85 永遠(終)
本日更新2回目です。
王立学院中等部を無事に卒業し、高等部に入学するまで約一か月ありました。
婚礼式を控えている中、私とミカドラ様はそれぞれの家の領地に一緒に挨拶に行きました。
ミカドラ様と相談して、結婚前にやり残したことを終わらせることにしたのです。
まずは私の実家――アーベル家へ。
新しいお母様と弟のラルスに卒業と結婚を祝福してもらい、妹のメレナの成長に感動した後は、お父様と三人で亡きお母様のお墓参りに行きました。
百合の花をお供えして、いろいろと報告をします。
お母様、中等部を立派な成績で卒業できました。お母様の生前の教えのおかげだと思います。ありがとうございました。
そして、もうすぐ大好きな人と結婚します。まだ早すぎる気がしますが、絶対に後悔しない自信がありますし、少しでも長く一緒にいたいんです。
託されたアーベル家を離れることになってしまったことは、申し訳ありません。
勝手なお願いですが、これからも私とお父様を見守ってくださると嬉しいです。
また会いに来ますね。
たっぷり時間をかけてから振り返ると、お父様が涙ぐんでいました。
「え、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、気にするな……」
気になります。
ですが、深く追及するのは止めておきましょう。お互いに恥ずかしい思いをしそうです。
ミカドラ様はお父様の様子を気にもせず、じっと墓石の辺りを眺めていました。小さく頷いたように見えましたが、一体……。
時間がなくて実家でゆっくりはできませんでしたが、結婚前にお母様に挨拶ができて良かったです。
「結婚の準備であまり力になれず、すまなかったな、ルル……」
嫁入り道具や持参金など、アーベル家の財力を考えればギリギリのところまで用意していただきました。ルヴィリス様からは不要と言われていたにも拘らず、頑張ってくださったのです。
父親としての最後の意地と今までの償いとのことです。
「いえ、十分です。ありがとうございました。ではまた、式の日に……どうかお体にお気をつけて」
私のこれからの言動次第では、実家を巻き込んで悪口を言われてしまうかもしれません。迷惑をかけないように気を付けなければ。
お父様が必死に涙をこらえているのが分かったので、足早に馬車に乗り込みました。窓から最後に屋敷を仰ぎ見ていたら、私まで泣いてしまいそうになりました。
そのままベネディード公爵領に馬車を走らせました。
私たちの婚礼式の招待状を届けに向かうためです。
ミカドラ様のお母様、リーシャ様に。
これは私とミカドラ様、二人揃っての希望でした。
呪いが解けたことと結婚することを、どうしても直接報告したかったのです。
また錯乱させてリーシャ様の御心を傷つけてしまう危険がありますが、ルヴィリス様は許してくださいました。
もうベネディード家を苛む呪いは解けて、幸せな未来に向かって歩いて行こうとしています。リーシャ様だけを置き去りにはできません。
きちんとミカドラ様のことを思い出していただいて、できれば式に出席してほしいと思っています。
「もう五年以上、直接顔を合わせていないからな。俺だと分からないだろうし、本当に忘れられてしまったかもしれないが……ルルのことをちゃんと紹介したいし、父上の心労も減らしたいんだ」
「はい」
「悪いな。忙しい時に付き合わせて」
「それをおっしゃるなら、ミカドラ様は私のお母様のお墓参りに付き合ってくださったではありませんか。私も、もう一度リーシャ様に自己紹介したいと思っていましたので」
公爵領の屋敷で、ロザリエ様が迎えてくださいました。
「私は正直気が進みませんが……でも、いつまでもこのままというのも、あの子が不憫ですね」
「ばあ様もいつまでも自分を責めないでくれ」
「ええ。ありがとう、ミカドラ……」
ミカドラ様がここに来るまでに話してくださいました。
ロザリエ様はミカドラ様が呪いを受け継いでいると知って、真っ先に跡継ぎの心配をしてしまったそうです。そのせいでリーシャ様はまた男児を産まなくてはと必要以上にプレッシャーを感じ、心を病んでしまった……ロザリエ様はずっと自責の念に駆られていられるようです。
ベネディード家の皆様は、誰もがご自分を責めています。その苦しみや悲しみをリーシャ様に対面することで、どうにか和らげることができれば……。
「…………」
リーシャ様の部屋の前まで来ましたが、ミカドラ様はなかなか扉をノックしませんでした。
その横顔からはなんの感情も読み取れません。しかし、躊躇われる気持ちは分かります。数年ぶりに実の母親に会うのですから、不安に思うのは当然です。
勇気を出して、ミカドラ様の手を取りました。
私が落ち込んでいる時はいつだって、ミカドラ様が慰めてくださいました。どれだけ心強くて嬉しかったか。
力不足かもしれませんが、だけど、せめて、決して一人で辛い想いはさせません。
冷たい指先を握り締めれば、ぎゅっと握り返してくださいました。
「……解呪の儀式のときよりも、よほど恐ろしく感じる。母上に泣かれたら嫌だな。何を言われるのか、全く予想ができないな」
「もし泣かれても、何を言われても、私がそばにいます」
「それは頼もしいな」
ミカドラ様は力が抜けたように笑いました。
「悲惨なことになったら、後で慰めてくれるか?」
「もちろんです」
私が頷くと、ミカドラ様は深呼吸をして、覚悟を決めた顔つきで扉を開けました。
その日私は、愛する人の隣で、神様に永遠の愛を誓いました。
振り返れば、たくさんの方たちが私たちを祝福して下さっています。
両家の家族、学院で出会った友人、お世話になった公爵家の方々……畏れ多いことに国王陛下と王太子殿下まで。
少し離れた場所、招待客に気づかれない席には、ロザリエ様とリーシャ様の姿もあります。遠目にも泣いていらっしゃるように見えました。
「ルルの母親も、ちゃんと祝福してくれている」
ミカドラ様に耳打ちされて、私は快晴の空を仰ぎました。
今は泣いてはいけません。せっかくの化粧が崩れてしまっては、後でミラディ様に怒られてしまいます。
「行くぞ、ルル。急がないと今日中に挨拶まわりが終わらなくなる」
「はい。お疲れではないですか?」
「疲れたが、一生に一度の特別な日だからな。どうってことはない。それに――」
ミカドラ様は勝ち誇ったように笑いました。
「理想以上に成長した妻を、神と皆に自慢できるのは気分がいい。やっぱり俺の目に狂いはなかったな」
光栄で、胸がいっぱいになりました。
差し出された手に手を重ね、私は愛しい人に身を寄せました。
「これからも末永くよろしくお願いいたします、ミカドラ様」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。