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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

背景キャラの俺が突如いじめられ始めたクラスのマドンナを救う話

背景キャラの俺が突如いじめられ始めたクラスのマドンナを救う話

作者: 岩田 剣心

 『学校という場所は、俺には適していない』


 国語の授業で『適材適所』って言葉を知って以来、俺はそう思うようになった。


 あれは確か小学4年の秋のことだから……ちょうど8年になるのか。


 

 ──なんてなことを思いつつ、すっかり稲が刈られた11月の田圃道たんぼみちを歩く今日この頃。いつも通り俺の気分はグレーだった。


 

 池田圭いけだけい。17歳。高校2年生。

 

 正直どこにでもいるようなごくごく普通の男子高校生の俺には、残念ながらなんの取り柄もなかった。

 勉強だって中の中。見事なまでに偏差値は50.0で学年順位も中央値。運動だって中の中。見事なまでに体力テストは全項目平均値。体重だって身長だって足のサイズだって高校2年男子の平均を行く。かといって超絶イケメンでもないし、容姿だって普通。とにかく俺は平均的なのだ。


 世の中たまに逆転発想が大事だとか聞くけど、全部平均的だから逆転したって中の中。おまけに名前まで逆から呼んでもおんなじ。逆から読んでも“いけだけい”。……ねっ? 何から何まで、たとえそれを逆転させたとしても俺には突き出たものがないんだ。

 

 そして現実は非常に酷で、突き出たものがない人間には青春を謳歌する主人公になる選択肢が与えられることはない。おろか、その脇役であることすらも許されない。



 ……俺には、青春を謳歌せしリア充たちが描いていく思い出の『背景』に徹するという選択肢しかなかったんだ。


 

 

 ♢





 学校に到着し、いつも通り教室の後ろの引き戸から背景らしく目立たぬように教室に入ると、俺は少し異変を感じた。


 (………………ん?)

 

 思わず俺は教室の入り口で立ち止まる。目に入ったのは”人気のない”俺の席だった。

 

 (あれっ。なんで今日は俺の席空いてるんだ……?)



 教室での俺の席は1番前の1番真ん中。つまりは教卓のすぐ目の前という特等席みたいな場所に存在する。

 ……からなのか、毎朝俺の席は大人気。教卓を囲むようにしてクラスカーストでも上位にいる生徒が屯するのがクラスの日常だった。


 となれば当然、俺の席も陣取られる訳ですよ。あの人たちはクラスカーストの底辺も底辺の俺なんて目じゃないから俺が来たって気にせず占拠を続けるし。だから俺はいつも後ろのロッカーに静かに荷物置いてトイレに駆け込んでいるんだけどね? ……べ、別に悲しくはないよ⁈ うちの高校、最近トイレ新しくなってキレイだから立て籠るのにはちょうどいいしね! 便座あったかいし!


 

 ……だけど、今日は占拠されてなかった。



 (おかしい……もしかして新手の嫌がらせなの?)


 そう思いつつも、とりあえず俺は目立たぬ足取りで後ろのロッカーへと向かう。



 ……いやまあ元はと言えば俺の席なんだからそう思う方がおかしいとは思ってるよ? だって俺の席なんだから! 占拠されてる方がおかしいんだけどね! 


 でも俺の席が占拠されてない日なんて今まで1度もなかったんだよ? もう11月に入ったってのにただの1度も。



 だから絶対にこの状況はおかしい。


 (……そ、そうだ! い、いつもの人たちは?)


 慌てて俺は教室を見渡す。が、


 (あ、あの人たちは教室の端にいるのか……)


 いつもの人たちは教室の端の方で群れをなしていた。いつも通り何か駄弁っているようだけど、特段そこまでの違和感は感じられない。ちなみにうち1人と目が合ってギロリと睨まれたのもいつも通り。うん。通常運転だ。



 (いやおかしいと思ったんだけどなぁ……俺の思い込みか……? ま、まぁ、たまには教室の端で話したい日ってのもあってもおかしくないよね? ……ねっ?)


 たとえば日の光を浴びたいとかサッカー部の地獄の朝ダッシュ見たいとか。知らないけど。


 (……まぁ、とにかく。引っかかるものはあるけど、深く考えるのはやめよう)


 背景キャラらしく俺は静かに自分の席に座り、目立たぬようにこっそりと、ロッカーから取り出したライトノベルを読み始めた。




 ♢




 再び異変を感じたのは、5分後だった。

 教室の引き戸を開ける微かな音とともに、突如、教室の空気が豹変した。




 (……っ⁈)


 その豹変具合といえば、ラノベに没頭していてもその変化には一瞬で気づくほどだった。背景キャラだから空気の変化には余計に敏感ってのもあるかもしれないけど、それを差し引いてもすごい変わりようだった。


 なんというか、俺にその空気を表現する語彙力は無いんだけど、とにかく嫌な感じがする、居心地の悪い空気になった。



 (な、何があった……?)


 ラノベに没頭していた俺は急いで本を閉じて教室を見渡す。



 ……俺は戦慄した。



 (えっ。なにこの視線……?)


 クラス中に散らばる生徒たち。個性も性格もクラスの立ち位置も全く異なるのに、その目線だけは共通して差別的だった。見た感じ誰1人として目が合わなかったから俺に向けられたものではないらしいのは少し安心したけど、視線の矛先は明らかに1点に集中していた。

 


 恐る恐るその視線を辿ると、その先には1人の女子生徒の姿。



 (み、南野……さん……?)



 そこにいたのは南野さん──南野みなみの美波みなみ──さんだった。

 誰にでも分け隔てなく接する優しさと明るい笑顔が魅力的なクラスのマドンナ的な存在で、勉強も運動もできるし、可愛いし人気もある。半年近く隣で授業受けているから余計にわかるけど、俺と違って突き抜けたものだらけの生徒で、そして絶対なるクラスの主人公キャラだ。もし生まれ変われるなら南野さんに生まれたいって思うくらい羨ましい。



 そんなクラスの主人公である南野さんに向かって今、クラス中から差別的な視線が送られていた。


 (えっ……? どうしたのみんな? えっ? えっ?)


 その現状を理解できないでいると、クラスの端に陣取っている人たち(俺の席をいつも占拠する4人組)が各々に口を開き始めた。



 「うーわっ。来たよアイツ。よく来れるよね学校に」

 「意味わかんないんだけどー。早くこの学校辞めてくんないかなー」

 「ほんっと、まじサイテー」

 「教室に入ってくんなよ。おんなじ空気吸いたくない……」



 ……ますます理解できなくなった。


 (あのクラスのマドンナの南野さんが? 主人公キャラの南野さんが? なんで急にそんなことを?) 



 ……でも、その謎はすぐに、奴らのうちの1人の発言によって明らかになった。




 『……この人殺しの娘が』




 (えっ……?)


 その言葉を聞いて俺は思わず唖然とした。


 (南野さんが……人殺しの……娘……だって……?)


 じょ、冗談じゃなくて? 本当に言ってるの?

 聞いて、俺は話が飲み込めなかった。いやだってあの南野さんのお父さんだよ? 人を殺すなんて考えられない。


 ……だけど周りは差別的な視線、とりわけあの4人組は攻撃的な視線を送っている。冗談という言葉で茶化せる雰囲気ではないのも確かだ。

 


 (ほ、本当なのか……?)


