↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でチョコレートを作ったら聖女になりました【書籍化】  作者: 高岡未来@4/9最愛姫発売


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/45

ずいぶんと遠くまで来ましたね

 黒竜が住み着いているという山のふもとへ到着したのはそれから二日後のことだった。畑と緑に囲まれたのどかな田舎、というのが藍華の第一印象だ。緑の中に小さな集落が点在する光景はおとぎ話に出てくる風景にも似ている。


 本当にこんな平和な場所に恐ろしい生物が住んでいるのだろうか。

 騎士たちが忙しなく動いている最中、藍華は手持ち無沙汰でぼんやりと村の背後に広がる山々を見上げた。


「聖女様、本当にこのような辺鄙な場所でお過ごしになるのですか? わたくしの持つ別荘でお待ちいただいた方が便利でございますよ」


 近寄ってきたのはリウハルド伯爵である。彼は視察と言い、討伐隊と一緒についてきた。そして最後まで藍華を自身の手元に置いておこうと勧誘する。


 藍華は若干頬を引きつらせつつ、やんわりと断る。


「わたしも討伐隊の一員ですので」

「討伐など、慣れた人間に任せればいいのですよ」


 その言葉はいささか傲慢ではないのだろうか。討伐隊を指揮するのはこの国の第二王子クレイドだ。彼らは危険な任務を引き受けてくれているのに。

 藍華の中に伯爵へのヘイトが溜まっていく。いや、すでにだいぶ積もっているのだが。


「いいえ。わたしもみんなのお手伝いをするためにこの地に来ましたので。それに討伐の様子をレポートにして提出するよう国王陛下に命じられていますので」

 藍華は言い切った。実際、そんなレポートを提出しろなどと言われてはいない。


「そうですか……。何かお困りのことがあれば私を頼ってくださいませ、聖女様」


 ようやく彼が引き下がってくれてホッとした。虎の威ではなく国王の威を借りた形だったが、効いてくれて助かった。


 クレイドはリウハルド伯爵に思うところがあるのか、藍華を一人きりにしないよう気をつかってくれているのだが、それも限界がある。到着したばかりでそれぞれせわしなく動いているのだ。


 ぼんやりしていた藍華はきょろきょろと周囲を見渡し、人出が必要そうなところへ近寄り、手伝いを申し出る。みんなで手分けして作業して日暮れまでには荷物の搬入や使用する部屋の整理が終わった。


 藍華とリタたちは村長の家の空き部屋に泊まることになっている。クレイドも同じく、である。他の団員たちは村の無人の家を使うことになっている。


 ちなみにリウハルド伯爵はこの村から馬車で約二時間ほどの場所にある狩猟のための館に泊まり、日中様子を見にくるという。

 ひとしきり片付けが済むと、村の中を見て回ってみたいという欲求がむずむずと湧いてきた。今までツェーリエから出たことがなかったため何もかもが珍しい。


「あれ、アイカ出かけるの?」

「ああ、リタ。ちょっと村の中をぐるっと歩いてみたくって」

「ついて行こうか?」

「大丈夫だって。小さな村だし」


 藍華が断ると「それもそっか」とリタが納得したため一人で家の外に出た。

 夕暮れ時の村はどこか郷愁じみていて、もの寂しい。こういうとき、ふと思う。ずいぶんと遠くまで来たのだな、と。


(東京から遠すぎるよね~。ツェーリエからも遠いし。でも、こんなにものどかな村なのに本当に黒竜が住んでいるのかな?)


 郷愁の念を振り払うかのように藍華は今回の目的である黒竜について考えてみる。

 異世界からやってきたため、今一つリタやクレイドと同じ感情を黒竜に持つことができない。藍華の価値観でいえば、自然と人間は共存すべく模索することだから。山を下りてきた野生動物の食害だとか人を襲う熊の話だとか、共存が難しい局面もある。


 けれど、人と野生動物が適切な距離を保ち暮らしている国や地域もあるのだし、怖い存在だから退治しようというのは早計な気もする。


(とはいえ、こういうのって部外者のわたしが言っても説得力ないしなあ)


 村を一周してしまい、ちょっとだけ外に対する興味がわいてきた。少しくらいなら村の外に出ても大丈夫だろう。

 軽い気持ちでぐるりと囲まれた石壁を越えようと、いくつかある門の外側に足を踏み出しかけたとき。


「アイカ。一人で外へ出るのは感心しないな」

「うわっ!」


 突然目の前に人が落ちてきた。否、石壁の上から降りてきた。忍者か。いや、クレイドだ。身体能力が高いなあ、とどうでもいいことに感心した。


「どうしてここに?」

「アイカが一人でふらついているのが見えたから」

「ちょっとお散歩がしたかったんです」

「村の中ならいいが……。外は駄目だ。これから暗くなる」

 クレイドの声に真剣さが加わったため、藍華は頷いた。


「とはいえ、私が一緒なら構わないが?」


 どうする、と目線で問われた藍華はつい首肯した。「では一緒に」と返すクレイドの声から硬さが抜けた。流れで二人きりで歩くことになって、はたと気が付いた。これはなんていうか、デートのよう……違う。うん、違う。藍華は頭の中から不埒な考えを必死で追い払う。


(これが男子への免疫がほぼない女子の痛い思考……。ああもう)


