこは、対極的な光景が広がっていた。


そこは建物の中だった。



天井はパステルカラーの淡い緑。


その天井に妙な既視感を感じた。


心臓が大袈裟に脈を打っている音が聞こえる。

どうにか辺りの状況を知ろうと体を起こそうとするが、体が動かない。

どうやら何かに拘束されているようだ。

扉の向こう側から微かな人の話す声が聞こえるが、心臓がうるさく何もわからない。

とりあえず、動かせる頭部でこの状況を考えることにした。


………


前に一度訪れたことを思い出した。


あの時も確か同じだった。


あれは10年くらい前の、まだ20歳かそこらの頃。

こんな性格だから、一社も内定が無くて。

周りは励ましてくれてたけど、その優しさが痛くて。

当時、付き合ってた彼女は、先の見えない俺に愛想尽かして別れて。

それでもやっとのことで就職できた私に、親は泣きながら祝ってくれて。


でもそこは罵詈雑言が飛び交う職場だった。

殴る、蹴るは当たり前。

常に誰かが怒られてる声が聞こえる。

ミスを擦り付け合い、それを誰がミスをしたんだと嘲笑する上司。

常に聞こえてくる頭を殴る音。


ドンドンドン。


そんな状況でもお構い無しにくる結婚式の招待状。

幸せそうな友達の投稿。

親しい友人からの飲みの誘い。

昔好きだった番組を観ても笑えないこと。


その全てを恨んでしまった。

そう感じてしまった自分にショックが一番大きかったかな。


そんな状況で壊れたのが俺だった。


あまり記憶がないが、営業先でいきなり奇声を上げながら2階の窓を突き破り落ちていったらしい。


あの時の記憶はあんまりないんだが、その時、医者に言われた病名を今思い出した。


統合失調症


それになったんだっけな。


その時、俺は何かが潰れたような気がした。


それは苦玉を潰したみたいな、はたまたペットボトルを潰したみたいな。


この複雑な感情を、辛く酷なあの日々の全てが、一つの万人につけられる病気と判断された。


この感情に、


名札を付けられ管理されるような気がした。


言い渡された時は、絶望しかなかった。


あれから10年もたつのか。


今はあの時の慰謝料で何とか食いっぱぐれてはいるが、貯金がそろっと無くなる。


あぁ

やっぱり


ダメなやつはとことんダメなんだな


油断してた

忘れてた

俺は


俺はつくづく馬鹿で、どうしようもないな


もし今が夢なら。


こんな酷く辛い長い夢を見せる神様はどんなやつなんだろう。


死んで神様に会えたら一度、理由を聞きたい。


俺もこんな目に会わせた理由を。


何であんな夢を見せたのか。



はぁ



疲れた


……


ふと病院の廊下に意識を飛ばすと、医師の声が近づいてくる。


今は普通の振りをして医者には、経過観察を診断させ家に帰ろう。


早く…帰りたい…


……こんな場所に居たくない


俺は健常者だ…!


誰だって死にたいと思うことくらいあるだろ?


俺だって皆と同じだ…!


俺が異常者ならこの世は異常者だらけだ!


帰せ!


医者が焦った様子で近づいくる。

何かを訴えているようだが、今はどうにも、何も聞く気になれない。


ここから出せ!


こんな……異常者のいるとこに俺を閉じ込めるな!


よく考えたら何で俺はベットに固定されてんだよ!?


外せよこれ!


おい!


ふと気がつくと心の声が体を突き破り、からだの外へと溢れ出ていた。


目からは涙が溢れでている。


固定された腕は無理に外そうと暴れたせいで赤く腫れていた。


医者が私に何か話しているが、何も頭に入らない。


本当は分かっているんだ


あの場所も全部嘘で


言霊も神様もいない


私が「異常者」ということも


死にたいと思うだけで行動に移せない自分は弱いことも


本当は死にたくないんじゃないかとも思う


でもそう思わないと、


死にたいって思わないと


私は息ができない


毎日死ぬことを考えないと


この不安定な日々に希望を持てない


俺がこうなったのは誰のせいだ?


あの上司か?


別れたあいつのせいか?


励ましてくれた友人のせいか?


それとも期待した家族のせいか?


分からないよ


人は言う


人のせいにするなと


じゃあ誰のせいにしたら私は救われるんだよ


俺のせいなのか?


俺が悪いのか?


全部が全部、俺のせいなのか?


全部誰かに話したら、変わるのか?


ああ


絶望ってこのことなんだなってさ


実感しちゃうよ


死にたいって感情は


どんな人にでも分かるはずだ


あなたにも分かるだろ

この度は、この「異常者」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

この作品は、私自身が感じてきた人間の「心の弱さ」と「絶望」、そしてその中に潜むかすかな希望を形にしたものです。

主人公が抱える「死にたい」という感情は、決して、弱いことの証ではないと私は考えています。むしろ、不安定な世界で息をするための、生きるための希望だと、この作品を通して描きたかったのです。

この物語が、読んでくださったあなたの心に、少しでも届いていれば嬉しく思います。

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