聖女大作戦 結果2
「もちろん。きちんと避難誘導しました」
「相変わらず私の部下たちは頼もしいな」
「黒竜の件、俺何やら仲間外れにされていましたよね?」
こんな時でもダレルは笑顔を絶やさず、そして若干どころかだいぶ目が据わっている。さすがというかクレイドは彼のその視線を真正面から受けたまま平然としている。
「詳細は追って話す。奴とはまあ、なんだ。休戦協定を結んだ。今はリウハルド伯爵のほうが危うい」
「まあ、はっきりとこの国の王になるとか叫んじゃってましたしね。あれ、さすがにやばいっしょ」
ダレルがあきれ顔で嘆息する。うっかり話し込んでいるが、再び魔法が放たれた。バラバラと氷の粒が降ってくる。それは地面をみるみるうちに凍りつかせていく。触れた箇所から凍るという仕掛けらしい。
「殿下もアイカ殿も一緒に避難しますよ」
「私はここに残る」
クレイドとダレルが言い合いをはじめたところで、頭上からマールブレンが降りてくる。
顔半分がローブで隠されているため、どこか不気味に感じた。
「だめですよ。せっかくこの場に留まっていてくださるのですから、十分に役に立ってくださらなければ」
幼子に言い聞かせるような声音だった。優しく聞こえるがどこか得体の知れないねっとりとした気配を感じ、藍華は本能で一歩後ずさる。
「貴重な人的資源。さて、私の実験の始まりです」
男はローブの内側からいくつかの小瓶を取り出した。
「何を始める気だ?」
クレイドが眉をひそめた。
魔法使いマールブレンは唇で弧を書くように歪めて、小瓶のふたを魔法で開けゆっくりとさかさまに傾けた。
とろりとした黒い液体が流れ出し、そして――。
黒い霧が立ち込め、視界が闇に染まっていく。
「な、何これ……」
おどろおどろしい気配に、藍華は目をこぼれんばかりに見開いた。
結界の内側にいるため直接迫ってはこないが、墨のような黒い霧は寒気しか感じない。本能が告げるのだ。これに吞み込まれてはいけないと。
「魔瘴だ。どういうことだ……。あの男が魔瘴を作り出したというのか?」
「正解ですよ。第二王子殿。これは私の研究成果です。魔瘴を好きな時に、場所に発生させられるという画期的な代物です。これさえあれば戦いを有利に進めることも可能。需要は大いにあるでしょう」
くくく、とマールブレンがローブの下で不気味な笑みを浮かべた。
「外道め」
ダレルが舌打ちする。
「どうとでも。さあ、これからが面白くなる」
マールブレンが再び浮遊する。そうして彼はぱちんと指を鳴らした。
すると「結界が! 結界が消えたぞ!」というリウハルド伯爵の叫び声が聞こえてきた。
声の方向を凝視しても黒い霧が邪魔をして確認することはできない。けれども、伯爵の声が如実に状況を教えてくれる。
結界が払われ、彼は今魔瘴の中に放り込まれたも同然なのだ。
「おい! マールブレン! 結界が、結界が消えたぞ……どういうことだ⁉ うわぁぁぁ、こっちへ寄るな! 魔瘴め! うわぁぁぁ」
「なっ……」
驚きと叫び声。切羽詰まったそれはまさに命の危険が身に迫っているときに生まれる類のものだった。
「リウハルド伯爵を救助するぞ」
クレイドが指示し、まさに動き出そうとした瞬間に、雷が落ちた。結界が弾き飛ばす。
「おっと。邪魔は駄目です。これからいいものをお見せしましょう」
「あの人の属性魔法って水じゃないの?」
「おそらく雷の魔法を仕込んだ魔石を持っているんだろう」
藍華のひとり言にクレイドが返した。
クレイドが負けじと雷を上空に向かって打ち放つ。だが、視界不良のため的が定まらず手ごたえを感じられなかったらしい。彼にしては珍しく舌打ちが聞こえた。
「ぐぅ……うぁああ……あああ……」
そうこうしている間に、リウハルド伯爵の叫び声が聞こえてきた。
血の底から這うような、まがまがしいうめき声へと変化する。
「何が起こっているの?」
「まさか……魔瘴に取り込まれたのか?」
「殿下、まずいぞ。本気の本気でそのまさかかもしれない」
クレイドとダレルの顔がより一層緊迫する。すべての事象が初めての藍華はただ成り行きを見ていることしかできない。
霧が少しだけ薄くなった。だが、別の場所で黒い霧が固まり、大きくせり上がっていくのが見てとれた。
目を逸らせない。怖い。人だったものが異形へと変化していく。その様を、藍華の視界が捉える。
リウハルド伯爵だったものは、今や黒く爛れた魔物へと成り代わっていたのだ。