 流石にこの空気じゃ俺も疑わざるを得ない。

 別に本当だったらなにをするって訳じゃないけれども、気になったので俺は急いでスマホの電源を入れる。手慣れた手つきでぬるぬる操作してGahoo!のニュースを見る。


 検索トップのところには1つのニュースがあった。見覚えのある名前が見出しのニュース。迷わず俺はそれをタップする。


 ……そこには。



 

 ーーーーーーーーーー




 【Gahoo! ニュース】

 〈◯◯市で32歳の女性が死亡 ひき逃げ容疑で会社員の南野海容疑者(45)が逮捕〉


 1日未明、◯◯市の国道沿いで32歳の女性が倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認されました。

 警察は防犯カメラの映像から都内の会社に勤務する南野海容疑者(45)を、3日、ひき逃げの疑いで逮捕しました。

 南野容疑者は警察の取り調べに対して容疑を認めている模様です。

 



 ーーーーーーーーーー




 (ほ、ほんとだ……)


 確かにそこには南野さんのお父さんの名前があった。

 

 

 南野さんのお父さん──南野海さん──はクラスでも名が知れた人だった。学校行事には欠かさず参加するし、ボランティア活動にも積極的に参加していたからだろう。俺も背景キャラながら何回かお話ししたことがあるけど、南野さん同様に気さくな人で非常に人柄の良い方だった。

 


 その南野さんのお父さんの名前が、確かにそこにある。



 (……それでか)


 ニュースを見て、俺はようやく合点が行った。

 

 

 俺の席の隣は南野さんで、南野さんのお父さんが殺人を犯したというニュースが広まる。それを知ったあの4人衆は南野さんの席を意図的に避け、同時に俺の席も避けられる。ニュースを知った生徒たちは差別的な目線を送る。


 (道理で南野さんが差別されるわけだよ)

 

 とりわけあの4人組の攻撃性といったらすごい。いやらしいことにニュースを見ていない生徒にまでその情報を知れ渡らせるためにボソッと呟くんだから。



 なんでここまで攻撃的、とも思ったけど、その答えは簡単で、すぐに浮かんだ。


 (……多分、奴らからしたら南野さんは邪魔なんだ)


 運動神経も抜群で勉強もできる。顔だって可愛いし先生からも生徒からも人気がある。そんな完璧超人がクラスに居ようものなら、きっとあの4人組からしたら嫉妬もするだろうし、つまらないんだろう。南野さんがいる限りはいつも2番手で、どうやっても南野さんに勝てないとわかっているから。

 

 そして突如目の前に転がってきた1番手に成り上がるチャンス。嫉妬していた相手を潰すチャンスが到来したのだ。


 (そりゃこれ見よがしに南野さんに攻撃的になるよ……)


 

 ……でも、俺は疑問に思う。


 (だけど、別に南野さんは何もしてないのに、それはおかしくない?)


 確かに南野さんのお父さんはどんな理由があろうとも責められて然るべきだと思う。南野さんのお父さんが人格者であるとわかっていても人の命を奪ったという事実に変わりはないし、どんな理由があろうとも人の命を奪うことは許されてはならない。


 だけど、だからと言ってそれが南野さんに対する誹謗中傷の免罪符になるのは絶対におかしい。だって南野さん何の罪も犯してないんだよ? ただ生活してただけなんだよ? 


 南野さんはそんな差別的な視線に耐えながら、毅然として俺の隣に座る。その横顔にはあの魅力的な笑顔が全く消えており、奥底に悲しさのようなものが隠れているのを感じた。


 クラスから南野さんに投げつけられる集合的差別意識。俺はそれが嫌で、みんなに異を唱えようと思った。



 ……けれど、俺は黙ってその様子を見ていることしかなかった。背景キャラにはそれしかできなかったんだ。



 クラスの頂点に君臨するような人に逆らう力が、俺には無かったから。


 

 俺は人生で初めて、自分が背景キャラであることに後悔した。



 ♢



 南野さんへのいじめが始まったのはそこからだった。

 

 主に南野さんにいじめを仕掛けていたのは俺の席を占拠していた4人組で、いじめはどんどんエスカレート。最初は悪口だけだったけど、次第に物を隠されるようになったり机が荒らされていたり。他の生徒も『次に自分がいじめられるのを恐れて』なのか、そのほとんどは我関せず、あるいはそのいじめに微妙に便乗するというスタンスをとっていた。もちろん、いじめそのものに気づいていない生徒も一定数いたけど。


 そしてその手口というのも巧妙で、いつも通り南野さんが気丈に振る舞っていることもあってなんだろうけど、先生の前でいじめが悟られないようなやり方だった。非常にタチの悪い奴らだ。



 俺はそれが見ていられず、ついにいじめを止めようとした。

 鞄が意図的に蹴られたらそれを注意し、放課後に上履きを隠していたら注意して静かにそれを戻し、机の中にゴミが詰められていたらまた注意してそれを捨て……。



 ……でも、現実っていうのは厳しいもので、突きつけられるのは己の無力感だけだった。

 

 注意をすればあーだこーだと、それも筋の通った言い訳をあの4人組はするし、それに俺も言い返せない。結果黙って後始末。

 思えば俺は所詮背景。決して陽の目を浴びることのない背景であって、陽の目しか浴びない主人公キャラたちに敵うはずがなかった。



 (……やっぱり背景には無理なのか)

 

 


 そんな自分の無力感に苛まれるようになってから1ヶ月が経ったある日の放課後。下駄箱を開けると、中に何か入っている事に気づいた。


 (あれっ。何だろこれ)


 特に何の疑問も抱かずに、とりあえずそれを取り出す。


 (……て、手紙?)


 入っていたのは手紙だった。ジーッと俺はそれを見つめる。


 (お、俺に手紙……誰か間違えたのかな……?)


 自分で言うのも何だけど、俺は手紙を書かれるような人間ではない。当然俺は女子にモテるタイプではないし、男子から悪戯を仕掛けられるほどの存在感もない。というか手紙が入ってるのなんて初めてだし。


 ……だったら疑うべきは。


 (うん。きっと誰かが入れ間違えたんだ。俺になんか手紙が来るわけがない)


 となれば優しさだ。優しく貼ってあるシールを剥がして中身を確認し、宛先の子の下駄箱に入れておこう。……べ、別に中身が気になるとかそういうんじゃないからね⁈ 純粋な優しさだからね⁈ そう! 俺は良いことをしているんだ!

 

 自分を無理やり納得させながら、俺はシールをそーっと剥がして中身を取り出す。恐る恐る中身を見てみると、そこには綺麗な筆跡で淡々と用件が書かれていた。


 

 《池田くんへ。放課後、少しだけ付き合ってもらえませんか? 駅前の立田屋書店前で待ってます。 南野美波》



 (え、あ……ん?)


 …………。


 (み、南野さんが……俺に……?)


 俺は目を疑って5秒ほど目を擦り、3回ほど自分の頬をバチンッと叩く。


 …………。


 (夢じゃない……)


 俺は唖然とするしかなかった。


 いじめられているとはいえ、南野さんは主人公キャラ。背景キャラの俺とは階層が違う人種の南野さんが俺に手紙を渡すなんて、到底信じられることではなかった。エキストラに手紙を書く主演女優なんていないしな……。多分。


 (誰かの悪戯か? いやでも悪戯ならこんな綺麗な筆跡で書くわけないよな。南野さんからの手紙だったら無視するわけにもいかないし……)

 

 ……。


 …………。


 ………………。


 (……行ってみるか)


 迷いに迷った末、とりあえず行ってみることにした。

 

 

 

 ♢




 学校から歩いて10分。駅前の立田屋書店に行ってみると、手持ち無沙汰にスマホをいじる制服姿の南野さんがいた。


 (あ、あの手紙……本物だったんだ)


 少なくない驚きを感じていると、南野さんと目が合った。こちらに気づいた南野さんは俺に手を振る。

 

 「おーい! 池田くーん! こっちこっち!」

 

 ハツラツとした声で、南野さん。多少挙動不審になりつつも、俺は南野さんの所へ行く。


 「ご、ごめん南野さん。そ、その……待った?」

 「ぜ、全然っ! わ、私のことなんて気にしなくていいよ!」


 あっ。これ絶対待たせちゃったパターンだ。この前読んだラブコメで似たようなシーンを見たような気がする。


 「……それよりこっちこそごめんね。急に呼び出しちゃったりして」

 「う、うん。俺は大丈夫だよ」

 「そ、そっか! なら良かった!」

 

 言うと、南野さんはニコッと俺に微笑んだ。理不尽にドキッとさせられたけれども、同時に俺は少し安心した。最近見かける無理して作った笑顔じゃない、自然体な笑顔がそこにあった。しかし破壊力すごいな。


 チラッと南野さんは目線を落とす。左腕についていた時計を確認すると、


 「じゃ、行こっか」

 「え、あ……うん」

 

