8 初めての公爵邸 その二
「初めてお目にかかります。私はルル・ア――」
「ミカドラ、あなた、本当にこんな野暮ったい子と結婚するつもりなの? がっかりだわ」
これです。
ついに私が恐れていた展開に直面してしまいました。
ミラディ・ベネディード様はミカドラ様のお姉様です。
年齢は私たちより三つ上で、昨年王立学院の中等部を卒業しています。
流行の最先端を創る卓越したセンス、絶対の自信を持ち何物にも媚びない気位の高さ、そして、銀細工のように繊細でありながら、薔薇のように華やかな美貌。
在学中、さまざまな男性を虜にし、王太子殿下にまで求婚された、王国一の高嶺の花と呼ばれる方です。
ルヴィリス様、ミラディ様、そしてミカドラ様。
……なんて麗しいご家族でしょう。お揃いになると眩しくてますます直視できません。
「ミラディ、なんてひどいことを言うんだ。いくら自分が世界一の美少女だからって、相手の容姿について失礼なことを言ってはいけないよ」
ルヴィリス様の叱責は独特でした。娘を溺愛しているのが伝わってきます。
「お父様は黙っていて。わたくしはミカドラに聞いているの。嫌よ、こんな義理の妹。わたくしが恥をかくじゃない。ミカドラと全然お似合いじゃないわ」
「…………」
面と向かってはっきりと容姿を詰られたのは初めてで、さすがにショックでした。
今すぐこの場から逃げ出したい。この美形一家と同じ空間にいるだけで、恥ずかしくて仕方がありません。
貴族の娘としてあるまじきことですが、私はあまり美容に気を遣ってこられませんでした。
清潔であればよい、シンプルが一番、とおしゃれの研究や自分の容姿と向き合うことから逃げてきたのです。
だって、どこから手をつければ良いのか分かりません。正解や限界のない問題は苦手です。
だから時間と費用が足りないと言い訳をしてきました。女としての価値を磨くよりも、次期領主としての勉強をする方がある意味では楽でした。
こればかりは努力を怠ってきたと言わざるを得ません。
「姉上」
ミカドラ様は渋々と言った感じで、私とミラディ様の間に割って入りました。
「何よ」
「見た目なんてどうでもいい。ルルには他の女よりもずっと優れたところが――」
「そういう部分は年を取ってから武器にしていけばいいの。若いうちはとにかく見た目よ。普通に生きていく分なら大丈夫でも、公爵家の一員になるのなら一目で分かる魅力がなくてはダメ。侮られるわ。苦労するのは本人なのよ」
意外と言ったら失礼ですが、筋の通ったお言葉でした。私はますます肩身が狭くて小さくなるしかありません。
頼りのミカドラ様はと言えば、
「確かに今のルルは地味でダサくてパッとしない。俺と並ぶとそれが際立って見えるだろうな」
安定の裏切りです。
……以前から思っていましたが、ミカドラ様はナルシストですよね。自惚れではなく、事実として美しくてらっしゃるので何の文句も言えませんが。
「だが、それは今だけの話だ。屋敷のメイドたちは十代半ばくらいで垢ぬけて急激に綺麗になってる。あと二、三年もすれば、ルルだって見られるようになるはずだ」
庇ってくださるのは大変ありがたいのですが、もう少し言い方があると思うのです。
そろそろ泣いてもいいでしょうか。惨めになってきました。
「この娘に伸び代があるってこと?」
「ああ。俺の審美眼を疑うのか? こんなに田舎くさいのに、今のままでもまぁまぁ可愛いだろ。磨けば絶対に綺麗になる」
「!」
不意打ちでした。とても微妙な言い回しでしたが、確かにミカドラ様が私のことを「可愛い」と……いえ、でも「田舎くさい」って……。
ミカドラ様が私のことをどう思っていたのか、衝撃の事実に立ち眩みがいたします。喜ぶことも落ち込むこともできません。
「ふぅん。そうねぇ。まぁ、どうにもならないほどの不細工ではないわね。目だけはいいわ。二重だし、アメジストと同じ高貴な紫色」
ミラディ様がミカドラ様の肩越しに私の顔を覗き込んできました。
「あ……」
「何?」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
私も自分の体の中で瞳の色だけは気に入っているのです。
亡き母から遺伝したとはっきり分かる部分なので。
ミラディ様は難しい表情をして、私の前髪を人差し指ですくいました。私は怯えながらもされるがままです。
「……髪を梳いて軽くして、眉を整えれば、もう少しマシかしら。後は時間をかけて内側から綺麗にしなきゃね。顔色が悪すぎるし、痩せすぎ。制服のサイズも合ってないんじゃない? そういうところがダサいのよ」
成長を見越して、少し大きめのサイズで作ってもらったのがバレました。ああ、本当に恥ずかしい。
「……仕方ないわね。可愛い弟のために、お姉様が一肌脱いであげる。ルル、あなたは今日からわたくしのお人形よ。感謝なさい」
「え? あの、お人形、ですか……?」
怖いです。何をされるのでしょう。
縋るようにミカドラ様を見ると、諦めろと言わんばかりの無表情でした。
「……姉上に任せておけば、酷くはならない。別に、今のままでいたいわけではないんだろう?」
「それは、その、そうですが……」
私が頑張りたい方向とは違います。違いますが、「何でも頑張ります」と宣言してしまった手前、今までの怠慢のツケを払う時が来たと思うしかありません。
苦悶する私に同情したのか、ミカドラ様がせめてもの助けとばかりに言ってくださいました。
「姉上、派手なのは嫌だ。清楚で知的な感じで仕上げてくれ」
「ああ、そういう系統ね。任せなさい」
……姉弟仲も良好のようですね。
ルヴィリス様が微笑ましそうに頷いていらっしゃいます。
「青がいいわ。肌にも合う」
「そうかな? 僕はピンクや黄色が可愛らしくていいと思う」
「父上、ルルに暖色は似合わない」
「そうね。淡い寒色がベストだと思うけど、いっそ白もいいかも」
私に何色の服が似合うかで早速盛り上がっています。本人の希望は聞いてもらえなさそうです。
知りませんでした。公爵家がこんなにも仲の良いご家族だなんて。
私、上手くやっていけるでしょうか?