第六話 悪い女
夜、腕枕をしながらおサルが話しかけてきた。
「あの『おっ母さん』は、お前の本当の母親なのか?」
「違うわ。先代のタワーイフで、『クァセドラ』っていう名妓だった人よ。あたしの親は誰だかわからない、生まれた時から娼館にいたから。でも、そんな子はたくさんいるから、誰も気にしないわ」
「ふーん。厳しくしつけられたんだろうな」
「そりゃあね。踊りはもちろん、姿勢や言葉遣いやしぐさまで、たたきこまれたわ。
でもおっ母さんは、あんたなんか顔がきれいで踊りが達者なだけの、田舎のタワーイフだって言うの。都会に出たら、もっとすごい人がいくらでもいて、あたしは中級の娼婦がせいぜいなんだって」
「へえ〜。美人で踊りがうまければいいんじゃないの? もっと何か必要ってこと?」
「そうみたいよ」
ついでだから、あたしは今まで気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、あたしは悪い女かしら」
「ん? どういうこと?」
「あたしが正しいと思ってすることは、だいたい『悪いこと』なの。でもあたしはやらずにはいられない。そういうことが多くて」
「たとえば?」
「例えば、あたしは店にくるお金持ちをたぶらかして、情報を抜いて、アクラムに教えた。アクラムはそれをうまく使ってくれて、今回の反乱は成功した」
おサルは口の右端をあげてにやりとした。
「それはいいことなんじゃないのか」
「あたしらからすればね。でも、だました男の中には、妻と別れたから結婚してくれって言う人もいたし。破産した人もいたし。あと、上得意がごっそりいなくなって、おっ母さんには迷惑をかけたなあと思って」
「う〜ん、多少はしょうがないだろう。おっ母さんは商売の仕方をちょこっと変えればいいと思うよ、娼館にきたがる客はいつでもいるわけだから」
「あと、御師さまの弟子になれて、あたしはほんとうに嬉しかったの。でもおっ母さんに言ったら、逆上されて、ものまで投げつけられたわ」
「あ~、気持ちはわかるよ。俺だってお前を他の男、特に自分より上の、アクラムとかにとられたらものすごく悔しいと思う」
「そう、極めつけはアクラムを殺したことよね。あたしがあのとき我慢していたら、アクラムは生きて皆をまとめてくれて、新政府の仕事も進んでいたんじゃないかと思って」
ここでおサルは片ひじをついて、胸から上を起こした。
「お前、それは我慢できることだったのか? よほどの理由があると思っていたんだが」
「そうね。自分でもなぜアクラムを殺したのかわからないの。あなたにも、軍のみんなにも迷惑だったなと思って」
「俺は、迷惑とは思ってない。そうしなければ、お前は俺のところに来なかったし。他のみんなは知らんけど。
でも、さっきの覚書き、ちらっと読んだけど、アクラムの理想はすばらしい。けど、彼の思惑通りに行かないことも多いだろうとも思ったよ」
「どうだった? 役に立ちそう?」
「ああ。みんなは喜ぶだろうよ」
この人は、ただの兵士だったくせに、字が読めるのだ。
「あなたは字が読めるのね。名前も立派だし。きっといい家の生まれよね」
「また言ってるよ。まあ、このへんじゃあ字が読めない奴は多いよな。もうすぐ、誰でも通える学校ができるから、お前も一緒に勉強したらどうよ」
あたしは絶対、字を習いたくなかった。
「え〜〜〜〜〜。あたしは嫌だわ。面倒だし、必要ないもの」
「そんなことはねえだろ。お前の今の仕事も、字が読めれば役に立つだろ?」
「必要なときに、読める人を呼べばいいでしょ?!」
「他の人にもそれぞれ仕事や事情があるだろ! お前が自分で読めたほうが手っ取り早いし、人に迷惑をかけることもないだろ?!」
あたしは黙り込んだ。
「がんこな女だなお前は」
☆☆☆
おサルはあたしのほっぺたを、ゆるゆるとさわりながら聞いた。
「なあ、まだ怒ってるのか?」
あたしは顔をふって、その指を振り落とした。
「知らない!」
おサルのやつ、次はあたしの鼻のてっぺんをふがふがさせた。
「お前が嫌なことはやらなくていいよ。食事制限もして、身体も絞ればいい。そのかわり『天の踊り』が踊れるようになったら、俺にも見せてくれよな。それで手うちってことで、どうよ?」
「いいけど……いつになったら『踊れるように』なるかわかんないわよ」
「いいよ。俺はそれだけ、お前のそばにいられるってことだからな。考えてみれば、好都合かもしれないな」
恵まれて育った人は人に優しい。けど、字が読めない人間の気持ちはわかってくれない。