 どこに行くのかは教えてくれなかったけど、背景の俺が聞くことでもない。コクリと頷いて、俺は南野さんについて行った。




 ♢

 

 

 

 電車に揺られること30分。やってきたのは大宮駅。そこから徒歩5分の距離にある複合型商業施設『ラグーン』の中にある『ブックオン』に着いた。

 俺の家の近くにあるブックオンはそこまで大きくないけど、さすが大宮。新幹線も停まるだけあってその広さは比べものにならないくらいに大きかった。


 「み、南野さん、ここ、よく寄るの?」

 「うん。普段は週1くらいで。でも今日は1ヶ月ぶりかな?」

 「そ、そっか……」


 自分で会話を振っといてこの返し……さすが背景。


 (こういう時に俺がイケメンキャラとかだったら会話に弾みがつくような相槌ができるんだろうけど……なんで俺ってそういうキャラで生まれてこなかったんだろ)


 どうしようもないことを考えてすこぶる後悔。ほんとにどうしようもないんだけど、でも仕方ないよね。だって……。


 (……俺が主人公キャラだったら、南野さんのいじめだって防げたはずなのに)


 自分の非力さに絶望。それを見た南野さんが俺に声をかけてくる。


 「な、なに暗くなってんの池田くん! た、楽しく行こうよ! ほらっ! 行くよ!」

 「う、うん……」

 

 辛いのは南野さんの方なのに……こんな時でさえ俺は南野さんにリードされるのか。せめて横に並び立てなきゃいけないのに……俺、だっさ。




 CDやレコード、ゲームソフトコーナーに漫画、ライトノベル、さらには自己啓発本から参考書まで。ブックオンのありとあらゆる魅力たっぷりのコーナーをスルーしながら南野さんに連れられてたどり着いたのは、古着コーナーだった。


 「ぶ、ブックオンなのに古着なんて売ってるんだ……」

 「そうなんだよ。みんな知らないから意外と穴場なんだよここ」


 言って、南野さんは嬉しそうにさっそく服を物色し始める。


 ざっと見た感じではあるけど、コートやTシャツ、スニーカーからスカート、さらにはブランド品まで、ブックオンとは思えない品揃えだった。「本を売るならブックオン〜♪」とか言ってるのにまさかこんなにアパレル関連の品揃えが多いとは……。

 

 「た、確かに穴場だ……」 

 「でしょ? 本当はもっとちゃんとしたお店で洋服とか買いたいんだけどお金がなくってね。だから高校生からしたら古着ってものすごく助かるんだよ」

 「へ、へぇー。そ、そうなんだ」

 「ちなみに池田くんっておしゃれとか興味ないの?」

 「あ、いや、俺はおしゃれとかそういうのには疎いというか疎まれたというか……」


 俺も去年高校デビューしようと頑張ってみたんだけど、店員さんにも笑われるし家族にも馬鹿にされるし、それでも気合いで街に出かけてみたけど「うわーっ! あいつなんかしゃしゃってるーっ!」とか小学生に後ろ指を指されるし。あれはトラウマだったな。


 「な、なんかごめん……」

 「いや⁈ 別に謝らなくていいんだよ⁈」

 

 むしろ謝られるともっと惨めな思いをするというかなんというか……。

 なんかしんみりした空気になったので、話を変える。


 「で、でも、俺もよくブックオンで中古のラノベとか買ってるから、少ないお金で何か楽しもうとするのはよくわかるよ」

 

 110円コーナーに置いてあるラノベに月2〜3回配信される100円引きクーポンを使えば、10円でラノベを買うことだってできるしね。

 

 「ラノベ……?」

 

 南野さんはキョトンと首を傾げる。


 「え、南野さんラノベ知らないの?」

 「う、うん……」


 幼い子供のようにあざとくコクリと頷く。


 少しばかり衝撃を受けたけど、まぁでも主人公キャラでラノベ読む人なんてそう多くないもんな。そもそも主人公キャラって友達とキャピキャピしてキャッキャウフフするから読んでいる時間なんてないだろうし。


 「か、簡単に言うとアニメ調で描かれたキャラの挿絵が入った小説のことだよ。なんというか、漫画に近い小説かな? 結構アニメ化もされてるし。ジャンルも幅広くて読みやすいと思うよ」

 「へぇ……そんなのがあるんだ」


 ジーッと洋服と睨めっこしながら、南野さんは興味ありげな反応をする。


 「ちなみに池田くんはどんなもの読んでるの?」

 「え、あ、俺……?」

 「うん。俺」


 お、俺かぁ……。


 「お、俺はまぁ満遍なく手を出しているつもりだけど、でも読んでいることが多いのは王道の戦闘系とラブコメかな? 実際業界内でその2つが人気あると思うし」


 というか、発行部数ランキングとかネットでみるとほとんどがその2つで占められているんだよね。まぁラノベの醍醐味の非現実的な世界観を味わいやすいのがこれだからね。


 「そうなんだ。ちなみにおすすめは?」

 「お、おすすめ……」


 言われて、俺は考える。綺麗事に全部って言いたいんだけど、まぁその中から選りすぐるとするなら……。


 「せ、戦闘系で言うなら『断罪のエレメント』とか『ヴァルキリーフラッグ』とかかな。ラブコメは『攻撃力の殴り合いみたいなラブコメ』とか『いとこなら法律的にセーフだから結婚してもいいよね?』とかがおすすめだね」


 ちなみに今言ったラノベは比較的最近のものだから買い揃えるのにはなかなかお金がかかるんだよ。ブックオンでも1冊400円くらいするし。でも値段以上に面白い。

 

 「どれも今年にアニメ放映される予定のラノベだから読みやすいとおも──」

 「え、いや待って待って!」


 すこぶる驚いた様子で、南野さん。


 「前半の戦闘系はわかるけど、後半のラブコメのタイトルおかしくない⁈ 文章じゃん! なんで⁈ おかしくない⁈」

 

 南野さんには長文タイトルが異質に聞こえたみたいだ。まぁそれは俺もおかしいと思ってるけども。俺も長文のタイトルは好きじゃないし。


 「昔は基本的に出版社の新人賞を勝ち抜く必要があったからタイトルは至って普通だったんだけど、最近だと無料の小説投稿サイトで評価を高めれば書籍化の声が掛かることも多くてね。で、そのサイトで自分の小説を見てもらうようにするにはタイトルで読者の気を引くのが重要になっていて。だから最近は長文のタイトルのラノベが増えてきているんじゃないかな?」

 「そ、そーゆーこと?」

 

 言われて、納得した様子の南野さん。

 

 「うん。特に小説家デビューを目指している人はそうだと思うよ」


 なにせラノベ作家としてデビューすることができる人なんてとんでもなく少ないからね。タイトル1つで確率が上がるならみんなやると思う。


 「……てことは随分ゲスな業界なんだ。そのラノベっていう業界は」

 「げ、ゲスではないと思うけど……」


 違う方向で納得していたのか……。

 いやまぁ実際にラノベ業界に勤めていないから断定できないけどもね? うん。でも少なくともゲスくあってほしくはないよね。


 「でもそっかー。ラノベかー。……うん! 今度時間があったら買ってみるよ! その『なんたらかんたら』っていう長ったらしいタイトルのラノベ!」


 絶対買う気ないでしょ……。仮定法だよねそれ。その証拠に南野さんはすぐに話題を変えた。


 「ところで池田くん。これ、大人っぽくて良くない?」


 言って、南野さんは発掘したパールホワイトのダッフルコートを見せてきた。膝下まで丈があり、余計な装飾が全くなく、まさしく大人って感じだ。


 「う、うん。いいと思う。お、お似合いだと思うよ」


 正直南野さんは何を着たって似合うと思うけど。


 「だよね! じゃあ試着してくるからちょっと待ってて!」

 「う、うん」




 ……こんな調子で、俺はしばらく南野さんと古着コーナーを回ることになった。




 ♢




 「うん! 楽しかった! 欲しかった洋服も買えたし満足満足!」

 

 買ったばかりのダッフルコートを上から羽織り、南野さんは満足げな様子だ。その容姿はコートによってバフがかかり、周りに光るエフェクトでもあるのかってくらいに輝いて見える。

