夢現(むげん)
これは大分初期に書いた作品のため駄文や読みづらい部分はご了承ください。
夢現-夢と現実。または、夢か現実か区別できなくなること。
1993年 夏
彼は会社の都合で宮城県仙台市へ出張に行った。
「家族にお土産でも買っていこうか。」彼は商店街の方へ歩いていった。夜遅いせいか、店は全て薄暗くて閉店したような空気だった。一応寄ってみた。すると、店と店の間に狭い路地があるのに気が付き、そこに微かな明かりがあるのを発見した。
体を横にして、カニ歩きするように通って行った。路地を抜けると、ひとつの出店があった。怪しい店の名は「夢現」と書いてある。
引き返すのも面倒なので一応寄ってみた。やせ細って髭を生やした、いかにも貧乏そうな男が立っている。「いらっしゃい。」彼の声は緊張からか震えていた。いや、緊張するのは俺の方だろ。
「ここでは何を取り扱ってるんですか?」
「俺が取り扱っているもの、は『薬』、だ。まぁ、危ないヤツとかぁじゃ、ねぇ。かと言って、風邪、薬とか、でもねぇが。な」男はひどくおどおどとしている。
『薬』だと?危ないからやはり帰ろうか。そう考えていると...「まぁつまり、私が売っているのは『夢』の『薬』だ。『夢の薬』。」どういう意味か分からなかったが、インチキ臭いというのは理解した。
「1瓶700円で10錠入り。ひとつどうだい?ヨーグルト味だよ?」
「これ、ほんとに薬物とかじゃないですよね?」
「疑うのかい?そもそもここで薬物を取り扱っていたら君が捕まった時僕の存在までバレる。そんな面倒なことはしないよ。」
怪しい。すごく。でもやらないで後悔するよりやって後悔理論を思い出した。試してみるかな。
「作用の方を教えてください。」
「この薬にはルールがある。寝る前に1錠、夢で感じたことや、体験したこと。その感覚が寝てる間に自身の身体に残すことが出来る。怖い夢の恐怖や好きな子とムフフッとなる体験など、全て身体に残る。だが見る夢は操れない。2錠飲めば夢の時間が長くなる。3錠飲めばもっとだ。だがそれ以上飲むと知らん。」
「面白そうだ。買おう。」「毎度あり。」
とは言ったものの今もあまり信じていない。とりあえず飲んで寝るか。もう警戒心は薄れていた。もし飲んでしまったら死んでしまうかもしれないと考えていると家に着いた。
「ただいまぁ。」小声で言った。明かりが消えている。
もうみんな寝てしまったらしいな。さぁ、早速試してみるかな。1錠飲むとなんだっけ?まぁいいや。1錠流し込んだ。そして目を瞑った。
気づいたら朝になっていた。思いっきり伸びをして、体が謎の満足感に満ちていた。夢の内容はよく覚えていないが、多分あっち系の夢を見たのだろう。
すごくいい気分だ。「これはいいな!是非今夜も使ってみようかな!」ベッドから降りる時、なにか手にじっとりと濡れていた。ゆっくり目をその方にやると、『血』だ。血がべったりついていた。
思わず叫びそうになったが、まだ妻も寝ている。この薬の存在がバレたら面倒になる。自分の腕がぱっくり切れていたのだ。
「ど、どうして。まさか、夢で負った傷も現実に!?」ただただ恐怖していた。恐ろしいことにさっきまで痛みを感じていなかったが急に腕に激痛が走った。「ぐっ...うがっ.....!うぅぅッ!」唸って痛みを和らげようと努力した。自分の部屋に包帯が常備されていたので、何とか応急処置はできた。
「きっと悪夢を見たんだろう....何者かに腕を切られたか....?」あの薬。買って後悔した。だが、あの時感じたあのえっちな感覚は確かに本物だ。もう一度。使ってみようか、だがもっと酷い怪我を負うかもしれない。いや、承知の上だ。腕の傷は、妻に昨夜酔って切れた傷だと説明したが、今夜も負うかもしれない傷は言い訳できない。今日は休日だからだ。酔って傷つけたは無理矢理すぎるな....だが幸い、息子は友達の家に泊まりに行っていて明日にならないと帰ってこないというシュチュエーションはラッキーだ。言い訳を考えるのは怪我してからにしようか。今夜はどんな夢を見るのかを想像していると、もう21:00になっていた。
「今日は早めに寝るとするよ。」
「そう。私は観たいドラマがあるからもう少し起きてるね。あなたも知ってるでしょこのドラマ!佐藤健と斎藤工の共演!最高でしょ!」
妻はいつも以上に興奮していてすぐ寝着けそうになかった。
「わかったわかった(笑)あんまり夜更かしするなよ?」
そう言い残して部屋に戻る。薬を飲むのにもう抵抗は無くなった。ゆっくりと目を瞑る。すると、突然体がビクッとなった。いつも通り夢を見ていたが、高校時代、交通事故で帰らぬ人となった友人とともに遊園地のジェットコースターに乗っていて、高いところにゆっくりと登っていき、最高地点のところから急降下した瞬間に恐怖で目を覚ました。
そして全身が痛む。
「あなた!あなた!早く起きて!」叫ぶ妻と隣に息子がいた。
「父さん!父さん!」
「良かった....目を覚ましたのね!」
天井や部屋の様子を見ると、知らない場所だった。まるで病院の一室...だ。入院していたのだ。身体中が血だらけで...
