「えんぴつは恋の始まり」
♢『第4回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品です。
コロコロコロ。
(しまった!)
そう思ったのはほんの一瞬だった。
「坂木さんえんぴつ転がって来たよ」
隣の席の勇気くんが優しくそう言って転がっていったえんぴつを拾ってくれる。
「あ、ありがとう」
私は慌ててそう言う。
えんぴつを渡してもらう時少しだけ指先が触れた。
私は心の中で「わっ!」と声をあげる。
きっと私の顔は赤いに違いない。
(ラッキーだ。勇気くんと話せた!)
勇気くんはこのクラスではイケメンの、女子の憧れに入るような男子だ。
かくいう私もその一人。
密かに恋心を抱いている。
先程、指先が触れた箇所が熱く感じる。
自然と顔が綻んでしまう。
そんなにまにましてた態度がいけなかったのだろう。
「あ」
勇気くんが拾ってくれたえんぴつを筆箱に仕舞おうとした時に手が滑った。
コロコロコロ。
えんぴつはまたも転がっていく。
今度は前の席だ。
前の席の主が転がってきたえんぴつに気付く。
「げっ」
思わず声に出してしまった私。
だって、今えんぴつを拾ってこちらを見たのは。
「おい、転がってきたぞ」
クラス一不人気の男子、努だった。
お調子者で女子の悪口ばっかり言ってるサイテーな奴だ。
悪戯ばっかりしてくるし。
「ありがとう」
お礼を言わないわけにもいかなかったので、私は手を出す。
が、
「そー言えば、今日のテストえんぴつ必要だったな。坂木借りるなー」
「え、返してよ!」
「嫌だよーだ」
そしてどんなに言っても努は返してくれなかった。
テストの授業が始まってしまった所為もあってそれっきり。
予備のえんぴつ持ってきてはいたけれど、せっかく勇気くんが触ったのに上書きされた事に何だか腹が立つ。
そのテストはマークシートだった。
私のえんぴつを努が使って解答している。
何だか落ち着かなかった。
その時だった。
「え!」
えんぴつの芯が折れた。
ツイてない! と私は筆箱を漁って顔から血の気が引いた。
無い。
予備のえんぴつが、無かった。
私は狼狽えた。
(どうしよう、先生に言えばいいかな。でも)
手を上げればいい。
でもクラスの皆が注目するに違いない。
それはかなり恥ずかしかった。
折れたえんぴつでどうにかするか。
視界に何か映ったのは、もう手を上げるしかないと思った時だ。
努が後ろ手で、えんぴつを振っている。
まるで、使えと言うみたいだ。
私は迷わずそのえんぴつを取って、テストの続きをし何とかなった。
「懐かしいな」
えんぴつを片手に呟く。
「まだ持ってたのかよ」
夫が言ったのに対し私は微笑んだのだった。
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