↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ】怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/86

83 卒業試験

 

 三学期も半ばになり、三年生は否が応でも卒業を意識させられていました。

 目下、机にかじりついています。


「卒業試験と言っても、ルルさんの成績なら問題なく卒業できるでしょう?」


 お友達と一緒に試験勉強をしている際、必死に参考文献を確認する私に対し、アーチェさんが首を傾げていました。


「せっかく卒業まで通わせてもらえているのに、中途半端な成績では申し訳ないです」


 卒業試験には秀・優・良・可・不可の順番で評価が付けられます。一応合格ラインが定められており、各科目の合計点が可以上なら中等部卒業が認められます。きちんと授業を受けていれば、卒業すること自体は難しくないのです。

 しかし、明言こそしていませんが、私は「秀」の評価を目指しています。


 貧しいアーベル家の財力で三年間の学費を支払ってもらったこと、ベネディード家からの援助で最上級の教育を受けていること。

 こんな恵まれた環境で勉強しているのですから、成果を出さなければ情けないです。将来の仕事に影響が出ないように、今の内から力を示しておきたいですし……。

 実家とベネディード家、そしてミカドラ様の名誉のためにも手は抜けません。


 何より、お父様とお母様は『秀』の成績で中等部を卒業したと聞いています。同じ成績を取って、胸を張って報告したいです。


「真面目ねぇ。あたしは『不可』じゃなければ、親に許してもらえそうだけど、苦手科目が多くて……マギノアさんは当然『最優秀』狙い?」

「当然よ」


 試験で一位を取ると、最優秀の生徒として卒業式で答辞を行うことになります。マギノアさんなら十分に狙えるでしょう。


「卒業式の主役は私がもらうわ。でも夜の卒業パーティーはきっとルルさんとあいつが……あ、ごめんなさい」


 マギノアさんは急にしおらしくなり、アーチェさんもぎょっとしました。昨年度のパーティーのことを思い出したのでしょう。私は苦笑を返します。


「お気になさらず。思っていたよりも平穏な一年を過ごせましたし、きっと大丈夫だと思います」


 昨年、一学年上の先輩方の卒業パーティーでは、大変不本意な形で注目を集めてしまいました。それを考えると憂鬱ではありますが、今年の卒業パーティーは最初からミカドラ様が一緒にいて下さるので心強いです。


「そうね。ミカドラ様とルルさんはもう入り込む隙がないもの。それよりも、ジュリエッタ様やキサラさんの方が注目度は高いかも。あとヒューゴさんも。パートナーの申し込みが殺到しているみたいよ」

「皆さん暇なのね。卒業パーティーのパートナーなんてどうでもいいわ」

「そう? あたしは一学年下の男の子に申し込まれたから受けたけどね」

「え!?」


 アーチェさんは取引先の商家の息子さんと良い感じのようです。その後、マギノアさんは焦りつつも気にしていないというスタンスを貫きました。アルテダイン殿下にパートナーをお願いするのは難しいでしょうから、仕方ありませんね。


「べ、別にいいの。私はパーティーよりも試験よ!」


 より一層勉強に力を入れることを決意した様子で、マギノアさんは帰っていきました。私も負けてはいられません。






 というわけで、私は公爵邸でも試験勉強を続けていたのですが……。


「勉強の邪魔はしない。ルルが遅くまで無理しないように見守ってるだけだ」


 書斎の一角をお借りして勉強していたところ、いつの間にかミカドラ様がソファに寝転がっていました。集中が途切れるまで全く気がつきませんでした。

 私が上手く頭を切り替えられないので、卒業試験が終わるまでいつものように会うのは控えよう、ということになっているのです。その、二人きりだとミカドラ様のことしか考えられなくなってしまうので……。


「ミカドラ様は試験勉強をなさらないのですか?」

「必要を感じない。『優』くらいなら取れる」

「そうですか……」

「なんだ? 何か言いたげだな」

「いえ、なんでもありません」


 表情を曇らせてしまったのが良くありませんでした。ミカドラ様は引き下がらず、体を起こしました。


「気になる。言いたいことがあるなら遠慮なく言え」

「……あの、では、お気を悪くされないでほしいのですが」

「ああ」

「ミカドラ様に『秀』を取っていただきたいな、と思いまして」


 これは完全な私の自己満足です。


 少し頑張れば『秀』を取れるのに勿体ない。

 試験が終わった後に一緒に健闘を称え合いたい。

 数術の試験で最後に真剣勝負をしたい。

 お揃いの評価を取れたら嬉しい。


 そんな取るに足らない理由です。

 本気でテストに臨むなんて嫌がるだろうな、という予測したところ、ミカドラ様は顔こそ顰めなかったものの遠くを見やりました。


「あの、いいです。ミカドラ様は自由気ままに過ごしてください。試験勉強なんて、煩わしいでしょうし……」

「そうだな」

「はい。変なことを言って申し訳ありませんでした」


 ミカドラ様はしばし目を閉じて、呻いた後に言いました。


「いや、分かった。最後くらいちゃんと受けてもいい」

「え」

「二人とも『秀』だったら、またお祝いしよう。いいな?」


 ミカドラ様が浮かべた意味深な笑みに、私は咄嗟に胸元のネックレスに触れました。自意識過剰かもしれませんが、ミカドラ様のお望みはなんとなく察しました。自然と顔が熱くなります。