「206号室の患者が目を覚ましました!」看護婦たちが駆けつけた。
俺は....ジェットコースターに乗って...落下する夢を見て....そうだ。落下したのだ。ジェットコースターのトロッコが脱線して、落下した。だから血だらけなのだ。
後の話によると、右腕は複雑骨折していた。だが身体にしっかりあった。ちゃんと、あの時の満足感が、昨日よりはるかに上の満足感が....まるで「薬」のような中毒性だ。素晴らしい。ならせめて、死ぬ時は、あの薬を飲んで死にたいものだ。そうだ。そうすれば...あ、あの時の満足感の正体を思い出した。宝くじで8000万円が当選したのだ。
その感覚が残っていた。ちゃんと思い出した。すごい。革命的だと改めて感動した。あの薬屋にもう一度会えないものか。『ゆめうつつ』とか言ってたっけな...店の名前。退院したらまた行ってみたいが、怪しまれるか?そうだ。あの薬、妻に持ってきてと頼もうか、悩む。多分妻はダメと言う。心配性だからな。だが今夜も飲みたい。なんとか策を練りたい。そうすると、妻が「あなた、この薬ってなに?」問い詰めるように聞いてくる。
その手に持っていたものは「夢現の薬」だった。とてつもなくラッキーだった。最近ツいてるな。
「おっ!持ってきてくれたのか!このお菓子好きなんだよなぁ〜」
「あらそう、じゃあここに置いてくわね。」
「ありがと〜早く戻ってくるから、心配かけてごめんな。」ちょろいもんだ。これで今夜もOKだ。
「父さん元気そうだし、テストも近いから帰って勉強するよ。お大事に」
「おう、頑張れよ?」息子と妻が帰っていく....扉が閉まると、薬を取り出して寝る前用にポケットに1粒入れた。
それから1時間後ぐらいだった。病院内が妙に騒がしくなった。何事かと思って立ち上がろうとすると、全身が痛む。とても立ち上がれるほどのからだではなかった。すると扉がすごい勢いで開く。
「病院内で殺人があったのよ!既に患者4人刺されてるわ!早く逃げて!!」看護師が叫ぶ。
何を言ってるのか分からなくて混乱したが、何とか痛みに耐えながら看護師の指示に従うことにした。その時、刃物を持った男が立っていた。
こちらに向かって走ってくる。看護師が早く行って!と叫ぶが、早く行くのはとても無理だ。看護師が身代わりになって刺されようとしていた。だが身代わりになったところで俺は早くは歩けない。
だから、自分が身代わりになって看護師を守った。グサッとエグい音と血の熱さと激しい痛みが込み上げてきた。
看護師が涙を流しながら必死で逃げていく姿を見て安心した。死に際に腹に刺さった刃物を自力で抜いた。そして、犯人に突き刺した。
そしてすかさずそいつの口の中にさっきポケットに入れて置いた「薬」を無理やり「犯人」の口に入れた。犯人と私は相打ちになり、少なくとも私は一命を取り留めたが、犯人はもう亡くなったらしい。
後の警察の話によると、その犯人の動機は判明しておらず、それ以上に不可解な現象が続く。心臓も動いていないのにうめき声をあげたり、体に新しい傷ができたりということが続いた。そいつの骨は墓の下に埋葬されたが、たまにギシギシと音がなったり、うめき声が聞こえたりするらしい。
その話を聞いて以来、薬を飲むのをやめ、すぐに捨てた。正直、あの薬屋の正体はよく分からなかったが、夢の中で過ごす時間は、少なくともいい事ばかりとは限らない。
死んでも尚、まだ「夢」の中の犯人は、不幸なものだ。
これは私が1番最初に書いた物語だと思います。
ダークなドラえもんのようなオチになりましたが、もっとおもしろい物語になれたのでは無いのかと少し無念が残ります。乞うご期待です