 

 「そ、それならよかった……」


 背景キャラとしてみっちり南野さんに付き添った俺はその言葉を聞いて、ものすごい安堵感に包まれた。主人公キャラが輝くことがいわば背景キャラの幸せみたいなもので、無事に立ち回ることができたのはなにより嬉しかった。少しは南野さんの力になれたようで良かった。

 

 と、南野さんがチラッと腕時計を見て、ポツリと呟く。


 「あれ、もうこんな時間なんだ……」


 言われて、自分のスマホで時間を見る。


 「ほ、ほんとだ……」

 

 画面に表示された時間は午後7時ちょうど。ブックオンに入ったのは午後5時だったから……2時間もあそこにいたのか。見ればすっかり陽も沈んでいた。

 


 …………。



 不意に訪れる沈黙。駅前の人通りの喧騒とは切り離された全く対照な沈黙が、南野さんとの間に生まれる。


 ……でも、気まずい沈黙じゃない。これは別れを惜しむ沈黙。楽しい時間を過ごした2人に絶対に訪れる、別れを惜しむ沈黙だ。最近やったPCの恋愛ゲームでも似たような場面を見たことがある。バーチャルだと別れ際にキャッキャウフフな展開が起こったけど、リアルでは絶対に無いな……。


 少しの静寂の後、俺は口を開く。


 「も、もうすっかり暗いから、か、帰ろうか。み、南野さんは何線?」

 「わ、私は大宮が最寄りだけど……」

 「そ、そっか。じゃ、じゃあ俺、京浜東北で帰るから」

 「……うん」


 南野さんが悲しげにコクリと頷く。


 「そ、それじゃあまた明日」


 それだけ言って、俺は駅へと向かって歩く──


 「池田くん」


 南野さんが俺の名前を呼ぶ。



 ……刹那。


 「──っ⁈」


 振り向きざまの俺の胸に、南野さんが飛び込んできた。


 「み、南野さん⁈」

 「……ごめん……! ……ごめん……!」


 謝りながら、南野さんは俺の胸で泣きじゃくりはじめた。

 突然の出来事でバーチャルだのリアルだのとかいうどうでも良い思考は吹き飛んで頭の中は真っ白。身体も硬直したけど、俺は声を振り絞る。


 「ど、どうした……の?」


 すると泣きじゃくりながら、南野さん。


 「……私……やっぱり辛いよ……! 毎日毎日……いじめられるの……!」


 訥々と震え上がった声で、南野さんは言葉を紡ぐ。


 「……私が人殺しの娘なのはわかってる……。けど……私……もう辛いよ……! ……怖いよ……!」


 涙とともに溢れ出る南野さんの胸の内。それは非常に生々しく、悲痛であった。その言葉は俺の胸に真っ直ぐ突き刺さり、同時にフリーズ気味の思考回路を復旧させた。

 

 (……そうか。そうだよな。やっぱり怖かったんだよな南野さん)

 

 あんだけいじめられても平然な顔してたけど、その奥ではものすごい恐怖を抱えていたんだ。

 突き刺さった言葉を受けてそんな当たり前のことに気づき、俺は自分の無力さにムカついた。


 (……何やってんだよ俺。背景キャラだからとか力がないとか言い訳つけて。もっとやりようがあったはずなのに、逃げて、逃げて、そして逃げて。馬鹿なのか俺。いや、俺は馬鹿だ。大馬鹿者だ)


 「……俺こそごめん南野さん。今まで自分は背景キャラだって言い訳して。逃げて。黙って。南野さんがいじめられているのを止められなくて……ごめん……」

 「い、池田くんが謝ることはないよ! 池田くん……みんなと違って……何度も……止めようとしてくれて……」

 「だけど俺は止められなかった。結果的に南野さんを苦しめたんだ。なんて俺は最低なやつだ……」

 「そんなことないよ! それだけでどれだけ……どれだけ救われたことか……!」

 

 嗚咽しながら南野さんは俺の胸で泣き続けた。

 今まで涙なんて見せたことがなかった南野さん。スポンジの如く、その涙は俺の学ランへと吸い込まれていく。

 

 

 そしてそのまま5分が過ぎ、南野さんは落ち着くと、俺の胸から顔を離し、けれどもしがみついたまま口を開いた。



 「わがままなのはわかってる……だけど池田くん……私の頼み事、聞いてくれないかな……?」

 「……うん」

 

 言うと、南野さんは顔をそのまま。俺の胸に覆い隠しながら言った。


 

 「……私を……助けて……!」


 

 南野さんのSOSに、俺は不安に襲われる。


 ──その頼み事に、俺は答えることができないかもしれない。


 ──確証がないのに、迂闊に返事するのは間違っているかもしれない。


 ──そもそもいじめを止める方法なんて、無いのかもしれない。



 でも、もう自分に言い訳したくない。背景キャラだからって逃げたくはない。


 

 俺は固く決意して、落ち着いた声で答えた。


 

 「わかった。南野さんを絶対に助けてみせるよ」




 ♢




 そう決意して2週間後の金曜日の6限。とうとう俺は南野さんのいじめを食い止める日を迎えた。

 

 本当は今すぐにでも止めてやりたかったけど、無策で突っ込んでいくほど俺は馬鹿じゃない。いや、馬鹿だけど馬鹿なりに頭を使った。

 

 いじめっ子の張本人たちに『止めろよ』と言ってもほぼ無意味なのは知っているし、先生にただチクったって信用してもらえるはずがない。先生だってまさか南野さんがいじめられているなんて思ってもみないことだろうし、なんてったってあの4人組は今日までの1ヶ月半、学校に気づかれないようにいじめを続けてきたんだ。 

 

 それに、仮に南野さんへのいじめが認められて奴らが自分達の非を認めたって、奴らが心の底から反省をしない限りは真のいじめ撲滅にはならない。雑草を根元から取り除いてやらないと再び生えてくるように、奴らの心を根こそぎ反省させないと、きっとまたいじめの被害者が出てくる。


 そして俺の見解では、奴らは多分、ただ学校に指導されても反省しないと思う。むしろ学校の指導はいじめをエスカレートさせるカンフル剤にしかならないと思っている。



 だから俺は入念な準備のもと、好機を伺い、緻密な作戦を練った。失敗した時の代案だって奥の手だって用意した。

 

 

 ふぅぅぅ。


 俺は頭の中でもう1度作戦を整理する。

 

 ……。


 …………。


 ………………。


 (なんでだろう。不思議と負ける気がしない。背景キャラなのに主人公キャラを倒せる気がする)


 そう思ったと同時に、勝負の始まりを知らせる鐘の音が鳴り響いた。




 ♢




 俺が今日この日を決行日と決めたのには理由があった。


 「は、はいそれじゃあみなさん。きょ、今日はディベートの時間ですので席を動かしてください」


 先生のおどおどした声で、クラスのみんなは席を二手に分かれるように移動した。


 

 ……そう。今日のこの時間は討論の時間なのだ。

 

 俺の学校では学期ごとに1回、生徒に『自分の意見を主張する力』を育むための一環としてこの時間が設けられている。近年その力が若者から失われていることを危惧した校長の発案で去年から始まったらしい。

 やることはごくごく普通の討論会と同じで、与えられたテーマに対して肯定か否定か、自分の思った意見側についてディベートしていく。

 

 そしてこのディベート、実は事前に先生に頼んでおけば自分達でテーマを決めることもできる。これも『自分の意見を主張する力』を育むための一環らしいけど、俺にとっては好都合でしかなかった。


 

 唯一の懸念は俺以外にもテーマを申請している生徒がいるかどうかだけど、それは多分大丈夫。1学期の時の先生の話によると今まで討論のテーマを考えてきた生徒はいないらしい。そこまでの心配はいらない。

 


 ……案の定、俺のテーマは採用された。


 「こ、今回のテーマなんですけど、い、池田くんからの提案で決まりました」


 先生の言葉を聞いてとりあえずひと安心。周りから鋭い目線が惜しげもなく突き刺されるけど、そんなことは今の俺にはどうでもいい。今は南野さんのいじめを止めることだけに専念すればいい。

