第三話 御師さま押し通る
城は、白大理石で造られた、夢のように美しいものだったが、入ってみれば中身はからっ
ぽ。透かし彫り窓から部屋の向こう側まで見通せた。
妃を失った藩主が精神的におとろえていく間、取り巻きたちがじょじょに食いつぶしていったのか。
お金がほしくて反乱を起こしたわけではない。が、何をするにしろ資金は必要だ。
しかも、この反乱軍はアクラムが自分の力量でこしらえたもので、彼を失ったら、船長を失った船も同然だった。
幸い、アクラムが将来を考えて、あちこちから人を集めていた。国の再建はその人達にまかせ、あたしはこの城を、宿舎兼臨時の政府として使えるよう整えることになった。
部屋の改装や賄いの世話、出入りの商人との交渉にきりきりしていたある日のことだった。
城の正門で、門番と誰かがもめる声がする。
野次馬が頭をよせあいつつきあいする後ろからのぞいてみると、あごの下にまばらな白髭をはやした七十がらみの老人が、城に入ろうとして、止められているところだった。
よくよく見たら、それはビンダーディーン・マハラージ師、踊りの世界では知らぬもののない、名人中の名人だった。
あたしは人の山をかき分け、師の足の前に片膝たててひざまづいた。
「御師さま、はじめてお目にかかります。あたしはタワーイフの、ジータライと申します。師匠はクァセドラでございます。門番の非礼、どうかお許しくださいませ」
「そうか、クァセドラは息災か?」
しばらくおっ母さんとは会っていなかったが、
「ええ、元気にしております」
と答えておいた。
「それはよかった。ところで、前の藩主の娘、アヌーシュカというものはおるか?」
「ええ、城の西の塔にいるはずです。彼女になにか?」
「いやな、今日はあの子の踊りの稽古の日なのだ。
踊りというのは、一日休めば自分に分かる
二日休めば先生に分かる、
三日休めば観客に分かるというほど微妙なものだ。
できれば稽古を再開したい」
「御師さまのおっしゃるとおりでございます」
あたしは、そこにつったっていた門番に、アヌーシュカを呼んでくるよう頼んだ。門番は嫌な顔をしたが、問題があったらあたしが責任もつからと言って、無理矢理呼びにいかせた。
「藩主の娘に生まれただけで、御師さまに直接教えていただけるのですね。羨ましい限りですわ」
「はは、そなたがそう思うのも無理はない。しかし、才能のある子でな。前の藩主殿にも、くれぐれもよろしくと頼まれておるのじゃ」
話をしているうちに、あたしたちはいつのまにか階段を降り、地下にある神殿のようなところに入っていた。
正面奥の壁に小さな祠がある。その前の床に、赤大理石でふちどられた蓮花の形の水盤がはめ込まれ、真ん中から水がこぽこぽと湧き出していた。
水のゆくえを、目で追ってみる。水路が両側の壁まで走り、つきあたりに半円形の穴があって、水はそこで消えていた。
どういう仕組みになっているのだろう? 地上の中庭の噴水は、ここの水を使っているのかもしれない。
「こんな場所があったのですね。存じませんでした」
「ホコリがたまっておるから、掃除をしておくれ」
チークの板が張られた広間に雑巾をかけ、水盤を磨いて水を入れ替える。厨房の庭から、バラやジャスミンを摘んできて盆に盛り、祠への供え物をこしらえる。
そこへ、門番に連れられてアヌーシュカが到着した。両手首だけを前で縄でくくってある。
「アヌーシュカ、無事でなにより。怪我はないか? 食事はとれているのか」
「御師さま、お久しぶりです。怪我はありません。食事は、乳母が持ってきてくれております」
「そうか。稽古を再開したいが大丈夫か」
「大丈夫です。軟禁されているあいだも、身体をほぐす体操は欠かしていませんでした」
……あたしは、どさくさにまぎれて、踊りどころか準備運動さえしていなかった。御師さまに直接教えを受ける娘は、日ごろの心掛けから違っていた。
ぱん。
御師さまの手拍子で、アヌーシュカが踊り始めた。
あたしが仕込まれてきた娼館の踊りとはまったく違っていた。
回転や跳躍が多い。しかも重さが感じられない。
手・足の動かし方、指先、手首の角度のつけ方。鋭く、表情豊かだ。
回転の速さ、一度に回る数、回転はじめと終わりの腕の使い方。
こんな踊り方があったんだ。
あたしはアヌーシュカの一挙手一投足をみまもった。