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4 交渉


「それで、どうして乗り気になったんだ? 休暇前は断りたそうな空気を出していたのに」


 握手の後、ミカドラ様がそう問いかけてきました。

 少々恥ずかしかったのですが、私は実家で立ち聞きしてしまった両親の会話を伝えました。実は、誰かに話したくて仕方がなかったのです。


「はは、ひどいな、それは。継母に男に好かれる振舞いを教えさせようとするなんて、お前の父親はかなり無神経だな!」


 この話を聞いて大笑いするのもなかなか無神経だと思いますが、今は共感を欲していたので怒りはお父様に向けさせていただきます。


「そうですよね。あり得ない……亡き母の墓前で同じことを言えるか試してほしいです。私が聞いていると知らなかったのですし、お酒に酔っていたからかもしれませんけど、それにしてもひどすぎます!」


 屈辱的でした。

 お父様のせいで新しいお母様のことまで嫌いになってしまいそうです。ずっと仲良くしようといろいろな感情を我慢してきたのに、その気が失せてしまいました。


「アーベル家は早めに教育を受ける弟が継いで守ってくれるでしょうから、私はもう好きに生きても構わないはずです。親の言うことを聞いて頑張ってきたのに……褒めるどころか馬鹿にされるなら、もう指図は受けません」


 しばらくグチグチと親への不満を口にしていたら、いつの間にかミカドラ様が微笑ましげに私を見ていました。


「あ、申し訳ありません。私、あの、子どもっぽくて……」

「いや別に。当然の怒りだと思うぞ。すぐに見返してやれて良かったな。継母の指導などなくても、俺の目にとまって王家の次に大きな家に嫁ぐことになったんだ。俺が挨拶に行ったらどのような反応を見せるか楽しみだな」


 悪い笑顔を浮かべるミカドラ様を見ていたら、私の留飲も下がりました。

 なんというか、本当に頼もしい。


 同時に、急激に冷静になる自分がいました。結婚を承諾したことに後悔はありませんが、問題が山積みで大変な未来しか見えません。


「あの、ミカドラ様、お願いがあるのですが……」

「なんだ」


 二人の今後について私が考えを述べると、ミカドラ様の目つきが鋭くなりました。


「つまり、中等部卒業までは、周囲にはもちろん実の親にも婚約のことを隠しておきたいと?」

「はい」

「……俺としてはすぐにでも公表した方が面倒が少ないんだが」


 面倒、というのは女性関係のしがらみでしょう。

 婚約者がいれば、もう縁談の話は来ませんものね。ミカドラ様は女生徒にちやほやされるのも煩わしいようです。


「申し訳ありません。学院の平和を守るためにも、しばらくは内密にしていただきたいです」


 家柄も容姿も優れたミカドラ様の婚約者として私が紹介されたら、どうなると思いますか。

 ……女生徒の嫉妬と不満が爆発するに決まっています。


 ミカドラ様が睨みを利かせて守ってくださるとしても、悪感情を向けられるのは極力避けたいです。

 女社会は恐ろしいのです。たおやかな微笑みを浮かべながら、とんでもなく悪辣なことをする方もいるそうです。学院に入学して数か月で、既にその片鱗を感じています。

 自分が被害者にならないために、加害者を生まない努力をしなくては。それがお互いのためです。


「それに、大変申し上げにくいのですが、突然公爵家との結びつきが明らかになってしまうと、アーベル家もおかしな立場に置かれそうで……」


 仲良くしていた同等の貴族家から浮いてしまうのではないでしょうか。どうやって取り入ったんだ、と揶揄されるかもしれません。それこそ嫉妬の対象になるかも。


 この王国では十五歳で成人とみなされ、結婚できるようなります。裏を返せばあと三年近くは実家の庇護下にいなければならないのです。

 私とミカドラ様の婚約でアーベル家に悪い影響が出たら針の筵……それは甘んじて受け入れるとしても、両親はともかく何の罪もない幼い弟には迷惑をかけたくありません。


 何より、言いづらいです。家族関係が壊れる決定打になりそうで。

 お父様の発言に怒っているとはいえ、絶縁したいわけではありません。「これからはあなたとお父様でアーベル家を守っていってね」という母の遺言もあります。

 

 卑怯ですが、まだ隠しておきたいというのが私の本音です。


「極力問題が起きないよう、対策を立てる時間が欲しいです」

「なるほどな。十五歳になっていれば、万が一問題が起きても、お前は結婚してベネディード家に逃げ込めばいいしな」

「……申し訳ありません。公爵家を盾にするような提案をしてしまって」

「それは構わない。厄介事が起こらないに越したことはない。だが、本当に良いんだな? お前としても、早く公にした方が安心かと思ったんだが」


 相変わらず、人の心情をよく分かっていらっしゃいます。

 立場の弱い私からすれば、「いつかミカドラ様に見限られて取引をなかったことにされてしまうのでは」という心配がありますので、婚約を周知の事実にしてしまいたい気持ちは確かにあります。

 一度婚約を公表してしまえば、簡単には撤回できませんから。


「いえ、周囲の目がない方が集中して頑張れると思いますので」


 私はまだ覚悟を固めただけで、実際にまだ動き出していません。その段階で婚約を発表して四方八方から好奇の目に晒されたら……緊張で体を壊すかもしれません。そちらの方が深刻な問題です。

 あらゆる意味で、私はまだ表に立つべき段階ではないのです。


「せめて、もう少し自分に自信が持てるまでは……秘密にしておきたいです」


 きっと、私の出自ではどれだけ頑張っても結局は文句を言われると思います。

 そして今の私では嫌味一つで泣いてしまうでしょう。

 そうならないように、何を言われても平然としていられるくらい精神的に強くなりたい。そのためにはたくさん勉強して自分を磨いて、自信をつけるしかないのです。


 白けたようにミカドラ様はため息を吐き、ようやく承諾してくださいました。


「分かった。この件については譲歩してやる。確かに今のお前では、プレッシャーでボロボロになりそうだしな」

「ありがとうございます」


 良かった。これでしばらくは安心です。


「ただ、周囲には俺たちの関係を隠すとしても、こちらの身内には早めに報せるぞ」

「そ、そうなりますか」

「当たり前だ。お前の教育の手配もある」

「……あ、はい。よろしくお願いいたします」

「父上に予定を確認しておく。しばらく休日は空けておけ」


 ……安心するのは早かったようです。




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