 

 肝心の南野さんは驚いた顔でこっちを見てきたけど、俺が目で「大丈夫。俺に任せて」と言ったら、多分「じゃ、じゃあ任せるよ」と言ってきたので多分大丈夫だ。うん。多分。



 そして俺が提案したテーマとは──



 「きょ、今日のテーマは、ず、ズバリ、『いじめはアリかナシか』です」



 ──そう。ズバリそのまんまである。

 

 なぜこんな議題にしたのか。その理由は単純で、否が応でも生徒自身がいじめについて考えることになるからだ。


 ネットで調べたところによると、そもそもいじめっ子というのは人をいじめている際に『人をいじめている』という感覚にないらしい。となればみんなに無理矢理にでもいじめについて考えさせ、自分の行動に気づかせることは論理的に見て最大の効果が狙える。


 

 ……まぁ、俺の狙いはそこじゃないんだけど。


 

 「そ、それじゃあ、じ、自分の意見をもとに、こ、肯定派は廊下側、ひ、否定派は窓際に分かれてください」

 

 先生がそう言うと、生徒は考えるまでもなく立ち上がり、一方のサイドへと流れ込んでいく。

 

 「いじめはナシに決まってんだろ。否定派だ否定派」

 「だよね! 肯定とかいう奴神経おかしいよね!」


 (こいつら適当なこと言いやがって……!)


 あの4人組が口々に言ったその言葉に、俺は激しい憤りを感じた。南野さんのこといじめておいてよくもそんなこと……!


 (……だめだ俺。落ち着け。落ち着くんだ)


 俺は自分を落ち着かせるため、深呼吸をする。正直殴り飛ばしたくもなったけど、ぎりぎり保たれた理性でなんとか耐えた。


 そしてすぐに俺以外の生徒が移動を終えた。移動した俺以外の全員は当然『いじめ否定派』に陣取っていた。

 

 もってして、俺も移動を開始した。



 ……みんなとは逆側。『いじめ肯定派』へと。


 


 ……実はこの状況が狙いだった。

 

 よく考えなくてもわかると思うけど、そもそもいじめはアリかナシか。そんな議題で全員に自分の意見を選択できる機会があったら、普通は『否定派』に流れようとすると思う。どんな人間であれ『いじめはいけないこと』だという共通認識が幼い頃から叩き込まれているから。

 つまり、対抗意見を持つ者が出そうにないこのテーマでは、根本的にディベートそのものが成立しないんだ。

 

 現に俺がこのテーマを持っていった時に、先生からはその点が指摘された。いじめはそもそも悪いことだから成立は難しいって。

 

 だから、俺はこれに1つ条件を加えたんだ。

 

 「先生。お、俺、『イジメ肯定派』としてディベートします。も、もちろんいじめはダメなことってわかってますけど……でもやらせてください」


 俺は先生に深く頭を下げ、頼み込んだ。

 そこまでしてでも、俺はこの状況が必要だった。この状況こそが、南野さんを救うのに必要だった。

 

 その行動が実を結んだか、先生は承諾してくれた。


 

 

 俺が『いじめ肯定派』の席に着くと、教室中がざわめき、再び尖った視線が俺に向けられた。その視線はさっきの変人を見るようなものではなく、人を攻撃するようなものだった。

 

 (うげっ。こんなに鋭い視線が飛んでくるのか……)


 初めての体験に思わず俺は怯む。が、ビビっている場合じゃないと自分を奮い立たせる。

 (南野さんが今まで受けてきたものと比べれば大したことないだろ。頑張れ俺!)




 頑張ることにした俺は次なる布石を打つ。


 「そ、それでは分かれましたね。で、では早速ですけど──」

 「ちょ、ちょっと待ってもらってもいいですか先生」

 「な、なんですか? 池田くん」

 

 ディベートを始めようとする先生を俺が制止する。三度俺に鋭い視線が浴びせられるが、ちょっと耐性がついたのか大丈夫になってきた。成長を肌で実感。気にせずに先生に問う。

 

 「じ、自分で言っておきながらなんですけど、さすがに1人で39人の相手をするのはしんどいです。悪いんですけど1人だけ。1人だけでいいのでこっち側に来てもらってもいいですかね?」

 

 中学3年間演劇部補欠の演技力を駆使して「きっついです!」感を演じる。

 その甲斐もあってか、言われて先生は少し思考する。


 「さ、さすがにそれじゃあ池田くんがかわいそう、ですね……。うん。そうですね。そ、そうしましょう」


 なんとか俺の意見が通った。先生が否定派の生徒に問いかける。


 「も、申し訳ないんですけど、否定派の方でどなたか、こ、肯定派に移動してもらってもいいですか?」

 「…………」


 その先生の提案に肯定派の生徒たちは黙り込んだ。


 

 当然だと思う。たかがディベートとはいえ、今や教室中から鋭い視線を浴びせられている奴の味方をしようとする人間は出てくるはずがない。わざわざ沈没船に単身で乗り込む物好きな人は、このクラスにはいない。


 となれば起こる現象はただ1つ。



 ……数秒の沈黙をあけて、4人組のリーダー格・成田さんが小さく呟く。


 「美波。あんた邪魔だからあっち行って」


 それに連鎖するように残りの3人も南野さんを名指す。


 「そうだよ。南野さんが行きなよ」

 「あいつの隣でしょ? 行けよさっさと」

 「こっちにいたって邪魔だから。ほら早く」


 (ガンッ!)

 

 

 机にぶつかりながら4人に押し出されるようにして、南野さんは教室の中心に押し出された。

 

 「み、南野さんごめんね? も、申し訳ないけど、い、池田くんサイドでお願いできる?」


 先生が申し訳なさそうに言うと、南野さんはコクリと小さく頷き、静かな足取りでこっちサイドに来た。

 そして俺の隣の席に腰掛ける。


 「ご、ごめんね南野さん。辛いことさせちゃって」

 「き、気にしなくていいよ。きっと意図あってのことでしょ?」

 「え、あ……まぁ。よ、よくわかったね……」

 「だって池田くん、進んで人を傷つけるようなことしない人でしょ? 大丈夫。信じてる」


 南野さんは自然な笑顔で俺に微笑む。

 

 ……信じてもらったからには、確実に止めないとな。


 

 

 ♢




 程なくして、先生の掛け声と共にディベートが開始された。

 

 そもそもディベートに勝敗なんて概念が存在するかは俺にはわからないけど、もしこのディベートに勝ち負けが存在するとしたら、ほとんどの人が『いじめ否定派』の勝利を予想すると思う。

 

 だってそもそも議論の余地がないからね。いじめという存在自体が人類共通の『絶対悪』だというのは自明だし。

 


 ……だけど、俺にはこのディベートで負けるビジョンが浮かばなかった。


 それは、自惚れとか過信じゃなくて、もっとこう、確信的なものだった。

 

 ……だから。

 

 「んじゃあ君たちに聞くけど、なんでいじめを肯定するわけ? 正直私たちには意味わからないんだけど」

 「いじめの何が楽しいの? いじめて何になるわけ?」

 「南野さんはまだしも池田は意味がわからない」

 「それな! 池田なんでいじめ肯定してんの? 馬鹿なの?」

 「うーわマジでキモい。ちょーあり得ないんだけど」

 「…………」


 開口一番にごもっともな意見の集中砲火に晒されたとしても、俺は冷静さと沈黙を保つことができた。相手の心を抉り取るような、懐への致命的な1発を入れるための冷静さと沈黙を。



 沈黙を決め込んでいると、4人組のリーダー格・成田さんが口を開く。

 

 「ねぇ黙ってないで反論したらどうなんですかねー。おふたかたさんよー」

 「…………」


 ここでも俺は沈黙をキメにかかる。その様子を見て不安になった南野さんは俺を心配する。

 

 「だ、大丈夫? 池田くん。わ、私が反論しよっか?」

 「いや。大丈夫だよ。俺に考えがあるから任せて」


 心配されたので耳打ちで南野さんを安心させる。大丈夫。だってこれが狙いだから。


 「チッ……クソが。いちゃつくなよ気持ち悪い。早よなんとか言えよおい」


 その様子を見た成田さんは舌打ちと共に青筋を立てた。成田さんだけでなく、『いじめ否定派』のほとんどの人が俺にフラストレーションを溜めているようだ。


 (……そろそろかな)

