奇跡の滝
私はコニー、薬屋の娘。
母と二人で港町ルーエンの外れ、森の入口で薬を作って暮らしているの。
初老に差し掛かった母に薬の作り方を教わりながら絶賛花嫁修行中よ。
うちの薬はスマディで仕入れた薬草に森で採取した薬効成分のある物を独自で配合しているからMamazonで売っている薬よりはお値打ちなの。家庭で気軽に使う用の薬を作っているから、ご近所さん…って言ってもちょっと離れているんだけど……皆さんに喜ばれているわ。
集落から少し離れた森の側で暮らしているのは薬の素材を採取しやすいから。しかもここの森はたまにとても高品質の薬草が生えていたりもするの。
おそらく森の奥の崖の上にある女神様の箱庭から飛んできてるんだと思うの。
女神様の箱庭っていうのは誰も入ることの出来ない断崖絶壁の上に有るって言われている秘境。この港町からはどうやっても行けない、絶壁がひたすらに続く崖の上の楽園ーーって言われてる。
まあ、そんな行けない場所の事は置いといて、そこから落ちてきた薬草の種が森の奥で時々育っているのよ。それを採取するのに森のそばで暮らすのは代々伝わるウチの作る薬の秘訣なのだそうだ。
それに薬の材料を自分で集めて作ればその分安く薬が作れるじゃない?
街中の薬屋は薬の材料をMamazonで買って作っているって言ってたわ。だからウチの薬より少しお高いわね。
Mamazonの薬の材料っていえば!
数ヶ月前から高品質の薬の素材が大量に売られているって聞いたわ。確認したら確かに売ってた。
おかげで高品質の薬をたくさん作れたわ。
でも薬屋ならどこも同じ事を考えるのか逆に高品質の薬の方が今は買取り価格が安くなっているみたい。
今日ウチのお店に初めて見るお客さんが来たわ。
とても可愛らしい女の子と筋肉が素晴らしい女性。この女性の方は鳥系の獣人みたい。鳥獣人はとても珍しいわ。港町でも見た事無いもの。
でもお客さんは10歳ぐらいの少女みたいで主にこの子が話しかけてきたわ。
薬を買いに来たって言うよりは、最近の森の様子……その向こうの崖の上についてって感じの質問が多くて、ついお節介を焼いちゃったの。
「良かったら一緒に森の奥に行きますか?」
「いいの?」
「私も薬草を探しに行こうと思っていた頃なのでそのついでで良ければ。」
「まぁ!助かるわッ!」
「では明日の朝日の出と共に出発しましょう。」
翌朝私達は森に入っていった。
この森は野生動物がまあまあ居る。
危険か安全か?と問われれば、ほぼ安全かな?
今迄もたまにイノシシやシカ、ヘビ、リス、サル、オオトカゲとかは見かけたけど、身の危険を感じる事は無かった。
枝で切り傷を作ったり足を取られて転んでも自家製の薬を持っているからすぐに対処出来たもの。
だからまさか、凶悪な魔物が突然現れるなんて夢にも思わなかった。
それは違和感を感じて何気なく横を見た時だった。
黒い…塊?に、2つの赤く光る目…みたいな……
そう思った時その塊から黒い何かがこちらに向かって来た。
「え?」
目では追えず驚いて立ちすくんだ時には左の二の腕に何かが当たった衝撃があり、次の瞬間腕が熱くなった。
見ると腕の半分程が抉られ、吹き出した血の合間に骨が見えていた。
腕の現状に理解が追いつかない。
「危ないッッッ!」
声に驚いて顔を上げると鳥獣人の女性が私を庇うように前に立って何かを弾き返した。
「もう、こんな所にまで現れるようになったのね……急がなければ……」
こんな状況なのにやけに冷静に少女がつぶやくが、私の耳はその言葉を拾うだけで理解は出来ない。
だって、
腕がッ
痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいッッッ!
