平凡な大学生活
他人と戦争をしているものは、自分自身との平和を築いていない。
ウィリアム・ハズリット(1778-1830)
-1913年-
「つまり、ここで関数の連続性についての厳密な定義に基づいて……。いや、でも仮定としては不十分か……」
「おいおい、昼間っから随分と陰鬱な空気漂わせているじゃねえか」
大学図書館の勉強机でカリカリとノートに論理式を組み立ていたラインハルトは、すっと声のした方を振り向く。
「なんだ、ゲルトか。図書館ではあまり大きな声を出さない方がいいぞ」
ゲオハルト・フリッツマン。ラインハルト・シュライザーと同じベルリン大学に通う19歳の青年である。
「お前さんこそ、独り言が随分と迷惑してたんじゃないか?」
ゲオハルトは呆れたように言う。
「独り言……? ああ、僕の悪い癖だ……。善処するよ。ところで何かようか?」
「うんにゃ、ただ外交に関する書物を漁りに来ただけさ」
彼は数多の本棚の方に目をやって答える。
「君も随分と熱心だね。そこまでして君を駆り立てるものはなんだい?」
「国民が祖国の繁栄を願うのは当然のことだろう? 俺もいつかは帝国建国の父、ビスマルクのような政治家になってやる!」
「君たち、図書館ではお静かに!!」
二人は注意されると少し照れくさそうに謝罪した。
「まあ、とにかく勉強頑張れよ!」
「君もね」
ラインハルトとゲオハルトはドイツ帝国の由緒ある学校、ベルリン大学に通っている。前者は数学を、後者は政治を学んでいる。
しばらく、図書館で数学の勉強に没頭していたラインハルトは、ふと時計を確認し、すっかり日が暮れてしまっていることに気がついた。
「帰るか……」
ラインハルトが図書館から出るタイミングでゲオハルトもちょうど図書館を出た。
「まだ、いたのか」
ラインハルトは少し驚いた。
「心外だなあ、俺だって真面目に勉強するんだぜ」
ゲオハルトは自分が勉強に対して不真面目な人間であると思われていることに不満らしい。
「いや、なんか普段の君の姿を見ていると、図書館にこもるような人間には見えなくて」
「し、失礼な! そんな不真面目だったらこんな大学に入学できねえよ!」
二人が問答しながら大学を出ると、そこには一人の金髪の女性が立っていた。
「あ、今日もお迎えに来てくれたのか。ケリー」
ケリー・パウバルは二人の友人である。ベルリンに暮らす二人とはそれぞれ別々のタイミングで知り合ったが今ではこうして、大学終わりに迎えに来てくれたりする。
「今日は二人とも一緒なんだ、当たり」
「大学の前でいつも待ってるけど、退屈しねえのか? そもそも、俺たちとすれ違ってたら待ってる時間も無駄になるじゃないか」
「退屈は……しない。だって、本読んでるもん。すれ違ったら、それはそれで構わない。暇つぶしに大学前に来てるだけだし……」
ケリーは俯いて答える。
「お前も大学に入学すればいいじゃねえか。入りたいんだろう? 顔に書いてる」
「別にいい……」
ケリーは小さな声で答える。
「君は何を学びたいんだ? 数学なら僕が教えようか?」
ラインハルトも彼なりの親切でそう尋ねる。
「秘密!」
ケリーは少し声を上げて言った。ラインハルトとゲオハルトは驚いたが、クスッと笑って、わかったと言った。
三人は今日も平凡な帰り路をゆく。
読んでくださりありがとうございます。次の作品が投稿され次第、ぜひ読んでいってください。