 

 その様子を見た俺は、ようやく反論に出る。

 

 「確かに前提としていじめはいけない事だし、やってもいけない事だけどさ。でもじゃあ聞くけど、」

 

 俺は大きく深呼吸する。

 

 「今俺が黙っていた数十秒間の間に君たちは果たして何回俺に暴言を吐いたのかな」


 『………………』


 俺が問うと、否定派はすっかり黙ってしまった。カウンターをモロに喰らった格好だ。

 

 「ほらね? すぐに否定しないってことはみんな俺に暴言を吐いたってことだよね?」

 「い、いやいや吐いてねーし! てかディベートなんだから相手側の意見を否定するのは当然でしょ?」

 「否定するのと相手に暴言を吐くのは違うと思うけど、そこはどう思ってるの?」

 「だから吐いてねーし! 言いがかりにも程があるだろ!」


 俺の問いかけに対する成田さんの答えは、暴言など言っていないの1点張り。


 (……思いっきり吐いてたと思うんだけどなぁ)


 具体的には「クソが」とか「気持ち悪い」だとか。にしてもクソはないでしょ! 汚物じゃないんだぞ俺は!


 心の中でツッコミを入れつつ、よし。一旦矛先を変えよう。頑固さんの相手は面倒臭いからね。


 「そうかそうか。んまぁ、じゃあ成田さんは善良な人間だから吐いてないとして、後ろの人たちはどうなのかな? 正直に俺に暴言を吐いた人、別に恨んだりしないから手を上げてみてよ」

 

 「将を射んと欲すればまず馬を射よ」理論で、俺は後ろの沈黙を維持していた生徒に問いただす。


 すると意外にも半数近くが手を挙げた。てっきり5人くらいしか挙げてくれないものだと思ってたけど。

 

 「……ねっ? やっぱりそうじゃん。ってことはつまり今、君たちの半数はディベートとはいえ少数派の人間を寄ってたかって酷いことを言ったことになるね。これって普通に考えたらいじめだよね? いじめを否定してる当の本人たちがいじめなんて酷い話じゃないか」

 

 否定派の図星を突くような言葉で、相手側の半分を瞬殺。続けて俺のターン。


 「それにさ。いじめ否定派の、特にそこの4人。成田さんと中田さん、それから栗田くんに織茂くん。君たちはそっち側にいちゃいけない人間だと思うんだけど」

 『……はい?』

 

 4人揃って「何言ってんのこいつ」の反応をする。褒められたものじゃ無いけどこの4人、息だけはピッタリだよね。特に南野さんいじめる時とか。もうそれはティキタカって感じで凄かったもん。


 ……でも、君たちの化けの皮、剥がさせてもらうよ。


 「何シラを切ってるのさ。だって君たち──」


 言って、俺は一呼吸置く。


 「──ここ1ヶ月半の間、ずーっと南野さんのこといじめてたじゃん」


 「「……えっ?」」


 俺の唐突の発言に、静寂を保っていた先生といじめを知らなかったクラスの生徒が思わず声を漏らす。その余韻を残して、クラスから音という音が消え去った。

 先生といじめを知らない生徒には知られざる真実を、いじめを知っていて尚黙認していた生徒には衝撃の一言を、いじめっ子張本人たちには俺が反逆の狼煙をあげたことを知らせる告発だった。



 静寂を破ったのは先生だった。


 「……ど、どういうことですか? 池田くん」


 先生は動揺を隠しきれていなかったが、俺はそのまま説明する。


 「そのまんまです。先生の目の届かないところで南野さんはそこの4人組にいじめられていました」


 続けて俺はいじめの具体的内容を説明していく。


 「いじめが始まったのは先月の上旬からです。先生もご存知かと思いますが、11月初めに南野さんのお父さんが死亡事故を起こして捕まって。そこから南野さんへのいじめが始まりました。最初は『人殺しの娘』だのなんだので陰口から。最近では机の中が荒らされていたり物を隠されたり。クラスでも中心人物の南野さんがと、信じられないと思いますが、全て本当のことです」

 「…………」


 聞いて、先生は驚きを超えて無になる。

 

 ……そりゃ無理もないと思う。クラスで最も信頼されていて、誰にでも分け隔てなく優しく接し、このクラスの主人公でもある南野さんが生徒が自分の知らないところでいじめられてたと知れば、言葉を失わない方がおかしい。

 

 あるいは、自分が1ヶ月半の間何もできなかったことを知って自分の非力さに絶望しているのかも知れない。

 

 教師たるもの、生徒に寄り添って然るべき存在である。生徒が正しいことをすれば褒め称え、間違ったことをすれば愛を持って叱る。それができなかった教師というものは当然のように『教師失格』の烙印が押されてしまうものなんだ。


 ……でも仕方ないよこれは。こいつらの手口、かなり巧妙だったから。


 その証拠に。


 「そんなわけないじゃないですか先生。私たちがいじめなんて。池田がちょっととち狂っただけですよ」

 「そうですよ先生。こいつの言いがかりです。むしろこれこそいじめでしょ」

 「私たちがいじめ? あり得ない」

 「戯言言ってねぇで池田。そんなこと言うなら証拠出せよ証拠」


 この自信のありようである。「証拠出せよ証拠!」とか言っていること自体が証拠だと思うんだけどね。



 ……でもその手は対策済みだよ。君たちのタチの悪さと狡猾さは身に染みて理解したつもりだから。



 俺は無言でスッと立ち上がり、成田さんの席の前に行く。


 「ちょっと失礼」

 「ちょ、何してんの⁈ キモいんだけどコイツ! 死ねよ!」

 「ごめん。死ねない。キモいのは認めるから少し静かにして」


 成田さんの抉るような暴言を軽くあしらい、俺は成田さんの机の裏に固定しておいたスマートフォンを取り外す。画面に映っていた録画ボタンを押し、動画撮影を終了した。

 

 「えーっと……うわっ、収録時間4時間27分か。これはイカつい……。ストレージギリギリだぞ。終わったらあとで消しとかないとだな」


 充電も残り20パーセントだし。帰りはラノベで耐え凌ぐしか無いな。


 俺がボソッと呟くと、成田さんが剣呑な雰囲気で棘を刺す。


 「何よそれ」

 「え、これ? 見ての通り俺のスマホだけど」

 「は? 別にそういうことを言ってるんじゃないんだけど。あんたバカなの?」

 「残念。俺は馬鹿者じゃなくて大馬鹿者だよ」

 

 成田さんの切れ味鋭いナイフのような口撃をスルーして。


 「さて、じゃあ証拠を出せと言われたもんだから証拠を出すけど、このスマホの録音データ。俺がさっき『誰か1人こっちに来てほしい』って頼んだ時、南野さんが押し出されるようにしてこっちに来たでしょ? その時君たち、しれっと南野さんに酷いこと言ってたよね」


 言いながら俺は携帯をぬるぬる操作する。


 「……おっ。あったあった。それじゃあ流すね」


 スマホの音量を最大にして、俺は再生ボタンを押した。




 ーーーーーーーーーー



 『……さすがにそれじゃあ池田くんがかわいそうか。うん。そうですね。そうしましょう。申し訳ないんですけどナシ派の方でどなたかアリ派に移動してもらってもいいですか?』



 ………………。



 『美波。あんた邪魔だからあっち行って』

 『そうだよ。南野がいけよ』

 『あいつの隣だろ? 行けよさっさと』

 『こっちにいたって邪魔だから。ほら早く』


 (ガンッ!)



