全てはただ、あなたのために
恋に狂うとは、言葉が重複している。恋とはすでに狂気なのだ。
ハインリヒ・ハイネ(1797-1856)
「みんな、待たせてすまなかった!」
ラインハルトが西部戦線に戻ったのは、ちょうど東部方面でブルシーロフの攻撃が止んだ後であった。
ラインハルトの部下たちはみんんが喜んでラインハルトを囲った。
「大尉殿、待ち侘びましたぞ!」
「ごめん!」
「あなたが帰ってきてくださったら百人力ですよ!」
「はは、ありがとう!」
ラインハルトは、作戦室の置いてある天幕に寄った。情報によれば、中にアグネスがいるはずである。
「失礼します」
ラインハルトは一声かけて入室した。
中は、外の気温とあまり変わらず少し肌寒い。そこにポツンと少女が座っていた。彼女は、下に向けていた顔をこちらに向けて、入室した人物がラインハルトであることを確認するなり、すかさず顔を逸らした。そして小さな声で言った。
「……おかえりなさいませ、大尉殿」
「うん、ただいま。アグネス」
ラインハルトは躊躇するわけでもなく、アグネスに歩み寄った。
「僕がいない間、この部隊を見てくれてありがとう。何か変わったことはあったかい?」
「あ、えっと、いえ」
「そうか。敵軍が新兵器を使用したと聞いたんだけど、それは本当かい?」
「はい。戦車なるものを用いてきましたが、恐るるに足りない存在でした」
「油断は禁物だよ。改良を加えてくるかもしれない。引き続き、情報を集めよう」
「はい」
ラインハルトはアグネスの近くの席に座った。心なしか、アグネスは若干、ビクビクしているようにも見えた。
ラインハルトは、その彼女に話しかけた。
「アグネス」
「はい」
「僕の仲間たちが、君のことを怖がっていたよ?」
「……」
「何をしたんだい?」
「私は……」
アグネスは緊張している面持ちである。
天幕内のランプが彼女の顔を照らす。
アグネスは、ちゃんと自分のしたことをラインハルトに伝えようと、彼に目を合わせた。
「大尉殿、私は祖国をお守りするために部隊を動かしました。ただそれだけです」
「そっか」
ラインハルトはアグネスの目を見て、少し考えた。その間、彼女はラインハルトにずっと目を見られて思わず赤面した。
「大尉殿、そんなにじっと見られると恥ずかしいです……」
「アグネス」
「はい」
「僕は君に悪いことをした」
「え……?」
アグネスはきょとんとした。
「君が才能を有するからと言って、君を戦わせすぎた。だから、アグネス。少し休憩してほしい」
「休……憩……?」
「ほら、僕みたいにさ、戦場から一度離れて、内地でゆっくりするとか。あ、アグネスは実家に戻っていないじゃないか」
「……」
「ここは、もう僕が対応する。大丈夫。必ず、この戦線を守って……」
「ーー大尉殿?」
ラインハルトの発言の途中で、アグネスは口を挟んだ。彼女の瞳には、光が灯っていないように見えた。
「私……、役立たずですか?」
「え?」
「私じゃ、ダメなんですか? 私は使えませんか?」
「アグネス?」
「私は、無能なんですか? 信頼するに足りませんか? 任せてくれないんですか?」
「アグネス、君……」
アグネスはすっと立ち上がった。
ラインハルトは思わず、驚いた。
「私、私ね……、前は東部戦線で全く役に立てなくて……、いや、こっちでも全然役に立てなかった……。私このままだと、兵士として見られなくなっちゃう、捨てられちゃうって思って……」
ラインハルトは動揺した。アグネスが、虚な目に涙を浮かべているように見えた。
「私……、二年前に助けてくれたラインハルトの役に立ちたくて、ずっとそばにいたくて……」
「……」
「だから、ラインハルトみたいにドイツを守ろうって思って、だからもっと国を守るために働かなくちゃって思って、それで国のためにならないやつはみんな殺そうって思った。国のためなら、どんな犠牲も尊いって思ったの。だからね、ラインハルト。あなたが守ろうとしているドイツのためなら、どんな犠牲だって構わないんだよ? みんな、好き勝手なんだよ。ラインハルトを英雄にして、ラインハルトに頼ってばかりいるのに、当の本人が望む結末に沿うようなことはしていない。ドイツを守り切るという結末のために、みんなはその身を捧げようとしない」
ラインハルトは、背筋が凍るような思いがした。
目の前のアグネスは、ただ自分を、ラインハルトだけをひたすらに見ている。その目に映っているのは、なんであろうか。
「だからね、ラインハルト。総力戦は、あなたのためのものなのよ?」
「僕のためのもの……?」
「そう。みんなが、ドイツのためにその身を捧げるの。あなたが必死で守ってくれるドイツのために」
ラインハルトは気がついた。この少女をーー、アグネスを壊してしまったのは、戦争ではない。自分自身であったということを。
「アグネス」
「はい」
「君はもう、軍隊を抜けなさい」
「……」
「もういいんだ……」
「大尉殿。申し訳ありませんが、その命令に従うことはできません」
「なぜだ?」
「私は、帰るところがないからです」
「……」
「あなたが私の全てなんです。だから、あなたに捨てられようとも、私は今後もあなたのために尽くし、あなたのためだけに生きます」
「……」
「ですが、おそらく一緒にいられると困るのでしょう。わかりました。私は別のところに移動します」
アグネスはそのまま作戦室の出口まで行くと、退室間際に言った。
「愛してる。ラインハルト」
どうもこんにちは、著者です。
いかがでしたでしょうか? 私もこのような展開になるとは思ってもいませんでした。著者の想像以上に、アグネスちゃんが暴走してしまいました(大丈夫かな…)。
大変な展開に辛いと思う方もいるかもしれませんが、まだまだ戦いは続きます。今後もワクワクドキドキしながら、どうぞよろしくお願いします。




