第五話 タワーイフの館にて
御師さまに言われた通り、あたしはおサル(プラサードっていう立派な名前があるんだけど、以下「おサル」で通します)に、弟子入りと『天の踊り』について話した。
「え〜〜〜〜〜っ?! 俺は今ぐらいのほうがいいと思うけど。絶対やせないとダメなの?」
「ええ、絶対」
「絶対に絶対?」
「絶対に絶対に絶対。
というか、いやなら別れたらいいじゃない? ちゃんとしたお家の、優しいかわいい女性と、星占いかなにかで結婚なさいよ」
「またすぐそういうこと言う。俺はお前じゃなきゃ嫌なんだよ」
口をとがらせるおサル。
「どうして? 今のあなたは新政府の幹部なんだから、縁談はいくらでもあるでしょう?」
「まだ言ってるよ。太ってもやせてても、俺はお前の方がいいんだよう。もういいよ! 食事制限でも何でもやって!」
ふてくされるおサル。
しばらくたって、おサルは肩越しにあたしの顔をのぞきこんだ。
「代わりといっちゃなんだけど、頼みがあるんだが」
「あら、なあに?」
出来たての革命新政府が、煮詰まっているらしい。みんなが勝手なことを言って、収拾がつかなくなっているそうで。
「南じゃ、イギリスっていう国が勢力を伸ばしてる。それが来る前に国内を固めておきたいんだ」
イギリスについては、アクラムからも、他国から娼館を訪れる客たちからも、聞いたことがあった。
「アクラムも言ってたわ。なんでも、すごく遠くの国で、見た目も言葉も考え方も全然違うんだそうね」
「ほお、奴はどんなことを言ってた? なんでもいいんだが」
身を乗り出すおサル。
「色んなことを言ってたわよ、細かいことは覚えてないけど。アクラムが書いてた覚え書きも、あたしの部屋にまだ残ってると思う」
「マジか? じゃあ、悪いけど取りに行かせてもらうよ」
☆☆☆
というわけで、次の日、あたしはおサルを連れて、生まれ育ったタワーイフの館に帰った。
おっ母さんは、顔を合わせたとたん、イヤミ?恨みごと?をしこたま浴びせてきた。
「まあったく、あんたって娘は! 何やらこそこそしてると思ったら、革命政府でございますとは恐れ入りましたよ本当に。おかげさんで、上客は全部逃げてしまって、こちとら商売あがったりだ。恩を仇で返されるってのはこのことだよ。
え? 何? あんたの部屋? そのままにしてあるけど。
えっ、書類? 好きにしなさいよ。うちだって商売なんだ、いつまでも帰ってこない娘を待ってやる義理はないんだ」
延々と続くおっ母さんの愚痴をしり目に、あたしは二段ぬかしで階段をかけあがり、元の自分の部屋に飛び込んだ。
部屋は本当に、あたしが住んでいた時のままだった。寝台から箪笥、物入れまで、そろいの黒檀であつらえられた、この娼館で一等豪華な部屋。
扉には、色の違う木材で花や鳥が象嵌され、一組の陶器の象が置かれている。銀の鏡はほこりひとつつかぬよう磨かれていた。踊りの衣装や部屋着も、火のしがかけられ、箪笥におさまっている。
アクラムの「覚書き」は、机の引き出しや寝台のわきの物入れに残っていた。あたしはそれらを引っこ抜いて、肩に掛けた布袋につっこんだ。
帰りしなに客間を通ると、おっ母さんが、おサルと普通におしゃべりしている。おサルのやつ、どうやってなだめたんだろう。
「あの、おっ母さん? 長い間お世話になりました。服や化粧道具は、今いる娘たちにわけてあげてください。
あとあたし、ビンダディン・マハラージ師の弟子になりましたから。おっ母さんによろしくって御師さまが言ってました」
せっかく落ち着いていたおっ母さんが、御師さまの名を聞いたとたん、応接椅子から飛びあがった。
「な、なんだってえ〜〜!! そんな大物、どうやってつかまえたんだよ。何だろうこの子は。わたしはもう本当に用済みってこと?! 意味がわからない」
「もうどこへなりと、消えて失せな!」
さけびながら、扇やら花瓶やら、手近のものをめちゃくちゃに投げてくる。
おサルは、すっとんで部屋の外に消えた。あたしも続いて客間を出て、神話の一節がぎっしり彫り込まれた灰色の石の扉を、後ろ手でそっと閉めた。