 ーーーーーーーーーー




 そこにはしっかりと成田さんをはじめ、いじめっ子4人組による陰湿な暴言が録音されていた。


 「……ねっ? 聞こえたでしょ?」

 

 はっきりと残っている音声データ。そこには確かに南野さんに心無い言葉を浴びせる4人の声が存在した。




 ……実はこれがさっき打った布石の真の狙いだ。


  一般的にディベートは少数派よりも多数派の方が一般的には有利であることの方が多い。そもそも多数派になる要因こそがそのディベートに対する答えとなり得る可能性が高いことにあるし、逆を言えば少数派というのはエキセントリックなことを主張することになるから。

 

 だから確かに俺は、『いじめ肯定派』に1人欲しいと言った。


 だけど、実際に1人来たところで圧倒的少数には変わりない。どんなに優れている人間だとしても1人の力はたかが知れてるし、そもそも事前にテーマさえ知っていれば、少数派だとしたって多数派の意見を覆すことだって可能だ。


 だから俺がもう1人を求めたのは味方を増やすためではない。南野さんが半強制的に追い出されるこの状況を意図的に生み出し、それを証拠として相手に見せつけ、いじめの証拠として突きつけることこそが、俺の狙いだった。




 ……で、実際突きつけてあの4人にダメージを与えられればよかったんだけど。


 「だから?」


 成田さんが不機嫌そうに反論してきた。


 「ちょ、ちょっと成──」

 「だから何? 邪魔だからどいてって言っただけなんだけど私。物理的に邪魔なものを邪魔って言って何が悪いの?」


 先生が会話を遮断しようとしたが、気の弱い先生は成田さんに押されて黙り込む。成田さんにはダメージどころかバフが掛かったかのように不快感が強まる。

 

 ”邪魔”の意味に違和感を感じた俺はすかさずツッコむ。

 

 「邪魔って、それは物理的じゃなくて精──」

 「そうだろ池田。邪魔だからどけっつったら南野が勝手にそっちに行っただけ。お前の勝手な解釈でいじめと断定するのは冤罪も甚だしい」

 ──神的な意味が多く含まれてるんじゃないかな──って言おうとしたら、成田さんの隣にいた中田さんに力でねじ伏せられた。俺がツッコんでいる最中なのに! 俺の話を聞けっての!


 ……とも思ったけど、中田さんの指摘はこれまた鋭い。


 「確かにそれは中田さんの言う通りだね。俺が勝手な憶測でモノを言うのは間違っている」


 中田さんの言っていることは正鵠せいこくを射ている。憶測の情報なんて信用に値しないし、憶測でなかったとしても俺にその可能性がある以上は言い返す事自体が不毛だ。南野さんがどう解釈したかなんて憶測の域に過ぎないから、俺からは言い返せない。


 ……でも。


 「でも、自分が発した言葉の意味って、言葉を受け取る『相手側』が決定するよね? だとしたら君たちだって南野さんに吐いた言葉の意味を憶測しているし、物理的に邪魔っていう意味を押し付けるのは間違っているし、そもそもこの際重要視されるべきは『南野さんがどう感じたか』じゃないかな?」

 「「…………」」


 俺の完璧な返しに対して、2人は黙り込んでしまった。図星、っていう感じの表情で、少なくとも苦しくなくはない表情だ。


 2人をよそに、俺は南野さんに声をかける。


 「で、南野さん。どう感じたのかな? 今の暴言もそうだけど、今までそういった心ない言葉ばっかり浴びてきて」


 横を見ると、肩をわなわなと震わせながら俯く南野さん。自分の本心を言っていいのか、言ったらさらにいじめが悪化するのではないか、そんな恐怖に怯えているようにも見えた。

 俺は人の心を読める超能力者ではないけれど、優しく耳打ちする。


 「大丈夫。落ち着いて。南野さんのこと救うって、俺、約束したでしょ?」


 言われて、ハッとした南野さんは俺を見る。俺が軽く頷くと、南野さんの目からゆっくりと涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 

 そして再び俯くと、しゃくり上げるような声と共に、南野さん。


 「……つら……かった……! ……今回……だけじゃなくて……今まで……1ヶ月半……ずっと……!」


 訥々と語られる南野さんの胸中。その悲痛な胸の内を聞いて、少しずつクラスに南野さんを擁護する雰囲気が生まれる。


 周りの空気を背に受けて、俺は攻勢を強める。


 「これが第2の証拠。涙ながらに南野さんがそう言ってるんだ。これを見て演技というならそれまでだけど、この涙に嘘はないと思うよ? そもそも南野さん、みんなの前で泣いたこと無いし。それともこの涙に嘘があるとでも?」


 クラスには南野さんの啜り泣く音が響き渡る。


 「……違う」

 

 ポツリと成田さんは呟いた。


 「……違う……違う……違う……違う違う違う違う違うっ! それだけじゃ私たちが美波をいじめた証拠にはならない! 確かにその音声データのことは認めざるを得ない! でもそれは一過性のもの! つまりこれはお前の詭弁! もっぱらおかしな話なのよ!」

 「そ、そうだぞ池田。私たちがさっき南野に邪魔といったことに対しては失敬だったが、いじめとは継続性のあるものでなければいじめではない」


 成田さん、中田さんと抗議の声を上げると、栗田くんと織茂くんも続けて、口を揃えて抗議する。その鋭い視線は俺たち2人に注がれる。


 (……マジか……ここまでいい感じに告発しても、まだ反省の色が見えないなんて……)


 確かに4人の指摘することは間違いじゃないんだけど、正直この4人にはうんざりした。今俺が出した音声データや南野さんの涙がいじめの決定的な証拠では無いにしろ、南野さんに暴言を吐き、その言葉が南野さんを傷つけたという事実に対して全くの謝罪なし。その上まだ自分達がいじめを認めないって言うんだから。


 (やっぱりいじめっ子はどこまでいってもいじめっ子なのか……腐ってやがる)



 となれば俺に残された手札はただ1つ。


 あまり使いたくは無いし、うまく使わないと大惨事を招くし、第一これは誉められたやり方じゃ無いんだけど、もう吹っ切れた。腐った人間には臭い飯を食わせないと。


 「あまりこういう脅しは好きじゃ無いんだけど」


 言って、俺は4人の方へ向かってそれぞれ封筒を1つずつ叩きつける。


 「なんだ……これ?」

 「誰にも見られないように見たほうがいいよ?」


 俺はみんなに聞こえないように耳打ちする。俺なりの親切心だ。


 (……だってその中身、見られたらきっと君たちがいじめられるから)




 俺が4人に突きつけたのは、『学校内』で南野さんをいじめていた映像。その一部を静止画にして、俺は渡したのだ。


 最初から「バンッ!」って叩きつけた方が効率的なのは重々わかっていた。けれども、ディベートには流れがあり、いじめには空気がある。のっけから証拠叩きつけてもそれはディベートじゃないし、いじめの半分は集団の雰囲気で決まるようなところがある。みんなに考えてもらってこそ真のいじめの解決につながると思ったから、俺はあえて最初から叩きつけなかったんだ。


 それに、俺は圧倒的少数の状態でディベートで勝ってみたかった。背景キャラでも、圧倒的不利な状態でも、本気を出したら主人公キャラに勝てるのか。ちょっと試したくなってさ。


 ……ちなみになんで俺がこの画像を持っているのかって?


 ふっふっふ。舐めないでもらいたいね!


