訓練場見学
学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。
太宰 治(1909-1948)
ズドン!!
(手に振動が伝わってくる……。これが銃……)
ラインハルトは今、ドイツ帝国陸軍の訓練場に来ている。先日ロンメルに招待されたので、せっかくだからと見学を申請したのだ。
「どうだね? 初めての射撃は」
ロンメルはそばでラインハルトの射撃の様子を見守っていた。
「すごいですね……、手がビリビリします……」
「そうか、撃っていくとそのうち慣れる」
ロンメルは満足そうに頷いた。
ラインハルトが握っているのは、帝国陸軍正式採用の小銃 "Gew98"。ボルトアクション式である。
「発射時の振動は反発によるものか。発射される弾と砲身との摩擦の量を減らしてエネルギーを高めに維持すれば……」
ラインハルトはブツブツと呟いた。
「気に入ってくれたようだね、ラインハルト君。私はこれから新兵の訓練をするから、他の兵士たちの邪魔にならないようにしてくれればあとは自由にしてもらって構わない。何かあったらまた私を呼んでくれ」
そういうとロンメルは別の場所へと移動していった。
訓練場にいた兵士たちは突然の見学者の存在にさまざまな反応を示した。あるものは好奇の目で、あるものは邪魔そうに、またあるものはラインハルトを新しい志願兵かと思い積極的に関わろうとした。しかし、それら全てはラインハルトにとってはまるで気にならなった。彼は今や、銃の虜になっていたーー。
しばらくして、ロンメルは訓練が終わったのでラインハルトの様子を見にいった。すると数時間前まで一人で銃をまじまじと見ていたラインハルトは、今は兵士たちに周りを囲まれていた。ロンメルはいじめに遭っていると思いすぐに仲裁に入ろうとした。
「おいおい、みんなダメだぞ! 彼は特別なお客さんだ!」
「少尉殿! こいつはすごいですよ!!」
ロンメルは思っていたものとは違う反応を受け困惑した。いじめではないらしい。
「みんな集まって何をしているんだ……?」
ロンメルは不思議そうに尋ねた。
「こいつ、小銃の上手い撃ち方はないかって聞くもんだからちょっとみんなで教えてやったら、今度は弾道学の専門書はないかっていうんですよ。だから今度は本を貸してやったら、突然計算しだして、なんかすごい計算式立てていくんですよ!!」
ロンメルは気になってラインハルトのノートを覗き込んだ。見たところ基本的な計算式も混じっているから、数学の苦手な兵士が驚いて誇張したのだろうと思ったが、応用的な式も確かに書いてあった。
「ラインハルト君、きみはどうしてこんなにも色々書き込めるんだい? どこかで弾道学の勉強でもしていたのかい?」
ラインハルトは首を横に振って答えた。
「いえ、今日初めて知りました」
ラインハルトはただ一言、それだけ答えた。
その後もラインハルトとその周りの兵士たちは小銃の射撃精度の上げ方についての議論を重ねた。ロンメルはただただその様子を眺めていた。
ロンメルはラインハルトの帰り際に尋ねた。
「ラインハルト君、軍隊に所属してみないか?」
何の含みもない単純な問いだった。
「丁重にお断りいたします。このような機会を設けていただいたことには深い感謝の念を抱いておりますが、あくまで僕は銃火器への興味が湧いただけですので」
ラインハルトは即答であった。
「そうか、残念だが仕方がない……。しかし、また見学に来たかったら言ってほしい。許可を出してもらうようにするよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ラインハルトは喜んだ。そして試しに敬礼をしてみせるとあとは一人で帰ると言って去っていった。
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