 実は藍華には悩みがある。それは今を遡る半月ほど前のこと。一緒に住む屋敷で夜二人で話をしていたら、ジュースで酔っぱらってクレイドに顔を近づけすぎてしまったのだ。


 あれは完全に失敗だった。まさかジュースで酔うとは。ダレルが乱入してきてくれて非常に助かった。きっと自分の髪に埃でもついていて、それを取り払おうとしていたとか、そんなしょうもないオチだったのだ。


 翌日以降、クレイドは何事もなかったかのように藍華に接してきたくらいだ。恋愛に関しては枯れている自覚ならある。それなのに超絶美形男子と同居することになって、これはいわゆるラブコメハイというやつだ。


 なるほど、イケメンと同居するとメンタルがおかしな方向に進むのか。ちょっとしたハプニングに心臓をドキドキさせて、それが恋のそれだと脳が錯覚する。吊り橋効果というやつに違いない。


(もっと冷静になろう、自分)

 藍華はうんうんと頷いた。


「何か不足はないか。できる限りなんとかする」

「え、いいえ。大丈夫ですよ。女子部屋、修学旅行とか研修旅行みたいで楽しいです。とと、楽しいは不謹慎でしたね」

「いや、大丈夫だ」


 クレイドが目を細めた。


(うん。これは妹を気遣うときのあれだ)

 藍華は一人で納得する。


「リウハルド伯爵のことはすまない。ダレルが調べてきたんだ。彼はアイカのチョコレートを分け与える対価として相当な額を請求したらしい」

「うわー」


 リウハルド領に到着した際のチョコレート騒動は完全に茶番だったようだ。聖女の力をさも己の力だと誇示するように、伯爵は領内の有力者たちに声をかけたらしい。腰痛や片頭痛、関節痛などの慢性的な痛み持ちで伯爵に金を払うだけの余裕ある人間だけがあの場に選ばれた。

 聞けばそのような症状は治癒魔法でも治せるらしい。


「だが、人間の老化とともに起こる症状は、結局のところ治せても一時しのぎにしかならない」

「それは、まあ……そうですよねえ」


 回復薬とは若返りの薬ではないからだ。不死の薬でもない。時間が経過すれば再び同じような症状に悩まされることになる。


「だが、アイカのチョコレートならば効果が持続する時間も長いのだろうが」

「話は変わりますけど、どうしてリウハルド伯爵はクレイドさん相手でもあんなにも遠慮がない……いえ、偉そう……いえ……ええと、自己主張が激しいんですか?」


 率直すぎる言葉を濁そうとすればするほど墓穴にハマってしまう藍華である。言葉のニュアンスにクレイドが笑う。

 子供っぽい無防備な笑顔にとくんと胸が疼いた。


「リウハルド伯爵領内には主要街道が通っている。この通行税と交易による収益により、伯爵家は多くの私兵を抱えている」


 クレイドがいくつかの理由を挙げていく。

 国王を頂点とするベレイナ王国だが、諸侯はその下で領邦支配を行っている。王からいくつかの権利を譲渡され、裁判権や徴税権が含まれている。人の流れが多く集まる場所を領内に抱えていれば税収も増え、そうなれば力を蓄えることもできる。


 王都からそれなりに離れた場所で、その気になれば周辺諸侯を巻き込んで街道封鎖をすることもできる。どうやら経済力と野心は比例するらしい。


「最近の伯爵の言動は目に余るものがあるが、それだけで首を飛ばせば今度は他の諸侯らの反感を買う。王とはいえ、簡単に処罰を下せる問題ではないんだ」

「政党の派閥に配慮して閣僚を決めるのと似ていますね」


 国王が支配する国とはいえ、一枚岩ではないということだ。政治とはたとえ世界が変わっても色々とややこしいらしい。


「そんなにもお金を持って私兵までそろえているんだったら、わざわざグランヴィル騎士団に頼らなくてもいいのに」

 つい本音が出てしまう。


「アイカは時々ずばっとものを言うな」

「ええと、すみません。たぶんこれ、わたしが日本育ちだからです。わたしの住んでいた国では、言論の自由というのがあって、自分の考えとか普通に話していたので」


 国王が国を治めるベレイナでは、支配階級に対して意見を言うことが不敬だと認識されている。気を抜くと本音が出てしまうので藍華は慌てた。


「いや、そのくらい別に構わない。グランヴィル騎士団は国中の魔法騎士の中でも特に秀でた者たちの集まりだ。人材を輩出する側の領主にとってみたら、このような時に頼るのは当然なんだ」


 領民はある意味領主の財産だ。優秀な人材を国の中央に取られることは領主にとって痛手でもある。人材を供給してくれた対価として国王は諸侯らの要請に応じて騎士団を派遣する。有事の際、国が護りの人材を提供するから各地から有能な人間を集めることができるのだ。


(もしかして、わたしがツェーリエに落ちたことって、とってもラッキーだったんじゃ……?)


 もしもリウハルド伯爵に最初に保護されていたらものすごくこき使われていたように思える。ただし、運よくカカオ豆と出会えていたかは不明なので、たらればの話だ。


 二人は話しながらのんびりと歩いた。明日からクレイドたちは山の中に入る。

 村の外は麦畑が広がっていて、その先に山々がそびえ立つ。夕日が沈む手前の淡いの時間。夜の闇の浸食がすでに始まっている。

 この山のどこかに黒竜がいるのだと思うと、胸の鼓動が速まる。


「明日から気を付けてくださいね」

「ああ。今度こそ黒竜を倒す」


 クレイドが決意に満ちた顔付きで頷いた。彼は本気なのだ。藍華は真剣な眼差しで山々を見つめる彼の横顔をじっと眺めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。