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ドイツ帝國に生きる  作者: 幽々夢 妖帝歌
志願の覚悟
6/105

サラエボ ラテン橋の凶行

ゾフィー、ゾフィー!死んでは駄目だ。子供たちのために生きてくれ


   フランツ・フェルディナント(1863-1914)

        -1914年-


6月27日


「暑い……」


燦々と照りつける太陽の光はラインハルトの皮膚から汗を吸い出す。薄手の白シャツは汗でぐっしょりと濡れて肌がしっかりと透けるほどになっていた。


「水でも飲むか?」


ゲオハルトは水筒を手渡してきたので、ラインハルトはすぐに受け取りがぶがぶと飲んだ。


「ぷはぁぁ!」


「おう、いい飲みっぷりだな」


ラインハルトとゲオハルトは今、ボスニアの首都・サラエボに来ている。ゲオハルトが突然提案して、半ば無理矢理にラインハルトを連れてきたのだ。

ラインハルトは文句を言う。


「大学の講義もあるって言うのに、なんでこんなところに……」


「まあまあ、いいじゃないか。たまにはさ」


「いいじゃないか、で済む距離じゃないでしょう。帰るのも一苦労しそうだよ……」


ラインハルトは落胆している。旅気分にはどうにもなれないらしい。だが、そんなラインハルトのことなどお構いなしにゲオハルトは歩を進める。

たどり着いたのはサラエボ市庁舎だった。その外観は市庁舎というにはあまりにも豪華なものでラインハルトは圧倒された。


(凄い……)


ラインハルトはしばらく見とれていたが、見知らぬ男とぶつかって我に帰った。


「……」


ぶつかった男は小声で何か言って去っていった。


(謝ってはくれたのかな……?)


「どうした?」


ゲオハルトが声をかけてきたが、大したことではなかったのでラインハルトは、何でもない、と伝えた。

二人はサラエボの居酒屋で夜ご飯を食べることにした。


「今日はそんなに酒を飲むなよ?」


ラインハルトはゲオハルトに釘を刺した。


「なんでさ?」


ゲオハルトは不思議に思った。


「他国で酒を飲んで、酔っ払って変なことを巻き起こしたらどうするのさ」


ラインハルトはゲオハルトが酔った時のことを心配していた。だが、酔った時のことをほとんど記憶してないゲオハルトはラインハルトの言葉の意図が汲み取れなかったらしい。


「えぇ、他国のお酒を楽しむいい機会なのにぃ……」


ゲオハルトは肩を落とした。それでもラインハルトは酒はあんまり飲まないようにと忠告したーー。




「我が帝国は、およそ50年の昔は諸州に分裂し一体ではなかったのだ! しかぁし!」


(やっぱり酔ったか……)


ゲオハルトはラインハルトの忠告を無視して酒を飲み、案の定酔った。ラインハルトの悩みの種は、ゲオハルトの酔い方である。彼は酒に酔うと、国家情勢についての持論を見知らぬ人にも関係なく熱弁するのだ。ただでさえ、オーストリア=ハンガリー帝国に併合されて敏感になっているこの土地で、この話題を出すのはもはや恐怖でしかなかった。


(止めよう……)


ラインハルトはゲオハルトを止めにいく決心を固め立ちあがろうとした。その時、店内にいた一人の男が凄い勢いで立ち上がりゲオハルトに近づいていった。


「お前も、オーストリアの手先か……?」


男はゲオハルトの胸ぐらを掴むとそう言った。


「ん? 何か勘違いしているね、あなたは」


ゲオハルトは答えた。

ラインハルトは急いで仲裁に入る。


「すみません、ゲルトは酔ってしまうと適当なことを言ってしまうんです。あなた方を侮蔑するような意図は、ゲルトにはありませんよ」


男は舌打ちすると手を離して、元の椅子に戻った。ラインハルトはゲオハルトをきつく注意したが、「ごめん、ごめん」で済まされてしまった。ラインハルトは深いため息をつくほかなかったーー。



6月28日


「今日はえらく人がごったがえしているね」


ラインハルトがそう思うのも無理はない。街の通りには多くの人々が詰めかけていた。ラインハルトはゲオハルトに理由を問うた。


「今日はフェルディナント皇太子夫妻が訪問なさる」


ゲオハルトは真顔で答える。ラインハルトは驚愕した。


「え、そうなの?! 知らなかった……」


ラインハルトは全くなにも知らずに連れてこられたのだ。ゲオハルトは皇太子夫妻の訪問を知ってて連れてきたのだろうか、とラインハルトは思った。同時にわざわざ他国に赴いてまで見に来る必要性はあったのだろうか、とも思った。