「貴女、薬を使いなさいッ」
そうだ薬ッ!!……薬をッ
痛みでパニックを起こす自分に少女は声をかけてくれて何とか薬をカバンから取り出す。
半分は飲み半分は傷にかける。
痛みは半減し出血も止まったが、傷が深すぎるッ……
骨が見えたままの腕を支えて少女と共に森の奥に逃げる。
怖い怖い怖い怖い怖いッ
少しでも離れて……
少しでも遠くへッ……
気付くと森の最奥の崖の下に来ていた。
目の前の何故かそこだけぬかるんでいる。
上から微かに水滴が落ちてくるのか霧雨のように感じる。
「ッ!コレは……」
何かに気付いた少女がそのぬかるんでいる中心に私を突き飛ばした。
「……っえっ!?」
泥の上に尻もちを着いて倒れた所に次の瞬間、まあまあ大量の水が降ってきた。
「……グッ…ガハッ…ゴホゴホッ」
仰向けで口を開けていたせいで大量にその水を飲む羽目になり、むせて肺に入りかけた水分を追い出し空気を送り込む。
「ゲホッ…なッ……何するのよッ!」
咳き込みながら上半身を起こし涙目で恨みがましく少女を睨め付ける。
そんな私の睨みなど少しも気にしないで少女は言った。
「……すごいな……貴女、自分の腕を見てみなさい。」
少女は小さく呟いた後、私に傷口を見るように促した。
全身ずぶ濡れの私はそう言われて涙を拭いながら左腕を見た。
つるりとした傷一つ無い白い肌が、血で汚れた袖の破れ目から覗いていた。
「……え…?あれ?」
骨が見えるほどの酷い傷だった。
あんなに肉がえぐれた傷が多少の薬なんかでどうにかなるハズない。
私の薬もあの出血が止まっただけでも素晴らしい性能の薬だって言える。
そんな、薬屋だからわかる……なんで私の腕、治ってるの?
「ヴェルナ、その娘どうなった?」
私達の逃げてきた方から鳥獣人の女性がゆっくり歩いて出てきた。
そして私の傷の具合を尋ねた。
「リーネ……それがさ〜見て、コレ。」
ヴェルナと呼ばれた少女が半分呆れながら私を指さす。
そのまま視線をこっちに向けたリーネと呼ばれた鳥獣人の女性は少し目を見張った。
「ヒール……?」
女性の言葉に少女が頷きながらも否定する。
「私じゃないわよ。」
「だろうな。じゃあ……?」
「ええ。十中八九そうね。」
「そうか……当たりか。」
「ええ、当たりよ。」
2人はお互いだけが分かる会話をしているが、私はそれどころでは無い。
「私の腕……すごい、本当に…あとも無い。痛みも…これって、奇跡だわッ!」
そう、なぜ?とか、理由を探ってもしょうがない。
だって女神様の箱庭からの奇跡だもの!
さっきの降ってきた水は…今はまた霧雨っぽくなってるわね。
でも地面がぬかるんでるならある程度の水が落ちてくるってことよね…。
幻の水……奇跡の水……滝…
「あっ!奇跡の滝!!」
「「……は?」」
私がこの水場の最適な名称を思いついたから大声で叫んだら、2人に怪訝な顔をされてしまった。
「ここの名前ですよ!私のあの腕を治せちゃう滝なんて、奇跡じゃない!……はっ!この水を使って薬を作れば……ゴクリ…」
物凄い薬が出来ちゃうんじゃない!?
「貴女……ここに来るまでにあんな大怪我したのに……またここまで来るつもりなの?」
少女の呆れた言葉は浮かれた私を一瞬で正気に戻した。
「……そうでした。そういえばさっきのあの黒い物はどうなったんですか?」
「アイツはあたしが始末したよ。」
リーネと呼ばれた鳥獣人の女性がこともなげに言った。
「すごい!あ、…助けていただきありがとうございました。アレは、何なんですか?私、森で見たことが無いんですが……」
「アレは今世界中で増え始めている魔獣よ。闇の塊、深紅の瞳、目が合った生き物を襲う魔の獣。この先この森にも出始めるわ。自衛手段を身に付けるか護衛を雇わないと、次に会ったら貴女…殺されるわよ。」
私の疑問に静かに少女が答えてくれた。
護衛……彼なら……
「まあ、とりあえず今日は帰りましょう!私達の目的は充分果たされたわ。」
その後無事に家にたどり着き、鳥獣人の女性と少女は森の案内の代金として対価をスマディに送金して去って行った。
私はその後護衛を雇って時々奇跡の滝の水を採取し、その水で作った薬を売った。
その薬は世界中でとても役に立った。
そして護衛と薬屋のコニーは永く奇跡の薬を作り続けたが、その製法及び材料は跡取りにしか明かされなかった。




