表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第三話 御師さま押し通る

城は、白大理石で造られた、夢のように美しいものだったが、入ってみれば中身はからっ

ぽ。透かし彫り窓から部屋の向こう側まで見通せた。

妃を失った藩主が精神的におとろえていく間、取り巻きたちがじょじょに食いつぶしていったのか。



お金がほしくて反乱を起こしたわけではない。が、何をするにしろ資金は必要だ。

しかも、この反乱軍はアクラムが自分の力量でこしらえたもので、彼を失ったら、船長を失った船も同然だった。



 幸い、アクラムが将来を考えて、あちこちから人を集めていた。国の再建はその人達にまかせ、あたしはこの城を、宿舎兼臨時の政府として使えるよう整えることになった。



 部屋の改装や賄いの世話、出入りの商人との交渉にきりきりしていたある日のことだった。



 城の正門で、門番と誰かがもめる声がする。

野次馬が頭をよせあいつつきあいする後ろからのぞいてみると、あごの下にまばらな白髭をはやした七十がらみの老人が、城に入ろうとして、止められているところだった。

 よくよく見たら、それはビンダーディーン・マハラージ師、踊りの世界では知らぬもののない、名人中の名人だった。



 あたしは人の山をかき分け、師の足の前に片膝たててひざまづいた。

「御師さま、はじめてお目にかかります。あたしはタワーイフの、ジータライと申します。師匠はクァセドラでございます。門番の非礼、どうかお許しくださいませ」

「そうか、クァセドラは息災か?」

しばらくおっ母さんとは会っていなかったが、

「ええ、元気にしております」

と答えておいた。



 「それはよかった。ところで、前の藩主の娘、アヌーシュカというものはおるか?」

「ええ、城の西の塔にいるはずです。彼女になにか?」

「いやな、今日はあの子の踊りの稽古の日なのだ。

踊りというのは、一日休めば自分に分かる

二日休めば先生に分かる、

三日休めば観客に分かるというほど微妙なものだ。

できれば稽古を再開したい」

「御師さまのおっしゃるとおりでございます」

あたしは、そこにつったっていた門番に、アヌーシュカを呼んでくるよう頼んだ。門番は嫌な顔をしたが、問題があったらあたしが責任もつからと言って、無理矢理呼びにいかせた。



 「藩主の娘に生まれただけで、御師さまに直接教えていただけるのですね。羨ましい限りですわ」

「はは、そなたがそう思うのも無理はない。しかし、才能のある子でな。前の藩主殿にも、くれぐれもよろしくと頼まれておるのじゃ」



 話をしているうちに、あたしたちはいつのまにか階段を降り、地下にある神殿のようなところに入っていた。


 

 正面奥の壁に小さな祠がある。その前の床に、赤大理石でふちどられた蓮花の形の水盤がはめ込まれ、真ん中から水がこぽこぽと湧き出していた。

 水のゆくえを、目で追ってみる。水路が両側の壁まで走り、つきあたりに半円形の穴があって、水はそこで消えていた。

 どういう仕組みになっているのだろう? 地上の中庭の噴水は、ここの水を使っているのかもしれない。



 「こんな場所があったのですね。存じませんでした」

「ホコリがたまっておるから、掃除をしておくれ」



 チークの板が張られた広間に雑巾をかけ、水盤を磨いて水を入れ替える。厨房の庭から、バラやジャスミンを摘んできて盆に盛り、祠への供え物をこしらえる。



 そこへ、門番に連れられてアヌーシュカが到着した。両手首だけを前で縄でくくってある。



 「アヌーシュカ、無事でなにより。怪我はないか? 食事はとれているのか」

「御師さま、お久しぶりです。怪我はありません。食事は、乳母が持ってきてくれております」

「そうか。稽古を再開したいが大丈夫か」

「大丈夫です。軟禁されているあいだも、身体をほぐす体操は欠かしていませんでした」

 ……あたしは、どさくさにまぎれて、踊りどころか準備運動さえしていなかった。御師さまに直接教えを受ける娘は、日ごろの心掛けから違っていた。





 ぱん。

 御師さまの手拍子で、アヌーシュカが踊り始めた。

 あたしが仕込まれてきた娼館の踊りとはまったく違っていた。



 回転や跳躍が多い。しかも重さが感じられない。

手・足の動かし方、指先、手首の角度のつけ方。鋭く、表情豊かだ。

回転の速さ、一度に回る数、回転はじめと終わりの腕の使い方。

 こんな踊り方があったんだ。

あたしはアヌーシュカの一挙手一投足をみまもった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