二人は大勢の観衆をかき分けてとりあえず、ミリャツカ川に架かるチュムリヤ橋の側までやってきた。


ー午前10時ー


残り数分で二人のいる橋の前を、一行が通ると聞いた。人々はワクワクして待っている。ラインハルトは案外、支配国の皇太子夫妻も人気があるんだな、と思った。


ー午前10時10分ー


周りの人々は歓声を上げている。皇太子夫妻の車が今、まさにラインハルトの目の前を通過しようとしていた。ラインハルトは、かの「国民皇帝」と称されるドイツ皇帝・ヴィルヘルム二世さえ見たことはなかった。それゆえ、初めて目にするロイヤルファミリーであった。

その時であった。


バスッ!  コロコロ……


何かが皇太子夫妻の乗る車に当たり、道路に落ちたのを目撃した。その物体が一体、なんなのかを確認する前にそれは突然、バンッ!!! と炸裂した。紛れもなく爆弾であった。炸裂した爆弾は後続車を破壊し、負傷者を出した。辺りは騒然とし、投げつけたと思われる人間は走って逃走した。

この一連の出来事にラインハルトは頭が真っ白になったーー。


「皇太子夫妻が無事でよかった……」


ラインハルトは安堵した。特にオーストリア=ハンガリー帝国に思い入れがあるわけではなかったが、目の前で殺人があったらたまったものではない。


「まあ、怪我人は出てるからなぁ」


ゲオハルトにぼそっと言われて、ラインハルトは思わずうっ、と言った。

皇太子夫妻は襲撃を受けたものの、無事にサラエボ市庁舎に到着。そこで歓迎式を受けた。皇太子は相当なストレスを感じ、憔悴しきっていた。だが、市民の熱烈な歓迎は皇太子を元気付け、式典はなんとか執り行われた。

襲撃者は毒を飲み、川に飛び込んで自殺しようとしたが、毒は劣化しており、川は水位が落ちていたため、死ぬことなく逮捕された。

ラインハルトとゲオハルトはチュムリヤ橋で事件の余韻のなかにいたが、いつまでもそこにいてもしょうがないと思い、市庁舎に向かった。

沿道は混雑を極め、二人が進むのに結構時間がかかったが、やっとのことで次なる橋、ラテン橋に辿り着いた。ちょうどその時になって通りの向こうから、皇太子夫妻の車がやってくるのが見えた。


「あれ、市庁舎の式典は終わったのかな?」


「そうらしいな……」


夫妻の車は橋のところまで近づいてくる。ラインハルトは群衆の中でふと見覚えのある男が隣にいることに気がついた。


(昨日、居酒屋にいた男性だ……)


その男は昨日、ゲオハルトに掴みかかった男で間違いなかった。


「落ち着けよ……」


ラインハルトは誰が発したかはわからなかったが、確かにそう聞こえた。その直後、隣にいた男は目の前で急停車した夫妻の車に近づいた。


パンッ!! パンッ!!!


男は夫妻に接近し、銃弾を浴びせた。夫妻はぐったりとし、車上に倒れ伏した。

ラインハルトはまたしても頭が真っ白になった。二度目の襲撃。今度は確実に夫妻を仕留めたという確信がラインハルトの中で駆け巡った。

発砲した男は自らも銃で自決しようとしたが、群衆に取り押さえられてあえなく捕縛されたーー。



「…………」


ラインハルトとゲオハルトは帰宅の列車に乗っていた。事件を目撃して以降、二人はほとんど、なんの会話もせずにいた。ラインハルトは、ぼーっと外の景色を眺めながらこれから国際情勢がどう推移するのか考えていた。今までまともに国際情勢について考えたことはなかったが、この事件はラインハルトに国際情勢を考えさせる気を起こした。

だが、どう考えてもラインハルトの頭の中にはただ一つの結論だけが沸々と湧いてくる。


(やっぱり、戦争が……起こるだろうか……)





ーーオーストリアの首都・ウィーンは自分の国の皇太子が殺害されたのにも関わらず、平和な時を過ごしていたーー

読んでくださりありがとうございます。今回は史実の内容を取り扱いました。いよいよ、歴史が大きく動いていくことになりますので、何卒ラインハルト君を見守っていってください。

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