エ ン タ の 神 様
仕事に疲れ果てやっと家に帰るころには、時刻はすでに10時を回っていた。
繁忙期に入ったとはいえ、もうすぐ30代を迎える体に毎日毎日こんな帰宅時間を強いては、正直身が持たない。
僕は着替える気力が無くなる前にスーツを脱ぎ、部屋着へと服装を変え、なんとかソファに腰を下ろした。
そうして一通りの身支度を終え安心したと同時、すぐに眠気が襲ってくる。何かしていないと、今にも眠ってしまいそうた。僕はおもむろにテレビのリモコンを手に取りそれを点けた。
『〜〜〜の神様〜!』
テレビ画面が灯ると同時、そんなナレーターの声が響いた。途中からしか聞こえなかったが、なんの番組かは分かる。
「エンタか。懐かしいな......」
子供のころ見ていたお笑い番組。今もやっていたのか。僕はソファに深く座り、左手でスマホでメールの確認をしつつ、半分の意識でテレビを眺める。
するとお馴染みの、金色の像の周りを様々なお笑い芸人の映像が円を描くように回っている映像が始まった。
これから芸人のキャッチコピーと芸名が表示されて、ネタが始まるのだ。『新しい仕掛けを生み出し続けるのは、この男』『笑いのニューウェーブ』『陣内智則』これである。睡魔と戦う頭でそんなことを考える。
思った通りテレビからは「まず最初はこの人です」というナレーターの声が響いた。
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『自由研究で永久機関を作ったのは、この男〜』
「......ん?」
その言葉を聞いて、僕はテレビ画面へと意識を持っていかれた。睡魔にやられて思考はままならないが、今たしかに、不思議な言葉を聞いた気がする。
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『日本人なのに米の味に飽きてしまったのは、この男〜』
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「あれ、ネタをせずに次の芸人の紹介が始まった?」
眠ってしまい、意識が飛んだか? 混乱した思考を置いてきぼりにしてテレビは進む。
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「余計なお世話だろ......」
意味不明な紹介に思わず口を挟んでしまう。そう、意味不明だ。俺は夢を見ているのか。寝ぼけているのか。意識を集中させようとするが、勝手にまぶたが落ちてくる。
そうなるともはや、この睡魔に抗うことはできない。僕はぼやけた視界と思考で、ただ何も考えずテレビを眺め続けた。
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『悪魔との戦いに身を投じてそうな名前だが、この世界に魔物はいないので、全然普通に主婦をやっているのはこの女〜』
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そうして、テレビでは人物の紹介だけが続く。
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『1億円を受け取るために、まず100万円を振り込んでしまったのは、この男〜』
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『「長々とすみません」と言った後も、長々と話が続くのは、この女〜』
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『指紋がないのは、この男〜』
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『口内炎が4つ並ぶと全部の口内炎が消えるのは、この男〜』
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『美味しいところだけを一切遠慮せずに食べる、自己中心的で迷惑な存在は、この女〜』
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『「アハ体験」をえっちな単語だと思っていたのは、この男〜』
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『「味が好き」と言う理由で龍角散の飴を食べている舌が壊れたしょうもない野郎は、この男〜』
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『闇に蠢き生者の生き血を啜るのは、この男〜』
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『転売を防ぐために制定した方が良いのは、この条例〜』
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「マジで......なんの番組だ......これ......」
僕は朦朧とする意識をなんとか総動員させ考える。しかしそんな鈍い思考を無視してテレビは喋り続ける。
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『少しくらい。そんな気持ちが自分、そして相手の人生を壊すのは、この行為。』
『私たちは、飲酒運転のない社会を目指しています』
「CMかい!!!!!」
飲酒運転防止のCMでした。ACでした。僕は跳ね起き叫んだ。
そうしてその叫びで自分の中に残った体力の全てを使い果たした僕は、そのまま意識を失った。
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翌朝、痛む頭を引きずりながら目覚めた僕は昨日の出来事に思いをめぐらせる。
「うーん......」
いったいどこからが夢だったのかは、正直分からなかった。