 いいかい? 背景キャラっていうのは自然とインターネットとかSNSとかに強くなる生き物なんだよ。友達も彼女もリアルにいなさすぎて「ネットは友達! 彼女は漫画の負けヒロイン!」とか平気でやっているのが背景キャラなの。そりゃ「ボールが友達!」とか「クラスのマドンナが彼女!」とか言いたいけどさ。リアルで言おうものなら気持ち悪がられるでしょ? リアルがダメならそりゃバーチャルで頑張るしかない訳ですよ。


 そんでもって俺は背景キャラ歴8年のベテラン。もはやインターネットの主人公キャラと言ってもいい頃合いの俺にかかれば、学校の防犯カメラにアクセスして証拠映像を手に入れるのなんてお茶の子さいさいなわけですよ。



 

 俺の想定通り、4人それぞれが封を切って中身を見ると、表情が一気に悪くなった。


 「お、お前……一体どこで……?」

 「さぁ? 自分達で考えたらどうかな?」

 

 戦慄している4人をスルーして、俺は脅しをかける。


 「じゃあそれぞれが確認したってことで改めて聞くけど、君たちには今、目の前に2つの選択肢があります。1つ。南野さんへのいじめを認めて金輪際、人間をいじめない選択肢。1つ。君たちに南野さんが受けた何万倍規模のいじめを体験してもらう選択肢。もうそれを見た以上はきっといじめを認めざるを得ないんじゃないと思うけど、どっちを選ぶ? ちなみに君たちに今渡したものは俺のパソコン上のクラウドにしっかり保存してあるから、変な抵抗はしないほうがいいよ?」

 

 

 ──かつてバビロン第一王朝が定めたというハンムラビ法典。そこには有名な一節がある。


 『目には目を。歯には歯を』

 

 目を失わせた者は、自分の目を失うことで罪を償い、歯を失わせた者は、歯を失うことで罪を償え、という意味の一説だ。


 俺は今、このハンムラビ法典と似たようなやり方を4人に持ちかけている。「君たちは南野さんをいじめた。だからもしいじめをやめないのであれば君たちに今見せた奥の手『証拠映像』をネットにばら撒き、社会的に君たちをいじめるぞ」と。


 全く褒められるようなやり方ではないことは重々承知している。なんてったって俺のやろうとしていることは脅しであり、社会という圧倒的多数の人数を先導して行う、紛れもない『いじめ』なのだから。


 でも、いじめを抑止力として働かせることでいじめが無くなるのであれば、それはそれで良いと思う。きっと立派な解決策の1つだ。きっとこれに懲りて反省してくれるだろう。



 ……そして。

 

 しばらくの静寂の後、4人はゆっくりと俺の問いかけに頷いた。頷きで答えるような問いかけではなかったけど、それがいじめを認めるというサインだということは、理解に容易かった。


 これで一件落着。俺は主導権を先生に渡す。何が起こっているのかよくわかっていない様子だったけど、まぁいいや。

 

 「じゃあ先生。4人とも南野さんのいじめを認めたようですし、ディベートは俺の勝ちっていうことで、とりあえずその4人の生徒指導をお願いします。きっと反省すると思うので」

 「は、はい……」


 言うと、先生はのっそりと席を立つ。


 「じゃ、じゃあ、4人は詳しく、お話をしましょう」


 言われるがままに4人は先生に連れられて教室から出て行った。先生含め5人ともに、表情を失っていた。


 

 見送って、俺は徐に椅子にもたれかかる。

 

 (お、思ったより疲れたな……)


 津波のように押し寄せてきた疲労を感じつつ、ボーッと天井を見る。視界がぼやけているのか、あるいは元からなのか。天井はモヤッと霧がかかったような、ハッキリとしない白だった。

 

 「お、おい。南野」


 と、横から何やら声が聞こえた。むっくと身体を起こすと、『いじめ否定派』の何人かが南野さんに声をかけていた。


 「な、なに……?」


 少し恐縮気味に、南野さん。横から彼らの表情を伺うと、何やら陰鬱な表情をしていた。


 ……何をするのか。俺はある程度想像がついた。


 「その……俺たちも悪かった。南野がいじめられているのに見て見ぬフリして」

 「私も。アイツらにいじめられるのが怖くて黙っててごめん」

 「ぼ、僕もいじめに気づけなくてごめん……」


 それぞれが深く、深く謝罪をして、南野さんに頭を下げた。自分達も黙っていじめを黙認してしまったこと。あるいはそれに気づけなかったこと。理由は様々だけど、それによって南野さんを傷つけてしまったことを、南野さんに謝っていた。教室に残っていたクラスメイトも続けて口々に反省の弁を述べる。

 

 その謝罪の全てを南野さんは快く受け止め、みんなに笑顔を振りまく。


 「い、いーよいーよ! もう終わったから気にしないで! そ、それより、こ、これからもよろしくね!」

 

 ハツラツと、南野さん。

 横から見たその笑顔には、雲ひとつ掛からない透き通った、けれども煌々とした笑顔。真夏の太陽の下、透明で美しい波を彷彿とさせるような、まさしく名前の通り『美波』の笑顔だった。

 

 クラスのみんなも南野さんの言葉にこくりと頷き、南野さんの周りには自ずと人が集まる。

 それを見て、俺は安堵のため息をついた。


 (まぁ、なんとか南野さんを救うことができたのかな……?)


 俺はクラスの背景キャラ。青春を謳歌せしリア充たちが描いていく思い出の『背景』を演じる背景キャラ。その俺がクラスの主人公たる南野さんを救うことができた。


 (背景キャラも、悪いもんじゃないな)

 

 「それに、池田」

 「ふぇふぁっ⁈」


 その達成感に1人酔いしれていると、クラスメイトの男子から声をかけられた。しかも欧米人。男子のクラスメイトにも外国人にも声をかけられるのなんて久しすぎて変な声が出ちゃったよ。


 「…………」

 「ど、どうした……?」

 

 話しかけられて返事したら黙り込むもんだから、俺は問い直す。

 すると一瞬の間を開けて、


 「……ぷっ、ぷわーはっはっはっ!」

 

 爆笑が返ってきた。同時にクラスのみんなも大爆笑。俺の返事、そんなに面白かったか?


 「な、なんだよその声! ひーっひっひっひっ!」

 「し、仕方ないだろ⁈ は、話しかけられないのが得意なんだから……」

 「なんだよその言い訳! 意味わかんねーっ! ぷぷぷっ!」

 「そ、そこまで笑わなくても……」

 「あはっ! わ、悪りぃ悪りぃ! ……ぷふっ!」


 全く悪く思ってなさそうにそいつは言う。名前も知らない欧米人に突然爆笑されるなんて正直ツッコミどころが満載だけど、話が進まないので笑いが収まってから俺は再び問い直す。

 

 「そ、それで、な、なに……?」

 

 すると生徒Aは改まって、


 「まぁその……なんだ。こう言うのは照れくさいんだけど、ありがとな」


 ペコリと俺にお礼を言った。何を言い出すかと思えば律儀にお礼とは。


 「い、いや別に君に感謝される謂れはないと思うんだけど」

 「なっ! んだよ池田ぁ! 素直じゃないなぁ! もっと素直になれよおい!」


 言うと、生徒Aは俺の首元に腕を回して「このこのぉ!」と頭をボサボサしてきた。鬱陶しいなこの人! 外国仕込みのコミュニケーションはレベルが高すぎるんだって俺には!


 助けを求めて俺は周りにやると、南野さんとバチコリ目が合う。


 「み、南野さん……た、助けて……!」

 

 ボソッと俺が呟く。と同時に俺はふと、ラノベのワンシーンがよぎる。


 (ほ、ほらっ! あれだよあれっ! ヒロインを助けたら後にヒロインに助けられる鶴の恩返し的なシチュエーション!)


 俺に至ってそんなラブコメはないかもしれないけど、走馬灯のようにその光景が頭によぎったということはきっと間違いない。


 (……み、南野さんわかってるよね? 恩を返すのは今だよ?)



 「池田くん」


 言って、南野さんは俺に満面の笑みを見せる。


 (そうっ! まさしくそうっ! その流れで早く助けるって──)

 「助けてくれてありがとう! これからもよろしくねっ!」

 「違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!」


 思わず俺は思いっきりツッコむ。クラスに再び爆笑の渦が巻き起こる。



 やっぱり俺にはそんなラブコメ展開は無かった。ラブコメの神様も頭がいいな。背景キャラの俺に一切微笑まないなんて。絶対に憎んでやる……。



 ……でも、南野さんのその一言で、どこか今までの行動が報われたような気がした。


 「ほらよっと! 池田って意外とおもれーのな!」

 「君たちが勝手に面白がってるだけでしょ……」


 生徒Aの拘束から解かれ、俺は再び天を仰ぐ。視線の先には白い天井。


 

 ──けれども、さっきのようなモヤッとした霧がなく、なぜか俺には鮮やかな青に見えた。

 閲覧ありがとうございました。よろしければ「☆☆☆☆☆」や感想を頂けると嬉しいです。


 (追記)

 エピローグ公開しました。続きが気になる方は読んでいただけると嬉しいです。


 6/24 誤字報告をいただき、修正させていただきました。報告してくれた方々、ありがとうございます。



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