「は、はい」

「ああ。こうなると、二人きりでは気が散るだろうから、俺は自室に戻る。ルルも、あまり夜遅くまで根を詰めるなよ」


 ミカドラ様は大きく背伸びをしてから書斎から出て行かれました。

 なんだか集中に煩悩が混ざってしまいましたが、ミカドラ様がある程度は本気で勉学に励んでくださるのは喜ばしいことです。

 これで私が『秀』を取れなかったら恨まれてしまいます。気を引き締めて試験に臨みましょう。






 卒業試験当日。

 体調万全で挑むことができました。


 この試験は三年生の範囲だけではなく、三年間で学んだこと全てが出題範囲となります。

 問題を解きながら、懐かしい気分に駆られました。

 この公式を習った時はちょうど行楽会の前でしたし、この論文の一節は先生が特に力を入れて説明してくれたところです。

 苦戦した分野、意外と面白いと感じた科目、いつか役に立ちそうな豆知識。授業中に感じたいろいろな気持ちなどが昨日のことのように思い出されます。


 私の学院生活の記憶は、勉学に強く結びついているようです。

 奇妙な愛おしさを感じながら、私はペンを走らせました。


 数術の試験は出題数が多く、時間配分が重要でした。

 簡単な計算問題は暗算も駆使して早急に処理し、証明問題やグラフも特に詰まることなく終わらせることができました。


「…………」


 しかし最後、見たことのない複雑な図形の応用問題が待ち構えていました。

 授業では習っていません。しかし、これまでの知識を総動員すれば解けるはずです。

 手当たり次第に計算をしようかとペンを動かしかけ、しかし、問題を読み返して気づきました。

 この問題を解くには……細かい計算を積み重ねるのではなく、全体から不要な部分を引いた方が早いです。しかし一年生の最初の試験の時とは違い、不要な部分も緻密な計算で求めないといけません。

 私は解までの道筋を頭に思い浮かべ、計算を始めました。






 とある日の放課後、図書室の隠し部屋でミカドラ様と待ち合わせをしました。


「あ、良かった……『秀』です!」


 成績表を開き、私はほっと胸を撫で下ろしました。

 手応えはあったものの、小論文などはどれくらい点数をいただけるか分からなかったので気が気ではありませんでした。

 これでお父様にも亡くなったお母様にも良い報告ができます。ルヴィリス様も喜んでくださるでしょう。


「俺も『秀』だ。見るか?」


 少し恥ずかしいですが、成績表を交換してお互いの結果を確かめました。


「数術、満点ですね!」

「ああ。お揃いの点数が取れて良かったな」


 試験で満点を取ったのは、三年間で初めてです。ミカドラ様にももしかしたら勝てるかも、と思ったのですが、見込みが甘かったです。勉強量が全然違うので、引き分けで悔しい気持ちもあるものの、単純に嬉しいです。


「やっぱりミカドラ様はすごいですね」

「全科目の総合得点はルルの方が上だろ」

「ですが、ミカドラ様は授業に出ていない科目も高得点を取っていますから」


 元々の基礎学力が高いのもあるでしょうか、ミカドラ様が普段からたくさん本を読んで知識を身に着けているから結果が伴ったのでしょう。型に囚われず自由に学んでいるところも、彼らしくて格好良いなと思ってしまいます。


「もう卒業なのですね。この隠し部屋に足を運ぶのもあと数日だと思うと寂しいです」

「そうだな。まぁ、高等部にも同じような隠し部屋がある。学院生活自体はそんなに変わらないだろう」

「……そうだと嬉しいです」


 私はミカドラ様を仰ぎ見ました。どうして本気で試験勉強をしてくださったのか、未だに聞けずにいます。悪い想像をしてしまう私に対し、ミカドラ様は不敵に笑いました。


「変わるのはルルの姓だけだ」


 不安も恐怖もまだあります。

 しかし、いい加減にミカドラ様を信じ抜く覚悟を決めるべきでしょう。


「テストで名前を書き間違えないよう、気をつけないといけませんね」


 いろいろ大変なことがありましたが、満ち足りた気持ちで卒業できそうです。

 本当に、私には勿体ないくらいの幸せな学院生活でした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。