襲撃
凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。
孫武(紀元前535年頃-没年不詳)
ザク… ザク…
ドイツ軍は膝まで埋もれるほどの雪の道を進んでいく。脇には人の背丈を優に超えるほど雪が積もっている。
「これなら、かえってばれませんね」
アグネスは若干の安心感を抱いていた。しかし、ラインハルトは違った。
「いや、関係ないよ。ロシア軍はそんなに甘くはない」
行進する列は縦に細長く伸びている。道が狭いのだ。横から攻撃を受ければひとたまりもない。
ラインハルトは自分達、砲兵部隊が容易に前進できない状況を憂いていた。歩兵部隊を先に送り、その後にゆっくりと大砲を運ぶほかなかった。
(敵にバレなければ良いのだが…)
ふとそう思った時だった。ラインハルトがいる場所のおよそ百メートル先で爆風が生じた。
「敵襲!!」 「伏せろ!!」 「…!!?」
敵の手榴弾が投擲された。列は大混乱に陥る。
「うわぁ!!」 「嫌だ!こんなところで死にたくない!!」 「伏せろ!撃たれる!!」
混乱して列を掻き乱して走る味方兵に、雪壁の向こうから容赦無く弾幕が撃ち込まれる。敵はドイツ兵が見えずとも大まかな位置だけ推定して、銃撃を喰らわせてくる。
「この野郎!!」
仕返しに手榴弾を投げる者もいたが、効果はなかったのだろう。敵の銃声は止まらない。
ドイツ兵が冷静になって伏せるようになっても、今度は相手が爆弾を投げて攻撃を仕掛けてくる。何かしらの反撃をしようにも、雪壁で敵の様子が見えない。
(そうか…、周りは沼だから拓けているのか…。この道は、雪壁に挟まれているから、格好の的になっているんだ!)
気づいたところでどうにかなるものでもなかった。攻撃は一向に収まらない。
「うぅ…」
弱々しい声がすぐそばで聞こえてくる。アグネスは頭を抱えて怯えている。撃たれる恐怖は尋常ではない。
「アグネス!大丈夫!落ち着いて!」
だが、ラインハルトの声は、阿鼻叫喚と銃声、爆撃音で掻き消される。
(だめだ、このままだと全滅する…。どうすればいい、どうすれば…)
パン!!
「うっ!!」
ラインハルトとアグネスの目の前で味方が撃たれ、血を流して倒れ込む。アグネスは声にならない叫びをあげる。
ラインハルトはアグネスの肩をしっかりつかむ。
「アグネス!!聞けぇ!!」
ラインハルトの大きな声でアグネスは、はっとする。ラインハルトは間髪入れずに告げた。
「いいかい、アグネス!状況は急を要する!このままだと味方は全滅だ!今、僕たちは狭い道の中を敵に一方的に狙い撃ちされている!周りは沼だらけだ!さあ、どうする!?」
アグネスは突然の質問を前に答えに窮する。口をぱくぱくさせるだけだ。
だが、こんな状況でもラインハルトは笑顔を見せた。
「今度の実戦ではすぐに思いつくようにしておくんだよ。アグネスはここで伏せていて。絶対に動いてはいけないよ!」
ラインハルトはそう告げると先ほど撃たれて死んだ兵士の体をぐっと持ち上げると何を思ったのか、進軍方向を逆走し出した。
「ちょっとごめんね、通るよ」
伏せる兵士たちをなんとか避けつつ道を戻っていく。飛んでくる弾は盾にしている「肉壁」で防ぐ。ラインハルトはとにかく戻った。
列の後方には待機している砲兵部隊がいた。
「中隊長殿!?前方はどうなっているのですか?!」
「敵襲さ、ここから見えるだろう」
ラインハルトは少し離れた後方部隊に状況を説明する。ここでも雪壁が敵の姿を隠している。
「なんと!すぐに撤退をしなければ!」
「いや、撤退は間に合わない。第一、この大砲が道を塞いでいる」
「では、いかがすれば?時間がありませんぞ」
ラインハルトはポケットにしまっていた地図を取り出しながら言う。
「鉛筆と紙、それから下敷き用の木板!急いで!」
ラインハルトに指示されて、兵士がすぐに取り出す。これらの道具はラインハルトがいつでも計算できるように予め準備していたものだ。
「えっと、沼地がすぐそこだから…」
ラインハルトの手は止まらない。
彼は計算が終わると同時に大きな声で言った。
「そこ、迫撃砲準備!すぐ撃てるように!あぁ違う!ミーネンヴェルファーの方!工兵さんと協力して!」
ラインハルトの指示で兵士たちは大慌てで準備をする。そして、迫撃砲の照準が定められていく。最も、敵の姿は一切見えない状況なのだが。
「準備完了!」
ラインハルトはすぐに叫んだ。
「撃て!!」
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